「後生大事に抱えていても仕方のない荷物です。クリオネルディバイダーを握る陣営が、これから先、重要なファクターとなる。金剛グループが手離したのは、それを押し通しても旨味があるのだと判断したのでしょう。あるいは、もう動き出しているとも言えます。我々陣営は、完全に出遅れたのですよ」
「それ、まだ分かったわけでもないんでしょう。オレの知ってるあんたは、それで終わりなんてよしとしないってのは分かってますよ」
勝世はメンソールの甘い匂いを漂わせた紫煙を払い、煙草を吸う。この場での会話は録音される可能性がある、と友次はヘリへと誘導していた。
「……移動しながら続きを話しましょう。お二人にしてみれば、プライベートジェットで米国と協定を結ぶはずが、不本意だったのは分かりますが……」
「いえ……。グレンデル隊は機密諜報部隊です。これを私たちに悟られた時点で、何か封殺する動きがあってもおかしくはありません。いち早くここから立ち去り、追跡をかわす必要があるでしょう」
特殊部隊がここで動いていないのも気にかかる。この先、掃除のための部隊がこのプラントを襲うかもしれないと考えると、自分たちの命と情報を日本に持ち帰るのには、すぐにでも立ち去るべきだと南は判断していた。
友次に促され、無音ヘリへと乗り込んだ勝世と南へと不意に接続された通信網が耳朶を打つ。
『南! 勝世も……大丈夫だった?』
「エルニィ……。あんたも……この土壇場でよくやってくれたわね。友次さんを寄越したところを見るに、何とかってところでしょう?」
『……うん。プライベートジェットのシグナルが消えた時点でこれでも急いだんだけれど……二人とも怪我はないよね?』
「心配しなくっても大丈夫! ……オレも姉さんも思ったよりかは頑丈ってことだからよ!」
勝世の返答も少しだけ空元気なのは隣に座っていると伝わってくる。彼はグレンデル隊の新型人機に乗っている操主のことを知っていた。その事実から鑑みれば、今すぐに飛び出してしまいたいのが本音であろう。しかし、自分たちは日本の皆へとこの情報を無事に持ち帰ることが何よりも求められている。
自ずと、個人の意思は後回しになっているのは気分が悪い。勝世も自分も、コンコルザを一発殴った程度では清算すらできていないだろう。
『……そっか。それは何と言うか……よかったと思うべきなのかな。……落ち着いて聞いてね。米国上層部の意思決定だ。グレンデル隊はこの後、秘密作戦に打って出ることが作戦指示書で言い渡されている。既に決定事項だよ』
「エルニィ……! あんたそれ、さすがにお得意のハッキングスキルでも無茶ってもんが……!」
『二人が現場で無茶してるんだもん。ボクが無茶しないわけにはいかないってば。けれど、よかった。その作戦が遂行されてしまえば、全てが無為に帰しても不思議はなかったからね。その作戦指示書はほとんど黒塗りだけれど、金剛グループからのクリオネルディバイダーの強奪……いいや、違うね。譲渡はまだ作戦の第一段階みたいだ。グレンデル隊は、クリオネルディバイダーによって、キョムへの徹底抗戦を指示されている、と見るべきかな』
「……エルニィちゃん。クリオネルディバイダーはただの武器とは思えねぇ。強いだけの武器なら、米国の発言力なら造るかコピーすりゃいいだけのはずだ。それを、わざわざプラントを強襲して奪ったってことは、あれはそうそう簡単に造れねぇと思うべきなんだな?」
一拍の沈黙を差し挟み、無言の肯定に対して南は額に手をやる。
「……ねぇ、待って。クリオネルディバイダーは……これは私たちの意見を突き合わせた憶測に過ぎないけれど、エクステンドの力なるものに引き寄せられている……とすれば。血続じゃないと使えないシステムなのは窺い知れるわ。それも赤緒さんのような、特別な血続にね」
『件の超能力モドキとの関係性は未だに不明だけれど、グレンデル隊はその再現を行おうとしているように思える。赤緒や三宮のような……特別な血続を使っての、戦場の支配……か』
「あるいはキョムと戦うための切り札に、かも。……それがトーキョーアンヘルにとって不利益にならないとも限らねぇ。次に遭遇した時には敵じゃねぇ保証はないんだ。……サイラスの奴も……な」
勝世が拳を骨が浮くほど握り締める。冷静さを見失っているようにも映ったが、それも致し方ないのだろう。彼も自分も、特別な事情に深く踏み込み過ぎている。
「……エルニィ。クリオネルディバイダーの性能データや検証データは? あんたのことだし、プラント強襲も読んでいたんでしょ? その際に金剛グループの抗生防壁が弱くなった瞬間がなかったとは思わないわ」
『さっすが南だね。ボクの考えをちゃんとトレースしてくれている。……帰国してから話すつもりだったけれど、今話しちゃおうか。クリオネルディバイダー。武装としても稀有な性能を誇るけれど、何よりも異質なのは、あれが純度百パーセントのアルファーと血塊による代物だってことなんだ』
「……純度百パーセント……? ちょっと待って、それって……」
その問いかけにエルニィが通話先で神妙に頷いたのが伝わってきた。
『……うん。ボクの知る限り、それはたった一例しかない。テーブルダスト、ポイントゼロより帰投して数時間以内での、《モリビト2号》……。三年前に奇跡を引き起こし、ボクらアンヘルの全てを変えた、あの瞬間。青葉と両兵が乗り込んでいた、ほんの僅かな間の《モリビト2号》のケースだけなんだ。しかも、あれは変質をしたからね』
「……どういうことなんです? 《モリビト2号》が、変質……?」
戸惑う勝世に南はその時のことを仔細に思い返しながら言葉にする。
「……テーブルダスト、ポイントゼロより帰投した、《モリビト2号》……。あの瞬間、エルニィの立ち合いで精査した結果、ほんの数時間の間だけ、《モリビト2号》は全く別の次元の人機へと変質していた……と記録にはある。もちろん、当時のアンヘルの機材のミスの可能性もあるけれど、その時の言葉を借りるのなら――《モリビト2号》は明らかに純然たる命そのものへと変容していた、と。これが進化なのか、あるいは人機本来の姿なのかは私たちにも断言できなかったのよ」
「何でです? だってモリビトはその後も運用を……」
『数時間後には元の状態に戻ってしまったからなんだ。《モリビト2号》は明らかに、ブラジルでの設計時の数値を超える“何か”に変貌したのは間違いなかったけれど、ボクらはそこからの逆算はできなかった。……と言うよりも、そんな余裕はなかった。すぐにウリマンと軍部の介入があったからね。青葉と両兵も危ない状態だったから、その時の計測値は“ゆらぎ”として、後には重要視されなかったんだけれど……』
「……エルニィの言葉を信じるのなら……と言うよりも、純度百パーセントのアルファーと血塊なんて、この世には存在しないのよ。ある程度混ぜ物になってしまうのが常だったし。けれど、クリオネルディバイダーがそうならば……」
「ならば……何です……?」
南はこの考えは個人的な予測に過ぎないと前置きしながら、勝世へと向き直る。
「……クリオネルディバイダーは、テーブルダスト、ポイントゼロ時点での《モリビト2号》に相当する……奇跡を引き起こす……そう言った存在」
『例のXデイ時点での地球全体の地脈の揺らぎが観測されたのだとすれば、黒い波動を生んだのと同じか……あるいはそれ以上の異常事態がこれから先、訪れてもおかしくはないよ。……これはまずったかもね。金剛グループは兵器開発部門で解析していたようだけれど……もし、米国上層部にそう言った考えの連中が居れば……』
最悪の想定であったが、南はエルニィが言いよどんだ先を紡ぐ。
「……黒将……《モリビト一号》を討った時と同じか、それ以上の……。混迷の時代に突入するかもしれないわ。あるいは、米国はまたしてもまかり間違うか。黒将は確かに、悪のカリスマであった。そのカリスマの再現……」
「……じゃあ、アメリカはキョムを倒すとかじゃなく……もっと最悪の道を辿るかもしれねぇってことですか……」
声音が震えている。如何に勝世であろうとも、まさか大国がそのような間違いに突き進むとは信じ難かったのだろう。
「……私たちには、せいぜい信じるしかないわ。クリオネルディバイダーがどう運用されるのかは……もう」
転がり始めた石なのだと。