JINKI 340-9 現実尺のスケール

「失礼。続けましょうか。……どこまででしたかねぇ。そうだ、あなたの身柄をワタシたちが引き受けた、その理由からにしましょう。そうすれば、多少分かりやすくなってくる」

「……どういう意図がある。あの時……替えの利く駒としか思っていないと、そう実感したと言うのに」

「なに、それも見解の違い。ワタシが提供したのは、半永久的な時間、ですよ」

「……時間、だと」

「その通り。不老不死と言うのは時間の猶予を与える。有限の時に縛られていては、他の要素で塗り潰されてしまうそれを、純然とした、最も輝きを増した状態で保全し、保管し、そして保護する。肉体を最善の状態でメンテナンスするのに必要なのは、肉汁の滴るステーキでもなければ、この世の全ての富を集合したかのような金箔の赤ワインでもありません。時間です。ワタシなりの矜持……と、言いますか、祖母の教えでしてね。時間さえあれば、どれほどの愚者でも賢者になり得る。人間に必要なのは過去の先達たちが遺してきた大いなる時間、二千年にも及ぶ西暦。これなのです。それが百年マイナスでもいけない。百年プラス程度では、一昼夜のようなものです。付け焼刃、と言ってもいいでしょう」

「……コンコルザ代表。誤解しないで聞いて欲しいのだが……私はこれでも、少しだけ怒っている……らしい」

「おや。そうですか? らしい、と言うのもあなたが言うと笑えてくる。一度死んで、そして肉体のスペアを持ってこの世界に再誕した。どうです? 生まれて三週間前後は。通常ならば、まだ母親から乳離れすらできず、誰かの庇護がなければ生きようもない赤子です。追体験した感想をお聞かせ願えますか?」

「……ほとんど奈落の監獄で過ごしたんだ。私に聖者のように語れと言うのか? 自らの生い立ちと、その宿命を」

「……まさか。誰も聖者になんて成れやしませんよ。ただ……あなたも味わったはず。アルファーによる魂の分離は可能であった、と。動物実験や投薬実験、あるいは人体実験の果てに、ワタシたちは技術体系として確立した。素晴らしきリィンカーネーション! 輪廻の在り方をね」

 兵士が上質な赤ワインを運んでくる。芳しい香りは、地下牢獄に囚われていた三日前までの自分には過ぎたる毒のようですらあった。

「……何の用があって、再接触を? 切り捨てるまででしょうに」

 うぅん、と満足げに赤ワインの高級な香りを楽しみ、嚥下したコンコルザは頭を振る。

「誤解なきように。ワタシは、商品の調達にはちゃんと、然るべき時、然るべきタイミングを心得ておりますゆえ。納品のお知らせが滞ったことは謝りましょう。しかし、我が方にとってのこれは計算上の代物でありました。あなたを一度手離し、そして今一度、我々に協力して欲しいと。これはお願いであると同時に、定められた納期でもあります」

 納期、か。どこまでも戦争を回す客観者。武器商人の在り方を隠しもしない。

「……私の身柄も納期であったのならば、予め言っておいて欲しかったものだ。酷い扱いを受けたのだぞ」

「あなたは口が堅い。それは同業者だからでもあります。信用! それこそがこの世全ての美酒よりもなお、麗しく尊い、人間同士だけが結べる契約なのですからね」

「……信用仕事とは程遠い扱いであったと思うのだが」

「何を仰います。現にあなたの拘束は解かれた。三週間、と言うのを先んじて言っておかなかったのは、あなたの身柄を案じていたからにほかなりません。ワタシが三週間後に迎えに来るとは、言っていれば対応も違っていたでしょう?」

 それは悔しいがその通りだ。望みがないと思っていたからこそ、口に出したこともあれば言わずに済んだこともある。

「……私をどうしたい? 今さら、スポンサーに付くとは言うまい」

「スポンサーではなく、同業者として。再び杯を交わそうではありませんか。裏切り裏切られ、当然でしょう? この世は全て、ビジネス。金になるのならば、相手の信用情報を売り買いし、延命措置を図る。それが商売人です。しかし……これには例外が存在する。それが先にも言った、時間と言う概念。有限であるがゆえに、時間に囚われてしまえば、そこに生ずるのは誤算でしょう? それとも、ワタシとの契約を打ち切られますか? ――京都支部代表、加藤様」

「……もうその称号は輝かんよ。首も挿げ変わったことだろう」

「ですが、ワタシがあなたを取り返しに来た。その意味を、少しは考えられるのでは?」

 机を挟んで余裕を浮かべたコンコルザ相手に、嘘偽りで引き延ばしたところで仕方あるまい。それに、その言葉を借りるのならば「時間」だけは膨大にあるのだから。

「……私が殺されているとは考えなかったのか」

「あり得ませんね。ナンセンスです。トーキョーアンヘルの面々が嬉々として殺しなんてやるわけがありませんよ。そうそう、黄坂南様。それにお付きの勝世様、でしたか。彼らと直接やり取りを行いましたよ。ふむ、素晴らしい逸材であったと、言っておきましょう。三宮金枝を呪いのような土地から引き剥がし、東京に保護したのもさもありなん。ワタシも二発貰いましてね」

 コンコルザが頬をさする。その指先は蛇のようにしなやかで不気味に映っていた。

「……トーキョーアンヘルに逆らったところで仕方ない。彼女らは勝ったのだからね。勝利者には勝利者のみぞ知る視座が相応しいだろう」

「イエス、その通り。歴史は常に勝者の視点で語られます。トーキョーアンヘルは勝ち抜き、そして生き抜いている。誰一人として欠けず。その力は、とても好ましい。ワタシの遣わした《キリビト・レキ》の破壊など、あってないようなものだ」

「コンコルザ代表。いくつか聞かせていただきたい。京都での出来事は全て、計算通りであったのかを」

 コンコルザはふむ、と一拍置いてから兵士を顎でしゃくる。モニターに映し出されていたのは京都での惨状だ。金剛グループの戦力である《キリビト・レキ》が撃ち抜かれ、その外装パーツを纏ったのは京都支部で運用していた《モリビト天号》――その操主は、まさかの月代アンナ。

「月代アンナのメンテナンスを怠っていた、と思われるかもしれませんが、彼女にとってはあれが最適となったのであれば、ワタシたちがやったことに無駄はありません。確かに、ダテンシリーズのうち、実用化まで漕ぎ付けた兵士を失ったのは痛い損害ですが、なに。想定内です。人造血続操主の開発は次の段階に移ったと思うべきでしょう」

「……では、《キリビト・レキ》が敗北したのも、か」

「これにはなかなか承服しづらいものもあるのですがね。五分五分と言ったところでしょう。月代アンナと三宮金枝が対立し、争い合った。これに関してはベストであった、と判断を下しています」

「……ベスト? 自身の兵力がキョムに降ったのが、か?」

「疑われる気持ちはよく分かりますよ。しかし、日本には将棋と言うものがある。将棋はチェスと違い、取った駒を自らのものとして、再戦させることができます。将棋の流儀に倣うのならば、この戦局も同じ。月代アンナのキョムの戦歴への加入は、ワタシの盤面にとってはある程度は想定内。むしろ、よくこの選択をしてくれたと思うべきですよ。時にヒトは意味のない選択肢を取るものですが、これには意味がある」

「……あなたにとっての意味、か」

「月代アンナは京都支部において三宮金枝のメンテナンスにおいて必須でした。彼女があなたを裏切り、東京に亡命したからこそ、事態は動き出した。その問題の三宮金枝は、現在東京預かり……これもまた、一興の判定でしょう」

 コンコルザにとっては金枝の所在でさえも計算のうちだというのか。加藤にとっては、貴重な操主を失っただけではない。

「……あれにはエクステンド……未知なる力が眠っていた。それを惜しいとは?」

「思いませんね」

 即答か、と加藤が驚嘆しているとコンコルザは赤ワインの注がれたグラスをゆっくりと転がす。

 波打つ赤い液体は鮮血を思わせていた。

「……エクステンドの力は貴重であった。私たちは、それを解析し、いずれはトーキョーアンヘルだけではない、この日本を手中に置くつもりであったのに」

「ノンノン。いけませんよ、目標が低過ぎます」

 諫めるかのように指を振ったコンコルザのサングラスには自分の姿が反射している。同業者とはとんだ詭弁だとでも言うように、両腕両足を拘束されている愚かしい姿そのものが。

「……目標が……だと。失礼ながら、あなたはどこまで……」

 非道なのだ、と言いかけた言葉を飲み込み、そこで論調を切るとコンコルザはワインを飲み干して満足そうに息をつく。

「全て、です。エクステンドの力はもっと先があった。それをご覧に入れましょう。ああ、いえ。一応は京都支部時代でも承知の上でしたね。純然たるアルファー……命の息吹そのもの。テーブルダスト、ポイントゼロ地点にて三年前より世界を遊泳する、麗しき生命を」

 別のモニターが点灯し、分析された流線型の白銀の盾を映し出す。赤い聖骸布に巻かれた、人類史にとっての稀有なる聖遺物。

「……クリオネルディバイダー……」

「あの時よりも、我々の技術は進んでおります。クリオネルディバイダーの解析作業も、ここ三週間で四割は向上しました」

 暗に自分たち京都支部の干渉は邪魔であったと言われているようであったが、加藤はその文句を飲み込んでいた。

「……解析コードは“白鯨”……。“モビー・ディック”――その本性を暴いたと思うべきでしょうかね」

「実際、クリオネルディバイダーの解析情報には我々、人智の及ばぬものもありました。血続へと強い反応を示す一方で、人間の……感情エネルギーとでも呼ぶべきものにも呼応する。その一種が、これです」

 クリオネルディバイダーのこれまでの航路とでも呼ぶべき目撃例がピックアップされる。それらはキョムの追跡する黒い波動の観測地点と恐ろしいほどに一致していた。

「……キョムの追っている黒い波動……。世界各地で観測されるそれと、クリオネルディバイダーの出現が、か」

「左様。これらの符号をただの偶然で片づけるのには、さすがに。我が社の研究部門が言うのには、生命に善も悪もない、のだと思われるとしています。この黒い波動も、一面では生命エネルギーに他ならない。それを分けるのは、人間だけです。世界にあまねく全ての生命体にとっては、純粋で強大なエネルギーの発露に過ぎません。それに誘われるようにして、クリオネルディバイダーが現れても」

「何ら不思議は、か。しかし、そう考えると、クリオネルディバイダーを何故、米国に差し出したのだ? もっと黒い波動を辿らせれば想定以上の結果がもたらされたのかもしれない。それを捕獲しておいて、手離した理由が分からない」

 コンコルザはこちらの争点に心底興味深いとでも言うように口角を吊り上げる。

「でしょう? ワタシにしてみてもその結果は、まだ分からないと言ってもいいでしょう」

「……分からない、解析不能なことが面白いとでも?」

「いけませんか? 世の中、全てが理解のうち、全てが承知した状態と言うのも退屈です。ワタシはこの世界にもっと……カオスが欲しい。そのためには一度手離してみるのも一興と感じました」

「……失礼ながら、理解の外と言うほかない。クリオネルディバイダーの所在だけでも、あなた方は巨万の富を築けたはず……。いいや、富なんて分かりやすいものだけではない。何ならこの世界を回す側、支配者として君臨できたと言うのに……」

「支配者、ですか。……逆質問になりますが、加藤様。何もかもを支配し切った世界なんて、それこそ退屈だと思いませんか? そこにはドリームが生まれづらい」

「……ドリーム……だと」

「夢想家だと罵られても結構。ワタシはね。武器が生み出す人間の欲望、そして尽きぬ渇望と、その探求心……有り体に言えば人間だけが生み出すことのできる、動物とは違う、理知的な取引の世界。それこそが、金品に意味を見出すのだと思っているのです。犬猫にダイヤモンドの価値が分かりますか? 百獣の王、ライオンに精緻な機械の意味が分かりますか? そういうことですよ。ワタシは人間世界だけが持つ、そのカオス。そして、どうしようもない、過ち。それを愛している。過ちを繰り返さない、真の賢者など、必要はありません。賢者と愚者が入れ代わり立ち代わりで現れるから、人界の歴史は面白いのです」

 ある意味では自分とコンコルザのこの対立構図でさえも、彼にとっては人間世界の美酒に等しいのだろう。命を投げ打って愚者に成り果てた己と、それらのシステムを俯瞰するコンコルザ。まさに賢者の構図。

「……私はクリオネルディバイダーを手離したことを、後悔するようにしか思えない」

「でしょうかね。その結果は……これから明らかになる」

 リモコンを手にモニターを一つ、点灯させる。そこに映し出されたのは米国の最新鋭のステルス機の編隊が空を舞い、南米の戦場へと赴く様子であった。

 直下の大地を焼き切るのは巨大人機――その名は。

「……キリビト。また……地図が塗り替わりますね」

「見ておくとよろしい。そんな些末事なことを考えてまばたきするような暇はありませんよ? 最上のショウなのですからね」

 コンコルザは満足げにワインを口に運び、悪魔の愉悦に微笑んでいた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です