JINKI 340-1 邂逅の刹那

 思惟を乗せれば、さほど難しいわけではない、と顕は夢うつつのような状態の中で照準の中に敵影を捉える。蜃気楼のように浮かび上がった敵を撃つのはさながら明晰夢で、一つ二つと爪弾くリバウンドビットが貫いていく。

《アサルト・ハシャ》連隊を稼働する自律兵装が突っ切り、直後にはその背面を取ってリバウンドの光条がコックピットを無慈悲に射抜く。顕にしてみればこれも慣れた所作か、と放射される機銃掃射を掻い潜り、リバウンドビットの運用に注力していた。

『弾幕張れぇーっ! 敵は高出力リバウンド兵装持ちだぞ!』

 そんな通信が意識の表層を撫でていく。これも、戦場のある意味では昂揚感の一つのようなもの。砂を食んだような粗い通信に焼き付く、死にたくないという思いを一つずつ摘み取っていく。丁寧に、丁寧に。このやり方は幼少期に蟻を潰した時に酷似している。蟻はどこからでも這い出てくるもの。ならば、一匹一匹。その命を丹念に潰し、壊し、そして消し去っていく。

 残るのは大抵、黒々とした体液と千切れた四肢のみ。それは対人機戦闘でも同じことだ。ブルブラッドの血潮を撒き散らした人機へとリバウンドビットによる全方位攻撃で叩きのめし、血塊炉とコックピットを貫く。どちらかだけでもいけない、と顕は脳髄に染み込ませていた。

 血塊炉だけでは、生き残った操主が「可哀想」だ。

 かといってコックピットだけでは、残った人機に「憐れみ」がある。

 だから、可能ならば二つ同時に。不可能でも、時間をかけずに。

 リバウンドビットの射程距離は、半径約五百メートル圏内。これは現時点でのキョムの持つ高出力リバウンド兵装持ちの人機では破格の性能だ。

 だからこそ、顕はこれまでの習い性で《アサルト・ハシャ》の応戦を見抜く。確かにR装甲を保持しているとは言え、いたずらに火力を受けるのは愚策もいいところだろう。当たっても何ともないからと言って、では命中するのをよしとするのは三流操主だ。

 顕はリバウンドビットの性能を過信してはいない。

 むしろ、逆だ。

 ここまで便利に成り下がったものだからこそ、最大限に注意を払う。自律兵装は一機落されるだけで攻略法や糸口が見えかねない。人機同士の戦闘において、光明が見えるのは敵味方識別において最も厄介だ。

 殊にエース機クラスが実戦投入されているとなれば、その針の穴ほどのチャンスは一転攻勢に成り得るのを顕はこれまでの戦歴でよく分かっている。

『顕くん。敵《アサルト・ハシャ》の連隊が下がっていくわ。これは……何かありそうね』

 下操主席に納まった相棒の操主の声に、顕は緊張を走らせる。この戦場では互いに背中を預け合う形の存在だ。誰よりも無視できない。

「そうですね……。考えられる理由は、大きく二つ。部隊の損耗が想定以上で、だから撤退も視野に入れている……と言う可能性。もう一つは……おれたちをどうこうできる戦略が固まったか」

 直後、機体とリバウンドビットに衝撃として伝わったのは雷撃を伴わせて発射された弾頭であった。《アサルト・ハシャ》四機が両腕を犠牲にして砲門として佇み、電磁を纏わせた巨大な砲口をこちらに据えている。

『……後者が当たったようね』

「リバウンドビットの損耗率……三十パーセント未満。ですけれど、ここまでほとんど防戦一方であった敵にしてみれば、攻め入るチャンスくらいにはなります」

 その予想通り、《アサルト・ハシャ》の歩兵部隊が銃火器を携えて接近してくる。たった一門の高火力の電磁加速砲台が、彼らに勇気を与えたのだ。

 だが、それは蛮勇なのだと知らしめなければいけない。たった一度のチャンス程度で、この――。

「――この《キリビト・ゼノ》に向かって来るのは、ただただ死にたがりなだけだって言うことを」

 リバウンドビットが浮遊し、《アサルト・ハシャ》の前面の土砂を放射熱線で引き裂く。土煙と共に灼熱の砂利が舞い上がる。それらはほぼ無数の弾丸と同義だ。《アサルト・ハシャ》連隊のうち、無防備にも防御を捨てて前に出ていた者たちは、その波にまず焼き尽くされる。続いて後方に位置していた少しばかり慎重な部隊は盾を構えて、攻撃を捌いていこうとするが、その歩みでは《キリビト・ゼノ》に届く前にリバウンドビットの魔の手にかかる。

『リバウンドビット……伝導率、七割以上。《アサルト・ハシャ》の足並みを止めるわ』

 一射されたリバウンドビットの光線を真っ当な推進剤も持たない《アサルト・ハシャ》は受けるか、あるいは勘のいい操主ならばかわしながら少しずつ肉迫しようとする。しかし、あまりにも散漫である。

「動きも……ましてや熟練度も……あの戦場には遠く及ばない」

 かつての南米戦線。自分の経験した地獄に匹敵するような操主にはそうそうお目にかかれそうにない。リバウンドビットが銃火器の照準を潜り抜け、《アサルト・ハシャ》の頭蓋を焼いていく。

 砲兵部隊が超長距離から電磁加速砲を撃ってくるが、それもリバウンドの加護を誇る装甲には掠り傷程度でしかない。リバウンドビットを奔らせ、一機、また一機と血塊炉を貫いていく。その攻勢に澱みはないはずであったが、不意に顕は首裏を粟立たせる殺気の波を感じ取っていた。

「……いけない」

 主語を欠いた感覚であったが、咄嗟に《キリビト・ゼノ》を後退させたのは、功を奏していた。何故ならば、高高度から放たれた蛇腹の刃の一閃が、今に首を狩るところであったのだから。

『新手……!』

 顕も感じ取る。ステルス機に積載された新型人機がまず初手としてこちらのコックピットを引き裂こうとしたが、第六感では上回っている。

 そのため――否、そのほんの些細な戦場における優位だけで、首の皮一枚繋がったのだと。

 その通りだ。相手より圧倒的に優位な戦場など、この世界のどこを探しても存在しない。ボタンの掛け違い程度の力量差、あるいは一秒未満での判断ミスで、全てが決する。

「……あれは……前にも見たな」

 黒い機体色の新型人機は両腕を伸長させて《アサルト・ハシャ》部隊を保護する。リバウンドビットの光条で引き裂こうとしたが、その射程が届く前に撃墜されていた。

『速いわね。自律兵装を一度に三基も……!』

「速いだけじゃないですよ。あれの操主は……」

 黒い人機が両腕を束ね、直後には一直線に武装を引き延ばす。腕そのものを兵装に変える新型機の猛攻に顕は《キリビト・ゼノ》の守りへとリバウンドビットを呼び戻す。

 だが、それが仇となった。

《キリビト・ゼノ》へと直上から攻め入って来たのは紫色の機体色を誇る超重量級の人機だ。

『……あれは……! グレンデル隊の《ストライカーエギル》……! あの新型機は囮だったのね……!』

《ストライカーエギル》と呼称された人機がその両腕を装甲に干渉させる。すると、これまで無敵の頑強さを誇っていたリバウンドの装甲の加護が解けていくではないか。

「……この機体……! リバウンドを中和して……!」

『ヘイ! キョムの新型人機ちゃん! このまま丸裸にされるのをよしとするわけねぇよな!』

「……軽口は……死を招く……!」

 装甲を裏返らせ、格納していたリバウンドの鏡面砲門を開いていた。当然、《ストライカーエギル》は逃れられないはずだ。

『……ヤベェ……っ!』

『――いや、そこでいい』

 不意に割り込んできた通信網の声に意識を振り向ける前に、重火力が《キリビト・ゼノ》の装甲の一部を剥離させていた。黒煙が上がり、リバウンドビットをその守りに充てようとして、すぐさま黒い新型機の蛇腹の腕に遮られる。

『……隊長、お膳立ては整った』

 その声の主に、顕は目を見開いていた。

「……うそ、だろう……? サイラス?」

『顕くん! ここで集中を切らせば……!』

 一点のシミのように浮かんだ疑念は、研ぎ澄まされていたはずの戦闘勘を鈍らせる。その証左のように電磁加速砲から放たれた砲弾が《キリビト・ゼノ》の肩口に突き刺さり、次いでステルス機に積載されている全身これ武器とでも言うような武装のハリネズミの人機が直上より照準する。

 顕は照準警告が劈く中でまともに動けないでいた。

 黒い人機に乗っているのがもし――自分のよく知るサイラス・クライヴなのだとすれば、そんな予感が鎌首をもたげたその時には、黒い新型機は切断性能を携えた腕をしならせ、携えた刃でリバウンドビットを叩き割っていく。

 次々と神経が断絶される感覚を味わいながら、顕は硬直していた。

「リバウンドビットの即時呼び戻しを……いや、違う。R装甲の反射性能を取り戻させて……駄目だ、全部遅い。これじゃあ……」

 黒い人機が眼前へと降り立つ。

『トドメだ』

 それが全ての終わりの合図のように、顕は視界が両断されたのを感じ取っていた。

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