JINKI 340-3 距離と感覚

 その言葉を聞いて満足そうな笑みを浮かべながらイヴが立ち去る。残されたのはダグラスと自分の二人きり。汗のにおいが蒸れたような臭気を放つが、生憎とお互いにそういう性質でもない。

「……行くか」

 ダグラスは軍服を羽織り、足元のクーラーボックスを担いでこちらへと一瞥をくれてから歩き出す。サイラスはその半歩後ろをついていっていた。

「……隊には慣れてきたようだな。ランディのジョークとイヴのキツいのを受けられるようになったら上出来だ」

「慣れないさ、そうは言ってもな。もし本当に隊長にそういうケがあるんだとすれば、オレは逃げさせてもらうが」

「安心しろ。わたしも性事情に関してで言えばノーマルだよ」

 軍服の襟を正したダグラスに、そりゃ安心、とサイラスもフッと笑みを浮かべる。

「だが……キリビトタイプに関して、あまり公言できない何かがあるのは窺えた。隊長、あれは……」

「もう少し待て。格納庫の中にはひそひそ話にちょうどいい場所がある」

 そう言ってダグラスが促したのは真っ黒な部屋であった。

「なるほど。電波遮断室か。確かに秘密の話にはもってこいだ」

「座れ。ちょうど飲み物もある」

 電波遮断室へとダグラスはクーラーボックスに仕舞っておいた炭酸飲料水を差し出す。ちょうど喉が渇いていたところだ、とサイラスは一気に呷っていた。

 電場遮断室にはさしずめ取調室めいた簡素な椅子が一対と、そして銀色の光を反射するテーブルが一つ。

「軍法会議にかけられるみたいだな」

「あながち間違ってはいないのかもな。……サイラス。お前はあのキリビトタイプの……操主を知っているな?」

 全てを見透かすようなスカーフェイスにサイラスは隠し立てをしたところで無駄か、とサイラスは対面に座り込む。

「……オレの直感めいたものでよければ、だが」

「いい。血続操主の直感は当てになる」

「……あんたは血続じゃないのにな」

「自分にはないものを持っている人間たちを見極める、それが部隊を纏める隊長の素質と言うものだ。サイラス、お前だけではない。イヴも、シェイナもそうならば、カミールやランディだってそうだ。全員、わたしにはないものを持っている。多角的に見れば、如何にそれが精巧に秘匿されていようとも、どこかで弱点が露呈するもの。ランディたちが見えないものもお前ならば見えていることもある。無論、逆も然りだ」

 ダグラスの軍人としての資質は相当な熟練度に達しているのだろう。明らかにまだ実力も、審美眼も足りていない自分のような存在を受け持っているのだ。彼は当てになると信じて、こうして対話の時間を設けてくれている。

 いや、これは対話と言うよりも「言い訳」の時間か。

「……《ヴェロニカ》で切り込んだ瞬間、イメージ……としか言いようのないものだが、オレに流れ込んできた。これは血続操主だけが持つビジョンと言えるだろう。武器がめり込んだその時、あのキリビトタイプを動かしていたのは間違いなく……氷野だった」

「お前の報告書にあったな。アキラ・ヒョウノ――日本人の血続操主であり、あの実験施設においてお前とは旧知の仲であったと」

 今さら報告書に噛みつくような気分でもない。事実は事実として陳列されている。

「氷野なら、キリビトタイプを自由自在に動かせるのも納得だ。あいつは物が違う」

「そこまでお前が太鼓判を押すのならば相当なのだろう。しかし、解せないのは一つ。アキラ・ヒョウノは足が不自由だったと伝え聞いている」

「“取り込まれた”んだ。あいつは……戦場の中で、人機に足を喰われちまった」

 その意味するところを人機操主ならば分からないはずがない。ダグラスは厳めしい顔をさらに険しくして、腕を組んで嘆息をつく。

「……なるほどな。“取り込まれる”現象か。人機に乗れば乗るほどに増すリスクだ。現在、米国の人機操主でそれを知っているのはごく一握りだが……南米戦線に参加したような古参の操主の中では周知の事実となっている。わたしも……そろそろキてるのかも、とな」

 ダグラスが自らの掌へと視線を落とす。サイラスはしかし、それを憐れむわけでもなければ、危惧するわけでもない。“その時”はいつ訪れるのか、誰にも分からないのだから。

「……誰もその時が来るまで分からないものさ。どちらにせよ、氷野だとしてあの挙動には疑問が残る。キリビトタイプを動かすのに、足が効かないままじゃどうしようもないはずなんだ。いくらあいつが血続として稀有な才能を持っていたってな」

「……それを補助する人間が居る。下操主、か」

 ダグラスとの会話には無駄がないのでサイラスは助かる限りだ。しかし、下操主が存在するとして、顕の技量に比肩してみせる存在などそう簡単に見つかるとは思えない。

「オレの考えで行けば……下操主なしであれだけの人機を操縦するのは不可能に近い。いや、実際不可能なんだろう。それを可能にするのが、キョムの実験技術だ」

「米国とて一枚噛んでいないとは限らない……か。己の不実を直視するようで嫌になるが、それも致し方なし。サイラス、お前はグレンデル隊の中でも貴重な切り込み隊長だ。そんなお前を軽んじたり、疎んじたりすることは如何に同じ米国内の組織であろうとも許すわけにはいかない」

「何だよ。お優しい隊長さまはオレを庇ってくれるのか?」

「まさか。逆だとも。お前が、わたしたちを率いて前を行け。わたしの力が当てになるかは分からんが、それでもだ。かつて失った朋友の面影があるのならば、振り切り断ち切り、そして全てを清算してでも、な。お前は正しく、未来に生きるべきなのだろう」

 それで対話は終わりだとでも言うようにダグラスは電波遮断室から出て行こうとする。その背中へとサイラスは告げていた。

「……なぁ、ウィラード・ダグラス隊長。オレは……まだまだ何一つ成し遂げられない、未熟な人間か?」

「さぁな。それはこれから先の未来が決める。いつだって、未来を描くのは若人の特権だ。わたしのような錆び付いた人間が言うようなものでもないさ」

 片手を上げてダグラスは部屋を出る。その背中が完全に見えなくなってから、サイラスはぼやいていた。

「……嘘を言うなよ。あんただって……まだ燻ってる。戦いを忘れられるほど、オレたちは器用になんかできちゃいないんだ」

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