元より、自分たちの捕獲は想定済みであったわけか。それならば、この用意周到な潜水艇も、そして《アサルト・ハシャ》の発展機も説明はつく。
「だが、《空神アサルト・ハシャ》だったか? あれ……妙な感じがしたぜ? 水色の防御障壁のようなもんもあったし……何だってんだ?」
「水色の防御障壁は我が方が独自に開発しているリバウンド反射装甲の一部です。ただし、これまではリバウンドを積めば機体重量が重くなり過ぎる。ならば、逆転の発想でしてね。おっと、ここから先は守秘義務が」
わざとらしく唇の前で指を立てたコンコルザに南は切り込んでいた。
「……一つ、よろしいでしょうか? あなたたちは京都支部の人々を利用し、《キリビト・レキ》と言う名の災厄を造り上げた。その上、人造血続操主、《モリビト天号》……挙げ始めればキリがないほどの罪過です。それに対しての釈明は?」
「釈明……ですか。日本人は細かいことにこだわられて困る。よいですか? 大事の前の小事、そういうことわざがあるでしょう? 使えるものは使い尽くし、必要な資産はつぎ込む。それが賢い人間の立ち回りというものです。あえて、愚かさを演じることでさえも必要でしょう。京都支部の皆さまやトーキョーアンヘルがそうだとは思いませんが、時に人間は本音と建前を使い分ける。ワタシはそれこそが最短距離だと思うのです」
「……てめぇ……じゃあそんなエゴで……使い潰された人間のことは考えもしねぇってことかよ……!」
勝世は骨が浮くほどに拳を握り締める。彼の中にある義憤は本物だ。南にもそれは分かるが、同時にコンコルザの言い草にも納得してしまう自分も居る。
組織であるのならば、そこに要らぬ感傷を持ち込むことの一回や二回はあるだろう。それでも間違えないように、道を違えないようにするのが大人の務めなのだと思い込んでいたが、コンコルザは違う。
間違えたとしても、そこに生じるリターンが勝っていれば、それは勝利なのだと。京都決戦時、《モリビト天号》はキョムに鹵獲され、さらに言えば貴重な血続操主も失った――それでも、金剛グループ側が入手した情報とデータはあまりにも膨大であり、その上ここから先の人機産業を回すのに当たって優位である。
「……言い訳をしないのは美徳と言えるでしょうね。ある意味では、ですけれど」
「さすがはトーキョーアンヘルのリーダー。理解が早くって助かりますよ」
「姉さん……! そりゃねぇってもんじゃ……!」
「勝世君。私はトーキョーアンヘルの頭目としての仕事があるわ。個人的な心象なんていちいち気に留めてはいられない。それはどのような組織でも言えること」
「そうでしょう。やはり分かっている人間同士で話をするのが手っ取り早い。我々の悲願とあなた方の理想は同じく――」
「ですけれど……ねぇ……ッ!」
この場で瞠目したのは隣の勝世だけではない。
コンコルザを護衛していた兵士たちも同じのようで、思いっ切り張り手を見舞った南に対し、茫然としている。
「……は……?」
「私たちの仕事は確かに……憎まれ役よ。当然、色んな人に恨まれて……悪役を買って出ることだってある。けれど……魂まで悪に売ったつもりはないわ!」
啖呵を切った自分に硬直しているのは勝世だけではない。コンコルザの護衛を務めていた兵士たちは戸惑いを浮かべている。
「……痛いですね」
「……代表。殺しますか」
その言葉でようやく平静を取り戻せた様子の兵士たちをコンコルザは諫める。
「いい。……むしろ俄然、あなた方と喋るのが楽しくなりましたよ。そう、ただ単にイエスマンだけを置けばいいというわけではない。調停とはそういうものです」
兵士たちの動きが止まる。勝世ももしもの時には徹底抗戦するつもりであったのだろう。互いに矛を収め、そして南は言い捨てる。
「金剛グループが私たち、トーキョーアンヘルに接触した理由なんてシンプルなんでしょう。ハッキリなさったらよろしい」
「……分かりました。本当ならば、到着してから見せるつもりでしたのですが……考えが変わりました。そこまで覚悟なさっているのならば、こちらへどうぞ」
コンコルザが歩み出す。その護衛兵たちがこちらへと警戒を続けている。南は精一杯、視線を外さずに睨み返していた。
「……ああ、寿命が縮まった……。あのですね、南の姉さん……。確かにスカッとはしましたが……あんな真似、もう二度と御免ですからね!」
勝世が憔悴しきった様子でこちらへと言いやる。南自身、あまり心臓によくないなと思っていたところだ。
「……分かってるってば。清濁併せ呑む、でしょ。けれど……どうしても我慢ならなかったのよ。三宮さんや……月代さんを利用しただけじゃない。それでさえも些事だって言い切ってしまう……あのいけ好かない戦争屋の表情がね。グーじゃなかっただけ褒めて欲しいもんだわ」
「……今度はグーが出ちまいそうですけれどね。ここは相手のテリトリーなんです。さすがにオレだって、サバイバル術に長けているって言っても、映画じゃないんだ。潜水艇からの脱出劇なんて無理ですからね」
「……すまないわね、勝世君。要らない心配をかけてしまっているわ」
「いいっすよ。護衛任務だって言うんだ。これくらいのリスクは承知の上っす」
その言葉に少しだけ救われた心地になって、南はコンコルザの後に続く。
「少し、お話しておきたいことがあります。これからお見せするものの本体の場所は、あなた方が如何に交渉条件において対等以上とは言え、教えることはできかねます。いわば、我々がこれを手に入れた、という情報のみをお教えするのみ」
「これだとかあれだとか……何だってんだ? まさか核弾頭だとかは言い出さねぇよな?」
「……ある意味では。核弾頭相当と言えるかもしれませんね。しかし、別段これをお見せするのは抑止論的な意味合いだけではありません。これは両陣営にとって意義のある捕獲だと思ったからです」
「……失礼。“捕獲”と仰いましたか? “鹵獲”ではなく……?」
もしキョムの人機をその手中に入れたのならば正しいのは鹵獲のはずだ。それを捕獲、とわざわざ言っている真意を探ると、コンコルザは満足げに口角を吊り上げる。
「ええ、その通り。我々はこれを捕獲したことで、全ての陣営から優位を取れる。その確証がございます。無論、トーキョーアンヘルにとっても無関係ではありません。むしろ、今日までこれがどの陣営のものであったのかは気にかかったはずですよ」
迂遠に誤魔化されている感覚もあるが、同時にコンコルザの自信も垣間見える。この情報の開示そのものに、まるで交渉の意味があるかのように。
「それほどまでの存在……特別な操主か……あるいは人機以外とは思えませんが。血続操主の擁立……ですか」
「血続操主ならば造ればよろしい。……おっと。またしても張り手が飛んできては怖いですね」
にこやかに応じてみせたコンコルザに南は不快感を露わにしつつ、それも確かにそうだと納得していた。金剛グループにとって血続操主は替えの利く駒。ならば、特別な操主と言う線は薄いだろう。だとすれば特別な人機か? とも思ったが、人機を“捕獲”とは言わないはず。
「お見せしましょう。こちらへ」
巨大な暗算機械が中央に鎮座しているデータルームへと通され、南は周囲を見渡す。電波遮断が厳密に行われており、レコーダーの類も持ち込めそうにない。
「こんな密室でお話ですか。相当に言えないことと見えますが」
「まぁ、そう言わないでください。お二人とも、立ったままこちらをご覧ください。我が社の有する高速演算を可能にするコンピュータです。現状、金剛グループからの送受信のみを可能としており、ほとんどスタンドアローンですが」
コンコルザが護衛の兵士たちへと顎でしゃくると、彼女らは高速でキーをタイピングする。金剛グループの造り上げた血続操主は同時にその手足であり、頭脳でもあるのだろう。すぐさま演算結果が弾き出され、数十個を超えた複雑怪奇なパスワード認証を超え、最後にコンコルザはサングラスをずらして網膜認証する。
「こちらです」
筐体の画面に映し出されたのは全体の印象では扁平な盾を想起させる形状であった。動物に当てはめるのならば海洋生物ならクジラか。しかし、有機的でありながらも無機質さを伴わせる姿かたちを、南は一番近くでよく知っている。
「……これは……《モリビト2号》の……リバウンドシールド……?」
思わず口にした勝世と南は同じ感想であった。リバウンドシールドにしか見えない形状の武器だが、そんな量産可能なものをわざわざここまでもったいぶって見せるわけがない。コンコルザの意図をはかろうとして、南ははたと記憶の奥にあった不明なる武装のことを思い出す。
だが、可能なのか。そのようなことが、そのような神さえも恐れぬ所業が。
「……コンコルザ代表。これは――かつて《モリビト2号》に強制装備された……不明武装、ですか……?」
その言葉にコンコルザがパチンと指を鳴らす。
「さすがはミス黄坂南。あなたも覚えていらっしゃいましたか。その参照動画があります。こちらを」
別のモニターに映し出されたのは《キリビト・コア》と激しくぶつかり合う赤緒の《モリビト2号》であった。東京上空にて一進一退を繰り広げる双方が大きく距離を取った瞬間、《モリビト2号》が雄叫びを上げるように機体を開き、その腕に飛翔してきた武装を装着する。
赤緒の声が相乗し、盾のように映る武装から放射されたのは巨大なリバウンドの光条であった。その眩さが《キリビト・コア》を一時的に退けたのと同期して、相手操主の声がレコードされている。
『あれはエクステンドの力……』
「……エクステンド……」
金枝の調査資料の中でも頻出した単語、そして《モリビト2号》に加勢したかと思うとすぐに遥か遠くの空へと飛び去ってしまった盾型の武装が、今まさに金剛グループの所有するデータの中にある。
「その通り。エクステンドの力。それは我々も長らく研究しておりました。その際、あらゆるアプローチから、発掘あるいは調査を進めた結果、この武装の所在地の割り出しに成功。これ自体に、力はありません。ですが、特別な人機と特別な操主と組み合わせた時のみ、超常的な力を発揮する。ワタシたちはこれをエクステンドの遺産――クリオネルディバイダーと名付けました。とは言っても、名付け親は別に存在しているのですが」
「名付け親……?」
コンコルザはその反応が来るのが心底楽しみであったかのように口元を緩める。
「あなた方にとっても無関係ではありませんよ? クリオネルディバイダーは、人機研究者であり、なおかつあなた方のメイン操主である少女、柊赤緒の身元引受人――その名は柊垢司。彼こそがクリオネルディバイダーと、エクステンドの力に関しての論文を残している……我々金剛グループの元研究主任であったのですからね」
「……まさか。赤緒さんの……」
絶句したこちらの様子に喜悦の笑みを浮かべながら、コンコルザは耳元まで寄ってきて囁く。
「……これは秘匿事項なのですがね。クリオネルディバイダーは我が金剛グループの手中にある。これはあなた方日本だけではない、アンヘル、米国、そしてキョムにとって……これまでのアドバンテージを変える、最上の一手となることでしょう」
コンコルザの言葉が事実なのだとすれば、それは何も誇張ではない。
エクステンドの力が世界を変えるほどの代物であるのならば――大げさでも何でもなく、戦局を覆す切り札そのものだったからだ。