じとっと睨むと両兵もさすがにここで見捨てて逃げに徹するわけにはいかないと思っているのか、少しだけばつが悪そうに視線を逸らす。
「いや、っつったってなぁ……。やっぱねぇって。今何月だと思ってンだよ。もう五月の終わりだぜ? 売ってる店があるだけでも御の字って奴さ」
「だからこそ、確保するんじゃないの。分かり切ったことを言わないでよね。……目標、動いた! すぐに動くわよ……!」
南が駆け出す前に両兵が待て待てとその肩を掴む。
「その……だな。メシに関してで言えば、オレらはだいぶ恵まれているほうだと思うんだよな。柊神社に顔を出しゃ、食うに困るなんて滅多にねぇ。この大都会、東京でもそれなりの生活ができてるだろ?」
「だからって……ああやっぱり! 諦め切れるもんですか! せっかく売っているお店が見つかったって言うのに……!」
「落ち着けって! ……つーかよ、やっぱ変だろうが。もうそろそろ夏が近いんだぜ? だってのに……このじめじめした湿気の中、食いたいもんがおしるこ、なんてよ」
両兵の物言いに南は思わずいきり立って言い返す。
「何が変なものですか! いい? 私たちはいつまでも日本に駐在するとは限らないのよ? 日本の食べ物は食べられる時に! これがモットーでしょうが!」
こちらの物言いに両兵は呆れ返ったように嘆息を漏らす。
「モットー……ねぇ。日本の食い物なんて別段、珍しくもねぇとは思うんだが……。その結果が、散々歩き回った挙句の自販機で……いいのかよ」
「そ、それは……」
それに関してで言えば自分も納得し切れていないのだ。南は再び、双眼鏡で自動販売機を目にする。「あったか~い」と書かれた缶のおしるこは、確かに大きな敗北宣言となりかねない。
何せ――もう三日なのだ。
言い始めて三日目で見つけたのが寂れた駄菓子屋の隣にある缶詰のおしるこだなんて、自分とて簡単に承服できるはずがない。
「……じゃあ、どうにかしてくれるの? このおしるこ欲求を……!」
「知るかよ、んなもん。第一、人間、涼しければ食うモノと暑けりゃ食うモノとでは違ってくるだろうが。何だってお前はこのじめじめした時期におしるこなんだ」
「そ、それは……」
思わず口ごもる。どうにも、その欲求の正体を両兵に真正面から言うのは憚られて、南は思わずまごついてしまう。
そもそも、何でこの梅雨時におしるこを探してああでもないこうでもないと右往左往したかと言えば、少しだけ時間が遡る。
「――それにしても……あっついわねぇ……この格納庫……」
書類仕事を行いつつ、南は送られてくるデータに目を通す。
「だぁーっ! 蒸れちまって話になんねぇ! 月子に秋! ここは思い切って脱ぐぞ!」
「だ、駄目だってシールちゃん! どれだけ私有地だって言っても、ここは神社なんだよ? 参拝する人に見られちゃう!」
「そ、そうですよ、先輩……。でもそれで言うと、月子先輩も薄着と言うか……」
「あれ? そうかな……」
「そーだ、そーだ! 何だ、そのたるんだカッコは!」
シールが言及したので南も《ブロッケントウジャ》の横合いからそれを盗み見る。月子はこの間街に降りた時に買ったと言う半袖のTシャツに袖を通したラフな格好だ。「HAWAI」と大きな文字と一緒にパラソルの涼しげな絵が描かれている。
「え……? 駄目かな……? 私、これ結構気に入ってるのに……」
「駄目だ駄目! 整備班の隊服であるツナギを何と心得る! 病める時も健やかな時も、いつでも機械油とツナギと一緒なのがオレら整備班だろうが!」
「うーん……けれどそれは古くない? ほら! 色違いも買って来たんだよ? シールちゃんも秋ちゃんも着てみて!」
「わ、私はそのぉー……さすがに先輩たちに先んじるわけにはいかないので……」
「オレは絶対着ねーぞ! 何だ、そのクソダサTシャツは! 赤緒になんかに見られてみろ! “メカニックは休暇ですか?”なんて言われちまう」
わざとらしく赤緒の物真似をしたシールに月子と秋が腹を抱えて笑い出す。
「ちょ……っ! シールちゃん、笑わせないでってば! あー……シールちゃんは声真似が上手いんだからなぁ、もう」
「……本当ですよ。赤緒さんに悪いとは思わないんですか?」
「……知るか、そんなもん。つーか、マジに! Tシャツ突っかけてたら舐められちまう! ツナギはメカニックにとっての正装なんだ。めかしこんだって仕方あるめぇだろうに。下手なカッコするくらいなら脱ぐ!」
どうやらシールは随分と古い考え方のようで、意固地なのは師匠である柿沼と水無瀬によく似ているな、と南は半分呆けたような心地で見つめていた。
「南。……南ってば! 書類、こっちに渡して。情報の精度を高めるために格納庫で仕事するって言ったのは南でしょ」
エルニィに肩をつつかれ、南はハッとして書類を差し出すが、その時には湿気ってしまった書類がぺらりと捲れる。
「はぁー……。ねぇ、エルニィ。あんた、IQ300の天才少女でしょ? こう、暑いのを何とかかんとか……いちにのポカンでどうにかできないの?」
「南はボクに何を期待してるのさ。……あのね、日本には四季があるんだって、知ってる?」
「バッカにしないでよねー。それくらいは分かってるわよ」
「じゃあ、本題。これから暑くなるって言うのに、この程度でへこたれてたら続くものも続かないよ。……南が言ったんじゃん。格納庫で作業したほうが早いし、赤緒とかに見つかって仕事してない! って指摘されることもないし、とか」
「そりゃー、言ったわよ。けれどねぇ……こうも蒸すと……」
南も長袖の上着は脱いでおり、黒のインナー姿であった。それでもじとじととした格納庫内で仕事をしていると、いやでも顎を汗が伝う。
拭うと人機についていた汚れが煤けたせいで手のひらが真っ黒になって二重苦だ。げんなりとした様子でため息をつくと、筐体を前に高速でタイピングするエルニィが呆れる。
「……軒先で仕事すればいいじゃん」
「いや、だから赤緒さんに仕事してないって言われるし……。テレビも近くにあるから……」
「あー、ついつい、って奴ね。赤緒もその辺強情だからなぁ。ちょっと休憩してただけなのに、“あれ、今日はおやすみですか?”って言ってくるんだもん」
エルニィによる赤緒の物真似が思わずツボに入って南は笑いを堪える。
「ちょ……っ、あんたねぇ……。悪意あるってば、そのモノマネ……!」
「……まぁねぇ。仕事してるって思われたければ、それなりの振る舞いをって奴でさ。ボクら、遊んでると思われちゃってるんだから。これじゃ、やる気も減退しちゃうよ。メカニックの仕事は楽じゃないのになぁ」
「……けれど、あんたらって本当にやるって決めたら日中も夜半も関係なく詰めちゃってるのよねぇ。身体壊すわよ?」
「身体壊す程度で何とかなるんなら何とかするってば。元々、人機操主は体力資本なんだから。ボクもシールたちも充分にそれは分かってる。……けれど、南はちょっと別だよ。たるんでるんじゃない? 前はこの程度で音を上げなかったでしょ?」
そういう風に見られているのか、と南は不遜そうに鼻を鳴らす。
「な、何よ……。これでも結構神経擦り減らしてるんだからねー。あんたらは表舞台をどうこうする大変さを知らないんだから……って、あんたは知ってるか。立花博士、っておだてられちゃうもんねぇ」
「よしてよ。外交だとかは南の領分でしょ。ボクはこうして自作パソコンを前にするのが性に合ってるの」
そう言われてしまえば、エルニィはメカニックなので本来ならばそれに心を砕いて欲しいのだが、人機関連の交渉ごとにおいてエルニィは避けられない人材だ。他国からの睨み合いや、あるいは牽制にはもってこいのカードで「天才科学者、エルニィ立花」の看板は彼女が思っている以上に意味を持つ。
当然、エルニィにとっては不利益な上に不服だろうが、自分のような人間が代表者ヅラをするよりも何倍も説得力は上がって来るのが実情であった。
「……まぁ、あんたはそれなりに努力してくれてるのは分かるわよ。この仕事も、バックアップをやってくれてるんだし」
「南だけじゃ抜けがあってもおかしくはないからねぇ。それにしても……暑いなー。ねぇ、南」
「台所の冷凍庫に潜入任務は割に合わないわよ」
言われる前に先んじると、エルニィはちぇっと後頭部を掻く。
「アイス何本かで応じると思ったのにー」
「そんなこと言って、怒られるのは大概私なんだから。責任者ですよね? 大人ですよね? って。あー……私もこんなところで干上がるくらいなら、少しは冷房の効いた部屋に行きたいもんだってば」
「エアコンの効いた部屋に居るのなんて、南らしくないじゃん。ボクらと一緒に前線に立ってくれてるんでしょ? 信用してるんだからね」
それは嬉しい返答ではあったが、今ばかりは冷房の効いた部屋が恨めしい。どうにも、日本の夏間際のこの時期には順応できそうにもない。
「きちんと暑くなれば、まだ対処できるんだけれどねぇー……。そういえば格納庫には冷房が付いたんじゃなかったの?」
「おあいにくさま。また壊れたもんだから自衛隊から修理要員が来るのが今日の夜の話。お昼は我慢するしかないってば」
エルニィも首からタオルを下げており、何度も汗を拭っては舌を出して目の前の資料に集中しようとする。しかし、その度に特徴的な前髪から垂れる汗の粒が気にかかるのか、キーボードに滴った瞬間にムキーッと我慢が限界に達していた。
「あんた、野性に帰ったってしょうがないんだから……。扇風機持って来るわ。IQ300の頭脳が茹っちゃうととんだ損失だし」
「……よろしく」
エルニィの声を背に受けながら南は境内に出る。じとっとした湿気が風に運ばれてきて、陰鬱な気持ちを三倍増しにする。汗を拭いつつ南は柊神社の社務所に視線を送っていた。
縁起物やお守りが売られており、その中にひときわ目を引く極色彩の金平糖が売られているのを南は発見する。
「あれ……? 甘味なんて売ってるんだ」
「おや、南さん。今日はどうなさいました」
「ひゃん……っ! ご、五郎さん?」
思わずびくついてしまった南に対し、境内を掃き掃除していた五郎が首を傾げる。
「柊神社のお守りにご興味でも? それとも……ああ、それが気になられましたか」
「あ、……うん。嘘は言えないわね……。日本の神社って金平糖なんて売ってるんだなーって。私も言っちゃうと南米の現地人みたいなもんだし。神社って食べ物売っていいんですね……」
「食べ物と言っても、これはいわゆる“シンセン”と言われるものでして」
「えっと……なに? 鮮度が高いんですか?」
「“神饌”です。神様にお供えするものをそう呼ぶのです。けれど、祈祷の際に授与品として使っていますので……一種の縁起物ですね。昔は砂糖なんてなかなか手に入らなかったので、金平糖は高級なお菓子だったのですよ」
「へぇー……って言うか、外に出してあると溶けちゃいません?」
「それはご心配なく。一時間ごとに回収していますし、参拝される方に提供するのはきちんと冷えたものですので」
冷えた金平糖――と思うだけで南は喉が鳴るのを感じていた。こういうとっておきの甘味をビールと一緒に飲むのが一番うまい。しかし、実際にはビールどころかつまみの枝豆一つ手に入らない有り様である。
「神社って色々と大変なんですねぇ……。私、そう思うとあんまり日本の神社ってよく分かってないのかも……」
「よければ一ついただかれますか?」
「あ……いえっ! そんなつもりじゃなくって……!」
思わず謙遜すると五郎は微笑んでクーラーボックスに入れておいた金平糖を差し出す。
「まぁ、南さんたちはお仕事を頑張っていらっしゃいますので、特別ですよ」
「……すみません、何だかおねだりしたみたいになっちゃって……」
申し訳なさを感じつつも手刀を切って金平糖を貰う。一口頬張ると、南は脳内に流れ込む色とりどりの甘さを噛み締めていた。
「美味しい……。五郎さん、これ美味しいですよ!」
「それはよかった。お口に合って何よりです。あ……けれどあまり参拝される方以外に振る舞うのは違うので……」
「あ……分かってます。これですよね……?」
お口にチャックする真似をすると五郎も承服したように頷く。
「まぁ、変な話、こういう風習があるのが日本の神社の特徴ですので。身内に甘いと言われてしまえばそこまでなのですが、意外とこういった甘味は扱う機会が多いんですよ?」
「へぇー……と言うと?」
「日本各地には休憩所を兼ねた神社も数多くありますので。みたらし団子や、お茶、それだけではなく各地の名物を使った食べ物も少なくはありませんし」
「み、みたらし……!」
いけない。五郎の前だと言うのに思わずよだれが出そうになって南は咄嗟に口元を隠す。五郎はそんな自分の粗相にも微笑んで許してくれる。
「柊神社ではささやかな甘味を振る舞うこともあるのですよ。ちょうど冬の時分ならおしるこやあったかいお雑煮なんかも提供できますし」
「おしるこやあったかいお雑煮……このクオリティでですか?」
「もちろん、参拝される皆様に喜んでもらえるのが一番ですから」
そう言えば五郎は純粋にこの柊神社のほとんどを取り仕切っているのだ。当然、炊事洗濯何でもござれの身分となれば、振る舞われるおしるこも特段に美味しいに違いない。
「南さん、まだお茶もされていないのならご用意しますが……」
「い、いえっ! さすがに……自分たちから格納庫に引きこもっているんですし、そこまでお世話になるのは悪いですよ……」
それにメカニック三人娘とエルニィの分まで用意するとなれば相当に大変そうだ。ここは金平糖を貰えた自分が幸運であったということなのだろう。
「そうですか? けれど何でも言ってくださいね? 南さんたちのお仕事、応援したいですから」
思えば夜食を世話になったり、メカニックと一緒に酒盛りしたり、さらに普段の寝食も融通してもらったりと柊神社の、特に五郎には頭が上がらない。
自分勝手なことをしているのは分かるのだが、トーキョーアンヘルが問題なく回るためには赤緒や五郎のサポートなしは考えられないほどだ。しかも、それをそつなくこなしてくれるお陰で自分たちはこうして仕事に集中できる。
「それは嬉しいんですけれど……あまりお世話になり過ぎるのもよくないって言いますか……。私たちだって一応はこれでも立派に社会人ですし、赤緒さんや五郎さんにばかり負担はかけられませんよ」
「南さんが頑張っていらっしゃるのは分かっていますので、いつでも頼ってくださいね」
にこやかに応じて五郎は掃除仕事に戻っていく。その背中を目線で追いつつ、金平糖を頬張ると疲れた身体に染み渡っていく甘さに一層身が引き締まる思いだ。
「……よし! 頑張るか!」
そう言って戻ろうとする前に、そういえばと南は一瞬だけ足を止める。
「このクオリティで……おしるこかぁ……」
――夜半には寝つけずに南はそっと格納庫を抜け出す。もちろん、熱帯夜が続くのもあったがそれ以上に脳裏に浮かび続ける想像にうずうずして布団の中で寝付くこともできやしない。
抜き足差し足で柊神社から飛び出したかと思うと、一路向かったのは橋の下であった。
「……よし。想定通り……」
声を潜ませて橋の下のプライベート空間の中で酒瓶を抱えて眠っている相手へと、南はちょんちょんと肩をつつく。
しかし、その程度で大あくびを掻く当人が起きるわけがないので南は耳元で囁きかける。
「ねぇ、両……起きてよ、両……」
「……ん? 何だか背筋がぞわぞわしやがる……って、黄坂?」
素っ頓狂な声を上げた両兵へと南は肩を揺さぶる。
「あ、起きた? あのね……」
「な、何だ何だ! てめぇ、さては夜這いか! クセが悪いにしてもほどがあ――!」
両兵が全部言い切る前に南は掌底の形にした右腕の一撃をその顎に叩き込む。
「だぁーれが夜這いじゃい! ……まったく、乙女がそんなことするわけないじゃないの!」
「痛ってて……。ソファから落ちちまった。乙女だぁ? おいおい、寝言は寝て言え……あれ? これ夢か何かか?」
「残念ね、これは現実よ。随分と寝入っていたみたいだけれど」
「ん、まぁそりゃーな。酒盛りしてまぁまぁ寝酒も入っていたから、それなりに……って言うか、マジに現実なのかよ。……さっき、耳元で何かしたか? すげぇ背筋が凍った気分なんだが……」
相変わらず両兵が失礼だが、今は事が事だ。南は両兵に対して急かす。
「あのね……ちょっと頼みたいことって言うか……」
「何だ、気色悪ぃ……。てめぇみたいなのがしおらしくなるってのが一番の凶兆だぜ。何があったって言うんだ?」
「いや、別に何かがあったわけでもないんだけれど……。あんた、私の好物、知ってるわよね?」
「好物だぁ? ……何だったか」
「ほら、日本の甘味。かき氷だとか、みたらし団子だとかをカナイマ時代はよく作ってあげてたでしょ?」
「おーおー、あったなそんなことも。青葉の奴が地球の反対側でもかき氷が食べれる! とかってはしゃいでやがったか。……ん? それとこの状況に何の因果関係があるって言うんだよ?」
「いやね……私もこのご身分。それなりに我慢してるって言うか、一応は言い過ぎないようにしてるんだけれど……」
こちらがわざと迂遠な言葉遣いをしているのを察したのか、両兵が眉を吊り上げる。
「……あのよ、メシだとかは柊の奴に頼めよな。オレにできることなんざ一ミリもねぇっての」
「……それが、あんたくらいにしか頼めないのよ。私が好きなのは確かに日本の甘味。その中でも特段に好きなのが……おしるこだって言うのは知っているわよね?」
「あー、ンなことも言ってたか? 確かにカナイマは日本人も多かったからな。正月時分にゃおしるこを振る舞うことも少なくはなかった気がするが……」
「でしょ? ……それで、久しぶりに純粋な日本の甘味を食べてしまって……ブレーキが利かなくなったって言うか……」
こちらの言葉に両兵は胡乱そうに眉をひそめる。
「って、おい何言ってンだよ。今はもう五月も終わりだろうが。これから夏になるんだ、おしるこなんざ売ってるわけねぇだろうに」
「……だからこそじゃない。あんたくらいにしか頼めないのよ。私と一緒に、おしるこを探してちょうだい」
両兵はこちらの頼みごとに対して唖然としている。
「……何だってそんなもん……。これから先だってンならかき氷だとか言えよ。おしるこなんてどこもかしこも品切れだろうが」
「けれど、どーしても食べたくなっちゃって……! ほら、私これでもここ数日間は忙しかったじゃない。その反動って言うかさ」
「……とは言ってもよぉ……おしるこなんて売ってるもんかよ」
「けれど、両。ここは日本中の流行り廃りが集中する大都市、東京なのよ? ……探せば一軒くらい美味しいおしるこを振る舞ってくれるお店もあるんじゃない?」
「探しゃ、一軒くらい……か? ふぅーむ、それは相当に難しいんじゃねぇの? ってか、何でおしるこなんだよ。一番の好物だって言ったって、半年くれぇ我慢できねぇのかよ」
頬杖をついて不服そうにする両兵へと、南は普段の外交でもしないような深いお辞儀で頼み込む。
「お願い! ……お昼にちょっとした出来事があって……そのせいでもうおしるこの口なのよ。こんな状態で赤緒さんや五郎さんに顔向けできやしないわ」
真剣に頼み込んだ甲斐もあってか、両兵は何とか折れてくれた様子で嘆息をつく。
「……何だって面倒な発作を起こしやがる。まぁ、いいぜ。で、どこで探す?」
「そりゃーもちろん、東京中をさらうつもりで探し出すわよ! 美味しいおしるこ屋さんを!」
ぐっと拳を固く握りしめて言いやると、両兵は何だか目に見えてげんなりとする。
「……そんな都合のいいもんがあるとは思えんが……。まぁ、付き合ってやるか。寝床を襲撃されるのは単に気分が悪ぃし。それに、だ。おしるこくれぇ探せばその辺に転がってンだろ」
コートを羽織って外出の準備を始める両兵に南はそわそわとしながらも朝一番に食べるおしるこを楽しみにする。
が、これがまさかの三日間にも及ぶ奮闘の日々に繋がるとはまさかこの時は予想だにしなかったのだ。
「――……ない……。探しても探しても……どこにも……」
きゅぅと腹の虫が鳴く。この三日間、真っ当に柊神社にも帰らず、また喫茶店をハシゴしておしるこを物色したが、なかなか見つからない。
「なぁ、黄坂……。もうやめちまえよ。何だってこだわってンだか……」
連れ添いの両兵も同じように巻き込まれており、彼も喫茶店通いで酒も飲んでいないのは限界なのだろう。
「……何よ、あんたにはちゃんと奢ってあげているでしょうが。このヘブンズの黄坂南が! よ? 無条件で奢るなんて天地が逆さまになったってあり得ないって言うのに!」
「……てめぇで言うなよ、浅ましい奴め。つーかよ、サ店ばっか通うのももう飽きちまったよ。言って軽食ばっかなんだ、食った気もしねぇし……」
確かに喫茶店通いではほとんど腹を満たした心地にもならない。お互いに満腹には程遠い境遇で街をさまよい歩いてもう三日目。そろそろ目的の食事にありつきたいものだが、やはりと言うべきか夏が近づく東京都心でおしるこなんてなかなか拝めそうにはない。
「……見積もりが甘かったかしら……。何軒も回れば一軒くらいおしるこを提供しているお店があると思ったのに」
「かき氷はあったがな。……っても、何だっておしるこなんだよ。なんべんも聞いたよな? その度にはぐらかしやがって……」
「それは……。それは言いっこなし! ほら! 今日もおしるこ探索の旅に出るわよ、両!」
「……メシ奢ってもらっておいて何だが……おしるこなんてねぇンじゃねぇの? 諦めて自販機のおしるこを買っちまえばよかったのによ」
「駄目よ! あんなのに頼ったら……せっかくここまで私の中のおしるこゲージを高めたままだって言うのに……!」
軽食は摂っているとは言え、何だか満足し切った心地でもなく常に飢餓状態のように南は東京の街並みを探索する。両兵はと言うとこちらの思惑をまるで考えていないようで、ポケットの中から小銭を取り出す。
「えーっと……所持金が今、824円だから……。なぁ、黄坂! 酒飲んじゃ駄目なのかよ……!」
「お酒なんて飲むとあんた、そこでやめようとか言い出すでしょうが。私だって我慢してるんだから、あんたもコーヒータダで飲めてるのをありがたがりなさいよね」
「……我慢っつったって……。三日も飲んでねぇと喉がスースーして気持ち悪いんだよな」
「あんたもとんだアル中ねぇ……。まぁ私が言えた義理はないのはよく分かっているつもりだけれど……」
自分だって酒には一切手をつけていない。実際のところ、酒を一滴でも飲んでしまえば主目的を忘れてしまいそうだという懸念もあったが、それ以上に両兵以上の大酒飲みでもある自分にとっては酒で埋めたくない欲求である。
「……つーかよ、何かそろそろ腹に入れようぜ。サ店のメシじゃなくきちんと腹に溜まるメシをよ」
「そんなの食べちゃったらこの頼みごとがうやむやになっちゃうでしょうに。……あ、あそこ! あそこの喫茶店に賭けるわよ!」
街角で見つけた喫茶店に入る前に掲示されているメニュー表を上から下まで血走った眼で凝視する。
「……すげぇ顔だぞ、黄坂」
「黙らっしゃい。……ここには……かき氷はあるみたいだけれど……」
「おっ、宇治金時があるんじゃねぇの。もうここでよくねぇか? 東京でこういうの扱ってるのって思ったよか少ねぇのな」
メニューの中に宇治金時を使った天然かき氷があり、ついついそれで妥協してしまいそうになるが、ここまで我慢しておいてかき氷に着地するのは自分にとっての敗北である。
「……いえ、他を当たりましょう」
「って! 黄坂! もうここでいいだろうが! だいぶ譲歩してンぞ!」
「……分かっているけれど、この大都会の中に私の希望通りのおしるこがあるかもしれないじゃない。それを諦めたくないのよ……」
「意固地になってンじゃねぇよ! ……そもそも、夏が近いってのにおしるこなんざ探すってのが無理筋だろうが! もうここにすんぞ!」
「あっ! ちょっと、両! 勝手に入らないでってば! ……もう! また目的から遠ざかっちゃう……!」
とは言え、それでも宇治金時のかき氷は気になるのでコーヒーと一緒にオーダーする。運ばれてきたアイスコーヒーで朝方の詰まった喉を潤し、ほっと息をついたところで両兵が出し抜けに問いかける。
「……何だってトーキョーアンヘルの代表者でもある黄坂南ともあろう人間が、三日も柊神社を空けてこんなことをやっとるんだ。ったく、連中、オレが相手だと知っても嫌がるんじゃねぇの?」
いや、逆に三日間も両兵を独占しているとなれば許されないのは自分のほうだろう。赤緒たちに問い詰められた時に、おしるこが食べたかったのでとは申し開きにもならなさそうだ。
「……しょーがないでしょうが。あんたを引き連れられるのはこういう機会くらいしかないし」
ずずっ、とアイスコーヒーを啜ってから宇治金時のかき氷を頬張る。無論、かなりの美味だが、どうしてなのだか逆に口寂しくなってしまう。
「……なぁ、まだ聞かせてくれんのか。いつになったらてめぇがおしるこなんざ無理そうなものを求めて東京を行ったり来たり……。責任者だろ?」
「何よぅ、責任者が身勝手な欲求のままに動いちゃ駄目なの?」
「……そりゃあ、駄目とは言わねぇが……心配されるだろ。柊やさつきにでも頼めばよかったんじゃねぇの? あいつら、お前が一言食いたいって言えば喜んで作ってくれるだろうに」
それは最初に思い至った可能性ではあったが、逆に最短距離過ぎて遠慮の気持ちが湧いてきたのである。
「……それは……何て言うかズルじゃない? 真っ当じゃないって言うか……」
「……オレを駆り出して三日間も彷徨うことが真っ当って言いてぇのかよ……」
「いいじゃない。美味しいコーヒーは一生分飲んだでしょ?」
「……カフェインで腹たぷたぷで逆に飽きちまうよ。つーか、てめぇの我儘に付き合わされンのは……カナイマじゃ割と恒例行事だったな。おしるこだとか、何だとか。そういやぁー……」
両兵が言い出しかけたところで、南はこっくりこっくりと船を漕ぎつつあった。思えば夜を徹して様々な喫茶店を回って来たので寝不足だったのもある。
この時、南の意識はほんの一瞬であったが、追想の彼方にあった。
「――……南、南ってば」
肩を揺さぶって来たのはルイで、南はふがっ、と鼻声を漏らす。
「……あれ? ルイ……?」
「寝ぼけてないでよ。哨戒任務でしょ」
そうであったと南はよだれを拭う。古代人機が出現したとのことで、思えばもう三日以上まともな食べ物を摂っていない。携行食のレーションは食べ飽きたプレーンの味ばかりで、齧り付くなりそれも随分と湿っている。
「あーあー、やだやだ。哨戒用の機体もないって言うんで、私らが駆り出されるなんて」
「南うるさい。レーダーの反応を見ないとなのに」
下操主席でルイが改造型のパッシブソナーを熱心に聴いている。その様子を眺めて随分とやる気があるものだと南は不可思議でさえあった。
「……あんた、いつになくやる気じゃない。いつもならこういうの適当に済ませて適当に帰るところでしょうが」
「……南はいつまでも不真面目だもの。私は違うわよ。……《モリビト2号》に応用できる技術だから、次の小テストの記述問題で出るのよ」
なるほど、と上操主席の南は納得する。
「実践型の勉強ってわけ。けれどルイ、あんた勉強は大嫌いってクチじゃなかった?」
「それとこれとは別よ。確かに算数は苦手だけれど、こういうのは……」
「青葉も居るしねぇ」
にやにやと締まりのない顔で鎌をかけるとルイは図星なのか、ぷいっと視線を逸らす。
「……知んない。南の馬鹿」
「あっ、機嫌直してってば! そうだ! 帰ったらあんたの大好きなもの、一個だけ作ったげる! それで手打ちでどう?」
「……南の料理って大雑把なのばっかりでしょ。カレーだとか」
「何をぅ! 私にだって、得意な料理の一つや二つ……いや、三つや四つは……」
「要領を得ないじゃないの。そんなの期待できないわよ」
相変わらず反応に乏しいルイ相手に南はふんすと鼻を鳴らす。