「おあいにく様。メカニックを信用しているのだから、操主は最善のパフォーマンスを尽くせるように注力すべき。私はこの後、仮眠よ。ふわぁ……眠い」
イヴとて歴戦の勇士だ。休むべき時を見定め、戦う時には全力を尽くす。それが戦士にとって重要な因子であることは理解しているはず。
しかし、サイラスにはそう易々と休憩できる気がしなかった。
全ては遭遇したキリビトタイプのデータ清算に起因する。
「……あの白いキリビト……自律兵装を使ってきた」
「珍しくないでしょう? リバウンドビットよ。トーキョーアンヘルのメンバーも実用化に漕ぎ付けようとしているみたいだけれど、まだ技術的な側面での困難さが際立っているみたいね」
イヴは《ヴェロニカ》のコックピットに背中を預け、欠伸を漏らす。
「それを遜色ないレベルでの実用化……いや、それだけじゃないな。R装甲と、巨大人機による介入行動。どれもこれも、特一級の存在だ」
「キリビトタイプなんて南米とか他の戦線じゃ珍しいってわけでもないでしょう? データベースは……」
「参照したさ。その上で言っている。……あのキリビトは特殊機だ」
確証めいた言葉を発したのでイヴが少しだけ興味深そうにこちらへと視線を振る。
「特殊機? 随分と尚早な言葉を使うのね。キリビトタイプだって人機のうちよ? 確かに高出力の連結血塊炉と、それに伴うリバウンド兵装はなかなか建造も難しいけれど……」
「そうじゃない。あれは……」
そこから先をサイラスは思わず濁す。《ヴェロニカ》で切り込んだ瞬間、サイラスは確かに感覚していた。
キリビトタイプの中に潜む、魂とでも呼ぶべき存在を。
操縦のクセと、そして徹底的に全てを叩き潰す几帳面さからも窺える――あれに似た感覚を持つ操主を、恐らく自分はよく知っている。
「……けれど、キリビトタイプを苦労して鹵獲したって言うのに、中身がないって言うのは納得できないわね」
「中身……そうだ。あれには操主が居なかった……」
操主が納まっているはずのコックピットブロックにあったのはたった二つのアルファーのみ。つまりは遠隔操縦であったのだろうが、遠隔でキリビトタイプを動かせるほどの技術を持つキョムを相手に、自分たちは遅れた抗戦を続けるばかりだ。
ランディの《ストライカーエギル》が切り込み、ダグラスの《ハルバード》の超火力があっても、キリビトタイプをあの場で縫い留めるのがやっと。完全な破壊には至らず、血塊炉は沈黙と同時に内部で破砕していた。
正しい意味では鹵獲ですらない。
これでは物言わぬ骸を掴まされただけだ。
「ま、難しく考える必要なんてないわよ。キリビトタイプの鹵獲なんて、これまでだって成功していないんだから。キョムの技術は随分と先に行っているみたいだしね。私たちに解析されるくらいならば自爆……今回それがなかったのは僥倖なほどよ。キリビトほどの巨大人機があの場で自爆してみなさい。恐らく私たちは無事では済まなかったわ」
「……自爆しなかったのは、理由がある。そうだ、そのはずなんだ。オレたちに解析されるのを……わざと容認した?」
《ヴェロニカ》に送信されてくるデータを捌きつつ、サイラスは顎に手を添えて考えを巡らせる。それを目にしてイヴは呆れ調子であった。
「……あのね、どれだけ考えたって私たちは操主なんだから。後はメカニックに任せたら? 《ヴェロニカ》だって完全とは言い難いんでしょう?」
イヴの忠言通り、《ヴェロニカ》の完成度は未だに七割前後。本来ならば実戦投入も控えたいところなのであろうが、キョムのキリビトタイプが前に出てくるのならば、遊ばせておくような余裕はない。
「……オレと《ヴェロニカ》は、いつでも出られる。ただ……考慮のうちに入れたい。キリビトがまた出てくれば、そんじゃそこいらの《アサルト・ハシャ》では叩き潰されてしまう。そうでなくとも《アサルト・ハシャ》は市街戦メインの有限の機体。あまり前に出し過ぎれば、要らない犠牲を増やすことになる」
「だからって、あなたが出れば変わるって? それは驕りと言うものよ」
そうかもしれない。だが、せっかくグレンデル隊に配されたのだ。前を行く兵士を一人でも救いたいと願うのは、それは傲慢な考えであろうか。
「……いずれにしたって、キリビトタイプを相手に善戦を繰り広げられた前回の戦力は優秀だ。あれに関して、隊長は?」
「それも込みで、トレーニングルームで、なんでしょうね。ここに居たって始まらないわよ?」
その言葉を受け、サイラスはようやく《ヴェロニカ》のコックピットから出る。入れ替わりにレベッカが腕捲りをして片手を上げたのでハイタッチを交わす。
「任せてくださいっす! クライヴ氏の《ヴェロニカ》はピカピカにしておきますから!」
「……だから、ファミリーネームで呼ぶのは……いや、いい」
メカニックに後のことは任せ、サイラスはトレーニングルームに続く廊下をイヴと共に歩む。
「……それにしたって、少しは大人しくなったって思うべきなのかしらね。前まではトレーニングルームにさえ来なかったのに」
「連携が必要だろう。オレだけではキョムには勝てない。それを理解したまでだ」
「……可愛くないなぁ。ま、そういうところを隊長も買ったんだろうけれど」
トレーニングルームでは既にランディとカミールが日々の体力作りに勤しんでおり、シェイナがルームランナーで走っている。
その最奥で最も荷重のかかる油圧式の操縦トレーニングをしているのが、グレンデル隊の隊長であるウィラード・ダグラスであった。
「おう! 何だ何だァ? わざわざここに来るまでイヴと一緒たぁ、隅には置けねぇなぁ!」
ランディはチームのムードメーカーとして言葉を振ってくるが、サイラスは嘆息を漏らす。
「……たまたま一緒になっただけだ。他意はない」
「分かってるってェの! マジメか? お前はよォ!」
真面目かどうかを説かれるのにここまで最悪な人選もない。カミールはトレーニングを終えてランディに言葉を差し挟む。
「ランディ。サイラス君はまだ慣れていないのですよ。もう少し距離感と言うものを……」
「何だよ、カミール! てめぇは相変わらず面白味のねぇ奴だなァ!」
「……面白くなろうとは思っていませんので。ところでサイラス君、前回の戦い、お見事でした。キリビトタイプへと果敢に切り込むその在り方、見習いたいところですよ」
カミールは戦歴に関してはどちらかと言えば素直なほうだ。純粋に曲者の多いグレンデル隊では常識人を気取ることもあるのだろう。拍手を送られて嫌な気分ではなかったが、サイラスはいちいちそれを喜ぶような恥知らずでもない。
「……まだ、《ヴェロニカ》の性能の半分も出せていない。もっと楽に制圧できるはずだった」
「それに関してで言えば、俺も同感だな。《ストライカーエギル》でキリビトの装甲の上に立つなんざ、ビビっちまうよ」
「ランディ。しかし、《ストライカーエギル》の持つR装甲は重要です。今のところ、接触によるリバウンドの中和が可能なのは《ストライカーエギル》だけなのですからね」
「それくらいは分かってるよ。ったく、カミール。てめぇはまるで煙草のパッケージみたいに格式ばったことばっかり言いやがるな」
言い合いはするが、この二人の仲が険悪なわけではないと分かったのは最近のことだ。むしろ、こうして互いに言い合うことで隊内の不平不満のガス抜きを行っている証拠であった。ランディは軽口だが、戦闘においてはグレンデル隊でも抜きん出ている。カミールは慎重だが、《バーゴイル改修型》の役割は戦場での情報収集がメインであるため、自ずと全員の立ち回りを俯瞰するのが常だ。だから、自分では思い至りもしないミスやラグの発見には役立つ。
「ちょっと! シェイナ! 聞いてるの!」
イヴがずっとルームランナーで走っているシェイナの肩を引っ掴むと、その耳からぽろりとイヤホンが抜けていた。
「……何」
「呆れた! またトレーニングしながら音楽聞いて!」
「……私の勝手でしょう」
イヴとシェイナは同型の《ヴァルキュリアトウジャ》を操る手前、一糸乱れぬ連携を求められているが、普段の彼女らはまるで馴れ合おうとはしない。明るい調子のイヴに対し、シェイナはどこか陰鬱で、なおかつ積極的に話題に入ることもないが、サイラスはシェイナの戦闘技能の高さを窺い知っていた。同じ《ヴァルキュリアトウジャ》を操縦するのでも、二人のスタンスはまるで正反対。
だからこそ、戦場では上手く機能するのだろうと言う納得がある。
「……揃ったようだな」
それらを待ちわびていたように、ダグラスが油圧式のトレーニング器具から両腕を離し、首に巻いたタオルで汗を拭う。
これがグレンデル隊におけるブリーフィング開始のサインであった。
「隊長ぉ! キリビトに対して、私たちに情報が降りてこないって何です?」
早速、今日の議題に切り込んだイヴにランディは腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
「それもそうだ。キリビトタイプは確かに重要な敵戦力ですが、現場権限と言うのがありますよ。俺たちに充分な情報がなければ、次はないんですからね。上役は何を考えてるんです?」
「恐らくは、だが……キリビトタイプの接収に打って出たのは上にしてみても幸運に過ぎないのだろう。これまで、キョムの人機は行動不能に陥れば自爆してきた。あの戦場でキリビトレベルの巨大人機を自爆させれば、わたしたちの部隊は半壊していただろう。それを相手はしなかった。そこに意味を見出している」
「意味と言うと? 私たちは前に出ろと言われたから、あの場では制圧任務に打って出たまでです。秘匿されたままでは、優位が覆りかねませんよ」
カミールの《バーゴイル改修型》からもたらされた情報網は貴重だ。戦場においては羅針盤となる。ゆえにこそ、開示されない情報はそれだけで足を引っ張るのだ。グレンデル隊の足並みにおいて、隠し事はためにならない証左でもある。
「……安心しろ、とは言えん。キリビトタイプの鹵獲はこれまでに前例がないからな。とは言っても、血塊炉は完全に沈黙。そして重要なのは、操主だが……」
「コックピットはもぬけの殻。いや、違う。……最初から操主は乗っていなかった」
濁した先を断言したサイラスに、ダグラスは首肯する。
「そうだ。あったのはたった二つのアルファーのみ。これは全員に開示されていると思うが、アルファーによる遠隔操縦は、我らが米国でも実験機レベルの技術だ。それをキョムはあれだけの機構を盛り込んだキリビトの新型として、実戦投入してみせた。事実、あの戦闘で大勢の兵士が死んだのだからな」
自ずと沈黙が流れる。米国の誇る重要機密部隊であるグレンデル隊とは言え、血も涙もないチームというわけではない。兵士の死にはきちんと哀悼の意を捧げるくらいの一般的な感性はある。
「……《アサルト・ハシャ》で前を行くなんざ、もうやらせられませんよ。俺たちがもっと早く……到着していれば……!」
拳を握り締めるランディはそう言った機微に聡い。ムードメーカーと言う役割をただ散漫にこなしているのではなく、本心から死を悼み、そして感情的であるのだろう。サイラスにしてみれば、グレンデル隊を動かす原動力に近い部分にある男だと分析する。
「ランディ、気持ちは分かる。上の言う《アサルト・ハシャ》の量産には賛成だが、これ以上むやみに兵士を死なせることはない。わたしにしてみても今回の犠牲に関しては一家言あるつもりだ。……だが、キリビトタイプが前に出れば新兵はまず生き残るための方策を練らなければならない。そうでなくとも、我々だって生きて帰れる保証なんてない」
「キリビトタイプをキョムが量産しているとは? 考えられませんか?」
カミールの疑問ももっともで、こうも立て続けに制圧作戦を建てられてしまえば、如何に優秀なグレンデル隊でも間に合わない。実際、今回も運がよかっただけだ。一手でも間違えれば、ランディは高出力R兵装に撃ち抜かれていただろうし、前を行く自分も自律兵装に引き裂かれていても可笑しくはなかったのだから。
「それは考慮のうちに入れていると思っていいだろうが……サイラス、お前の所感を聞きたい。あの新型のキリビトはどうであったのか、と」
「切り込み隊長の忌憚のない意見ってことか」
ランディに茶化されながらもサイラスは対面した感覚を言葉にする。
「……あれは……ただのキリビトタイプとは思えない。キョムにしてみても試金石なのではないかと推察する。実際、南米戦線じゃ試作型と思しきキリビトタイプは居たんだ。そいつらみたいなやり口をもう一回、試してみている、と考えたっていい」
「サイラス君が言うのならば、キョムには我々でも窺い知れない思惑があると見るべきでしょうね。実際、私も《バーゴイル改修型》で観察した限り、あの自律兵装を《アサルト・ハシャ》相手に試しているように映りましたし」
「ターゲット代わりってことか。……気に入らないな、キョムの連中……!」
カミールとランディの論調には怒りが垣間見える。米国に与する兵士である以上、自分たちだけが有用で他は雑魚という考え方ではないのだろう。そもそもグレンデル隊も血続の実験部隊に等しい。使えないと判断されれば、一瞬で前線を行くだけの駒となる。
「でも、それにしたって迂闊だと思うわ。キリビトタイプを鹵獲されれば、相手がほぼ無尽蔵の兵力を持っていたって困るはず……。隊長、今すぐ解析班に連絡を。何か……きな臭いわよ、これ……」
イヴは明朗快活に見えて、これで審美眼に優れている。戦場を俯瞰するのはカミールとイヴ、そしてシェイナの三名で成り立つチームワークなのだが、シェイナにはその自覚は薄いようで今も片耳のイヤホンで音楽を聴きながら作戦指示書に目を通す。
「……正直に言えば、キリビトタイプを何回も相手にするのは骨が折れる。次は戦いの場になるかどうかも危ぶまれるのよ。破壊できるのなら、いち早く破壊すべき、ね」
「シェイナ! てめぇは前を行かないから言える……! 俺や隊長みたいに撃墜の憂き目に遭ってからじゃ遅いんだぞ!」
「それは弱いからでしょぉ? 私は違う」
一触即発の空気になりかねないところを、受け持ったのはカミールであった。
「よしてくださいよ、ランディもシェイナも……! 今大変なのは、私たちもそうですが、作戦指揮をする上役だって、慎重に違いないのですから」
「カミール。あんた、私たちを身勝手に前線に駆り出す上の味方なの? それだけはないわ」
イヴがやれやれと肩を竦めると、それには同意見であったのか、ランディもシェイナも攻撃的な言葉を仕舞う。
「……やってられねぇな。臆病者の意見なんざ」
「それは同感。腰の引けた奴なんてお呼びじゃないのよ」
「……三人とも……! いえ、私が怒ったって仕方ないのですが……どうにかなりませんか、隊長」
怒りの矛先を収めかねてカミールは困り果てる。サイラスはこの場の意見を取りまとめる隊長へと視線を向けていた。
ダグラスは全員分の言葉を受け止めた後に、傷を纏ったその相貌を上げる。
「……我々は米国の矛であり、盾だ。いずれにしたところで国民のために奉仕する存在でなければならない。身勝手な独断専行も、ましてや撤退など許されるはずもない。グレンデル隊はこれより、第一種戦闘配置のまま別命あるまで待機」
「それは……キリビトタイプがまた動き出すって言うんで?」
問いかけたランディにダグラスは鋭い一瞥を振り向ける。
「忘れるな。あらゆる可能性が同一線上に存在している。我々が鹵獲したと思い込んでいるだけで、相手は懐に深く潜り込んでいる可能性だってあるんだ」
「それは……ちょっと弱気じゃない? 襲って来るかどうかはメカニックに任せれば……」
「もしもの時に止めるのは我々だ。その時に一名の犠牲も出してはならない。イヴ、シェイナはメンテナンス終了時点で《ヴァルキュリアトウジャ》にいつでも乗れるようにしておけ。ランディ、お前は《ストライカーエギル》で、だ。カミール、お前はメカニックとシステムを同期しておけ。想定外のことが起これば、その時のデータを最も冷静に取れる位置でな」
「構いませんが……。それだと隊長とサイラス君は……」
「サイラスはこの後、話がある。わたしに付き合ってくれ」
「……オレが?」
ここで呼び止められるとは思っておらず、サイラスが顔を上げる。ランディはわざとらしくそれをからかう。
「何です? まさか新入りとデートですかい?」
「そのまさかだ。サイラス、一対一で話がしたい」
ダグラスが伊達や酔狂でこのような軽口に乗るわけがない。理由があるのだろう、とサイラスは悟る。さすがにこの数日間、グレンデル隊で揉まれれば嫌でもその理屈くらいは身につく。
「……分かった。ランディ、悪いな。オレが先に隊長からラブコールを貰ったからな」
「とは言ってもノンアルコールだろ? じゃあ俺はパスだな。それに、夜が楽しみなのはてめぇよりも隊長のほうだぜ? 知ってるか? 隊長の攻めはすげぇぞ?」
「……心得ておくよ」
こうして冗談を言い合えるだけの仲になったのもよくよく考えれば可笑しな帰結だ。元々は冗談なんて吐いて捨てるほどに嫌いだったのに、この部隊に居ると嫌でも身に着けなければ持たないのだから。
「では、解散。各々持ち場に戻れ」
その一言でトレーニングルームのブリーフィングは終わりを告げ、めいめいに部屋を去る中でイヴが片手を振る。
「サイラス! ……隊長のすんごいのにヤられちゃわないでよね」
「安心しろ。これでも素面だ」