JINKI 340-6 謀る奇跡

「言いっこなしっすよ、南の姉さん。オレも正直……連中にはムカついていたところですし」

 潜水艇の中で幽閉された自分と勝世は、せいぜい本国の判断を待つほかない。金剛グループの潜水艇の中は静かで、コンコンと鉄製の壁を叩いても反響音さえもしない。

「……よくできた潜水艇だこと」

「姉さん。……この際です。状況を整理しましょう。金剛グループは秘密裏に、エクステンドの力の解析を行っていた。その過程で、三宮金枝ちゃんが必要だったから、京都支部のスポンサーを名乗り出た。ここまでは大丈夫です?」

 勝世の問いかけに対面に座り込んだ南は頷く。

「そうね……金剛グループにしてみれば、京都支部の実験は渡りに船……無論それは資金難に陥っていた京都支部にとってもね。どっちかがどっちかを利用していたんじゃない。共依存のような関係で繋がっていた京都支部で、三宮さんのデータを使って……エクステンドの力なるものの解明が行われていた……」

 あの時点で気づけなかった己の失態だ。

 そもそも、金剛グループが京都支部に接触した時点で強硬策に出るべきであった。それを金枝のためという大義名分を使って、わざと遠ざけていた過去の自分を叱責したい。

「ですが、これも妙な話です。エクステンドの力を探求するために、金枝ちゃんが利用されていたとしましょう。にしたところで、揃い過ぎている」

 勝世の懸念には南も同意であった。

「そうね……。金剛グループが欲しい条件を、全て満たしていたのがあの時点での京都支部であった。……でき過ぎているわね」

「本当の話、米国だって血続の研究はしていたってのが、マジなところじゃないですか。だって言うのに、米国よりも日本でなければならなかった。これは何なんです? オレが思うに……極東国家に血続が集中しているのって、偶然じゃないんじゃないですか?」

 勝世は胸ポケットに入れておいた煙草を取ろうとして、ここが閉鎖された潜水艇であったのを思い出してその手を彷徨わせる。

「……血続に日本人が多いのも、必然だって? それは言い過ぎなんじゃ……いいえ、そうも言えないか。現に赤緒さんや、さつきちゃん、それにもっと言えば青葉だって……。全ては仕組まれているって言うの?」

 こちらの問いかけに難しい顔をして勝世が腕を組んで呻る。

「……そうなのだとすりゃ、オレらは大いなる意志みたいなものに動かされている、都合のいい駒って感じっすよ。ただ、符合するもんはあります。南米、テーブルマウンテン。そのちょうど真裏が日本だって言うんならね。こっからは憶測交じりになりますが、黒将が倒されたあの日……Xデイを境にして、全てが覆ったのだとすれば? それまで繋がっていなかった線が……ピンと。それこそぴったりと繋がった。だから京都の霊脈を使える金枝ちゃんや赤緒さん、それに青葉ちゃんの超能力モドキだって、です。どこかで繋がるはずのないラインが繋がったと見るほうが自然でしょう」

「全てはあの日……か。黒将を討ったのは、けれど一般的には公表されていない。米国上層部と、一部の特権層だけが知り得る、世界の真実。それに、そういう人たちには素直に喜べない理由があった」

「今日までのロストライフ化と、キョムの存在、っすか……。どうにも……もう少しで全部が一気に繋がりそうで繋がらないですねぇ……」

「それに黒い波動に関してで言えば、不明瞭な部分が大きい。……ねぇ、勝世君。キョムは本当に……黒将復活なんて考えて動いているのかしら?」

「そりゃあ……諜報員として見りゃ、オカルト入ってるから断言はできませんよ? けれど、三年も無為に兵力を動かせるのはオカルト以上の何かを信じているから、だとは思うんですよね」

「金剛グループが欲しいのは、本当にエクステンドの力そのものなのか。あるいは、別種の……」

 見せられたクリオネルディバイダーも本物なのかは疑わしい。金剛グループほどの実効権力を持つ企業ならば、偽物を作るのも難しくはないはずだ。自分たちを欺くためか、とそこまで考えて、では襲ってきたキョムを退ける意味は? と堂々巡りになる。

 プライベートジェットが強襲されるのは金剛グループには周知の事実であった。そこに乗り合わせているのが、自分と勝世であることも。この際、生きているか死んでいるかはどうだっていい。トーキョーアンヘルに借りを作るために、一時的とは言えキョムに弓を引くことで信じさせた、とすれば。

「……ああっ、もう……! 頭こんがらがってきちゃう……! こういうの、エルニィに任せればもうちょっとマシなんだけれど……」

「そのエルニィちゃんとも交信は途絶。オレの持ってきたとっておきも……この潜水艇の頑丈な外壁じゃどうしようもないっすよ」

 勝世がポケットから取り出したのはジッポであったが、それは偽装した発信器だ。友次やエルニィならば察知できるはずだが、追跡してくる気配はない。潜水艇が迎撃に移る様子も皆無。

「……どうしようかしらねぇ。考える時間だけは膨大にあるような気がするんだけれど……総合的な判断材料が足りていないわ」

「クリオネルディバイダーも、奴ら“捕獲”って言い回しを使っていましたね。……南の姉さん、マジな話。あれから約一か月、追跡を試みなかったわけじゃないでしょう?」

 それは最初にクリオネルディバイダーが《モリビト2号》に接触したあの時を指しているのだろう。ここで嘘偽りを並べたところで仕方ないと、南は嘆息をつく。

「……まぁね。エルニィに頼って、クリオネルディバイダーとやらの追跡は何度か。けれど、欠片も反応しなかったのよ? 《モリビト2号》の信号を使ったこともあったけれど、一回も。真っ当に観測されたことはなかった。そもそも、あれが何なのかだってエルニィだって結論を下しかねていたんだから。武器なのか、それともああいう“生き物”なのか」

「……捕獲ってわざわざ言う辺り、ただの武器じゃなさそうですけれどね。それに、観測された範囲じゃ、《モリビト2号》の能力を一時的に、それも爆発的なまでに引き上げたって言うじゃないですか。それって……血続が乗ることで飛躍的に性能を向上させる……それこそ、人機そのものの話じゃないですか。クリオネルディバイダーは……人機とは考えられませんか?」

「あれも一種の人機だって? うぅーん……だとすれば自律稼働するのも頷ける……のかしらね。問題なのはレコードされた、八将陣の言葉もある。“エクステンドの力”って言うね」

 またしても理解の及ばぬ証言と、そして意味消失の彼方。

 勝世も自分も、こんな場所でうんうんと頭を突き合わせていたところで仕方ないのだ。

「……金剛グループの証言がもうちょっと欲しいところっすねぇ。……おい! そこんところどうなんだっつー!」

 勝世が牢屋の見張りについている二人の兵士へと声を張り上げる。しかし、落ち着き払った様子の相手は視線すら寄越さない。

「……駄目ね。あの子たちも恐らくは人造血続……ダテンシリーズだったかしらね。頭目の意思なんて知りようもないのよ」

「だからって、ただただ無為に使われるだけってわけじゃねぇでしょう! 二人とも! ちょっと話さねぇか? オレらと喋ることで、あんたらのボスが喜ぶかもしれねぇが……!」

 勝世の物言いにも、ダテンシリーズの二人は一瞥すら寄越さない。心底、どうでもいいとでも言うように。

 否、それも違うか。

「……京都支部で、三宮さんのマネージャーだったダテンシリーズの一員……月代アンナさんはこちらへと最大限の譲歩をしていたところから考えるに……ボスに言われなければ行動できないでくの坊ってわけじゃなさそうでしょうけれど……そういう“設計”だった節も否めないわけだし……」

「なぁ! あんたらのボスについて話さねぇか? オレ、これでも女の子の喜ぶツボは心得てるって言うか……それなりに話して面白い奴だとは自負してるんだがよ……」

「……なしのつぶてね。まるで会話になんてなりそうにないわ」

 無視している、と言うよりかは、余計な機能を付随されていないと言うほうが正しいだろう。ダテンシリーズの謀反を恐れて感情の部分を削ぎ落しているのか、あるいはアンナとは別種の存在か。

「クッソ! なぁ、おい! 少しは喋ろうぜ! じゃねぇと干からびちまう! ボスの意向なのかは知らないけれどよ……少なくとも月代アンナはいい女だったんだからよ! あんたらもそうだろうが!」

 アンナの名前を出しても動きがないところを見るに、本当に牢屋を見張る以外を命令されていないようである。これは長旅になるか、それともと考えたところで不意に潜水艇内部に警笛が鳴り響く。

 瞬く間に赤いランプに染まっていく外側に、南は思わず立ち上がっていた。

「何があったの……!」

「姉さん、扉から離れてください……っ!」

 その声を認識したその時には勝世がジッポを扉に向けて放り投げる。南が咄嗟に離れた瞬間には膨れ上がった爆発が連鎖し、牢獄を崩壊させていた。

「……爆弾……?」

「言ったでしょ。とっておきだって!」

 勝世は牢屋を見張っていた二人のダテンシリーズの少女らへと白兵戦を仕掛ける。人造血続操主との相対でありながらも、勝世の鍛え上げられた格闘戦術は有効であった。すぐさま片割れを封殺し、その手にあった拳銃を握り締めてこちらを照準するもう片方の銃を撃ち落とす。

「悪い、オレは一応レディには銃口は向けない主義なんだが、事が事だ。足を撃ち抜かせてもらうぜ」

 勝世が放ったのはたった三発。

 拘束していたダテンシリーズの兵士の足を撃ったのと、こちらへと殺気を向けていた相手の肩口を撃ち抜いただけだ。

「……勝世君……」

「こっちへ! この潜水艇がまずいってのは自明の理でしょ!」

 促される形で手を引かれ、南は潜水艇の一本道の廊下を駆け抜けていく。そこいらの壁が軋みを上げている現状を鑑みれば、恐らくは襲撃。あるいは何か別の脅威に晒されているのか。

「……金剛グループの潜水艇は随分と頑丈だとは思っていたけれど……」

「野郎……! 連中、既に逃げている可能性が高いですよ……! この潜水艇は疑似餌か……!」

 通路を折れる位置で立ち止まり、勝世が発砲する。数名の兵士を無力化し、その武器を奪って南へと拳銃を差し出す。

「……足手纏いには、ならないつもりよ」

「上等っす。……にしても、こいつらも不運っつー奴で。ボスはとっくに下船してやがるのか……!」

 潜水艇のハッチを開けた途端、視界に大写しになったのは白亜の自動化工場であった。海上に建築された白を基調とした工場内でいくつかの爆発が巻き起こり、その衝撃波がプラントを揺さぶる。

「……石油コンビナートを偽装した……金剛グループの支部ってところかしらね」

「それにしたって大規模っすね……。まるで悟られるのをよしとしているみたいな……」

 白いプラントから風圧を発生させて浮かび上がったのは話にあった《空神アサルト・ハシャ》であったか。それらが中空でもつれあったのは薄紫色を基調とした丸みを帯びた人機であった。

 その名称を、自分は知っている。

「……あれは……グレンデル隊の《ストライカーエギル》……!」

「アメリカが噛んでやがるってのか……! 南の姉さん、こっちです!」

 勝世は素早く活路を見出し、プラント内部へと繋がる隠し通路へと飛び移っていく。普段はのらりくらりと昼行燈を気取っていても、こう言った時にはさすがは諜報員なだけはある。

 自分も負けてはいられないと、南も勝世の手助けなしで今にも崩れそうな通路を蹴ってからこちらへと銃撃しようとする兵士を撃ち抜いていた。

 勝世がひゅぅと口笛を漏らす。

「さっすが。元ヘブンズの腕はなまっちゃいませんね」

「今だって私はヘブンズの一員のつもりだからね。……っと、勝世君。あんまり悠長に話していられないわ!」

 勧告なしで発砲してくる兵士たちに反撃しながら、南はこの状況を考察する。

 ――この惨状、一体誰が敵で、誰が味方か。

 それを鋭く見極めなければ見誤ると、トリガーを引きながらすぐさまプラント内部へと押し入っていた。

「……プラントの中は……随分と落ち着いている様子ですね。グレンデル隊が中までは押し入っていないってことでしょうか……」

「急ぎましょう。私たちを攻撃するってことは、ここも危ないわ」

「……っすね。それにしても、グレンデル隊が率先して関わってるってなると……どっちを信じりゃいいんだよって話なもんで」

 勝世は隔壁の前に佇み、懐から取り出したカードキーを差し込むなり、パスコードを素早く打ち込む。恐らくはエルニィと友次から渡された、それも「とっておき」の一つなのだろう。

「……こっちっす」

 勝世に促され、南が隔壁を潜った瞬間、格納されていた威容に息を呑む。

 照明が差し込み、赤い聖骸布で包まれた白銀の盾の一部を照らし出していた。まさか、こんなに早く到達するとは思いも寄らない。

「……これが……クリオネルディバイダー……!」

「おや。早かったですね、お二人とも」

 悪びれもせず、コンコルザがダテンシリーズの兵士を引き連れてクリオネルディバイダーの前で観察の視線を注いでいる。即座に構えた勝世に、コンコルザは口元を緩めていた。

「おお、怖い。何かしましたかね」

「……オレらをあのまま海の藻屑にしようって魂胆だったんだろうが、当てが外れたな。てめぇ……何のつもりで……!」

「誤解もある様子。ワタシはただ単に、プラント設備の点検に訪れたのです。ついでにクリオネルディバイダーを移送しようとしたのですが、横槍が入ったので」

「横槍……。グレンデル隊の強襲はそれで?」

「さすがはトーキョーアンヘルの黄坂南様。嗅覚は優れているようで」

「奇襲されたって言うんなら抵抗する。人機を寄越せ。《空神アサルト・ハシャ》とやらの性能を試してやる」

 勝世が手を差し出すと、コンコルザはそのサングラス越しの怜悧な眼を細めていた。

「……戦って死ぬのがお望みか」

「誤解してんじゃねぇよ。……巻き込まれたのはこっちの台詞だ。それに、オレも南の姉さんも、こんなどことも知れぬ場末で戦って死ぬようなタマじゃねぇ」

「……それもそうですね。防衛線を維持してください。ここが最深部です。幸いにして、グレンデル隊は外殻に気を取られている様子。兵士を使ってこないところを見るに、人機による制圧を最優先にしているのでしょう」

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