人機の両腕を至近距離で絡ませながら、その手に胡坐を掻いて双方見つめ合う。何だか、こうして人機操主同士で距離を詰めたこともないので、金枝はうろたえてしまう。
「それにしても、隊長はどういうつもりなのかしらねー。あれ、メルJ・ヴァネットでしょ? シュナイガーをアンヘルから奪った大悪党、だっけ?」
「あっ、知って……」
「そりゃあ、有名ですもの。空戦人機のエキスパート。さっきだって、背後取られたのは生きた心地がしなかったけれど、でもあの人は撃たなかった。それに意味があるとは思えない?」
「……どう、なんでしょう……。金枝はまだ……あの人のこと、何も知らないですし」
「そっか。……じゃあ、私たち似た者同士かも。私も隊長の言うことややること、全部分かっているわけじゃないし」
「似た者同士……ですかね。金枝は何も分かっていないだけなんですけれど……」
コーヒーに反射する自身の面持ちを見つめる。黒々とした液体に不安げな表情が揺らめく。
「……カナエさんは、結構優しいんだと思うよ? だって、そうじゃないとこんな文字通りの地の果てまで来て、私たちの話なんて聞いてくれないでしょ」
そう言えば彼ら彼女らの事情に関しては踏み込んでいなかった。あの、と言い出しかけて、それは自分に許された領分なのだろうかと戸惑う。アイリスも、《O・ジャオーガ》の操主も、何があって何を理由にして戦っているのか。そもそも、何を信じて戦っているのかなんて軽々しく尋ねていいのだろうか。
赤緒ならこういった問題に対して真摯に向き合ってくれたような気がする。赤緒だけではない、トーキョーアンヘルの面々は、呪われたような京都の地に縛られていたままの自分を解放してくれたのだ。一筋縄ではいかないはずだったのに、修学旅行の一件から、少しは自由になれた気がする。
「……金枝は、皆さんに甘えてばかりなんです。だから、優しいとかじゃ……ないと思いますよ」
「そう。……ずっと気になっている感じだから言っておくと、私たち、レジスタンスなの」
「レジスタンス……それって、キョムに対して、ですか?」
「……キョムだけじゃない、この世で抗う全ての理由に、かな。まぁ、カナエさんに全部分かってもらおうとは思ってもないけれど、でもね。私も一端に……理由を欲しがっているだけなのかもね。それこそ、強がりって奴」
「強がり……」
いや、強がりだけで人機を操縦できるはずがない。きっと、アイリスや、彼女らにしか分からぬものがある。ただ、今の自分には踏み込む勇気も資格もない。
「……そろそろ戻って来るかな、隊長たちも」
アイリスがそっと立ち上がってひさしを作って見やると《O・ジャオーガ》の陰から二人が歩み出る。
「三宮! ……我々はこの戦闘領域より撤退する」
「えっ、ちょっと! 撤退って……単独作戦なんですよ!」
「ここはこいつらの領域らしい。《マサムネ蒼炎》を飛ばして試したかったところに割って入ったのはこっちのほうだ。不始末となりかねない」
「いや、だってロストライフの地平を観測する役目が……!」
「……立花には言っておく。それと、だ。《O・ジャオーガ》の……いや、バルクス・ウォーゲイルだったな」
武人の操主と向かい合ったメルJの面持ちには、どこか納得づくの微笑みが浮かんでいる。
「感謝を述べたい。私も復讐心のまま戦っていれば……」
「いや、それは必要ない。強い人間は大歓迎でもある。……よければレジスタンスに」
「あーっ! 隊長、また美人に弱いんですからねぇーっ!」
隣で声を張り上げたアイリスに金枝がびくついていると、バルクスと呼ばれた男は頭を振る。
「……申し訳ない。今の私はこのざまなんだ。女性一人に頭が上がらない」
「いい。守るものができたと言う意味なのだろう。良い兆候だ。それとだが、せっかくの誘いのところ断らせてもらう。私には……もう一緒に戦う奴らが居るものでな」
「……そうか。ならばせめて、共同戦線を張れるような時が来れば、互いに銃口を向けないようにだけ努めたいものだな」
「……そうだな。その程度の約束でよかろう」
離れる間際、そういえばとバルクスが呼び止める。
「……柊赤緒、であったか。私に……勝者の言葉を吐いた強き者に、言っておく言葉がある」
「……赤緒に、か。……分かった、言伝は受け取っておく」
バルクスが口にした言葉はちょうど聞き取れず、メルJが受け取ってからそれぞれ人機へと戻っていく。
「あ、あの……! ……もう、勝手なんですから!」
「カナエさん!」
大慌てで《モリビト燦号》に戻る間際、アイリスの言葉が背中にかかる。振り返った金枝へと、アイリスがサムズアップを寄越す。
「……頑張ってね。大変だろうけれど……そうだな。私、次に会った時はカナエさんを助けてあげたい。それくらいで……うん。今はいいかな」
「……は、はぁ……。金枝も……助けてあげてもいいんですよ?」
生返事を返しつつ、自分なりの強がりを述べるとアイリスは笑顔になっていた。
「またね!」
《マサムネ蒼炎》が飛翔し、遠ざかっていく中で金枝は《モリビト燦号》を駆動させて黒い大地を離れていく。その最中、ふと気づく。
「あっ、カップ貰ったままだった……」
――金属製のカップにまつわる物語を金枝から教えてもらってから、赤緒はえっと、と戸棚を探っていると不意に声を掛けられる
「赤緒。……何だ、何をしている?」
「あ……ヴァネットさん……」
どうしよう、何だか金枝からある程度の事の顛末を聞いた後だと少しだけ挙動不審になってしまう。それはメルJも同じのようで目線を合わせずに歩み寄ってくる。
「……どうしたんだ? 戸棚なんて漁って……」
「……金枝ちゃんが、戦場で出会ったって言うレジスタンスの方から金属製のカップを頂いたようですので……そのお返事と言いますか。柊神社にちょうどいいものがあれば、次に会う時には返したい、と」
「……そうか。三宮から話は聞いたのか?」
「……まぁ、ちょっとした概要程度ですけれど」
「……すまん。ちょっと言い辛くってな。お前にとっては《O・ジャオーガ》の操主……バルクス・ウォーゲイルは嫌な思い出かもしれんと思うと……」
「あっ、いえ……! けれど、ちょっと意外でした。あの人……まだ、生きて……」
八将陣とはいずれ戦う運命であったのかもしれない。しかし、こういった出会いと奇縁に恵まれることもあるのだ。あの時、自分が言い放った勝者の言葉が彼の人生を変えたのだと思うと少しだけ気恥ずかしい。
「……ああ。よく生きていた。八将陣を以前までのように恨んでいた私なら、問答無用で撃ち抜いていた可能性もあった……のだな」
今回は違った出会いであったのだろう。ならば、別の道を模索することも難しくはない。
「……金枝ちゃん、アイリスさんって方によくしてもらったから、今度は、せめて戦いでは助けたいって言っていました」
「そうか。……三宮らしいな」
フッと口元を緩めたメルJへと、赤緒は視線を向ける。
「……結局、《O・ジャオーガ》の……バルクスさんは何と仰っていたんですか?」
「それか? それは……」
そこまで言いかけて、メルJはいや、と背中を向ける。
「……やめておこう。何だか都合のいい人間みたいで……ちょっと差し支えがある」
「な、何でですかぁ……。教えてくださいよぉ」
「そうだな。……赤緒。今後、お前が奴に会う時が来るとすれば……その手前で喋ってやる。それでいいだろう?」
得意げにした今のメルJは少しだけ意地悪だ。だが、その時までお互いに生き残ると言う約束手形でもあるのだろう。赤緒は、もうっと頬をむくれさせる。
「じゃあ、私からも。……強者の言葉とか言いましたけれど、でももっと……うん。もっと強く、もっと自由になりたいなって……そう思うんです」
「……困ったな。私に二人分の秘密を背負えとでも言うのか?」
「……だって、ヴァネットさん言ってくれないんですもん。でも、いいんです。何となくですけれど、伝えたいことはきっと……」
きっと、さほど齟齬はない。
――次に会う時には、前よりももっと強くそしてもっと気高くあれ、と。
地の果てで交わしたコーヒー一杯分の言伝で自分たちはきっと、また向かい合える――そう信じて赤緒は金枝にぴったりのマグカップを探って、少しだけほくほくとした気持ちで微笑むのであった。