JINKI 340-8 ただ見据える神の座を

「っす! ボクが聞いた限りっすけれど、《ヴェロニカ》含むグレンデル隊の全人機に向けて、半日を置かずに南米の重力崩壊地点に向かえとのことっす」

 サイラスは怪訝そうにレベッカから差し出されたその命令書を手に取って読み込む。

「……何だこれは。ほとんど黒塗りじゃないか」

「言えない、ってことなんじゃないっすか? 現場の人間ですら信用してないってことだと……」

「おい、レベッカ! 《ヴェロニカ》の反応を二段階引き上げる! 油売ってる場合じゃねぇぞ!」

「っす! ……すみません、クライヴ氏。後で埋め合わせはするっすから!」

 メカニックが《ヴェロニカ》に取り付き、次の作戦で指示された兵装を埋め込んでいく。操主はその間は邪魔になると、サイラスは昇降機で降り立つ。

その際、赤い聖骸布に包まれた目標物に向けてランディが十字を切りながら御言葉を読んでいるのが視界に入っていた。

「『“父よ、御名が聖とされますように。御国が来ますように。私たちに日ごとの糧を毎日お与えください。私たちの罪をお赦しください”』」

「珍しいこともあるもんだな。聖書を読むなんて、あんたには一番かけ離れているんだと思い込んでいたぜ」

「よく言うぜ、新入り。……俺だって神様を信じたい時だってある。それに、実家では礼拝堂でよく唱えていたもんだからな。こういうものを目にすると、神様ってのはことごとく、俺みたいな不心得者にも奇跡ってもんを信じさせてくれる……。聖骸布とは」

「戦場では見るもんでもないだろう。それに、オレは神様を信じたことはない。……神なんてものが居るとすれば、救うべき人間はもっと傍に居たはずだからな」

「何だ、ナーバスなのはお互い様かい? ……新入り、次の作戦まで数刻もない、ちょっと付き合えよ」

「……オレは隊長から重大な命令を伝えられる予定だが……」

「五分やそこいらさ! あの鬼教官の隊長だって何も言えやしない、ほんの些細な休息って奴だよ。俺たちは作戦を無事に遂行したんだぜ? 祝杯を交わすにはちょっと早いかもしれないが、ドリンクを飲むくらいの時間もねぇってわけじゃあるまいに!」

 ランディは格納庫ではその巨体もあり、よく目立つ。当然、その肉体に見合った大声も。

「……分かった。五分だけだ」

「分かるようになったじゃねぇか。……ほれ」

 ランディは格納庫の隅にある自動販売機が並ぶ休憩所へと足を運び、飲み物をこちらへと放り投げる。

「……誰がオレンジジュースが欲しいなんて言った」

「違うのかい? まだまだケツの青い新参者なんだ。オレンジジュースかミルクか悩んでそっちにしてやった俺の采配をありがたいって思って貰いたいくらいだな」

 問答は時間の無駄だ。プルタブを開け、サイラスはすぐに口火を切る。

「隊長が間違っているとも思えない。それはもっと言えば、上層部の決定は絶対だってことだ」

「随分を含んだところがある物言いだな、新入り。俺たちは兵士だぜ? やれと言われれば、食うに困っている女子供や難民キャンプだって襲うのが米国の特殊部隊って奴だ」

「……戦闘単位として間違うつもりはない」

 そう、間違いはないはずなのに――戦場で掠めた考えが離れない。あれは、勝世であったのだろうか。本人が認めているのならばその通りなのだろうが、まさか戦場で再会するなんて思いも寄らない。

「それは大層なことで。……新入り、間違うなって言ってるのはそれだけじゃねぇ。俺たちは大きな力を使う。人機だけじゃないさ。命令されればどんなところにも向かうって言うのは、節操のない狗だってわけじゃない。時には、昨日の味方に銃口を向けることだってあり得るって話だよ」

「意外だな。あんたみたいな性質はそんなこと、いちいち考えやしないんだと思っていたが」

「普段はそうだ。だが、物が違えば考え方のスケールも変わる。……正直言えば、ブルっちまってるのさ。あの武器が聖遺物だって言うんなら」

 缶コーヒーを呷ったランディは己の中に生まれた畏れと葛藤しているようにも映っていた。確かに、あれに相当する感情は「畏怖」が正しい。赤い聖骸布から覗く聖なる白銀の眩さ。直視すれば、まるでその眼を焼いてしまうかのような。

「……あんた、今さら神様に逆らうような生き方をしているだとか考えるわけじゃないだろ。オレたちはみんなそうさ。神様から取りこぼされた、ただの罪深い人間だ」

「普段はその考え方を地で行っている俺でもな、天地を焼き払う武器を前にすれば、そりゃあ相応にまだ“人間”の部分が残っていたってことなんだろうさ。……グレンデル隊はデカくなる。それが間違いなく分かっているのに、素直には喜べないもんだ」

 平時ならばグレンデル隊のムードメーカーを買って出るほどの陽気な男はこの時、まるで正反対の考えに支配されているように見えていた。サイラスは酸っぱいオレンジジュースで喉を潤し、口元を拭う。

「……今回、受領した品がたとえ神でさえも威圧する代物であろうとも……オレは作戦を遂行する。戦場で祈るべきなのは、偶像じゃなく弾丸がちゃんと装填されているかどうかの……そうだな、運、なんだろう。運が悪けりゃ死ぬ。運がよければどれだけの悪辣の輩でも生き残る。オレたちの生きざまは、その時々にサイコロを振る悪魔に掌握されているんだろう」

 確率論の悪魔が振る、ダイスロール。

 それに踊らされ、時に強運さを喜び、時に不運に頬を濡らす。一度のファンブルで全滅もあり得る、危険な賭けが戦場だ。

「……へっ。まさか新入り相手に説かれるなんて思っちゃいないさ。分かり切った事実をよ。……ただ、神様ってもんが居るとして、形になった瞬間があれば、あんな眩さなんだろうな」

 ランディはその言葉を潮にして空き缶を捨て、休憩所から出て行く。

「……神が形を取ったのならば、か」

 整備班が次の戦場までの繋ぎを行ってくれている。自分の役割はこんなところでセンチメンタルに浸ることではない。サイラスは空き缶を捨てて休憩所を出たところで、ちょうど《ハルバード》の専属メカニックから言伝されているダグラスと遭遇していた。

「……ええ、仕様書の通りに。上も無茶言いますよ……」

「頼む。《ハルバード》のペダルをもう二つ重くしておいてくれ。空戦で浮ついたのを修正したい……っと。サイラス、もう降りていたのか」

「余裕がないって言っていたのはあんただろうに」

「その割にはランディとちゃんと話せたのだな」

 ダグラスにしてみれば部隊の隊員たちの動向もお見通しなのだろう。とことん食えない男だとサイラスは胸中に結ぶ。

「……隊長、あんたはどう思っている。神が創りたもうた、そういう神聖な代物に映るか? あれが」

 視線を振った自分にダグラスは目元に走った傷痕に刻んだ皺を深くする。

「……あれが純正のアルファーだということは、作戦前に通達したな?」

「ああ。だから何が起こるか分からない、とも。だがオレにしてみれば、アルファーなら扱うのに慣れた代物だ。武器にも使えるし、護身用にもなる。通信にも使えれば、色んな用途があるのは施設で叩き込まれてきた」

「その中に、魂の仲介を可能とする、と言うのは?」

 ダグラスの論調にサイラスは疑り深く睨みつける。

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