『いい? この季節はそうでなくとも演者のリテラシーが問われるんだから、ちゃんとしてちょうだいね?』
「はいはい、分かってるわよ、マネージャー。けれど、年末商戦にトリガーVからイエローが選ばれたって何か理由でもあるの?」
トリガーVは新しい戦隊にバトンタッチをしたのだが、それでも継続して映画やVシネマなどの客演企画で呼ばれる機会も少なくはない。その度に、何故なのだか熱狂的なトリガーイエローファンが居ると言うのだからこの業界には驚きだ。
『……長年の私の分析だと……トリガーイエローのキャラクター性にはどうにも“飾ってない”感じがあるとのことで……先方も気に入ってくれているのよ。これはチャンスだと思わないとね』
「チャンス? それってどういう……」
『決まってるじゃない。編森小夜、という役者で二つ目の役がもらえるかもと言うものよ。私の勘はこれでも当たる……それなりにね。だからこそ、この年末商戦、頑張って行きましょ!』
マネージャーの言葉はどこまでも前向きであったが、小夜にしてみればこの企画そのものが若干の戸惑いもあるのだ。
「それはいいんだけれどさ……。何だって私がその……この寒空の下でビキニサンタなんてしなくっちゃいけないのよ。うぅ……寒っ……」
冬の冷たい風が吹き込んできて小夜はストーブの前でコートを羽織っている。しかしこの一枚を取り除けば完全にビキニ姿のサンタクロースコスプレなので、どっちかと言えば不審者に映りかねない。
『仕事は選り好みしない! 編森さんはせっかくタレントとして恵まれたプロポーションなんだから活かさないとね』
「それは……分かるんだけれどさぁ、マネージャー。この時期に仕事入れないでって予め言っていたわよね?」
唇を尖らせて文句を言うと通話先のマネージャーがとぼける。
『……そんなこと言っていたっけ?』
「言った! ……って言っても水掛け論かぁ。私は年末年始くらいはゆったり過ごすんだって……」
それもこれも、年末年始くらいは父親と過ごしてもいいだろうと言う仏心と、カリクムたちが気にかかって仕方がないと言う下手な親心に近いものがある。
『仕方ないでしょう。今回は結構規模の大きい箱に呼んでもらったんだし、それくらいはしないと示しもつかないって言うか……。って言うか編森さん、彼氏とかが居るとかじゃないわよね……?』
ぎくっ、と心臓を鷲掴みにされた気分であったが、小夜は何でもないように応じる。
「な、なんのことだかー……」
『よかったぁ……。いい? 戦隊ヒーローのスキャンダルと、タレントとして売り出し中のあなたにそういうことがあれば、結構厄介なんだから。……恋愛するなとは言ってないわよ? あなただって大学生だし。ただねぇ……こればっかりは分かって欲しいって言うか……』
「……ちゃんとしろってのは分かってるってば。けれど……これって相反してない? ビキニサンタなんて、子供は見ないわよ」
『他の子たちよりも集客力もあるし……ここいらでいっちょ、“女優”編森小夜の殻を破って欲しいって言うか、ここで実力を示すことこそ大事だと思うのよね』
要は客寄せパンダのようなものだということだ。小夜はがっくり来るものを感じつつも、これも仕事だと割り切る。
「世のお父様方の票田も得ておけってことでしょ。分かってるってば。言わんとしていることくらいはね」
そもそも大学のミスコンに出た時だって水着審査はあったのだ。これくらい今さら恥ずかしいと思うわけでもないが、それでもこの極寒の空の下で水着とは随分と我ながら恥知らずだと言わざるを得ない。
『向こうの要求がそうなんだから、飲み込んでってば。……その代わり、今度のお休みのスケジュールは編森さんの好きにしていいから』
「今度って……年末年始が忙しいんじゃ、今度なんてなかなか……」
「編森小夜さーん、そろそろスタンばってくださーい」
スタッフの声を聞き留め、小夜は通話を打ち切ろうとする。
「はいはーい! ……ってことだからマネージャー。私もこれ、仕事だからね」
『心配しなくてよさそうね。ちゃんと悩殺して来なさい』
通話が切られ、小夜は大仰なため息をつく。こういう仕事もないわけではない。女優業だけでは食っていけないので、グラビアの仕事も引き受けるようになった矢先にこれなのだ。タレントと言うのは大変だと伝え聞いてはいたが、ある時は子供向け番組の看板、ある時はこうして色気を振り撒けと言うのはなかなかに矛盾している。
「……って、嘆いてる場合でもないかぁ。よっし! 集中っ!」
頬を張って小夜は衣装の準備をする。ポロリ対策は万全、ミニスカートを履き、上着は赤い薄着一丁だけ。それ以外はほとんど赤裸々なまでに水着のみだ。
コートを置き、小夜はステージへと向かう。
プロとして恥ずかしくないようにしようと誓った胸は既にその意識を抱いている。ギリギリまで毛布に包まりながら、小夜はステージへと呼ばれるタイミングを待っていた。
『それでは本日のビキニサンタの一同の皆さんに出ていただきましょう!』
MCの声で自分を含む数名のビキニサンタが飛び出す。
精一杯の笑顔を振り撒き、このイベントが終わるまでの我慢だと己に言い聞かせた小夜は直後の声に目を見開く。
「よっ! 割佐美雷!」
「れ、レイカル……? に作木君たちも……?」
思わず声に出てしまったのを直後には口を噤むが、確かにそうだ。
レイカルだけではなく、作木を含む全員が観客席で拍手を送っている。まさか勢揃いとは思いも寄らず、小夜の頭の中は真っ白になってしまう。
『えっと……ビキニサンタの皆さん、それではプレゼントをどうぞ!』
進行ではこのまま観客席に向けて担いだプレゼント袋からプレゼントを放り投げる手はずであったが、小夜は作木が見ているとなれば営業スマイルもなかなかできずに不自然に頬をぴくぴくとさせる。
「編森さん……笑顔! 笑顔でお願いしますよー」
MCがマイクを外して囁きかけて来るので小夜は咳払い一つで仕事モードに切り替える。
――しかし、何故作木たちが? と疑問は尽きない。
その理由が数時間前に遡ることを、この場の小夜は知らないのであったが……。
「――小夜、今日はイベントの仕事だってさ。残念だったわね、カリクム」
いつものように削里の店に集合したはいいものの、対面の小夜が居ないのは張り合いがないとでも言うようにナナ子が呟くと、カリクムは勉強机で頬杖をついて視線を逸らす。
「べ、べっつにー! 小夜が居ようが居まいが、私は変わらないわよ……」
「とのことだけれど、作木君はどう?」
「は、はぁ……」
小夜の代わりにナナ子の対面を任せられた作木は当惑するほかない。そろそろクリスマスシーズンだということでレイカルたちへのクリスマスプレゼントの打ち合わせをしようと言い出したのは小夜なのだが、すっぽかされることもあるのか、と作木は実感する。
「とは言え、だ。いつもの面子じゃないのは少し珍しいな」
奥座敷でヒヒイロに対して駒を打つ削里へと、ノータイムでヒヒイロが返す。すると早速旗色が悪くなったのか、削里は呻っていた。
「……待った」
「よいですが、今年中の待ったを使い切ってしまいましたよ? 今年は待ったを来年に引き継げそうにありませんな」
「それは……俺だって盤面を覆そうとしてるんだから……年越し将棋では勝つさ」
「ふむ、その意気はよろしいかと。小夜殿の不在が気にかかりますか? 作木殿」
「あっ、聞いてたんだ……。うーん、けれど僕に言えることなんて少ないし。それに、タレントとしての仕事だって言うんなら……文句を言うのは筋違いだしなぁ……」
こちらは一介の大学生。芸能界の荒波に揉まれている小夜に言えることなど一つもない。
そう思っているとナナ子が口を差し挟む。
「けれど、小夜にしてみればちゃんと作木君に自分の仕事を理解して欲しいと思っているはずよ? 一応はこうして親密にやっているわけなんだから」
ナナ子の言うことも一理あると考えていると不意に背後でレイカルが叫び声を上げる。
「あーっ! おかしくなるぅ!」
勉強机に突っ伏すレイカルにびくつきながら作木は振り返る。
「えっと……今日は何を……」
「創主様ぁ……駄目です! どれだけやっても……サンタにもらいたいプレゼントが決まりません!」
見ればレイカルは今年のクリスマスで貰いたいものの表を書き付けており、どれもこれも欲しいものだから一向に決まっていない様子である。
「レイカルは本当に馬鹿だよなー。サンタなんて居るわけ……むぐっ!」
「それ以上は。カリクムとて許せぬこともあるのじゃぞ」
ヒヒイロのハウルで口を塞がれたカリクムが何度も頷くことでようやく解放され、はぁとため息をつく。
「分かった! 分かったから……! で、何で決まらないのよ。あんた、いつもなら“強さ”一択だったじゃないの」
その問いかけにレイカルは馬鹿を見るような目つきでカリクムに言い返す。
「何を言ってるんだ、カリクム。強さは自分で手にするから意味がある……そうですよね! 創主様!」
「あ、うん……そうかなぁ……」
思えばこれまで何度も“強さ”を所望されてきてはぐらかしているものだから、という結果論でもある。自分が与えられるものなら何でも与えてやりたいが、予算以上のプレゼントと概念だけはあげられない。
頬を掻いて困惑し切っているとそれを理解してか、カリクムが腕を組んで胡乱そうにする。
「……まぁ、言わんとしていることは分かるけれど……。それにしたってこのリストは何! 多過ぎでしょ!」
レイカルに与えられた欲しいもののリストには端から端まで欲しいものが羅列されており、その物欲をカリクムが勉強机に飛び乗って指摘する。
「だって……“強さ”以外と言われると途端に色々と欲しくなるんだ。……創主様ぁ……サンタは何で一番欲しいものをくれないです? あれですよね? 寒いところから今月の24日に来るって言うから、可能な限り早めに決めようとは思っているのですが……」
どれどれ、と作木がそのリストを覗き込もうとするとレイカルは不意にそれを隠す。
「あっ! 創主様でも駄目です! こういうのは予め知られるのではなく、サンタの思うままに任せたほうがいいのだとラクレスより教わりましたので!」
「あ……そうなんだ、ラクレス……」
妖艶な女教師ルックに身を包んでいるラクレスはウリカルの勉強を見てあげながら、こちらへと目配せする。
「まぁ、そうですわねぇ。だってサンタクロースは万能なのですから、予め知っておくような存在でもないのですし」
ラクレスがサンタの正体を知らないわけがないのだが、それでもあくまでもそういう存在が居ると言う風に仄めかす。
「書けました! ラクレスさん、これでサンタさんは来ますかね……」
ウリカルが欲しいものを書き付けているのを目の当たりにして、ラクレスは満足げに頷く。
「安心なさい。きっと来るわぁ……。ね? 作木様?」
全て分かり切っているのだろう。あとでリストの中身を教えてもらうとしようと、作木はそこで引き下がっていた。
「けれどサンタクロース……ねぇ。作木君はいつまで?」
多くを語らず、いつまでと聞かれたということは信じていた時期の話だろう。
「あ……幼稚園の年長の時にはもう分かっていましたかね……。兄が居ますので、その辺のファンタジーを何て言うのかな……茶化されたと言うか……」
「まぁ、作木君のお家も複雑なのねー。私は結構信じていたって言うか、うーん、9歳くらいまではかな」
あくまでも決定的な言葉を放たないのはレイカルたちの夢を守るためだ。創主と言うのはそういった機微も必要になってくる。
「えー、何だナナ子。9歳までしか来てもらえなかったのか? 寂しい奴だな」
「……言いたいことがたくさんあるけれど、また言うとヒヒイロから食らうから言えないわねぇ……」
カリクムはとっくの昔にサンタ関連のことは分かり切っているのだろう。作木はカグヤ本人と出会ったことはないが、恐らくは心優しい創主であったのは今のカリクムを見れば理解できる。
「でも、意外とみんな……夢を壊さないように頑張ってくれてますよね。……大人になってからその辺の親御さんたちが苦労していたって分かるって言うか」
「そうねぇ……。案外、大人って優しいのかもね。いたずらにこういう……夢を壊さないって言うか」
二人して致命的な発言をしないように気を遣いながら会話するのも何だか妙な感触である。
こういう意図的に会話の論点をずらすのは何だか詐欺師の主張のようで、自ずとむずかゆい。
「……なぁ、カリクム。創主様たちは一体何を言ってるんだ? 大人がどうのだの、夢を壊さないだの……」
「言わないわよ。……今度は口をふさがれるじゃ済まなさそうだし」
じーっとこちらを眺めているヒヒイロに警戒しながらカリクムは勉強机で欲しいもののリストを書き付けて裏返す。
「あっ、お前……! もう書いちゃったのか……!」
「レイカルが呑気なのよ。さっさと決めないとサンタも来ないかもねぇ」
カリクムなりの優越感のつもりであったのだろうが、直後にはレイカルが大粒の涙を流しているので二人してぎょっとする。
「れ、レイカル……?」
「ちょ、ちょっと! 何泣いてるのよ……」
「い、いやだぁー……っ! 私だけサンタが来ないなんて不平等だぁーっ!」
泣き出したレイカルを取り成すのに必死で、作木とカリクムは戸惑ってしまう。
「れ、レイカル! サンタは来るってば! 心配しないで!」
「そ、そうよ! 大体、サンタってのは……えーっと……絶対に来るもんだから!」
「ぐすっ……ほ、本当かぁ?」
「ほ、本当だってば……。ねぇ? カリクム……?」
「ま、まぁそうよねぇ……? レイカルの創主……?」
「……何で二人して目配せしてるんだ?」
ぎくっ、と双方共に目線を泳がせる。
「そ、それは何て言うか……ねぇ?」
「そ、それは何て言うかなぁ……」
お互いに挙動不審なものだからレイカルの疑念はピークとなってまた泣きじゃくりそうになる。
「や、やっぱりサンタは来ないんじゃ……いやだぁーっ! 私だけ来ないのはいやだぁーっ!」
何とか機嫌を取ろうと考えるが、妙案も浮かばないままカリクムと目線を交わしていると不意にナナ子が声にする。
「じゃあ、会いに行ってみる? サンタクロースに」
レイカルが泣き止み、それと同時にカリクムと二人していやいや、と言い返す。
「さすがに会いに行くなんて無理だろ。ナナ子ってば冗談きついんだからなぁ、もう」
「そ、そうですよ。……さすがに会いに行くのは……ねぇ?」
カリクムと言葉の拍子を合わせようとすると、ナナ子はスマホを操作しながら応じる。
「案外、サンタは近いところに居るのかもよ? ほら、これ」
ナナ子が画面を示しながら見せつける。それはSNSのアカウントの告知であり、「本日限定! ビアガーデンで美少女サンタに会おう!」と書かれている。
「……これ……?」
「ね? サンタには会えるのよ」
「い、いやいや……! これっていわゆる……大人のお店のサービスって奴じゃ……!」
「あら? うぶに見えて作木君もこういうのは気にかかるクチ?」
「そ、それは……えーっと……」
言葉を濁しているとナナ子がぷっと吹き出してから微笑みかける。
「安心してってば。私は作木君の彼女じゃないし、ノーカンにしてあげる。けれど、別にそういういかがわしいお店でもないのよ? ここだけの話だけれどね? ……本当にサンタに会えるんだってさ」
ひそひそと耳打ちしてくるナナ子の狙いは恐らくレイカルを宥めるのもあったのだろう。先刻まで大泣きしていたレイカルの顔は一転して明るくなっていた。
「ナナ子! 本当なのか? ……本当にサンタに会えるって……!」
「ええ! 間違いないわ! レイカルにカリクム、それにみんなで揃って……サンタに会いに行きましょう!」
自信満々にサムズアップするナナ子に作木は不安を隠せない。
そもそもサンタに会えるビアガーデンと言うのが、本当にいかがわしい店ではないのかもよく分かっていないのだ。
「おっ、俺もでは参加しようかな」
将棋への集中が切れた様子の削里に、ヒヒイロは向き直る。
「では、皆で行きましょうか」
「いいですけれど……結構お高いですよ、ここ……」
SNSの場所はビルの屋上を貸し切っての一等地。万年苦学生の自分ではなかなかに参加すら難しい額面である。
「安心してって。こういうイベントごとくらいは出してあげるから。それに……作木君もびっくりすると思うわ。本当のサンタだってね」
ウインクするナナ子には考えがあるようであったが、作木の目下の不安はやる気を出したレイカルである。
「よぉーし! そうと決まれば……欲しいもののリストを書き上げて――できたっ!」
「って、早いなぁ、オイ!」
ツッコんだカリクムもナナ子の本心が気にかかっているようで、自分と視線を交わしながらもじもじしている。
「その……本当にサンタが? 嘘じゃなく?」
「嘘なんてつくものですか。さぁ、みんなでサンタに会いに行きましょう!」
――そう言われて連れ立ったビアガーデンのステージに出てきたのがどこからどう見ても小夜だったので、作木はこういう狙いか、と今さらに当惑の視線を送る。
「……ナナ子さん……これって」
「ね? 本当のサンタでしょ?」
しかし、この寒空の下で寒さと羞恥に耐え忍ぶ小夜は色んな意味で目に毒だ。ビンゴゲームが催され、ビキニサンタがそれぞれステージから踊りながら投げキッスを放る中、小夜だけが縮こまっている。
「そこのサンター! 動き鈍いんじゃないのー!」
ナナ子の野次に小夜は無理やり頬を吊り上げて笑顔を作ってピースする。
「な、ナナ子さん……。何て言うかその……よくないですよ、これ」
「でもレイカルは喜んでいるじゃない?」
「開いた! ビンゴビンゴーっ!」