シールと月子がどうしてなのだか格納庫に詰めっ放しの状態で何やら言葉を交わしているので赤緒は裏門から入るなり、違和感を覚える。
「えっとぉ……どうしたんですか? シールさんも月子さんも……」
「あっ、赤緒……。お前からも言ってやってくれよ。ほら、よくルイやらエルニィやらに言ってんだろ? “ゲームをし過ぎると馬鹿になりますよ!”って」
「ちょ……シールちゃん笑わせないで……! 赤緒さんの物真似上手いんだから……」
目の前で自分の物真似をされるのはさすがの赤緒でも受け入れがたいので思わずむっとしてしまう。
「……私、そんなのじゃないんと思うんですけれど……。悪い人たちにはお夜食はなしですっ!」
「ああっ! 悪かったってば! ほんの出来心なんだよ! だから、夜食抜きは勘弁! それだとオレら朝方には干上がっちまう!」
「私たちの数少ない兵糧みたいなものだし、さすがにそれは私も困るかな……」
二人が平謝りするので赤緒はさつきに頼まれていたメカニック三人分の夜食をお盆に乗せながら、ふんすと鼻息を漏らす。
「明日はさつきちゃん、学級委員会で朝がいつもより忙しいって言うから、変わったんですよ。……私だって、本当は暇じゃないのに」
ここ数日間、あまり勉学に身が入っている気がしない。このままでは次の小テストで乗り遅れかねないので数日は予習復習に力を入れているのに、こうして貴重な睡眠時間と勉強の時間をメカニックにかけている場合でもないと言うのに。
それはシールと月子も分かっているのか、今しがたの悪ノリを謝罪する。
「悪かったってぇ……ヘソ曲げんなよな、赤緒」
「私たちもちょっと困っちゃってて……でも、赤緒さん! ごめんなさい!」
「……まぁ、謝るんなら許しますけれど……。それで、どうしたんです? 今日はメカニックのお仕事はお休みなんですか?」
「んなこたぁねぇって。メカニック仕事はずーっと休みなんてなし! ここ数日間はエルニィの編成案を読み取って、他の人機との組み合わせも兼ねてだから、特に忙しいんだよ」
「楽になる気配もないし、もしかしたら先生を呼ばないと駄目かもってなってるんだよ?」
「先生……って言うと、柿沼さんと水無瀬さんですか? けれど、確かお二人は……」
「そう! あの二人を陸地に上げるだけで条約違反なんだから困ったばーさん共だよ。そのくせ、実は映画だとかを隠れて観に行っているらしいしな。オレらの苦労も分かって欲しいもんだぜ」
「先生たちも忙しいのは分かってるんだけれどね。……うーん、アメリカとの協定さえなければもっと素早く人機の量産もできるんだけれどなぁ」
「そもそも、戦闘用人機の量産計画を日本が打っちゃ駄目だってのが不利な条約を結ばされたもんで、南の奴がもっと上手く立ち回ってくれりゃ……っと、これは言いっこなしか」
「南さんもきちんと言うべきことは言ってくれているんだけれど……こればっかりは難しいよねぇ。京都支部の暗躍もあったから日本に落ち度がないとは言い辛いし……」
と、暗い話になりかけたところでシールが思い出したように手を打つ。
「じゃなくって、だ。それはそれで置いておいて……今は秋のことだぜ。おい、秋! そろそろ……それもやめ時じゃねぇの?」
「やめ時? 秋さん……何かやっておられるんですか?」
赤緒が首を傾げていると、秋はパソコンの前で座り込んでずっとキーボードを無心に打っている。一体何をしているのだろうと覗き込むと、画面上には緻密にデザインされたホームページがある。
「……秋ちゃん、これにハマって抜け出せなくなってるの。赤緒さんなら何とかできるかも……?」
「ハマって……って。お夜食も忘れちゃうほどなんですか?」
「……みたいだな。こいつ、美味そうな夜食の匂いも全然効いてねぇ。……っと、冷めちまう前に食うぞー! 月子、こっち来いよ!」
「はいはーい。……って言ってても、秋ちゃんは来ないんだよねぇ……どうするべきか……」
格納庫にはいつの間にかつつましい奥座敷が設えられており、そこに集合してちゃぶ台を囲むのがメカニックの夜食風景のようであったが、秋はパソコンの前で動こうともしない。
「……どうしたんだろう。秋さん、あそこまで熱中するなんて……」
「やっぱ、教えたのがまずかったか?」
シールが月子へと目配せする。
「でも……時間の問題だったと思うよ? 私だってここまでのめり込むなんて想定外だったって言うか……」
シールと月子はちゃぶ台の上に乗せられた月見うどんを勢いよくすすっている。赤緒はと言うと、小さな三角おむすびを夜食用に抱えていた。
「……あれ? 何だよ。赤緒も食うのかよ。……太んぞ?」
「ほ、放っておいてくださいよぉ……。だって、こんな時間に月見うどんなんて作ったら自然とお腹が空いちゃうって言うか……」
他人のご飯を作っていると自分も作らずにはいられないのが己のさがのようなもの。普段なら夜食なんてご法度だが、目の前で美味しそうに月見うどんを食べられてしまえば我慢できる気がしない。せめてもの抵抗として手のひらサイズのおむすびに留めたのは褒めて欲しいくらいだ。
赤緒はおむすびに齧り付こうとして、やはり秋のことが気にかかる。
「……こうして私たちが食べていても、秋さん、気付かないんですね……」
「……月子。やっぱ、まずいか?」
「そりゃあ、まずいよ……。このままだと……秋ちゃん、餓死しちゃうかも……」
「が、餓死……? それは大変……!」
思ったよりも重い言葉が飛び出したので赤緒は大慌てで秋へと月見うどんを持って行く。
「あ、秋さーん……。美味しい美味しい月見うどんですよー」
「で、でへへ……。アクセス数、千件超え……」
不気味に笑う秋に気圧されながらも、赤緒は笑顔でその視界の中に割って入る。
「あ、秋さーん……。月見うどん、冷めちゃいますよー……」
「あ、新規さん。……ぐへへ……私のお庭にようこそ……あなたは二千人目の訪問者……」
キータイピングを一時として休めないその様相は狂気の域に達している。笑みを貼りつかせたままなので、赤緒はぞっとして月見うどんを持ったまま後ずさる。
「……い、一体何が……何が秋さんをこうさせたんですかぁー……」
「赤緒、ちょいちょい」
シールが手招くので赤緒はひとまず撤退を判断して奥座敷へと戻っていく。
「……あの、秋さん、何て言うか……」
「フツーじゃねぇわな、あの状態」
濁した先をシールは断言し、月子も頷く。
「……その、ね? 日本じゃまだ発展途上だって聞いたんだけれど、面白そうだったから国内では一番早い回線に繋いだの。そしたら思ったよりも反響があって……日本にも私たちみたいな人たちって意外と居るんだなぁって」
「って言うか、暇人の巣窟だろ? こんな時間までリアルタイムで接続し続けるなんて相当時間が有り余っているかネット中毒のどっちかだぜ?」
「ね、ネット……? ネットってその、インターネットですか?」
「そっ。まぁ、ちょっとしたBBSって言うか、片手間に作ったんだよ」
「……えっと、作ったって、何を?」
困惑気味に問い返すと、シールと月子は顔を見合わせる。
「何って……知らないわけじゃねぇだろ? トーキョーアンヘルのホームページ。その更新をオレらは任せられてて」
「……ん? あれ? トーキョーアンヘルにホームページなんてあるんですか?」
ほとんど初耳であったので戸惑っていると、シールは頬杖をついて文句を垂れる。
「……何だよ。エルニィの奴はちゃんと説明したって言ってたぜ?」
「……言われてみれば……けれど私、そういうのからっきしなので……」
エルニィの発言の三割程度しか理解していない自分にとってはホームページだのインターネットだのはどうにも理解の外であった。そもそも、どうやって繋げているのかもほとんど分かっていない。
「……いいのか? これって多分……」
「ま、まぁ赤緒さんには後でそういうのは分かるとして……。私たちのホームページが必要だと思って、その管理をね? エルニィから引き継いだの。ここ数日間、エルニィは張り詰めている感じだったし」
「……まぁ、確かに立花さん。金枝ちゃんが来てから大変そうですけれど……」
「三宮の編成案に毎日頭悩ませてんだぜ? だからこそ、他の雑事は任せてもらっているのが実情なんだがな」
「三宮さんの《モリビト燦号》は特殊な人機だから……。それに三宮さん自身、出自も難しいし、操主としての腕もこれからだからって言うんで、エルニィは考え抜いているみたい」
そこまで金枝の存在はメカニックにとって負担なのか、と赤緒は思い返す。当の金枝もそう言えば連日の操主訓練で疲弊し切っているのを思い出す。京都支部とはまた勝手が違うようで、最近の金枝は夕食と風呂の後にはすぐに寝入っているのを知っていた。
「……そんなに……。けれど、それと秋さんのこの……状態は何の関係が……?」
秋の様子をちらと垣間見る。秋はキーボードを叩いて血走った目のままで画面を見てふふふ、と笑みを浮かべている。
「新規さん、またご挨拶ぅ……。えへへ……トーキョーアンヘルのホームページにようこそぉ……。あなたは二千三百人目の訪問者……」
「……こうはなりませんよね?」
赤緒が問い質すとシールと月子は腕を組んで思案する。
「ここまでなるとは想定外だったんだよ。……オレらだって困ってんだぜ? もう二日もこの調子で……。さすがに色々と限界だよなぁ?」
「まぁねぇ。……けれど素養はあったのかも。秋ちゃん、細かい作業だとか、そういうのは大得意だし」
「……あっ、また新規の方ぁ……。うふふ……トーキョーアンヘルのホームページにようこそぉ……」
不気味な笑みを浮かべながらの秋はキータイピングに余念がない。さすがにあれが正しいホームページ運営の形かと言われると疑問が勝る。
「……あのっ! 明らかに悪い状況だと思うんですけれど……」
「……だよなぁ。けれど、どうにもできないっつーか……秋は業務を全うしているだけだから、やめろと強くは言えねぇんだよ」
「ちなみにこれがトーキョーアンヘルのホームページね。ミラーだけれど」
月子が別のパソコンを起動させて画面を変移させる。するとトーキョーアンヘルのホームページと言うらしきものに行き当たったが、赤緒の想定とはまるで違うものであった。
「……これ、何なんです? てくてくって動いてるのは……」
「ああ、それ? アルマジロの歩間次郎が居んだろ? あれを基にした3Dモデルだとよ。よくやるよなぁ、時間がかかるし処理も落ちるからやめとけって言ったのに、半日で仕上げやがった」
ホームページの上部でぐるぐると回転するアニメーションが構築されており、月子がマウスカーソルを向けるとなんとぴくりと止まってからこちらへと振り返っていた。
「わっ……! すごい、次郎さんのアニメ……」
「細かいことが好きな秋の凝り性がよく出てるぜ。……まぁとは言っても、単純動作だから別に難しいことでもないんだがなぁ」
「要は集中できるかどうかなんだよねぇ、こういうのって。凝ろうと思えばどこまでも凝れるけれど」
しかしトーキョーアンヘルのホームページなのだと聞かされていたが、スクロールすると数字の羅列と共に無数の青い文字が並んでいるばかりだ。
「……この数字は?」
「……赤緒。お前、本当に機械音痴なのな。これはこのホームページにアクセスした人間の数を数えてんだよ」
「そ、それくらいは……一応は分かりますけれど……。あれ? でも多過ぎません?」
トーキョーアンヘルのホームページならば、広報用に作られていてもおかしくはないが、既に二千人以上のカウンターは異常に映る。
「……それなんだよ。困ったことにな。……秋にはどうやら、ホームページ運営の才能があったらしい……っつーのが」
「ホームページ運営の……」
「秋ちゃん、ずっとゲストの……分かりやすく言うと他のサイトから飛んできた人たちとチャットしてるの」
「……チャット……? お茶?」
こちらの認識にシールががくっと肩を落とす。
「……茶じゃねぇって。まぁ言っちまうと、文字でやる会話みてぇなもんさ。それを常時……六窓くらいしてるのか? それでやってるって言うんだから恐れ入るぜ」
「えっと……お茶に窓って……」
「分かりやすく言うと、あのキーボードで数百人規模と同時に喋ってるの。あ、もちろん文字でね?」
月子に分かりやすく説明されると、秋の狂気の見え方も変わってくる。絶えずキーボードを打っているのはそういう理由なのかと納得すると同時に、怖さも感じてくる。
「……え……? つまり……秋さんは今、色んな人と同時に喋ってるってことですか? 文字で? そんな……聖徳太子じゃあるまいし……」
「……まぁ、嘘だと願いたいのはオレらも同じなんだが……人間、適性ってもんがあるよなぁ」
「秋ちゃんはこういうのに長けていたってことなのかもね。……でも、さすがに六窓同時の運営は想定よりも……って言うか、負荷がすごいはずなのによくやるよねぇ……」
「た、大変じゃないですか……! だって、ご飯も食べずにそういうことに打ち込むの……その、私が言えるかどうかは分かりませんけれど……不健全だと思いますっ!」
こちらの言葉にシールと月子も困り果てているようであった。
「……まぁ、ハッキリ言っちまうとそうなんだが……。元々、ホームページの運営を任せられちまえば、とことんの凝り性だったってことなんだろうさ」
「難しいよねぇ……。私たちがやれって言ったようなものだし、今さら取り上げられるものでもないから……」
「け、けれどそんなの……! あっ、そうだ! このパソコンから呼びかければ……?」
秋が相対しているのも同じパソコン越しの相手ならば、こちらから呼びかけるのも有効なはずだ、と赤緒はパソコンを指差す。
「こっちの呼びかけにか? ……応えるかぁ?」
「けれど試してみる価値はあるかも。……赤緒さん、せっかくだしやってみる?」
「わ、私が……?」
「だがよ。秋をどうにかしてぇってのは事実だろ? ……うどんも冷めちまうし」
シールと月子もどうにかして今の秋を矯正したいのはやまやまなのだろうが、妙案が思いつく気配もない。これは自分に託されつつある、と赤緒はぐっと決意する。
「……わ、分かりました……っ! 私、やりますっ! ホームページ、やりますっ!」
「そうと来たら、まずは名前の入力からだね」
「は、はい……っ。えっとぉ……“わたしはひいらぎ……”……あれ? “わ”って打ってるのに“0”って入力されちゃちゃった……」
「赤緒さん! ローマ字入力だから、そっちじゃなくって……!」
月子にキーボードを差し出されて、赤緒はおずおずと人差し指で一文字ずつ入力する。その様子に焦れたのか、シールがだあーっと声を上げる。
「貸せっ! 何時間かかるか分からねぇよ、そんなの! ……えーっと、このパスキーを入力して……。んで、名前はどうする?」
「な、名前は柊赤緒で……」
「アホか! ネット上で本名で活動する奴があるかっての! ……“赤緒”だから、文字の名前を赤に設定して、んで“名無しのOさん”でいいだろ」
「そ、そんなぁ……せっかくの名前なのになぁ……」
しゅんとしていると、そんな時間も惜しいのかシールがキーボードを差し出してくる。
「ほらよ。こっちで打ちたい内容をリアルタイムで補正するように調整しておいた。赤緒のタイピング技能じゃ、朝になっちまうからな。予測変換が活きるようにはしてある」
「よ、予測変換……? そんなのできちゃんだ……。じゃあその……とりあえず挨拶を……」
「あいよ。“こんばんは、管理人のAKIさん”、っと」
「あっ、またご新規さん……。うふふ……こんばんはぁ……名無しのOさぁん……」
にたにたと笑いながら秋が素早く文字を打つので赤緒はあたふたと慌ててしまう。
「わわっ……すごい速いぃ……」
「馬鹿! うろたえてんな! ……えーっと、“トーキョーアンヘルのホームページ活動、ご苦労さまです”ってな。最初は当たり障りのない会話から始めんだよ、こういうのは」
シールは意外にもこういう対処には慣れているようでさすがは秋の先輩をやっているだけはある。
「あはぁ……ありがとぉございますぅ……。すごく大変ですけれどやり甲斐はあってぇ……」
「秋ちゃん、にやにや笑いながらキーを打ってるよ……」
月子が心配そうにこちらとあちらを交互に見比べる。赤緒はと言うとシールのサポートがあっても長文を打つのは限界で、せいぜい一行二行の何でもない文章を返すのみであった。
「し、シールさん……っ! 何でこんなにキーボード打つのって疲れるんですかぁ……」
「知るかよ! ってか、そんなにしんどいか? 人機を操縦するほうがよっぽどのように感じるが……」
ぜいぜいと息を切らしつつ、赤緒は秋のタイピングスピードについていくのがやっとのことだ。それを補助し、予測変換で秋の文字入力に追従するシールのほうが大変そうだが、赤緒はここで折れては一生秋を連れ戻せないと何とか必死に追い縋る。
「あっ、話題が変わっちゃった……。えっとぉ……管理人さんへの質問コーナー……?」
首を傾げていると次々と世界各地からもたらされる質問を秋が的確に捌いていく。
「はぁーい、それはこれで……これはそれで……」
「シールさん、いいんですか? ……秋さんの答えてること、これってトーキョーアンヘルの機密事項なんじゃ……」
「いや、ギリギリそれっぽい意図なだけで、本物じゃねぇ。秋もその辺は分かっている……うん。分かっているはずなんだが……何でだかホームページ運営から離れてくれねぇんだよな……」
シールもパソコンの応答だけで秋がホームページに没頭するのから卒業してくれるとは思っていないのだろう。ともすれば自分のやり方は間違っているのかもしれないが、赤緒なりにはこれ以外の方法も思いつかない。
「でも、秋ちゃんも案外、こういう受け答えって上手いんだね……。普段は困った風になってるのに、パソコン越しだとすらすらと……」
確かに平時の秋の受け答えのたどたどしさに比べれば、ここまで応答が滑らかなのも物珍しい。秋はパソコン越しなら何でもござれなのか、中には明らかにプライベートな質問もあった。
「“AKIさんのスリーサイズを教えてください”……。し、シールさん! こ、これ! 明らかにそういう……」
「ああ、セクハラだが、秋の奴ちゃんと答えてやがる……。オレらにも教えてくれやしねぇってのに……」
「秋さんって意外に……その、あるんですね……」
読み上げることは憚られたが、思ったよりも秋のスタイルはいいらしい。
「うへへぇ……承認欲求ぅ……」
当の秋はと言うと嫌がった様子もなく、とろけたような表情でキーを打ち続けている。
「シールさん! 月子さんも! ……やっぱりこれ! よくないですよっ!」
「んなことは分かってんだよ。……今はまだ大丈夫だが、秋のこった。そのうち承認欲求に負けて本当の機密情報を漏らしかねねぇし……」
「人機の情報は各国が競い合っているからねぇ……。この中に混じって、そういう風に情報を抜き取ろうとしている人間が居ないとも限らないし……」
ならば、余計に自分たちは秋を現実に戻すべく奮闘すべきだ。赤緒は何とかパソコン上で呼びかけようとしたが、秋の興味は次のコーナーに移ったらしい。
「じゃぁ……せっかくだし、情報交換コーナーにしましょぉ……。日本在住の方、挙手ぅー……」
「シールさん!」
「分かってんよ! えーっとだな……“そういうのはプライベートに該当するのでやめませんか”……っと。おいおい、総スカンだぞ……」
「“真面目ぶったことを言うな”だの“ここから盛り上がって来たんだぞ”だの……。水を差しちゃったみたいになってるね……」
「まぁまぁ……皆さん、聞きたいことがあるのは同じでしょうしぃ……。ここで仲違いはやめましょぉ……」
秋の仲裁で何とか集中攻撃を受け続けることはなくなってホッとしたのも束の間、チャット部屋に入り浸っている人々がやたらと秋の素性を聞き出そうとしてくる。
「“自分は東京出身なのですがAKIさんもやっぱり……”、“いやいや、地方民舐めるなよ”、“そもそもAKIさんが本当にトーキョーアンヘルの広報担当なんですか? あの黒髪のお姉さんの?”だと……。おい、これってもしかして……」
「うん、もしかしなくってもみんな、南さんと勘違いしてる……?」
そう言えばトーキョーアンヘルで操主を募集したあの時にメディアに露出したのは南だけ。ならば必然、広報担当は南が掛け持ちしており、パソコンの画面越しに居るのは南なのだと誰もが信じたいのは理解できる。
「でへへぇ……そうですよぉ、私が黒髪のお姉さんですぅ……っと」
「……まぁ、嘘は言ってねぇんだよな。黒髪だし、女だし……」
「ある意味じゃお姉さんでもあるしねぇ……」
落ち着き払ったシールと月子の声に赤緒はあわあわとうろたえてしまう。
「でも、どうするんですか! 私、ネットで嘘をつくとよくないって聞いたことがありますっ! こういうところからその……危ないことになるんだって!」
「いやいや、赤緒。一応は秋も嘘は言ってねぇんだよなー……。南だとは言い切ってないだけだし、向こうが勝手に勘違いしてるだけだしなぁ……」
「それを十全に利用しようとしてるのが……まぁ、ちょっと危ういけれど、秋ちゃん本人が危ないわけではないし……」
どうにも決断を下しかねている二人に赤緒は言い放つ。
「でもですよ? 秋さんがこのまま……それこそ承認欲求のままに南さんの個人情報とか言っちゃうとまずいんじゃ……」
「まぁ、向こうは確かに南だと思ってるわけだし……スリーサイズも世界中に公開しちまったからなぁ」
「まさか秋ちゃんが一人で高速六窓周回しているなんて誰も思わないよねぇ……」
赤緒にしてみれば何とか秋が現実に戻ってくる策を巡らせるが、当の秋はと言うと他のチャットメンバーと言葉を交わし合っている。
その意見交換に、赤緒は光明を見出していた。
「……そうだ。二人ともこれってみんなが秋さんに反応しなければ……逆転の発想ですけれど、一旦は遠ざかるのでは?」
「……うーん、それはそうかもしれんが、どうすんだ? チャット欄は世界中からなんだぞ?」
「話題を掻っ攫えばいいんですよ! 秋さんが全般的に回しているから、他の方の注目を一身に背負っているだけで……!」
「秋ちゃんよりも面白い話題を提供すれば、疎外感で秋ちゃんも離れる……って言うわけか。けれど、そんなに面白い話題なんてある?」
赤緒はそれこそ慎重を期す必要性があると感じていた。