「まぁ見てなさい! ルイの舌を唸らせる一品くらいは……」
「……来た。南、構えて!」
「うぉ……っ! 早速お出ましか!」
《ナナツーウェイカスタム》の削岩機を突き出し、朝靄の向こう側から奇襲を仕掛けてきた古代人機を相手にまずはコンテナを盾代わりに用いて一撃をいなす。
触手が伸び、コンテナを押し潰さんとする重量を弾き返して南は古代人機の腹腔へと潜り込んでいた。
「ルイっ!」
「そこ……ッ!」
削岩機を突き上げる軌道で打ち込み、古代人機の躯体が宙に舞う。しかし、大地に根を張る古代人機はそう容易くは撃墜されてはくれない。
「回り込んできた……! 何のぉ……ッ!」
反転しようとして不意に《ナナツーウェイカスタム》が地面を踏み外し、バランスを崩す。その隙を逃さず、古代人機から放たれた光弾が横腹に撃ち込まれていた。
これまでのルイならば姿勢制御バランサーを欠いて転倒一歩手前のはずであったが、この時、ルイは強く踏み込んで転ばなかった。
「……させない……ッ!」
《ナナツーウェイカスタム》はただでさえ多重増設装甲とコンテナのせいで姿勢制御の際に振り回されがちだ。だが、ルイはその特性を完全に身に馴染ませ、削岩機を高速回転させる。
攻勢に転じたのはほんの一瞬の判断の素早さ。《ナナツーウェイカスタム》の腕が古代人機を捉え、強化ガラス越しのほぼゼロ距離でその姿が大写しになる。
正直、南は少しだけ――ブルってしまっていた。操主としてはベテランと呼んでもいい年かさでも、戦場の空気を吸い込むといやでも肝が冷える。
「……あんたらなんかに……私たちが負けるわけ、ないでしょうが」
下操主席のルイがそう放ったことで、しかし南の恐れは掻き消える。まさか、娘であるルイの言葉が硬直を解く一因になるとは想定外で、南は瞬時の習い性のままに上操主席の操縦桿を振り上げる。
「こんのぉ――ッ!」
身に宿したほんの一ミリの恐れを吹き飛ばすかのように、平時よりも声を張り上げて《ナナツーウェイカスタム》の膂力のままに古代人機を吹き飛ばす。
装甲が剥がれ、ずずんと沈黙した古代人機相手にルイが息を切らしている。南も一拍の交錯の差でしかなかったと爆発寸前の鼓動を鎮めようとしていた。
「……南」
「……やったわね、ルイ」
こつん、と拳を突き合わせたところで討伐完了をカナイマアンヘルへと通達し、ゆっくりと帰路につく。
「……あのね、ルイ。さっきの」
「何よ。何でもないでしょう」
「……うん、けれどね。私としては嬉しいかなぁ。あんたも……意地があるってのがさ」
これまでルイの成長を見てきたつもりであったが、間近で見せられてきたその相貌に浮かんだ決意に、南は思わず口にする。
「……いいなぁ。何て言うか伸びしろがあってさ」
「何言ってるの。南だけなんだから、私が上操主を何の条件もなく認めるのなんて。……お願いだから、弱気になんてならないでよね。古代人機なんてのしちゃえばいいんだし」
その強気が今は愛おしい。
「……そうね。あんたはそういう……ちょっと待ってて。帰り際に、どうせだから作ったげるわ」
南は帰り道で《ナナツーウェイカスタム》の暖房機能を使って、鍋を火にかけていた。ヒーターを使って着火し、《ナナツーウェイカスタム》が積載している日々の日用品の中からちょうど余っていた小豆と餅を取り出す。
「……何?」
「私のたくさんあるとっておきの料理を届けてあげる! こうやって……ペースト状の小豆を溶かして、まんまるのお餅を入れてあげれば……」
「……どうでもいいけれど、外はさすがに寒いわよ。……くしゅん」
「あんたは薄着だもんねぇ。大丈夫、あったかい食べ物だから! ……よし、っと!」
味見をした後に茶碗へとよそうと、ルイは眉根を寄せる。
「……何これ」
「おしるこって言えばいいのかなぁ。私の好物なのよねぇ」
「……って言ったって、南。これ、まだちゃんと小豆が溶けてないわよ。餅も堅いし……」
「まぁまぁ! それもご愛嬌って奴! それに、ね。何て言うのかな……ほら、日本とかじゃおめでたい時に小豆って重宝するみたいじゃないの! 私たちにとって、この勝ち星はただの勝ち星じゃない、おめでたいことなんだからね!」
肩をぱんぱんと叩いてやると、ルイは赤面してずずっとおしるこを啜る。
「……恥ずかしい南」
「どんだけだって恥ずかしい奴になってやるってば。……あんたは私の、たった一人の娘なんだからね」
そう、この時だったに違いない。
ルイのためならば、恥もかき捨て。どんなことだって勲章ものだと思える一因になったのは。元々、自慢の娘ではあったが青葉と切磋琢磨することでルイは成長している。それを傍で見られることが嬉しくないはずがない。
「……だって、だってあんたは、私の自慢の――」
「――……い。おい! 黄坂!」
ハッと目を覚ました南は対面の両兵に肩を揺さぶられている己を自覚する。
「……あれ? 寝てた……?」
「目の前で寝入っちまわれると困るぜ。オレだけだととてもじゃねぇが払えねぇぞ」
アイスコーヒーを啜る目の前の両兵を目の当たりにして、南はそうだったと口にする。何で――自分の好物の根源を忘れていたのだろうか。
それもこれも五郎の金平糖が思い出させてくれた。
夢のきっかけ。そして決意の行く先。
居ても立っても居られないと南はコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「……行かないと」
「……うん? 何だよ、まだかき氷食いかけ……」
「ごめん、両! ここは払っておくから、かき氷食べといて!」
清算を済ませて南は一路駆け出す。
「……って、オイ! 黄坂! ……しゃーねぇなぁ……」
両兵も理解してくれたのかまでは分からない。ただ――こんなところで燻ぶっていい衝動ではない。
息を切らし、肩を荒立たせて柊神社の石段の前まで辿り着く。
「……我ながら……体力、落ちたわねぇ……」
石段を上がり切ったところで、朝の掃除をしていた赤緒と顔を合わせる。
「南さん? ……どこ行ってたんですか、この三日間……!」
「赤緒さん。ちょっとだけ、台所借りていい?」
「……はい?」
「ちょっとで済むから!」
赤緒の了承を得る前に走り出し、台所で鉢合わせたさつきへと、南は言いやる。
「さつきちゃん!」
「は、はい……? 南さん、どうしたんです……?」
「……お鍋と小豆……それにできればお餅……ある……?」
目を丸くしているさつきを他所に、南は鍋を火にかけ、てきぱきと小豆とお餅を入れて行く。
どうしてなのだろうか。
必要なものは全て、この台所に揃っていることを直感的に理解していたのは。そして、特別なものは一つも要らないのだと、この時ばかりは感じていた。
小豆が煮えたところで、ひょっこりルイが台所に顔を出す。
「……珍しい。南がおしるこ作ってる」
「まぁね。……ねぇ、ルイ。自分の中にある……思い出とか衝動ってさ。何て言うのかな……針みたいに突っかかって取れない時って……どうしてる?」
茫然とするルイだが、何だそんなことかとでも言うように軽く返答される。
「……馬鹿ね。そんなもの……いい距離感を自分で折り合いをつけて……一生付き合っていくに決まっているじゃないの。それは誰よりも――」
「私が教えたのよね。……何だろ。遠回りって感じ」
「おしるこなら、私は多目に貰うわ。分かってるんでしょう?」
この距離感も愛おしい。ルイは全部分かってくれた上で、問い返してくれる。
「……ええ。だっておしるこは私の大好物で……なおかつヘブンズの、おふくろの味だものね!」
微笑みながら返答し、南はおしるこを味見する。
いつかのように決して高額ではないペースト状の小豆と、缶詰の餅であったが、それでも――思い出の味を再現する準備は、きちんと整っていたのだから。
さぁ、召し上がれと。
自分はまた、あの日のようにおしるこを振る舞う。
あの日と違うのはたくさんの人の縁に紡がれたこと、そして地球の反対側であることぐらいだが些末なものだ。
なにせ、大事な人たちはもうとっくの昔に揃っている。
「みんな! 今日の朝ご飯は私自慢! おしるこよ!」
居間で待ち構えていたトーキョーアンヘルの面々が驚く中で、ルイだけが冷静に手を合わせる。
「いただきます」
そう、結局のところ。
ルイと一緒だから、おしるこは何よりも特段に美味しい、自分の好物なのだ。降って湧いたような余裕、いやこれは猶予とでも言うべきか。
いずれは決断しなければいけない時が来る、おしるこなんて探している場合ではない瞬間が。それを前にしてのちょっとしたモラトリアム。その象徴として、おしるこは自分の誇る自慢の味。
だから、全員にこの好物を振る舞おう。
自分だけではない、誰かのためにできることとして。
「じゃあみんな準備はいいわね? ――いただきます!」