JINKI 340-2 未だ届かぬ身

 そう言い切るなり、本当にここに招集した理由は終わりだとでも言うようにセシルは背中を向ける。再び作業に没頭した彼を呼び戻すような言葉もないのか、ダテン=スーは理解しかねた様子のまま、自分の車椅子を押そうとして顕はふと尋ねる。

「そうだ。……今さら、何でおれなんだ、と言うつもりはないんですけれど、一つだけ。……おれに匹敵する操主が、あの施設には居たはずです。何で……そいつではなく、おれだったんですか?」

 脳裏に浮かんだのはよく軽口を交わしていたサイラスの相貌であったが、その姿は明瞭な像を結ぶ前に霧散する。

 戦場で遭遇した黒の人機――オレンジのバイザーの奥に覗く衝動の獣の眼差しによって。

「何で、どうしてだと? ……可笑しなことを聞くな、君は」

「ドクター……お気を悪くしたのなら……」

 ダテン=スーがフォローに回ろうとして、セシルは指を一本立てる。

「なに、単純な話だ。一位と二位の間には、往々にして埋めようのない隔たりがある。僕はそれを加味して、君を買ったんだ、氷野顕。この答えでは不満かい?」

 一位と二位に隔たる差――真実、その答えでしかないような論調に顕は追及の言葉を仕舞っていた。

「いえ、いいんです。……そういうことなら、おれは……いい」

 ここで食い下がらなかったのは、単純に理解できてしまったからに他ならない。別段、サイラスとの友情に想いを馳せていたわけでもなければ、彼が選ばれなかった不運を恨むわけでもなし。

 ダテン=スーに車椅子を押され、研究室から出た顕は格納庫へと向かっていた。その道中で上下逆さまの街並みを誇るシャンデリアの威容を目の当たりにする。全ての叡智、全ての文化を内包するかのようなその在り方は人間の傲慢さそのもののようであった。

「……顕くん。私は……キョムの命令のままにあなたをここに招いた。今はその判断に……迷いがあるの。私にはもっと……冴えたやり方があったのではないか、と」

「いえ、ダテンさんは命令に忠実であっただけでしょう? おれも似たようなものなんです。戦場では命令に逆らうことなんてなかった。施設でもそうだ。おれは……誰かの想いを挫いてまで、前に立とうなんて思ったことはない。何ででしょうね。……どこかでおれ以外の人間が選ばれたほうがキョムの八将陣には相応しかったのではないかとさえ、考えてしまう」

「それは……! それは私も同じ。行き着く先がここであっただけで……特別なことなんて、何も……」

「なら、おれたちは似た者同士なんでしょう」

 気の利いた言葉なんて吐けない。そんなに器用に成り下がったわけでもない。ただ、ここに居る己に対して嘘をつきたくないだけだ。

 ダテン=スーは戸惑いながらもアーチ状の天蓋に守られた格納庫へと歩を進めていた。収まっているのは《バーゴイル》だけではない。カリスの乗機、《バーゴイルシザー》。ハマドの《K・マ》、それにジュリの《CO・シャパール》。どれもこれも、一線級のメンテナンスを施され、今に解き放たれる時を待ち望んでいる。

「……八将陣の牙は、まだ潰えていない、か」

「ドクターの思惑は何なのでしょうね……。私たちに経験を積ませることだけが目論見とも思えないのですが……」

「それも結局は、この世界の結果論に集約されます。おれは……誰かの重石になったり、足を引っ張ったりするのだけは御免なので……この有り様がちょうどいい」

《キリビト・ゼノ》を与えられ、戦場へと何度も介入する。その度に洗練されていくのは自分たちの連携だ。

 リバウンドビットは未だに扱いは難しいものの、それでも少しは慣れてきた。このままならば、戦場での有用性を示すのもそれほど遠い話でもないだろう。

 そこまで考えて、はたと思い至る。

 自分はまた戦場に舞い戻りたいのだろうか。

 一度は地獄を味わった、あの戦地――灼熱の土くれと、黒煙と、そしてリバウンド兵装のオゾン臭が充満する、全ての死地へと。もう一度、舞い戻ってでは如何にする。

 以前は生きるために戦っていた。生き残る、ただそれだけのために。

 ――しかし、今は?

 遠隔操縦で身の安全は保障され、なおかつ敗北しても誰かに咎められるわけでもない。こんな戦場を、自分は望んでいると言うのだろうか。

「……ダテンさん。おれは多分、もうとっくの昔に壊れてしまっているんだ。だから、こんなことを思い浮かべる。……こんな足で、もう一度、終わりの淵のような戦場に……赴きたいなんて」

 それは破壊衝動と何ら変わりはない。

 ダテン=スーはしかし、そんな自分を責めなかった。

「……いずれは。ドクターも考えがあるはずです。このままで終わるわけがない。私たちの、戦場は……」

 ダテン=スーも言葉を彷徨わせる。

 きっとまだ――お互いに答えなんて出ないはずなのだから。

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