「……話の種には、な。だが、実際にそんなことをやってのけた血続は居ないさ。理論上の話だろ? オレは天国なんて信じちゃいないから、魂の領分は専門外さ」
「だが、それがあるとすれば? 魂でさえも自由になれない領域。音程の狂った壊れた子守唄を、紡ぎ続ける、牢獄」
「何だ、あんた無神論者じゃなかったのか。ランディと言い、意外とグレンデル隊は信心深いんだな」
「神を否定するのには一度、神の存在を信じなければいけない。否定の最低条件は肯定だ。わたしは……神の申し子として戦場に解き放たれた、黒い羊の一匹。お前もそうだろう。黒羊であることを、永劫続けなければいけなくなった」
「否定のためにはまず、自らの身の振り方を考えろ、ってことかよ。……確かに黒羊なら、オレたちに似つかわしい。誰かのようにはなれず、誰かの思うようには動けない」
群れの中で排斥される運命の人材ならば、逆に群れを嫌ってしまえばいい。とんだ逆説めいた物言いに過ぎないが、ダグラスにとっては満足のいく答えであったらしい。
「……我々は、グレンデル……悪魔に連なる存在だ。ならば、最悪を常に想定し続けろ。いつ、自分の首を狩る英雄が現れるとも限らん。いや、この場合はこのたとえも違うか。英雄まがいの、自分が正しいと思い込んでいるとんだサイコ野郎が、とでも言うべきだろうな」
サイラスは休憩所のベンチに腰掛けたダグラスがその懐から葉巻を取り出したのを目にして、ジッポライターを差し出す。
「……気が利くな」
「施設じゃ、吸う奴なんて居なかったけれど、シャバなら別だろ。戦場には倫理も法律もないからな」
「……なるほど。処世術、と言う奴か。甘えておこう」
ダグラスの愛用する葉巻は土木のようなにおいが付き纏う。それはかつて戦場で嫌と言うほど吸ってきた土くれと硝煙の香りに近い。
「隊長。オレはあんたらにとっての戦場の一単位だ。なら、相応しい振る舞いがある。……だから詳しく聞いたって分からないことは分からないんだろうが、一つだけ。次の戦地は、誰と戦えばいい」
「アメリカの敵。……と言えば語弊もあるだろうが、それが常なのだろうな。我が国が欲しているのは、常に敵とも言えよう。獅子身中の虫なんて始末に負えん。下手に味方に引き入れるよりかは、見知った人間関係を続けていくことが、誰かに期待せず、また期待をされもしない、程よい距離感と言うものだろうな」
「施設で世話になった奴が、金剛グループのプラントを守っていた。あれはどういうことなんだ」
ダグラスは深く呼吸し、紫煙をたゆたわせる。
「……知らん。あまりにも突き放している物言いに聞こえるだろうが、我々は戦闘単位だ。キリングマシーンに過去も未来も必要ない。これは先達の警句のつもりだが、泥に足を取られるな。戻って来られなくなるぞ」
「……分かっているつもりだよ。けれどな、あの延々と繰り返すばかりの日々から救い出してくれた……恩人なんだ。労いの言葉くらいはかけてから……別れたかったんだよ」
「サイラス。お前はまだ甘い。青い果実だ。だからこそ、迷うなと送っておこう。ともすれば戻れるかもしれない、と言うのは戦場においては最も警戒するべき兆候だ。時計の針が戻らないように、後戻りできる戦いなんてない。……分かるか。わたしたちは進み続けることだけが、散って行った者たちへの手向けとなる」
ダグラスは葉巻をくわえてその厳めしい面持ちに回顧する色を浮かべる。
「……スカーフェイスにしてみれば、随分と感傷的な言葉だな。まるで詩人だ」
「そういうこともある。人間、見た目だけが全てではないということだ」
重装備を施された《ハルバード》が視界の端を横切っていく。今も忙しくグレンデル隊のメカニックは走り回っている。ならば、戦闘単位である自分たちは、せいぜい次の戦いに向けて力を蓄えるべきだ。
「……隊長。オレは――……」
言いかけて、言葉を飲み込む。どう在りたいのか、どう生きていたいのか。それを今、下手に紡いでしまえば、次の戦闘でまかり間違えてしまいそうだったからだ。
ダグラスは問い返さない。それが正しい選択肢だとでも言うように、聞かないふりをしてくれている。
今は、その距離感がありがたかった。