JINKI 331 数センチの歩み寄りを

 メルJはメッサーシュレイヴを投擲する。その挙動にこの戦場を賭けの対象にしていたシールの声が迸る。

『ヴァネットの奴、武器を投げやがった! しかも握っている間でしか意味のないメッサーシュレイヴを! さぁ、賭けはもうすぐ締め切りだ! 張った張った!』

『賭け金はちゃんと回収するから、みんな奮って賭けてね。……けれど、どういう考えなんだろう? 近接武器が要らないってことなのかな?』

 月子の疑問にコメンテーターを務めている南が応答する。

『いいえ、違うわね。……メルJの戦法にしてみれば、一撃離脱に必要な火力の足りないメッサーシュレイヴはただただ取り回しの悪い刀剣武装。それなら投擲して少しでもルイの動きを封殺する、という狙いなんでしょう。……って言うか実況は私でいいの? エルニィのほうが分かってるんじゃ……』

『駄目駄目、傍受されて二人の行動を左右しちゃうじゃん。……ってことで南も考えて発言してよねー。ここで競い合っているのは――間違いなくトーキョーアンヘルにおける特一級の戦力同士なのは間違いないんだからさ』

 エルニィらの声を通信網で受けながら、メルJはメッサーシュレイヴを回避した《ナナツーマイルド》が円弧を描いてスプリガンハンズを持て余していることに勘付く。

 空戦人機ならではの、陸戦人機の動きを予見し、そして俯瞰して次の選択肢を選ぶ戦い方だ。これは空戦人機の経験則の浅いルイでは思いつかないだろう。

「そちらに行ったな? ならば……」

 片腕にはもう一本のメッサーシュレイヴがある。《ナナツーマイルド》はスプリガンハンズでメッサーシュレイヴに打撃を与えていた。突き立っていたメッサーシュレイヴをわざわざ倒すということは、それを基点にしての戦法を警戒したのだ。

 ルイの必勝の戦法を考えれば、射程に潜り込むのは下策のはず。よって、剣閃の届く範囲を限定する必要性がある。

 スプリガンハンズは純然たる格闘兵装。リバウンドの加護も、ましてや特別な内蔵火器もない。

「だからこそ……私の戦法が有効となる」

 メッサーシュレイヴを保持したまま、メルJが次の武器に選んだのは三角形のブーメラン型のブレードだ。トウジャタイプの、くの字型ブレードの発展型として存在するこの格闘武器は銃火器を封じられた場合、唯一の遠隔兵装となる。

 しかしそう容易くは投げない。今しがたのメッサーシュレイヴの投擲で次手も投擲攻撃が来るのだと予想しているはず。ならば、その出端を挫く――と、メルJはメッサーシュレイヴを逆手に握り直し、ブーメラン型ブレードの二刀流で攻め立てる。

『ヴァネットが仕掛けやがった! でも、何で投げねぇんだ?』

『えっと……普段ならルイちゃんが得意な戦法だよね? それをわざわざ……』

『なるほどね。ルイの得意技をわざと、自分流で使ってみせる。メルJなりの挑発よ、これ』

 平時ならば二刀流はルイの十八番である。それをあえて封じ、そして対立させることでルイに攻め手を限定させる。その目論み通り、業を煮やしたルイが足元に転がっていたメッサーシュレイヴを蹴り上げてその手に握ろうとする。

「もらった!」

 ここまであえて封じていた片腕のメッサーシュレイヴにリバウンドの力場を宿らせる。もちろん、R兵装を実用化している《ナナツーマイルド》の剣閃に比べればそれはほんの一瞬であったが、タイミングを合わせてやれば有効なはずであった。

『……ぐ……っ!』

 ルイが保持したばかりのメッサーシュレイヴを同じ刀剣で弾き飛ばす。

 これで完全にメッサーシュレイヴを握って必勝の流れに持って行くことは不可能になった。攻めの姿勢に入ることに躊躇いはない。メルJが斬り込んだ瞬間、ルイからの通信が焼き付く。

『……なんてね。甘いんじゃないの』

 ハッとした習い性の神経でメルJは咄嗟に横っ飛びをする。先刻まで機体があった空間を射抜いたのは二挺拳銃の弾丸であった。

「まさか……銃器の扱いにも長けているのか……?」

『あんただけの専売特許じゃないってことよ』

 ルイはスプリガンハンズを腰にマウントし、二個目の武装である《バーゴイルミラージュ》専用のはずの二挺拳銃を取り出していた。

 如何に小銃とは言え、それでも扱うのには容易い操縦鍛錬では不可能なはず――ルイの人機操主としての歴戦の操縦技能が、まったく違う規格であるはずの銃火器の扱いを可能としていたとしか考えられない。

『当たっ……てないか。二人とも、いいかー? 当たりゃちゃんとヒット判定が出るんだからな。今のは有効だの無効だの言い張るんじゃねぇぞ』

 弾丸はペイント弾であったが、命中すれば分からないわけがない。今もメカニック班はきちんと観測している上に、アンヘルのメンバーと自衛隊員からの視線もあるのだ。

 ここで敗北を喫することはイコールこれから先の立ち振る舞いに影響するのは明白。

「……なるほどな。ならば銃火器を持つ相手と対面したと仮定して……その戦い方を叩き込むまで……!」

 ブーメラン型のブレードを前に、メッサーシュレイヴをその下部に、ちょうど十字に映るように番わせて構え直す。

 ルイはと言うとハンドガンを回転させ、余裕を持って前後に構えを取る。その超然とした立ち振る舞いは平時の自分の鏡像を見ているかのようであった。

「……自信はある、と言うわけか」

『来なさい。付け焼刃の二刀流なんて通用しないんだから』

 ルイからしてみても、己に沁みついた二刀流を見せつけているのだから、同じ心地のはずであろう。互いに、じりと地面に摺り足で攻撃の隙を見出そうとする。

 平時の交戦ならば浮かばないはずの汗が額に浮かぶのは相手の技量もある。

 しかし、勝負は一瞬でつくはずだ。

 まだ互いに最後の武器を隠し持っている以上、有効射程に潜り込まれればそこから先は容易いだろう。

 こうして読み合いをしている間さえもある意味では惜しい。ほんの数秒間でありながら永劫のような時が経った錯覚を覚える。

 達人同士の居合いは、時としてあらゆる手を読み尽くす場合になると聞いたことがあったが、真正面で二挺拳銃を構える《ナナツーマイルド》は悪夢のように屹立する。

 その悪夢を砕くことでしか、勝利を掴み取る術はない。

 乾いた唇を舌で舐めた刹那、ルイが仕掛ける。

 引き金が矢継ぎ早に退かれ、何とルイは銃火器を用いての接近戦に持ち込んできた。メルJはしかし、銃を使っている歴が長いのはこちらだとでも言うようにうろたえずに距離を詰める。

『……ふん。逃げないのは褒めてあげるわ』

「それはどう……も……ッ!」

 まずはブーメラン型ブレードを投擲する。それを《ナナツーマイルド》が半身になってかわし様に銃撃する。メルJはメッサーシュレイヴのリバウンド性能を発揮し、着弾間際でペイント弾を融解させて弾く。

『なんてぇこった……! 命中するはずの弾頭を曲げた?』

『ヴァネットさんもルイちゃんも……こんなレベルの技量を?』

『いいえ、ルイとメルJならこれくらいは読めて然るべきよ。問題なのは……』

 そう、南の言う通り。問題なのは次手だ。

 ルイは銃火器が無効なのだと知れば接近戦を挑まざるを得ないはず。しかし、メッサーシュレイヴを「剣」としての形態ではなく、リバウンドの加護を生じさせる「盾」として用いたのは想定外に映ってもいい。

 ペイント弾の塗料を弾いて表層で浮遊させたメルJは一気にアームレイカーを押し込んでいた。

「貴様の放った銃弾はそのまま……貴様を襲う矢となる! 喰らえ!」

 銃弾ではなくその内側に籠っていた塗料をそのまま無数の矢として放つ。さしものルイでもこの距離ならばかわせないはず――そう見込んでいたメルJはルイが二挺拳銃を捨てて次の武器へと移行したのを目の当たりにしていた。

『なら、次はこれね』

 手にしたのは《エスクードトウジャ》の武装であるプレスナイフであった。無論、予想できなかったわけではない。軽量化を念頭に置いた《ナナツーマイルド》ならばナイフ武装を選ぶのは至極当然の帰結。

 しかし、塗料の矢をどうこうできるはずがない、そう高を括っていたメルJはプレスナイフの振るわれた軌道上で蒸発していく塗料を目にして驚愕する。

 人機操縦の世界において、そこまで微細な動きはほぼ不可能に近い域だ。だが、それは血続トレースシステムに頼ったオートマティックでの話。本来、人機が可能にするマニュアル操縦に切り替えれば、なるほど、確かに無理ではない。無理ではないが――神業に近い。

 ここに来てメルJは突きつけられる。

 否、追い込まれたと言ってもいいだろう。塗料を飛ばしての判定勝ち、そのような幼稚な戦法を全て読み切ったとでも言うようなルイの行動。

 まさしく運用する武器の特性全てを網羅していなければ想定すらできない領域の戦い方だ。

『これで終わりね』

 プレスナイフの切っ先は間違いなく、《バーゴイルミラージュ》の血塊炉に命中し、それで終わるかに思われた。

「忘れているんじゃないのか? まだ私には……二個の隠し玉があることを」

 そのうち一つ目は最後の運用武器である小型のリバウンドシールドであった。本来ならば《モリビト燦号》に搭載されている格納式の盾を片手に構えさせ、プレスナイフの一撃を受ける。

『受けたところで……!』

 ルイの言葉通り。受けたところでプレスナイフを別の軌道に打てばいいだけの話。

「だからこそ、既に投げておいたんだ。よく知っているだろう? ブーメランと言うのは戻って来るものだと」

 この距離ならば相手のコックピットに劈く熱源反応が伝達する。

 ルイがハッとしてこちらへと戻ってくるブーメラン型ブレードに気づいたのはあまりにも遅い。

『……塗料の攻撃はあくまでもブーメランブレードから意識を逸らさせるため……』

「そしてこの距離ならば――外しはしない! リバウンド……フォール!」

 動けないのならば相手を縛り付ける――そう断じると共にリバウンドシールドから放たれた高圧力のリバウンド磁場が《ナナツーマイルド》の動きを封殺する。

 ブーメラン型ブレードが迫る中でルイに取れる選択肢は大きく二つしかない。攻撃を甘んじて受けるか、プレスナイフで振り返り様に斬撃するか。

 しかし、リバウンド重力の出力は《バーゴイルミラージュ》の取れる最大値に設定してある。

 事ここに至れば、互いに回避など不可能。

 振り返ってプレスナイフで叩き落としたとしても、このまま機体のパワー差で組み伏せる。そう確信していたメルJは、直後のルイの声が耳朶を打つまで無理でも痛み分けとなるであろうと予測していた。

『メルJ……あんた私を軽んじているわね? ここで痛み分け、あるいは動けずに組み伏せられるとでも。……舐めないで。何年人機に乗って……どれだけ積み重ねたと思ってるのよ』

 ルイはプレスナイフを捨てる。

 その行動に目を瞠ったその時には腰にマウントしていたスプリガンハンズをこちらに向けて突きつける。

「まさか……」

 ブーメラン型ブレードが背後に迫るのを、ルイは危険視していないわけがないのに、全てを解き放つかのように推進剤を焚き、《バーゴイルミラージュ》へと一身に加速する。

『あの技は……!』

 シールの声が通信網に焼き付いた瞬間、ルイの《ナナツーマイルド》がスプリガンハンズを基点にして全身のR兵装を拡張させて薄紫色の皮膜を纏い、叫ぶ。

『銀翼の――アンシーリー、コート……ッ!』

「――まったく、無茶をするものだ」

 メルJは自販機でコーヒーを買おうとしてその途中でジュースのボタンを押した影を目に留める。

 頬っぺたに絆創膏を貼ったルイがふんと鼻を鳴らす。

「あんたにだけは負けたくなかっただけよ」

 炭酸飲料を手にルイはベンチへと向かう。自衛隊駐屯地のロッカールームは、今は自分とルイの二人だけだ。メルJはコーヒーを買ってから、対面のベンチに座り込む。

「……何であんな真似をした? プレスナイフでリバウンドシールドを斬るか、あるいは動けないなりに別の方法があったかに思われたが……」

「今、思いつかないんならあんたの頭もその程度って話じゃないの」

「……確かに。引き分けに持ち込まれた時点で、操主としての技量はそちらに軍配が上がった形だろうな」

 必勝の状態に持ち込まれながらもルイは諦めなかった。それどころか、自分の必殺技であるアンシーリーコートのコピーに打って出たのは何よりも雄弁に挑戦なのだと感じられた。

 メルJは落ち着き払ってコーヒーに口を付ける。

「……随分と冷静ね。負けてもよかったとでも言うような……」

「そうか? 私は結構、追い込まれたことに対してはこれでも……そうだな。当世風に言えばしょげている、のだろう。完璧に勝てると考えてスプリガンハンズを想定から外したのは単純に落ち度だ」

「……あんた、言うことないの? よくも自分の必殺技を、だとか。あれが自分なりの人機との絆だったのに、とか」

「そう言って欲しいのか? ……私は、少しばかり驕っていたらしい。アンシーリーコートはこの三年間で編み出した私とシュナイガーの絆の技だが、なるほどな。熟練の操主ならコピーできる、か。勉強になったよ」

「……何だかムカつくわね。私だけ勝負にこだわっていたみたいで」

「まさか。私も必死だったさ。それでもあの結果なら甘んじて受け止めよう」

 むしろ可能性を見せてくれたことに礼を言いたいほどであった。アンシーリーコートは《シュナイガートウジャ》との繋がりそのものだが、それをルイも撃てるようになった。それはつまり、自分たちの操る《エスクードトウジャ》に、希望が芽吹いたようなものなのだから。

「……あとでメカニックの説教ですって。あんなゼロ距離でアンシーリーコートを撃ったものだから、競技場も酷い有り様で……お互いの人機は模擬戦なのにボロボロ……」

「まぁ、仕方あるまい。アンシーリーコートは加速と余剰熱のエネルギーを纏って一気に放つ大技。必要な犠牲だろう。お互いにこれで済んでよかったな」

 メルJの頬っぺたにもルイと対照的な位置に絆創膏がある。その傷をなぞるとルイは炭酸飲料を一気に呷って立ち上がる。

「……言っておくけれど、最強は譲らないわ。私はまだまだ……でき……けぷっ」

「炭酸を飲んで格好つけようとするからだ。まったく」

 決め台詞の途中でげっぷしたせいで、ルイの顔が羞恥の念で真っ赤になる。それでも、他のメンバーの目がないからか、肩の力を抜いてくれているようであった。

「……まぁ、あんたにだけは許すわよ。赤緒とかなら酷いんだからね。あんたは……一応は上操主、下操主を任せる仲だし。これくらいはね」

「そうだな。これくらいは、想定内だろう」

 拳を突き出すと、ルイはそっぽを向きつつもコツンと自らの拳を突き合わせる。

 こんな形で仲が深まることもあるのだな、とメルJは笑みをこぼしていた。

「あっ、ルイさん! ヴァネットさん! もう、メカニックの皆さん、とにかくカンカンで……! 着替え終わったんですか?」

 ロッカールームに飛び込んできた赤緒にメルJは気安い笑みで応じる。

「ああ。さて、では怒られに行くとするか、黄坂ルイ」

「そうね。……けれど、まだ」

「そうだな。赤緒、件の書類のサインだが……連名でもいいか立花に聞いておいてくれ」

「えっ、それって……」

 メルJは立ち上がり、ルイへと視線を送る。今回ばかりは彼女も同じ気持ちのはずだ。

「……仕方ないわね。それで手を打ちましょう。けれど、油断はしないことね。最強は私よ」

「その言葉、そっくりそのまま返そうか」

 赤緒は自分たちのやり取りを聞きながら、とにかくと促す。

「シールさんも月子さんも、すぐに来いって……。まぁ、情状酌量の余地があるかどうかは聞いておきますけれど、それで結局、二人は仲直りしたんですか?」

「……まさか」

「そうだな。仲が良くなったかどうかは、この先の戦いでよく分かるだろうさ」

 むしろ、戦いの中でしかルイとは真の意味で馴染めないような気さえしてくる。だが、それが今は心地よい。

 今は焦ることもあるまい。

 ある意味では、分かり切っている――適切な絆の距離は、身長差よりも短いほんの数センチなのだから。

 ならばその歩み寄りの数センチの差で生じる摩擦も、今は楽しんでおこう。

 いずれ、それが一ミリでも短くなることを信じて。

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