「(セラミア! 私と勝負しろ! ……って、ちょっとカリクム! 何言ってるのよ! あのね、レイカル……これには深い事情が……うるっさい! 私の勝手だろ!)」
カリクムの意識がいつもよりも強く作用しているせいで身体の所有権は半々だ。戸惑いを浮かべている中でセラミアは胸元をとんと叩く。
「いいよっ! 挑戦ならいつでも歓迎! だよね、ユーリ!」
どうやら普通に挑戦なのだと受け取られたらしい。これは困ったことになったぞと思う間にも状況は流れていく。
「カリクムとセラミアが戦うのか! 私もぜひ見たいぞ!」
こちらの思惑を完全に無視して、レイカルが目を輝かせるのをカリクムが強がって言い返す。
「(見てろ! 吠え面掻かせてやる! ……って、何言っちゃってるの、この子は……)」
制する前にユーリがマスターへと顎でしゃくると二階に続く階段へと促される。
「じゃあオリハルコン同士の戦いなら、上でやろう。特別なステージを用意してるんだ」
何もかも、想定外に転がっていく中で小夜はとんでもない事態に巻き込まれた、と後悔していた。
まさか、オリオンでも屈指の使い手であるセラミアに喧嘩を吹っかけるなんて想定外である。今から言い訳を並べてもよかったが、同じ心を折半するカリクムの感情が流れ込んできて、後から取り下げるのも彼女の道理にもとるのだと判断する。
今は、覚悟を決めるしかない。そう感じて、小夜はため息をつく。
「(……分かったから。カリクムの気持ちを……ぶつけてやりましょ……それでいいわよね?)」
――しかし、それにしてもセラミアは本気を出していないのだと言うのは対峙すればよく分かる。小夜は飛び退りながらセラミアがブレード型の武装で振り払うのを、その身に馴染んだ戦闘感覚でかわしつつ、浴びせ蹴りを叩き込む。
「やるね!」
「(そっちこそ……! って、この戦い……意味なんてないってのに……)」
ついつい熱くなってしまうのが自分の癖だ。カリクムの感情が流れ込んできて、戦いを今さら棄却することなんてできやしない。小夜は一旦、大きく距離を取ってからリングの隅っこまで自らを追いやる。
「逃げ場なんてないよ! さぁ、どう出る?」
「(……逃げるつもりなんて……私たちは毛頭ないわ! 行くわよ……カリクム……!)」
――いいけれど……いいのか? 小夜にとっては……一言言えばこの誤解なんて……。
「(今さら弱気になんてなるんじゃないわよ! あんたは私のオリハルコンであり……相棒でしょ……!)」
――悪い。我儘に付き合って……くれよな。
「(言われなくっても! サンダー……)」
片手に握り締めた剣に稲光が宿る。それを察知してセラミアが飛び込んでくる。
「遅い!」
素早く格闘戦術に打って出て片手を的確に叩き、剣を取り落とさせる。
だがそれこそが――小夜とカリクムの狙いそのものであった。
「(来たわね……!)」
小夜はそのままセラミアの肩を引っ掴む。思いっ切り頭部を引いて、力任せのヘッドバットを決めていた。
無論、これだけで決着がつくとは思っていない。
セラミアも戦い慣れている分、ヘッドバットによるよろめきを最小限に留めて浮遊しようとする。
その肉体に縋りつき、小夜は胴体をがっしりと掴んで離さない。
「痛った……。けれど、力任せなだけじゃ……」
「(勝負は決まらない、それくらいは分かっているわ。だからこそ――私たちのできる、精一杯をぶつけてあげる……!)」
地面に取り落とした剣は普段のカリクムの得意とする足先に装着され、それが足元で金剛の輝きを放つ。
「……まさか……!」
「(そのまさか! 喰らえ、必殺ぅー……パワーボムッ!)」
スタントで鍛えた体術で小夜がセラミアを巻き込んでパワーボムを決めようとする。それは既に予期していたかのようにセラミアは軽やかに拘束を抜けるが、その射程は“もう一人の自分”であるカリクムが見張っている。
――そこだ! 必殺……!
「(ハウルゴーランド……ハリケーン!)」
二人の声が相乗し、片脚を軸にしての一撃が中空のセラミアに叩き込まれていた。
「セラミア……!」
思わずと言った様子でこれまで観戦していたユーリが腰を浮かしていた。
小夜とカリクムは、と言うと完全に技を放った後のことを考えていなかったので高速回転したまま目を回してよろめく。
「(ど、どうよ……! これで……)」
「ああ、すごい……! すごいや! 君たちも強いんだね!」
セラミアに直撃したはずの稲妻のハウルの瀑布はアーマーハウルを強制排除することで相殺されてしまったようだ。
だが、事ここに至っては勝つことが条件ではない。
「(……もういいわよね? カリクム)」
その直後に分離され、カリクムはふんと鼻を鳴らす。
「……まぁ、上々なんじゃない?」
「オリハルコン、カリクム。君も相当強かった。また手合せしたいところだよ」
手を差し出してくるセラミアに、カリクムは視線を合わせずに握手する。
「か、勘違いするなよな……! 私はその……別に……」
「カリクム。それに小夜さんも。ナナ子さんから事情は聞きました。……お互いのサプライズが空回りしちゃった、ってところでしょうか」
頬を掻く作木に、小夜も感嘆の息をついていた。ここまで醜態を晒した後でバレンタインのチョコを渡すのも少し気恥ずかしい気持ちでいると、レイカルが不意にリングに降り立つ。
「すごかったな! カリクム、お前もやるじゃないか」
うりうり、と肘で小突こうとするレイカルにカリクムはわざと聞こえないふりをする。
「……別に」
「何だ。じゃあ手間は省けたな! お前にも戦友チョコだ!」
何でもないように差し出されたレイカルの戦友チョコに、カリクムはうろたえる。
「あ……いや、何だそれ……。憐みとかなら……!」
「ん? 違うぞ? 創主様がオリハルコンにはみんな、戦いで背中を任せるんだから戦友チョコはあげたほうがいいって……何か間違っていたか?」
どうやらとんだ早とちりであったことが露呈し、カリクムが耳まで真っ赤になる。
「さ、小夜ぉー……! 分かっていたんだろ!」
「何のことだか。……って言うか、それを言う前に喧嘩吹っかけたんだから。反省なさい! それと、渡すものは渡しなさいよ。私はサポートしないから」
つーんと澄ますとさすがにカリクムも今回の喧嘩っ早さを反省したのか、ナナ子が持って来ていたキャリーケースから用意したものを差し出す。
「そ、そのだな……。私も用意していたんだ……実は。お前みたいに……大それた……戦友チョコじゃないけれど……友チョコ……」
消え入りそうなほど恥じ入ったカリクムの友チョコにレイカルはふふんと微笑む。
「じゃあお揃いだな! 創主様! バレンタインはこれでいいんですよね!」
「……うん。レイカルも学んでいるってことだから、今回はこれでいいかな? カリクム」
どうやら作木もレイカルの自主性に任せていたらしい。とんだ早とちりもあったものだ、と小夜は嘆息をついてから、とんとバッグから取り出したチョコレートを差し出す。
「ほら。……バレンタインでしょ? これは特別な奴なんだから」
「あっ、小夜さん……」
「お礼は後で、ね? ……まぁ、何てことはないわよ。私たちの間では、誤解も一個のやり取りって言うか」
心配しなくとも作木にはこの後、ちゃんとお返しを期待するつもりだ。そこはちゃっかりしているのが編森小夜と言う自分である。
「……収まったみたいね。じゃあ、本題! ハッピーバレンタイン! レイカル!」
ナナ子がまるで魔法でも紡ぐようにパチンを指を鳴らし、キャリーケースに入れておいた袋いっぱいのチョコレートを取り出す。
「わぁ……っ! これ、ナナ子! 全部私のか?」
「そうよ! 苦労したんだからねー! あっ、作木君、あとで動画を見てもらうわよ。あなたのために、色んなオリハルコンが協力してくれたんだから!」
「僕らのために……? ……そっか。だからバレンタインデーってあったかいんだなぁ……」
たとえ相反するような寒空の下でも、きっちりとした絆の後先を繋いで――今年もこの季節がやってくる。
「ハッピーバレンタインです! 創主様! とっても嬉しいです!」
レイカルの笑顔にこの無駄な一戦の苦労も報われた気がして、小夜は笑みをこぼす。
「……まったくあんたらは……手がかかるんだからね」
まだまだ――バレンタインデーの乙女の流儀を詰め込むのには、少し時間がかかりそうだ。