赤い布に包まれたクリオネルディバイダーを中心にして四機の《空神アサルト・ハシャ》が配備されている。恐らくはここから出撃すれば、プラント最深部が割れかねないが、それでも抵抗しなければ無駄な死人を増やすだけだ。
「……勝世君。上をお願い」
「了解っす。下操主は任せましたよ」
下操主に入った南はすぐさま《空神アサルト・ハシャ》の計器とその情報を入れたが、明らかに都市部での運用を目的とした従来の《アサルト・ハシャ》とは違う。この人機は――対人機戦闘目的で量産された、実戦向きの空戦人機だ。
「……血続トレースシステムの干渉を最小限にセットするわ。勝世君は、悪いけれどマニュアルで付き合ってもらうわよ」
「どっちにしたって、オレも南の姉さんもマニュアル派でしょ。今も昔も……っと。上操主、準備完了……ッ!」
血続トレースシステムの優位を捨て、マニュアル操作に設定した上で、南は丹田に力を込める。
「……《空神アサルト・ハシャ》……! 黄坂南、出るわよ!」
天蓋がせり出し、《空神アサルト・ハシャ》の発進準備を完了させる。フライトユニットに血塊炉から供給されるリバウンド力場を形成させ勝世と南が操る《空神アサルト・ハシャ》は舞い上がっていた。
「……空は……! ひでぇ有り様だな……!」
米軍のステルス機が高空を支配し、今も抗戦のためにプレッシャーライフルを引き絞った友軍機が一機、また一機と撃墜されていく。
「グレンデル隊は対人機戦闘のエキスパート……! 正面切って勝てるなんて思わないほうがいいわ。勝世君、上手いこと乱戦を潜り抜けるわよ……!」
「簡単に言ってくれますよねぇ……ッ!」
勝世がプレッシャーライフルで照準し、今に組み付かれていた友軍機を救う。組み付いていた相手の《バーゴイル改修型》からミサイルが放射されるのを、勝世が的確に捌いていく。
下操主席の南は必死に識別信号を振りながら情報を精査していくほかない。グレンデル隊と敵対したところで、こちらに旨味はないのだ。むしろすぐにでも金剛グループの魔の手から救い出されなければならない。
そのためには指揮官機を絞り出し、情報の共有化と交渉のテーブルに乗せることが必然的に求められていた。
「……この人機……戦うことばっかりに長けて……! 青葉の信じた人機の一部だって言うんなら……もっと人を救うことに使われなさいよね……!」
「シグナル……あれが指揮官機か……!」
ステルス機に固定された人機へと勝世が振り仰ぐ。
すぐさま飛翔した《空神アサルト・ハシャ》の直下を爆雷が襲っていた。最早、一刻の猶予もない。勝世が見出したのはステルス機の連隊の最奥に位置する全身武器庫を思わせる威容の人機であった。
「機体識別信号、《ハルバード》……。勝世君! あれがグレンデル隊の中枢よ!」
「了解……ッ! グレンデル隊の……! 歯ぁ食いしばりやがれェ……ッ!」
《空神アサルト・ハシャ》がブレードへと持ち替え、《ハルバード》へと攻撃を撃ち込もうとした、その刹那であった。
『――隊長、露払いはオレがやる』
差し込まれた声に南も勝世も反応し切れなかった。
声を認識したその一秒後には、空域を奔った黒い閃光に片腕をもがれていたからだ。ブレードを握っていたマニピュレーターが宙を舞う。
「……なん、だ……こりゃあ……!」
南の反射神経でも機体を後退させたのが精一杯である。フライトユニットの翼を射抜き、自由自在に機体を切り裂いた漆黒の機影に二人して瞠目するしかない。
「……これは……新型機……?」
蛇腹剣を想起させる、ワイヤーで繋がれた両腕を交差させ《ハルバード》を守護する鋭角的な機体が視界に入ったその時には、《空神アサルト・ハシャ》は空で拘束されていた。
「……動け! 動けよ……ッ! クソッ! 制御系を完全にやられちまってます! ……この人機の照合データは……!」
『脆いな、金剛グループの生み出した人造血続って言うのはよ。……それでも、空で死ぬのなら、少しは似合いの末路か』
バイザーの奥の赤い単眼を滾らせ、漆黒の人機が両断の手を伸ばそうとしたその時、不意に勝世が凍て付いたように声にする。
「この声……嘘だろ……。サイラス……?」
『……ショーセ、か……?』
その一瞬の硬直を見逃すわけにはいかない。南はフライトユニットをパージさせ、《空神アサルト・ハシャ》の全身を貫いていた眼前の黒い人機の拘束を解いていた。
勝世も呆けるほど間抜けではない。
すぐさま戦闘の神経を持ち直し、もう片方の腕の袖口に収納されていたケーブルを目の前の黒い人機に巻き付けている。
「……これで……そう簡単には撃墜されないわよ……」
しかし、爆発寸前の鼓動はあまりにも激しい。今しがたの苛烈なる戦闘の際、一拍の逡巡がなければこのような隙は生まれなかったはずだ。
『……よくやる。その手際、人造血続のものではないな。……今の声から察するに、よもやトーキョーアンヘルの黄坂南……か』
《ハルバード》から接続された通信網に南は問い返す。
「こちらも。……あまり余裕はないのよね。米国機密諜報部隊、グレンデル隊のウィラード・ダグラス隊長、その人なのだと思ってこうして通話を繋いでいるわ」
その言葉に《ハルバード》に収まったダグラスから返答を待つ。これ次第で、自分たちはこのまま切り裂かれて死ぬか、それとも別の道を辿れるかが変わってくるだろう。
『……サイラス。《ヴェロニカ》の拘束を解け。わたしは彼女らと話がある』
『話? そんな悠長なことを言っている場合か? ……作戦実行まで残り三分以内だ。隊長であるあんたが惑えば、それだけ被害が大きく出る』
「……サイラス? やっぱり……そうなんだな……? サイラス・クライヴなんだな……!」
『……お前の知り合いか』
『……施設時代に少し世話になった仲です。可能ならば殺したくない』
『……よかろう。わたしもここでトーキョーアンヘルの頭目を殺して、恨まれるのは得策ではなさそうだ。これを仕組んだのも金剛グループのボスである、コンコルザか……』
『交渉事は、隊長に任せる。オレは行く。目標地点が直下だ。《ヴェロニカ》で切り込んでやればすぐに終わるさ』
《ヴェロニカ》と呼称されるらしい黒い人機が前傾姿勢になったところで、勝世が声を差し挟んでいた。
「……待てよ……待てよ、サイラス……! 何をしていたんだよ! お前は……! お前はそんなところに居るような奴じゃ……!」
「……勝世君……」
上操主席で必死に感情を噛み締めている勝世は、これまで南が見てきた彼の姿からはかけ離れているように映っていた。一体、《ヴェロニカ》の操主と何があったのか、そしてどのような奇縁でこの戦場で相見えたのか――全ては推察するほかない。
『……ショーセ。オレの任務を邪魔しないでくれ。今なら、あんたらを逃がせる。とは言っても、オレも戦闘単位だ。グレンデル隊の決定権はダグラス隊長にある』
「そんなことを……! 聞いてるんじゃねぇって言ってるんだ! 何でそこに居るんだよ! お前は……お前はもう……戦場に戻るなんて、そういう奴じゃ……!」
勝世と《ヴェロニカ》の操主の間に何があったのかはまるで分からない。しかし、浅からぬ因縁であった二人はこの時、明確に決裂していた。
『……時間がない。ショーセ、隊長に頼んで保護してもらえ。オレは――任務を遂行する』
「待てよぉ……ッ! サイラス!」
《ヴェロニカ》が跳ね上がり、遊泳するように白亜のプラントに向けて一直線に舞い降りていく。その針路を阻むようにして、三機の《空神アサルト・ハシャ》が銃口を向けた瞬間、勝世は堪らず叫んでいた。
「挟撃だ! 死ぬ気か、サイラス……!」