「シバさん……っ! 私は大丈夫ですから……!」
『大丈夫って……そんなわけないでしょう! ユズちゃんを返しなさいよぉーッ!』
《モリビト1号》は基本的には陸戦人機だ。そのために、高空を自在に飛び回る眼前の人機にはまるで届かない。推進剤を無駄に使っているのはユズの眼からしても明らかだった。
今は、シバに消耗をさせないことだと、ユズはそう感じて空戦人機を仰ぎ見る。
「……それにしても……こんな空戦人機が存在したなんて……」
全体のシルエットとしては鳥型に近いが、独自の改造が施されており、鉤爪を思わせるアームでがっちりと掴まれている。《モリビト1号》へと攻撃しないところを見るに、ユズは先刻立ち寄った村で噂されている、怪鳥の噂話を思い返す。
「……まさか、この人機が……村々を襲う人攫いの怪鳥……?」
――今日の献立を考えるのも難儀するのがロストライフの地平の食糧事情であり、ユズは《モリビト1号》の肩口で寝そべるシバへと声をかける。
「やっぱり……そろそろ嫌でも村に立ち寄らないとどうしようもないですね。私たちだけじゃ、自給自足はきついですし」
沸騰させてから冷やし、飲料水を作り出す。ロストライフ化した大地には水の一滴ですら通っていない。黒く染まった地表で育つ草花を見たことは一度もない。その名の通り、命の介在を許さないのが世界を覆う悪意なのだろう。
「あたしはどっちでもいいけれどさ。村に寄るってことはあたしは待ちぼうけじゃない」
シバがうつ伏せになって足をぶらぶらとさせる。ユズは飲料水をストックし、水筒に入れておく。水が生命線だ。食べ物はまだどうとでも我慢できるが、人間は水だけはどうしようもない。それは超然として人機を操るシバも同様のようで、ユズはしっかりと三日分に相当する水を確保しておく。
「そうは言っても……《モリビト1号》は村人にとっては脅威に映りますし……。私が交渉しますから、シバさんは待っておいてくださいよ」
「むぅー……。あたしみたいな武力だけの人間はお呼びじゃないって?」
「そうは言っていませんよ。ただ……人機の力の誇示って言うのは思ったよりも深刻で……」
「言って分からんのか? 娘はお前が居るとまともに食糧調達もできんと言っているのだ、黒の女」
その言葉を聞きつけるなり、シバはとんと《モリビト1号》の肩を蹴って地面に降り立ち、声の主であるアルマジロの頬をつねる。
「何ですってー、クロマ!」
「やめろ! おれの頬をつねるな! いいか! 黒の女! ……お前は分かっていないようだから言っておく! 人間は過剰に人機を恐れている。それもこれも、キョムの仕出かしたロストライフ現象が大元だ! ……お前だって無関係じゃなかろうに」
「とは言え、真正面から言われるのはムカつくのよ。……ねぇ、ユズちゃん。《モリビト1号》は隠しておくからさ。その間にあたしも連れてってよ」
「……いいですけれど、シバさん。これまでも何度か問題を起こしていますよね? 喧嘩とかしないって誓えます?」
「誓う誓う! ……何なら顔も隠したほうがいいのかな?」
ユズは保存食を確かめながらハンモックの布を被ってみせたシバへと視線を振る。シバのいでたちはこのロストライフ化の瀬戸際にある地では目立つかもしれない。ならば、喋らずに付き従ってくれるのならば、まだマシだろう。
「……分かりました。けれど、そこまでして村に立ち寄りたい理由って何です? 私がこれまでも食糧ならちゃんと調達して来たじゃないですか」
「うぅーん……ヒマだから? ほら、ユズちゃんはいつも率先して働いてくれているから、あたし、ヒマなのは慣れちゃって」
てへ、と舌を出して茶目っ気たっぷりにウインクするシバにユズは困り果ててしまう。
「……ただでさえ、キョムの監視衛星を縫って行動しているんですから、暇かどうかなんて考えないでくださいよ。それにしても……今日は晴れだから、軌道上からもよく見えている……よね?」
「シャンデリアは基本的には全天候型のコロニーだ。我々の技術力と奴らの技術力を簡単に比較していいはずがない。曇っていても晴れていても似たようなものだろう。見つかる時は見つかる時だ」
「……何でクロマはそんなことを知ってるの……って聞いても、分かんないんだよね?」
その言葉繰りは飽きたようにクロマは保存食のベーコンを頬張りながら肩を竦める真似をする。
「おれもともすれば、キョムに造られた生態兵器と言う読みが当たっているのかもしれんが、この知識がどこから来るのかはまるで分からん。ネットワークに接続されているわけじゃなさそうだが」
「そんなことになったら、今頃《バーゴイル》に包囲されているわよ。クロマはスタンドアローン状態の……何なのかしらね? ナマモノ?」
クロマの首根っこを引っ掴んでシバが首を傾げる。当然、シバに分からないことが自分に分かるはずもなくユズも困惑するばかりだ。
「……私に分かるわけがないじゃないですか。今日は晴天なので……村に立ち寄ると行商に遭遇できるかもしれません」
「行商? やったっ! あたし、それ見たことないかもー!」
こういう時にシバはまるで子供のようにはしゃぐので、ユズは普段の冷徹な彼女とどちらが本物なのだろうかと考えてしまう。いや、どちらが本物であろうとも、黒の女の判断力は健在だと思うほかない。
現につい数十分前までキョムの放った《バーゴイル》を蹴散らしたばかりで、五十メートルと離れていない場所で頭蓋を潰された機体から《モリビト1号》はブルブラッドの補給を受けているところであった。
「人機は血塊炉で動いているから……その補給方法はキョムの人機を撃墜してそこから血を貰うしかない、ですか」
「まぁねぇ。面倒な兵器だってこと」
仰向けの《モリビト1号》の相貌を叩くシバに、時折ユズは分からなくなってしまう。
彼女はロストライフの地平を旅する黒の女――その有り様は明らかに自分のような小娘とは別種。だと言うのに、たまに自由気ままな黒猫のような側面を見せるので、これも慣れ親しんだのだと思うべきなのだろうか。
「……まぁいっか。ジープを用意しますね。シバさんも乗ってください」
「あっ、ちょっとー! 助手席はあたしの!」
「何を言っている。黒の女、お前は後部座席だ」
「ずっるいー! クロマなんて荷台で充分でしょー!」
「文句を言うな。……娘、出してくれ」
「もう……シバさんはじゃあ、クロマを膝の上に乗せてくださいよ。それで妥協できるよね? クロマ」
「……不承だが従おう」
「やったっ! ……ほぉーれ、クロマ。ユズちゃんの懐の深さに感謝しなさいよね!」
「黒の女がここまで偏狭に成り下がるとはな……。いや、それもどうなんだ。おれは何を知っているんだ?」
シバの膝の上で問答するクロマを視界の隅に捉えながらユズはアクセルを踏む。オフロード仕様のジープが走り出し、砂煙を巻き上げながら地図に記載しておいた村を一路目指す。
「えっと……こっちが北だから……。うん、方向は合っているはず」
「娘。おれは本を所望する。まだまだ、蔵書が足りん。それなりに発展した村ならば、ここ数年間の記録も残っているはずだ」
「えーっ! 《モリビト1号》の収納スペースはただでさえぎちぎちなのにぃー!」
「……シバさんもクロマも、必要なのは水と食糧、趣味の品はその次なんですからね……。とは言え、私もそろそろ本は読みたいなぁ」
思えば故郷の村では本ばかり読んでいる暗い人生であった。それを変えたのはロストライフと共に現れた黒の女と、その色調を引き写した人機であった。
そう考えると、シバの存在は自分にとっての分水嶺であったのだろうか。あの時、シバに付いていくと決めた瞬間にはそこまで深いことを考慮していた覚えはない。ただ――死ぬのが嫌だっただけの、矮小な存在だ。生き意地汚いと言われてしまえばそこまで。だが、今は何の因果か、その黒の女本人とこうして旅立ち、さらには謎の生き物も付随してくるのだから人生、分かったものではない。
加えて独自にこうしてジープを走らせるなんて思いも寄らない。車の運転一つでさえもできなかった無力な少女は、もう居ないのだろうか。何だかそれも寂しいなと思ってしまう自分は、果たして懐が広いのか狭いのか。
「そろそろ着きますね。シバさん、外套を纏ってください」
「はぁーい。……にしても、結構な規模の村ねぇ」
ジープを三十メートル付近で横付けし、そこからは徒歩で向かう。クロマはシバに抱えられており、きゅっと結んだ袋の中で大人しくしているようにユズは告げていた。
「……構わんが……妙な感じがする。この村……交易が盛んな割には老人ばかりだ」
袋の内側から声にしたクロマにユズもそれを念頭に入れて仔細に観察する。交易に使われているのは本当のようで、実際に別の村から行き来する行商人の車が見え隠れしたが、自分のような小娘は一人も居ない。
「……大人ばっかり……って言うのは、珍しくないような気がするけれど……」
「それも違うな。……何だ、この気配……。こいつら、何を恐れている?」
「キョムじゃないの? ここも支配領域に近いし」
後ろから付いてくるシバの問いかけに袋に入れて肩に担いだまま、クロマはふぅむと呻る。
「それならば……まだいいのだがな」
クロマはただのアルマジロではないのは分かっていたが、人間の感情に嗅覚が効くらしいと知ったのはつい最近だ。ヒトの放つ、独特の臭気を嗅ぎ取り、その人間の深層心理にある恐怖心や、押し殺した秘密を詳らかにする――こう言ってしまえば万能のように映るが、実際にはアルマジロの姿で喋っているだけなので、あまり説得力はない。
「……ちょっと急ぎましょうか。クロマが怪しいって言うんなら……」
「えーっ! あたし、行商人と喋りたいー! ユズちゃんがいっつもやってる奴やりたいのにー! “いくら?”、“まけたげる!”って奴ぅ!」
「それは別にいつもやっているわけじゃ……って言うか、シバさんはお金の管理苦手じゃないですか。私、知っているんですよ? この間よく分かんない骨董品買ったって言うの」
それを指摘するとシバも旗色が悪いのか、うっ、と呻いて口笛を吹く。
「よ、よく分かんないわけじゃないもーん……。あれは風水で運気がよくなるって……そういうもっぱらの噂だったから……」
「私たちに余計なものを買うような余裕はないんですよ? ……まぁ、いずれにせよ、この感じなら掘り出し物を見つけられそうですね。行商人も多いし。……けれど、本当に。クロマの言う通りに子供が居ない……」
「隠れてるんでしょ? 子供なんて真っ先に狙われたら不都合だからねぇ」
しゃり、といつの間にかシバはその手にした真っ赤なリンゴを齧っている。
「あっ……またスッったんですか? ……悪い癖ですよ、もう」
「スッてないもーん。たまたま足元に転がって来たのを拝借しただけだもーん」
「それがスッたっていう……。まぁ、いいですけれど。シバさんの手癖の悪さには慣れたつもりですし」
「心外なことを言うなー、ユズちゃんは。……あたし、あっちのほうの行商人のところに立ち寄っていい? 面白そうなものを売ってるし」
止めようとしたが、シバは話したそうにうずうずしているので、少しくらいならばいいかと許可していた。
「……分かりましたよ。その代わり、時間になったらちゃんと帰ってくること! あと、散財は厳禁ですよ!」
「まっかせさなーい! いい掘り出し物を買って来るから!」
むふん、と謎の自信に胸元を反らしてからシバがちょこちょことラクダに乗った行商人の後についていく。
何だか既に不安だったが、ここはさすがのシバでも要らないことはしないだろうと信じてユズは食糧を買い付ける。
「それと、これと……。あと水をお願いします。あっ、後は本も……」
袋の内側からクロマが前足で何度も背中を叩くので思い返してユズは購入する。
「はいよ。しかし、珍しいねぇ。女の子一人で旅かい?」
「連れは居て……。けれど、その。この村って結構栄えているのに、子供は全然見ませんね」
「ああ、連れて行かれちまうからね。儂らのような老人が駆り出される始末さ」
「……連れ去られる? それはその……キョムに、ですか?」
自ずと声を潜めると露天商の老人は頭を振る。
「それならばまだいいんだかね。……嬢ちゃんは知らないかい? ここ数日間、この近辺を探っている、怪鳥の噂を」
「……怪鳥? 鳥……ですか? 人機じゃなく?」
「見た人間は口を揃えて鳥だって言っていた。もちろん、空を飛ぶ人機なら《バーゴイル》が居るが……それとも形が違う、と。噂話に尾ひれは付き物とは言え、親だとかは連れ去られたらとんでもないからね。子供は宝だから」
どうやら意図的に隠されているらしいとユズは感じ取る。
そう言えば、先ほどから建築物から覗く無遠慮な視線を感じていた。元々はこんな風に殺気立ったつもりもなかったのに、この数日間ですっかりそういった視線に聡くなった。
「……親御さんが探している、とかですか?」
「嬢ちゃんも気を付けたほうがいい。人攫いの怪鳥なんて噂、二十世紀には時代錯誤のようなものだが、それでも人の口を伝うと言うのは意味のある警句だ。その正体が何であれ、身構えるに越したことはないよ」
「……感謝します」
買い付けた品々を袋に入れ、クロマのための擦り切れた文庫本を仕舞ったところでユズはこの村の四方八方から値踏みするような視線を察知する。
「……嫌なにおいだな。自分たちから仕掛ける気はないクセに、人の事情には無遠慮だ」
「クロマも分かる? ……どうにも、人攫いの怪鳥なんて嘘みたいは話だけれどね」
「だがこう言った情報は人の口を伝うことに意味がある。……今さら《バーゴイル》に警戒しろと言うわけではないのだろう。この村には雑多な人間のにおいが入り混じっているが、誰も彼も恐れを抱いている。その噂の怪鳥に、かどうかまでは分からんが」
クロマの意見も同じのようで、ユズは購入した品々の中で袋の端からこぼれそうなリンゴを手に取ろうとして、不意に取り落とす。
「……わっ。転がって行っちゃう……」
そのリンゴが止まったのはブーツにぶつかってからだ。
「あれ? リンゴ?」
「あっ、すいません……」
拾い上げたその人物にユズは少しだけ意外そうに眼を見開く。
何故ならば、旅人にしては珍しい、若い女性二人組であったからだ。もちろん、自分が言えた義理ではないが、老人ばかりの露天商の中では一際強く目立つ。
「……君の?」
「あ、はい……。あの、あなたたちは……」
「ちょっと立ち寄った……そうだなぁ。旅人ってとこ。けれど、この村、結構栄えてるのに若い人は少ないんだね」
言うべきか迷ったが、ユズはあえて先刻の情報を噤む。
「……色々あるみたいです。お二人は?」
「私ら? 私らは……まぁねぇ」
少しだけ身をかわしてリンゴを掴んだ金髪の女性の後ろに続いていたのは黒髪の女性であった。
「……隊長。この子……何か変な感じがします。嗅いだことのないにおいって言うか……」
すんすんと無節操にこちらの匂いを嗅ぐ黒髪の女性はふと気づいたように肩に担いだ袋に視線を送る。まさか、クロマが感付かれたかと思ったが、その視線は直後には戸惑いに変わっていた。
「……陽子にしてみれば、嗅ぎ慣れないにおいってのも珍しいか。ねぇ、君さ――八将陣って知ってる?」
不意に心臓を鷲掴みにされた気分であった。八将陣、それをまさかここまで肉薄された状態で問われるとは、と息を詰まらせていると金髪のほうの女性が鋭く瞳を細める。
「――知ってんだね?」
確証めいた声にユズが後ずさると黒髪の女性が視線を振り向けるのは同時であった。
「ユズちゃーん! 結構いい値段で買っちゃった! これ、南の方角に置くと運気が上がる代物で……?」
思わず硬直する。
黒髪の女性は構えるなり、外套を纏ったシバと相対する。
「……変なにおいですね。隊長、多分キョムです」
「マジかぁ……。この村では面倒ごとを起こすつもりはなかったってのにねぇ……」
「あの……その人は私の連れで――」
声を出す前に黒髪の女性へとシバが肉薄する。瞬間的な抜刀に対し、黒髪の女性は完全に出遅れたかに思われていた。だが、その実は違う。
「……赤い銃……?」
赤い色彩の特殊な形をした拳銃を取り出し、黒髪の女性はシバの放った一閃を軽く止めてみせる。まさか、そのような技量の人物だとは想定外で、ユズは思わず口走っていた。
「……シバさん! 逃げて……っ!」
その言葉にシバが反応して飛び退った時には、二挺拳銃がシバに照準されていた。放たれた弾丸の精密さ、そして咄嗟の銃撃を刃で弾き返したシバの戦闘能力にユズは完全に茫然とする。
「……速いですね。隊長、その子を抑えてください。相手は……」
「ちょっと、何だって言うの! ユズちゃんを離しなさいよ!」
外套が剥がれ、シバの相貌が露わになった瞬間、金髪の女性が息を呑んだのが伝わる。
「……驚いた。あれはキョムの八将陣、その頭目のシバ……よね?」
「……何で、シバさんのこと……を?」
絶句したのは自分も同じで、シバの容貌とこの騒動で行商人たちが一斉に退いていく。
「おい! あの女……八将陣って……!」
「き……キョムだ!」
そこからはほとんど半狂乱の勢いで、潮が引いたように人々が離れていく中で、銃を握る女性とシバが相対する。
「……面白い銃を持ってるじゃない。さしずめ黒髪のガンマンってところかしらね」
「そちらこそ。……キョムの刀使いと言えば、それなりに高名のはず。加えて、その顔は八将陣、シバにしか見えませんが……。禍根はここで断ち切るべきでしょうね」
「それに関しちゃ、同感ね。……あたしたちの邪魔をするって言うんなら……!」
刀を携えてシバはステップを踏んで横合いから斬りかかるも、黒髪の女性の優位は覆らない。銃身で一閃を抑え込み、直後にはもう一方の銃のトリガーを引き絞る。
弾丸が迫る前にシバは挙動を変え、ほぼゼロ距離で片手の袖口に隠していたアルファーから風圧を放っていた。
シバの必勝の手であったが、その風圧と同様の色調が二挺拳銃より旋風を巻き起こして相殺していた。
「……残念でしたね。私の銃にもアルファーは仕込んでいますので」
「と言うことは、血続……? 何だって、こんなところに……!」
「それもこっちの台詞。陽子ー! とっととずらかるわよ。これ以上、交易の拠点を潰すのは旨味がないわ」
金髪の女性が声にするのを聞いてユズは咄嗟に身構えようとして、耳元で声を聞く。
「……ごめんね」
その声と共に、一撃。重い打撃が腹腔に命中し、ユズは意識が遠ざかっていくのを感じていた。
「……来なさい!」
黒髪の女性が二挺拳銃を十字に交差させると同時に空を覆ったのは巨神の影であった。翼を広げ、そのマニピュレーターがユズの身体を掴む。
「……これ、って……」
「人機……! こんな状況……想定外だってば! 来て!」
翼を拡張させてホバリングする人機へとまず金髪の女性が乗り込む。それと超加速度に達した《モリビト1号》が肩口から衝突したのは同時であった。
『……これは……黒いモリビト……! 噂は本当だったってワケ……! 陽子、時間稼ぎもほどほどにして頂戴!』
「分かっていますが……剥がれないんですよ……!」
銃撃を間断なく、それでいて軽やかに発射する黒髪の女性に対し、シバもまるで舞踊のように弾丸を弾きながら刃を大上段から振るい落とす。
「ユズちゃんを返しなさいよ……!」
『……時間も惜しい。そろそろ出すわよ! 陽子、乗り込んで!』
銃からワイヤーが射出され、黒髪の女性が空戦人機の肩に乗った瞬間、その機体が可変していた。
「……うそ……。可変人機なんて……」
「……厄介ねぇ。モリビト!」
シバが《モリビト1号》へと跳躍し、そのコックピットに乗り込むのと、巨大な怪鳥の威容を誇る可変人機が加速したのは同じタイミングであった。
しかし、陸戦人機である《モリビト1号》は追いつけない。
ユズは遠のく意識の中で、必死にシバへと言葉を振り絞る。
「シバさん……っ! 私は大丈夫ですから……!」
――その言葉が妙に耳に残って、シバは村はずれの洞窟付近で身を起こす。
「酷い有り様だな」
そう告げてくる薄紫色のアルマジロの姿に、シバは側頭部を押さえて首を振る。
「……あの後……さすがに《モリビト1号》は目立つからって、逃げて逃げて……結局、ユズちゃんの行方は知れぬまま。でも、相手も人機だった……」
「あれのデータはおれの中にはない。となれば、考えられるのは、二つほどの可能性だろうな」
「……完全な新型機……か、あるいはキョムではない、別勢力」
シバは思索を巡らせようとして、不意に腹の虫がきゅぅと鳴いたのを感覚する。そう言えば、ユズが攫われてしまったので食糧にありつけていないままであった。
「……お腹空いたなぁ」
「自分で何とかできないのか? あの娘が仲間に入る前はどうにかしていたんだろう?」
「……それは……そうだけれど。ほとんど廃村から無償で拝借していたもんだから、ユズちゃんみたいにお行儀よく買ったりとかはしなかったし」
「……火事場泥棒め」
「うっさいわね。……って、こんなところでクロマと喧嘩してたら余計にお腹空いちゃって考えも纏まんないじゃないのー!」
喚いても叫んでも、飯が出てくるわけではない。いつの間にかユズとの旅路に慣れてしまっていたのだろう。キョムの黒の女のコピーが聞いて呆れると言うものだ。
「……冷徹で、残忍。あたしの元ってそういう性質だったはずなんだけれど……。何だかなぁ。ユズちゃんと旅をするうちに、毒気を抜かれちゃったって言うか……」
「ベーコンならあるが」
クロマが差し出したのは今しがたまでクロマ自身が頬張っていたものの端っこであった。本来ならば拒否するのだが、今は背に腹は代えられない。ベーコンを頬張り、明日の活力とする。
そう言えば、ユズが飲料水を作ってくれていたはずだと、コックピット付近の収納スペースを探っていく。
その途中で、擦れた文庫本がいくつか散見されていた。