『隊へ。聞こえているな。我々の目的はキョムのキリビトの駆逐……。わたしの《ハルバード》は直上から銃撃する。イヴとシェイナは《ヴァルキュリアトウジャ》で回り込み、現地部隊を援護せよ』
『了解っ! って言うか、隊長ぉ~。何だって私とシェイナは後方部隊なんです? キリビトタイプだからって私たちが負けるとでも?』
『……それは不服ね』
続いたシェイナの文句へと、ダグラスは淡々と応じる。
『勘違いをするな。我々の目的は最小の損耗による、敵の制圧。《ホワイト=ロンド》部隊とて、祖国に帰れば心強い友軍となる。グレンデル隊の価値を示すのは、何も先鋒を行くことだけではない。カミール、お前の《バーゴイル改修型》ならば上手くキリビトタイプの懐に潜り込めるはずだ。アンカーを撃ち込み、《ストライカーエギル》の支援に回って欲しい』
『隊長の御心のままに……。ランディ、私に続いてください』
『へっ! 腰の引けた動きなんざ御免だが、隊長直々の頼みとあれば仕方ねぇなぁ! カミール、せいぜいビビるんじゃねぇぞ! アンカーの打ち込みからの動きはこっちに任せてもらう!』
『……よし。それと、サイラス』
自分の名前を呼ばれ、サイラスはコックピットの中で着込んだRスーツの気密性を確かめ、袖口のスイッチを押し込んでステータスを確かめる。
「……何だ?」
『……お前は切り込み隊長だ。カミールとランディが道を作る。その道を真っ直ぐに行け。振り返る必要はない』
「それって隊長たちへの援護は必要ないって思っていいのか?」
挑発的に言ってみたつもりであったが、ダグラスは心得たように応じる。
『無論だ。イヴとシェイナも、それでいいな?』
『まー、仕方ありませんよ。新人クン、ちゃーんと仕事してよね!』
『……新人のできる仕事なんてその程度なんだし、失敗は許さない、わよ』
軽口が絶えないがそれはある意味では自分の手腕を信じている証明でもある。サイラスは血続トレースシステムに袖を通し、ぐっとアームレイカーを握り込む。
「……あんたらもな。失敗するなよ」
『会敵距離……来ました。《バーゴイル改修型》、カミール・イェーツ。出ます!』
まずカミールの《バーゴイル改修型》が戦場へと降下する。それとほぼ同時に後続のステルス機から射出されたのはイヴとシェイナの《ヴァルキュリアトウジャ》で、二機ともに装備は対リバウンド装甲用のプレスランスであった。
『イヴ、《ヴァルキュリアトウジャ》一番機! 支援行動に移るわよ!』
『……シェイナ・スチュアート。二番機もそれに続くわ』
《ヴァルキュリアトウジャ》はカミールの機体とは別のルートを辿り、《ホワイト=ロンド》の現地連隊を支援するべく円弧を描いて大回りで挙動する。
カミールの機体へと大地に伏した形のキリビトタイプから無数の高出力R兵装が噴き出していた。恐らくは自動迎撃だが、それにしてもその精度は恐ろしく高く、通常の機体であればプレッシャー兵装の熱量に煽られ焼かれることで接近も儘ならないだろう。
しかし、カミールもエキスパートに違いない。まったく恐れずに最小限の機動だけで肉薄し、左腕に搭載されていたアンカー武装を敵キリビトタイプの装甲へとほぼゼロ距離まで加速してすれ違いざまに打ち込む。
『アンカーの射出完了! アンチリバウンド兵装、アクティブ!』
キリビトタイプの装甲に根を張ったアンカーより拡大したのは、その武装のほとんどを無効化するアンチR兵装領域であった。キリビトタイプよりプレッシャー兵器の火力が迸りかけるが、それらは領域内で霧散していく。
内側からのアンチR兵装領域によってキリビトタイプはほとんどの攻撃能力を削がれている。その隙にイヴとシェイナの《ヴァルキュリアトウジャ》が《ホワイト=ロンド》連隊の前に佇み、彼らを少しずつ後退させていく。
『グレンデル隊の登場よ! 現地の《ホワイト=ロンド》連隊、敵の有効射程から離れて! ここから先は、私たちの――!』
『ステージ、ね』
『ちょっとぉー! それ私の台詞ぅー!』
イヴとシェイナのかしましいやり取りが耳朶を打つ中で、サイラスは降り立ったランディの《ストライカーエギル》がその掌にプレス性能を充填させ、キリビトタイプの装甲を打ち据えているのを視野に入れていた。
『どうだい! ブラザー! 俺たちだっていつまでも高出力R兵装にビビっちゃいないんだぜ! お前自慢のプレッシャー兵装も内側から潰されちまえば、この通りだ!』
《ストライカーエギル》の装甲はリバウンド装甲を採用している。至近距離でもキリビトタイプの攻撃ではほとんど有効打を与えられないはず。それに加えて重装甲であり、機体重量も相当な《ストライカーエギル》を振り払うことは容易ではない。
懐に潜り込まれた時点で、敵キリビトタイプの詰みは確定だ。
『よし。《ハルバード》の高火力を充填しておく。ランディ、血塊炉付近から一度退いてくれ。その心臓部を――狙わせてもらおうか』
《ハルバード》が超高精度のロングレンジライフルを構える。トリガーが引かれ、銃口が焼け爛れる。
キリビトタイプは実体弾へと切り替えて弾幕を張るが、ダグラスの腕はその上を行く。一撃は血塊炉付近の装甲を吹き飛ばし、弾薬が直後には爆ぜる。
『対キリビト特殊弾頭だ! どうだい、ブラザー! これならお前でも痛いだろう!』
『いや、しかし……少しだけ逸れたな。血塊炉を一撃で射抜くつもりだったのだが……わたしもキリビトを前にして少しは肝が冷えているのだろう。――次は当てる』
ロングレンジライフルをパージし、次弾を別のライフルに装填する。対キリビト相手の特殊弾頭は破壊力が高い代わりに汎用性を犠牲にしている。
《ハルバード》がその稀有なる性能を犠牲にして次弾までの装填するための時間を、しかしキョムが見逃すはずがない。
キリビトタイプの全身から触手が蠢きだし、装甲の表面に陣取る《ストライカーエギル》を振り払おうとする。
リバウンド装甲を誇る《ストライカーエギル》の弱点は純然たる力の押し負けだ。当然、ランディの機体には通常人機とはまるで異なる膂力が保証されていたが、無数の触手を前にすれば、その動きにも翳りが見える。
「――だからこそ、オレが居る。サイラス・クライヴ。《ヴェロニカ》、降下する」
ボルトロックを解除し、ステルス機から降り立った《ヴェロニカ》は直後には触手の包囲陣に包まれていたが、それらを削ぎ落すのは蛇腹に伸びた両腕の裁断能力であった。
一瞬にして触手がバラバラにほどけ、その性能を失っていく。さらにフライトユニットを活かして自身を中心軸にして回転、両腕を薙ぎ払って触手を断ち切る。
「その懐に入らせてもらおう」
アンカーより生じた無効化領域が点滅している。アンカー武装によるプレッシャー兵装の無力化はキョムの持つ暗算能力との駆け引きだ。相手の暗算能力が勝った場合、即座に無効化信号を放たれてしまう。それをカミールも理解しており、右腕に装填したアンカーを照準する。
『サイラス君、頼みますよ。……キリビトの鹵獲は我が国の悲願。前回は思うようになりませんでしたが……今度こそ……!』
「ああ。このままトップスピードで突っ込む……!」
推進剤を焚いて加速し、サイラスは降下速度を向上させる。要はキリビトタイプの学習速度がこちらの作戦を上回る前に肉薄し、そして操主を引きずり出せばいい。
全ての事象が遅れていく中で、サイラスはアームレイカーに入れた腕の感覚する振動を味わいつつ、一撃への布石を打つべく思い切り右腕を引いた――その刹那であった。
脳髄を痺れさせる、明滅の感覚。一瞬のスパーク光が神経系統を駆け抜ける。
「……駄目だ……!」
咄嗟に反転用の補助推進剤を全開にしたサイラスの判断に他のメンバーが是非を問う前に、空の彼方からこちらを睥睨する何かから蒼いプレッシャーの光条が無数に放たれていた。
『サイラス君……? 何なんです!』
『うぉ……っ! 何だ、この高火力は……!』
『どうしたの、みんな……! 反応、上……ッ!』
イヴが《ヴァルキュリアトウジャ》の機体をひねらせる。その反応がレイコンマ五秒でも遅れていれば、血塊炉だけではない、全身を射抜かれていたであろう。
白銀の瞬きが大地を抉り、シェイナ機が反応してプレスランスを突き出したのを、頭部を穿つ前にマニピュレーターで掴み取られる。
『……掴んだ? ああっ!』
そのまま人機の純粋な性能だけで振り回され、シェイナの二番機が大地へと叩きつけられる。イヴの機体がプレスランスを照準し、その穂先を射出するが、謎の新型機はサブアームでその弾頭を掴む。
『……捉えられた? この距離で……?』
プレスランスの穂先を圧倒的な握力で握り潰され、払われたサブアームの膂力でイヴの機体が吹き飛ばされる。
『何だ! 何が起きた……!』
ダグラスがステルス機から覗く地上の状況を理解しようと努めるが、その瞬間にはイヴとシェイナを制圧してみせた人機より十字の光源が襲う。
直後、放出された莫大な量のプレッシャーの光芒にステルス機の翼が射抜かれ、《ハルバード》の肩を焼き切る。全身武器庫に等しい《ハルバード》は無理やり武装のほとんどを強制排除することで誘爆を免れたが、それでも戦線復帰は絶望的であった。
『何だと……! 白い……人機か?』
《ストライカーエギル》を駆るランディが両掌に凝縮させたプレッシャー兵装の光条を放ちながら牽制するが、相手は動く意味さえもないとでも言うようにその場から肩に備えた自動迎撃機能付きのショルダーカノンを一射する。
驚愕であったのは、ショルダーカノンの銃身は小型そのものでありながら、放出されたのはキリビトタイプとほぼ同等の性能であったことだ。《ストライカーエギル》は真正面からそれを受けた結果となり、重武装とは言え纏ったリバウンド装甲のほとんどが焼け焦げて無力化されている。
『た、隊長……こいつ、は……』
《ストライカーエギル》が膝を折り、その場に倒れ伏す。
「……何だ、こいつは……」
ほんの五分にも満たない。たった一機の白い新型機を前に、熟練のグレンデル隊が壊滅に追い込まれていた。サイラスはほんの一拍未満の判断でキリビトタイプの射程から後退したお陰で白い人機の標的から逃れていたが、それも偶然の産物だ。
白い新型機は燃え盛るような蒼い眼窩を持ち、小鳥を想起させる頭部形状と猫背気味の機体シルエットは自分の操る《ヴェロニカ》がそのまま反転したかのようであった。
『……イヴ、シェイナ……! それにカミールに、ランディ……! 応答せよ! 繰り返す、応答を……!』
ダグラスの命令権もほとんど意味を成していない。カミールの《バーゴイル改修型》はわざと無線を切って新型機の背面に回り込んでいる。
煤けた地表から舞い上がる砂礫の中に潜み、《バーゴイル改修型》の装備しているプレスアックスで叩き斬ろうとして、不意に敵影が掻き消える。
『……消えた……? 違う、これはファントム……!』
《バーゴイル改修型》を嬲ったのは新型機の払った片腕に装備されている蒼く光る太刀であった。肘先に沿う形で展開されており、《バーゴイル改修型》は一瞬にしてバラバラに解体される。
『グレンデル隊が……全滅……?』
恐れを宿した《ホワイト=ロンド》連隊へと、新型機は振り返る。
「……よせ……!」
サイラスの制止が届く前に、ショルダーカノンから発射されたのは恩讐そのもののような蒼い火炎放射であった。《ホワイト=ロンド》部隊を焼き払い、その駆動系統に浸蝕する。
『な、なんだこれは……! 剥がれない……!』
兵士たちの命乞い、そして悲鳴と断末魔が通信網に焼き付いていく。火炎は戦地を次々と焼いていき、見渡す限りの荒野は蒼く染まっていた。
小鳥のような頭部を傾がせ、白い人機は悪鬼羅刹のように戦場を闊歩する。《ホワイト=ロンド》がマニピュレーターを必死に伸ばすが、それを踏みしだき、頭部コックピットをわざと丹念に潰していく。
「……やめろ……!」
兵士たちの命が啄まれていく。圧倒的な力を前にして、塵芥のように。
白い新型機は容赦しない。もうほとんど燃焼した機体にも火炎放射を見舞い、塵一つでさえもこの世に存在することを許さない。
『……随分と、生ぬるい戦地だな。兵士の熟練度も低い』
不意に接続された通信。相手操主の声だ、とサイラスは耳を澄ませ、《ヴェロニカ》のフライトユニットから伸びる遠距離向け自動小銃を腕に抱える。
「動くな! ……動くんじゃない……! お前は……!」
許せない。ここまで人の尊厳を奪い、一方的に人殺しを楽しんでいる。確かに兵士となった時点で誰しもその覚悟はあったのだろう。だが、ここまでの蹂躙が許されてはならない。それは領分を超えた、まさしく侵犯行為だ。
「……撃たれるくらいの覚悟はあった。殺されても仕方ないってのはマジなんだろうが……それでもだ! それでも……やっちゃいけない線ってのはあるもんだろうが……!」
『……これは不可思議なことを言うもんだな。戦場において、撃つのも撃たれるのも自業自得、それぞれの人生の責任でしかない。お前は……誰に撃たれたって文句は言わないと、そう思っていたのだがな。――サイラス・クライヴ』
「……どうしてオレの名前を……!」
いや、今はどうだっていい。グレンデル隊の悪名が轟いているのならばキョムの側でも知ることくらいは容易なはずだ。集中を掻き乱されるな、神経を逆なでされている場合なんてない。
サイラスは呼気を詰めて、周辺を見渡す。
蒼い焔に包まれた戦域で、すぐに援軍が見込めるはずがない。その上、頼みの綱であるダグラスからの援護砲撃も絶望的だ。空戦人機乗りであるカミールも介入不可能、イヴもシェイナもメイン武装を落とされてしまっている。
この状況で、頼れるのは自分の腕だけ――まさか、ここまで追い込まれるとは想定外であった。
『死期が近いな。自分の名前を知っているくらいで動揺するのなら、戦場を闊歩する資格はない。お前には、他の兵士たちのように苦しみながら、世界を恨みながら死んでいくだけの資質があるのだと思い込んでいたが、見込み違いだったか』
「オレの何を知って……! 動くんじゃない!」
サイラスは自動小銃のトリガーを引くが、それを白い新型機は陽炎のような現象を引き起こしながら回避していく。
『……やっぱり、おれに馴染んてくれている。このエクステンド機、《ゼラニウム》は』
「《ゼラニウム》……それが、その機体の名前か……!」
蒼い双眸を怨嗟の炎で滾らせ、《ゼラニウム》と呼称される人機は不意に姿勢を沈めていた。サイラスは《ヴェロニカ》を瞬時に飛び退らせる。今しがたまで機体があった空間に立ち現れた《ゼラニウム》へと横っ飛びしながら弾丸を掃射するが、相手は気後れもせずサブアームを回転させて弾丸を弾き落としていく。
『聡いな。普通のファントムなら読まれてしまうか』
「……四本腕の人機……!」
『四本腕? 違うな』
《ゼラニウム》の脚部が不意に引き裂け、バックパックユニットとドッキングを果たして大地を踏み締める。
「……四本腕に、四脚……!」
『行くぞ。簡単にやられてはくれるなよ』
四脚で素早く大地を駆け抜ける《ゼラニウム》の挙動はこれまでの仮想敵としていた人機とは一線を画している。サイラスは奥歯を噛み締めて急加速度に耐えながら《ヴェロニカ》の小銃を照準するが、《ゼラニウム》は幾何学の軌道を描いてそれらを時には跳ね、時にはリバウンドの反重力を利用して多角的に蠢く。
「……虫か何かかよ……ッ! 妙な動きをして……ッ!」
自動小銃を撃ち尽くしたのを感じ取ってパージさせ、即座にフライトユニットに搭載されていた無反動砲に持ち替えるも、《ゼラニウム》はそれらの射程及び性能を全て理解し切っているかのような距離を保ちつつ、それでいてこちらへと迫ってくる速力を緩めない。
『黒い人機。お前には何度も煮え湯を飲まされてきたからな。そちらの行動パターンは読み切っているつもりだ』
「そうかよ……ッ! なら――こいつでどうだ!」
無反動砲を放り投げ、その砲身を片腕の蛇腹を伸ばして断ち切って爆散させる。一瞬の眩惑に過ぎないだろうが、それでも人機操主ならば致命的な隙のはずだ。
煙を突っ切ってサイラスは乾いた唇を舐め、照準の中心に入った敵人機を狙う。
「そこだ!」
もう一方の腕を鞭のようにしならせての斬撃。これには咄嗟に反応できないはずだ、とそう確信したが白亜の敵人機は落ち着き払って応じる。
『そうか。普通の機動力じゃ、読み切られる、な』
途端、《ゼラニウム》が機体表層部に纏ったのは陽炎の揺らぎとしか言いようのない、スチームのような残像であった。薄靄を引きながら、《ゼラニウム》の機体が瞬時にスライドする。
「……ファントムじゃ……ない? 何なんだ、こいつは……!」
『その正体も分からないまま、お前は墜ちる。悪いな、講釈を垂れている場合でもないんだ。何よりも、戦場でそう言うのを声高に説明する奴が、お前は大嫌いだっただろう? サイラス』
《ゼラニウム》が太刀を握り締め、《ヴェロニカ》の首を刈ろうとする。蒼い焔を刀身に映した灼熱の剣閃は今に《ヴェロニカ》の装甲を引き裂いたかに思われたが、その一瞬の交錯に割って入ったのは直上からの援護射撃であった。
『サイラス! 無事か……!』
「隊長か! ……持ち直したんだな……?」
『何とかな……。正直、砲身のほとんどが焼け落ちている。今使ったのが用意しておいたスペアの長距離滑空砲だ』
戦場を舞う粉塵を円形に抉り、こちらを狙撃してみせた《ハルバード》の姿が映ったのと同時に、眼前の《ゼラニウム》がサブアームの掌底に光を拡散させる。
『……邪魔を……しないでもらおうか』
至近距離で放出されたのはキリビトタイプ相当のプレッシャー兵装の瀑布だ。光芒が瞬き、ステルス機に積載された《ハルバード》の機体を焼いていく。
ダグラスの詰めたような唸り声が耳朶を打つ中で、サイラスは今の標的ならば撃てると確信して踏み込む。
「隊長を……やらせはしない……ッ!」
横合いからの両腕を伸長させての交差斬撃。獲った、と言う確証を噛み締めていたが、敵人機はまたしても光の靄を纏って距離を取る。
それはちょうど人機一機分の空白を可能にしており、交差の中心点を抉り切るはずだった《ヴェロニカ》の腕は虚しく空を切るのみ。
「……また避けただと……? こいつ、どういう性能で……!」
『守るべきものが多くて、お前は随分と窮屈だな』
「……何だと……!」
《ゼラニウム》と《ヴェロニカ》がほぼ同時に大地を踏み締める。ショルダーカノンが狙い澄まされ、《ヴェロニカ》に回避運動を取らせようとして、不意に機体が軋む。
「……動かない……? キリビトか……!」
キリビトタイプが戦場の只中で触手を大地に這わせ、《ヴェロニカ》の機動力を奪っている。それに自分は気づけなかった。一手遅れたのだ。
『終わりだな』
蒼い火炎放射が装甲を嬲る。
プレッシャー兵装にはある程度耐えられるように設計されていても、その装甲を凌辱するための火炎放射には耐性はほとんどない。機体装甲が裏返り、漆黒の鎧が融け落ちていく。
「クソッ……! 《ヴェロニカ》、動けよぉ……ッ!」
《ヴェロニカ》は大地に縛り付けられたまま、《ゼラニウム》に蹂躙されるのみ。一歩ずつ、死の足音を響かせて《ゼラニウム》が接近してくる。
熱耐性装甲が危険域に達し、コックピットをアラートが埋め尽くす。赤く染まった視界の中で、サイラスはこの時確かに――死神の姿を幻視した。これまでの戦場でも視なかったわけではない。ただ、これまでは払い除けられていた。今回だけは違う。
「お前の番だ」とでも言うように、明確な姿かたちを伴わせて。白い陽炎を纏った死徒――小鳥に酷似した形の頭部は、さながら髑髏面のように映る。
「……ふざけるな……。オレは……またか? また……何も守れずに……」
かつての戦場で、本当に守りたいものを守れず、月光の差す滅菌の園に置き去りにしてしまった。今でも思い出す。
肩を並べたかった盟友は、足を喰われて二度と人機操主としては望めない身体になった。自分はどうだ? こうして人機には乗れているが、結局は死に縋りつかれたままだ。妄執の戦場に取り憑かれ、戦うことだけが、迫った死を忘れることができる。
そう考えれば、施設での日々は退屈であったのと同時に、救済でもあった。
車椅子を押していた、細くしなやかな肩を見ながら。
彼は月光に抱かれ、そして空っぽになった自分たちを自嘲する。「しょうがない」、と。こうなってしまったのならば、「しょうがない」。戦う力がないのならば、「諦めよう」と。
二人で堕ちることができたのだ。
狂っていても平和だった、あの静謐に。
だが、自分はそれに満足できなかった。
だからこうして人機に乗っている。今もまた、死の足音が近づきながらも、戦うための力を駆っている。
今に落ちかけていた意識の手綱を握り締め、サイラスは目を開く。
「……そうだ。オレは……! オレは、まだ死ねない……! こんなところで……死ねるかよォ……ッ!」
『焼け落ちろ』
断ずる論調で、蒼い炎が《ヴェロニカ》の身を焼き尽くす。最終装甲板が剥離し、内部骨格へとダメージが至った瞬間、サイラスは吼えていた。
「まだ死ねないんだ……ッ! 動けよ、《ヴェロニカ》! オレに……生きていく……、最後まで一緒に戦い抜く覚悟を見せてみろォッ!」
バチン、と全ての明かりが落ちる。
ついに電気系統も終わったかと思った直後、サイラスは血続専用トレースシステムが低い唸り声を上げ始めたのを感覚していた。
直後、不意打ち気味に視界が拓ける。
何かをしたのか、誰かの援護があったのかとも思ったが、違う。
《ゼラニウム》が急速後退し、装備していた火炎放射器を一瞥するなり、その銃身が斜に断ち切られている。
『……何だ……?』
「《ヴェロニカ》……?」
《ヴェロニカ》の纏っていた外装パーツが解けるようにして次々と強制パージされていく。余計な装備を捨て、剥き出しの外骨格のみになった《ヴェロニカ》の背面が光背を帯びる。そこに記されていた装備名を、ガイドされるがままにサイラスは諳んじていた。
「クリオネルディバイダー……? これは……」
《ヴェロニカ》の頭部が持ち上がる。オレンジのバイザーが剥がれ落ち、単眼の頭部が割れて内包されていた双眸を赤く輝かせる。顎に相当する部位が軋みを上げて開き、内奥より赤い光が明滅する。
『……例の試作兵装が……覚醒したか……』
ダグラスの声が僅かに漏れ聞こえる中で、サイラスは自身と人機の脈動が同調していくのを感じ取っていた。
「……熱い……!」
心臓が爆発寸前な鼓動を刻んでいる。今に血反吐と共に表皮を引き裂きそうだ。
血続としての資質、人機との過度の同一化。資料で一度読んだことがある、南米戦線にて使用する熟練の操主も居ると聞いていた、これが――。
『……エクステンドチャージ、か』
《ゼラニウム》の操主の声に、サイラスは面を上げる。血の涙が滴り、頬を濡らしながら奥歯を噛み締める。
「――猛れ、《ヴェロニカ》!」
《ヴェロニカ》が操主である自身に呼応して戦場の中心で遠く長く、三つの眼を煌めかせて雄叫びを上げる。
まだ戦える――と、サイラスは瞬時に血続トレースシステムを爪弾く。
右腕を伸長させるが、その斬撃性能は失われているはずだ。当然、《ゼラニウム》は回避すらしない、だがその一撃を弾いた瞬間、相手の片腕の肘から先が削がれていた。
『……欠損した装甲を修復させる……!』
なくしたはずの斬撃反応装甲を修繕させ、サイラスは《ヴェロニカ》の性能を信じて跳躍する。機体各所のバーニアはとっくに昔に破損しているはずだったが、どうしてなのだか復旧したそれらに身を任せてもう片方の腕の蛇腹機構で《ゼラニウム》を追撃する。
「追い縋れ、《ヴェロニカ》……!」
『クリオネルディバイダーの時間遡行……再生能力』
《ゼラニウム》がここに来て初めて、うろたえに似た動きを見せるが、すぐさま持ち直し、肘に埋め込まれた高周波リバウンドブレードで《ヴェロニカ》の斬撃装甲を弾き返す。
『やれると思ったのか。クリオネルディバイダーの一時の奇跡だけで……!』
「一時の奇跡なんかにさせやしないさ」
背面フライトユニットが融け落ち、内蔵されたクリオネルディバイダーの鼓動にサイラスは己の心臓を同期させる。
一度身を任せてしまえば、飲み込まれかねないほどの情報密度がフィードバックとして襲い掛かる。今にも押し流されそうな自我を押し留め、自分自身の境界線を引いてサイラスは《ゼラニウム》を睨む。
肉体は最早、硝子細工。
精神は所詮、がらんどう。
しかし、魂と呼べるものがまだ存在する。その心拍数を引き上げながら、サイラスは輝かしい白銀のクジラが戦地を洗い流していくのを感じ取っていた。
その波の一部に飲まれかねない。大海原のような情報密度を持つ白鯨に比すれば、波打ち際の小石でしかない人間の自意識。
今に削られかねないその意識の表層を、肉体に流れる血潮と。
そして、魂を貫くこれまでの記憶と経験。過去に別れを済ませたはずの死んでいった朋友が手を振るのを網膜情報ではなく、魂の世界で認識する。