奮起するマキだが、とは言え集中力が切れるのも見え始めているので赤緒がマキの仕事場でも甘味があったはずの部屋に入るなり、どら焼きを頬張ろうとしている金枝を発見してお互いに硬直する。
「か、金枝ちゃん……? えっと……ちょっとだけ休憩するってそういうこと……?」
「ご、誤解です! 金枝はそんなつもりで……えーっと……これはマキさんと泉さんへの差し入れを検討していただけで……!」
背中に隠したどら焼きを隠し切れていない。赤緒は嘆息をつきながら、まぁ気持ちは分かると応じていた。
「……結構夜も更けてきたし……コンビニで栄養補給もいいかなって思ったんだけれど、金枝ちゃんも来る?」
「こ、コンビニ……! い、いけませんっ! 金枝は深夜のコンビニなんて……不良になってしまいます……!」
京都ではそういえば深夜営業のコンビニはほとんどなかったなと思い返しながら、赤緒はその真面目さに微笑む。
「大丈夫だってば。私も深夜のコンビニって駄目なんだって思い込んでいたけれど、案外、利用している人は東京では多いんだから」
「そ、そうなんですか……? い、いえっ! 騙されませんよ……。深夜のコンビニと言えば、強盗に恐喝にカツアゲ……! ぴょんぴょん跳ねてみろって言うあれをやられるんだとか……!」
金枝の常識は相変わらずどこか珍妙な創作物の影響を受けているようで、実際にはそこまで危なくもないのだが、確かに用心するに越したことはない。
「じゃあ、アルファー持っていこっか。ほら、私たち血続だし」
アルファーを差し出すと不承げに金枝は頷く。
「そ、それなら……。血続相手に勝てる強盗なんて、居やしませんからね!」
今しがたまでのビビり調子からは一転してふふーん、と自慢げに胸を反らすのだから、やはりまだ金枝とのコミュニケーションは足りていないのだろうと赤緒は仕事部屋で詰めるマキと泉に声をかける。
「マキちゃんに泉ちゃんも! 夜食を仕入れてくるから、欲しいものってある?」
「あー……私はあったかい肉まんかなぁ。今冷たいものを食べると、そのまま寝ちゃいそうだし……」
マキの目元の隈がここ三日間では色濃い。このままでは倒れてしまっても可笑しくはないが、そのような修羅場はこれまで何度も超えてきたのが彼女だ。
「では、私はチョコレートを。苦いのを食べると目が覚めそうですので」
「了解ー。金枝ちゃん、行こっか」
「か、金枝はその……! 強盗に遭ったらぶっ飛ばしますので、ご心配はなく!」
マキと泉にわざわざ報告していく辺り、まだまだ金枝は慣れていないのだろう。コンビニへの道すがら、暗所があると明らかにビビり散らかしているのはご愛嬌であろうが。
「……ねぇ、金枝ちゃんって夜に出歩くことはなかったの? さすがに京都でも一回や二回くらいは……」
「か、金枝は……そういうのを厳格にその……門限がありましたので。如何に幽霊の小道があっても、そればっかりは」
生来の生真面目さもあるのだろう。赤緒は金枝と連れ立つ中で、東京の明かりに不慣れな様子を垣間見ていた。
「……明るいのは珍しい?」
「はい……。東京って……こんな夜中でも明るいなんて……ちょっと変ですね……」
「変なのかなぁ……? 私はまぁまぁこういうことなのかなって思うようになったけれど」
それも変化の一つなのだろうか。前向きに捉えたい反面、自分もよくよく考えれば少しずつではあるが反応が軟化しつつある。どこかで厳しく自らを律することを忘れないようにしなければ、と身が引き締まる思いだ。
「ふむ……? くんくん……赤緒さん、何だかいい匂いが……」
「あっ、夏なのにおでんやってるんだ。……帰り道だしちょっと寄ろうかな」
おでんの屋台を視界に入れて赤緒はコンビニへと向かう道すがら財布の中身をチェックする。マキから渡されたのは三千円の予算内。この中できっちりと朝まで戦える兵糧を蓄えなければ、と赤緒はふんすと鼻息を漏らす。
「予算内でちゃんといい物を買わないと。マキちゃんたちもきっちり戦ってくれるのを期待しないとね、金枝ちゃん! ……あれ? 金枝ちゃん?」
と、思っていたらば、金枝がおでんの屋台に釘付けになっているせいでだいぶ距離が離れている。赤緒は引き返して金枝の顔の前で手を振るが、金枝はと言うと気づいた様子はない。
「金枝ちゃん? ……金枝ちゃーん!」
呼びかけるとようやくハッとして金枝が意識を取り戻していた。
「……今、金枝は何をしていましたか……?」
「何って……おでんの屋台じーっと見て固まってたよ? ……おでん、欲しいの?」
「な、何を言って……! もうすぐ夏ですよ? だって言うのにおでんが食べたいだなんて……! モチ巾着だとか、こんにゃくの出汁を想像するだけでヨダレが出てきて我慢できないなんて思ってませんっ!」
自信満々に告げられたので、赤緒は肩を落とす。
「……思ってるんだね。分かった。じゃあコンビニでまずはマキちゃんたちの資源を買って、それで余った分はおでんに使おう? なんてったって、このお財布はマキちゃんの原稿料だし」
マキのこれまでの血と汗と涙の結晶だ。そう簡単に余分なものには使えないという趣旨であったが、金枝がどうしても食べたそうにしているのならば仕方ない。
「……か、勘違いしないでください……! 金枝は別に……アツアツおでんを食べることに情熱を燃やしているわけじゃないんですからねっ!」
分かりやすさもここまでくると表彰ものだ。赤緒は金枝を取り成してコンビニに向かおうとして、ちょうどコンビニから出てきた二人分の人影に硬直する。
「げっ……赤緒……に、三宮? 何で?」
「……そういう立花さんとルイさんも……。もうっ、また深夜帯におやつですか? 身体に悪いですよっ」
「あ、赤緒に言われたくないんだけれど……。って言うか、何だって二人ともこんな夜遅くに?」
「私と金枝ちゃんはマキちゃんの原稿のお手伝いです。少しでも戦力になれればと思いまして」
「あー、漫画家の。……あれ? けれど、赤緒はまだ分かるけれど、三宮なんて戦力になるの? だって、あんまし器用には見えないんだけどねぇ」
「どうせ、コネ宮のことよ。他の目的があるに違いないわ。そうでしょう?」
コンビニ袋の底からアイスを取り出したルイの鋭さはさすがと言うべきだろうか。赤緒が言い返せないでいると金枝はむむむ、と悩み抜く。
「ルイ先輩に嘘は言えそうにないですが……それでも今回ばっかりは金枝がやりたいことなんですっ!」
「じゃあ一個ずつ可能性を潰しましょうか。……漫画家のアシスタントにでもなりたいの?」
「そ、それは……まぁ可能なら体験してみたいですが……」
「じゃあ二つ目。友人関係だから、とかかしら。けれど、コネ宮の性格上、こういうことに積極性があるとは思えないのよね。それに、コネ宮にしてみれば、まだまだ警戒心の強い野良猫みたいなものでしょうし。となると、残ったのはこのシチュエーションそのものね」
「えっ、どゆこと? 意味分かんないんだけれど……?」
戸惑うエルニィにルイは怜悧な瞳に確証を携えて金枝を指差す。
「コネ宮、あんた……この深夜帯に活動するという、それそのものへの憧れ……ね?」
やはりルイを誤魔化すのは不可能のようで、赤緒は金枝へと目線を流すと今にも泣き出しそうになって目を潤ませている。
「だ、だってぇ……これまで金枝、深夜零時以降に起きていたこと、人生で片手未満しかないんですから。マキさんが漫画で困っていると聞いて……それでできると思ったんです」
「できる? 何をよ。まさか、絵が描けるだとか言い出すわけでもあるまいし」
金枝はその決定的な言葉を言い損ねてちょんちょんと指を突く。赤緒はさすがに領分を超えているのではと先んじてフォローに回っていた。
「る、ルイさん! 金枝ちゃんにだって知られたくないことの一つや二つ……!」
「い、いえ……いいです。よくよく考えれば金枝の自己満足ですからね。……ルイ先輩、金枝はこれまで一回もしたことがないんです」
「したこと? それは具体的には?」
金枝は深呼吸してから、搾り出すようにして声にしていた。
「それは……朝方まで起きていること……いわゆる徹夜と言うものを、金枝は一回もしたことがなくって……」
金枝が自供してしまったのだから自分が隠す理由もなくなった。エルニィの眼差しが胡乱な調子でこちらに据えられるので、赤緒はその追及の目線から逃れつつも応じていた。
「そ、そのぉ……お話の始まりは、学校での何でもない会話からで……」
ここまで来れば一蓮托生だ。赤緒はその口火を切っていた。
「――ねぇ、金枝ってばさ。簡単にお金をもらえる仕事に興味はない?」
唐突に聞かれたものだから金枝は漫画を読むのに余念がなかったもので反応が遅れていた。
「えっ……ちょ、ちょっとマキさん……。いくら金枝がぱーふぇくとな美少女とは言え……そういうのはちょっと」
「そ、そうだよ! マキちゃん! 何考えてるの!」
「えー、赤緒も金枝もノリ悪いー。別に違法なことじゃなくって、いつものだってばぁー。要はさ。アシスタント、興味ない?」
「アシスタント……?」
疑問符を頭の上に浮かべた金枝に、赤緒は事の次第を説明しなければなさそうだと自ら買って出ていた。
「……アシスタントって言うのは、漫画のね? マキちゃんは漫画家なのは、前に言ったと思うんだけれど、こうして度々お仕事が来るの」
「す、すごい……! 売れっ子なんですね……!」
「へへーん♪ どーんなもんだい! ……って上機嫌に応えたいのはやまやまなんだけれど……今回もピンチでさ」
そこまで言われれば皆まで聞かずとも赤緒には察しが付くが、金枝はまだ理解し切っていないようで小首を傾げている。
「あれ……? ピンチ? 漫画家さんってピンチとかあるんです?」
「あのね、金枝ちゃん……。マキちゃんは確かにプロの漫画家さんなんだけれど……時折、手が足りないって言うか。そういう時に私たちが手伝うのが結構……ううん、頻繁かなぁ」
「……つまり?」
「つまりはマキちゃんは金枝さんをアシスタントに誘いたいのですわ」
泉が噛み砕いたお陰でようやく金枝は理解して手をポンと叩く。
「……けれど、金枝も絵に関してで言えば素人ですよ? それなのに大丈夫なんですか?」
「あー、心配ないって。トーン貼ってもらったり、話し相手になってもらったり、かと思えば夜食を作ってもらったりだとかだし。何なら、赤緒もそんな感じ」
「気を緩めると寝落ちしちゃうから、それを見張る役目って言うのも大事ですわ。マキちゃんはそれをしてもらってるだけで随分と助かっているのですよ?」
「お願いっ! このとーり! 私も今回の締め切りスケジュールがギリギリでさ。本音で言えば、赤緒んところの手も借りたいところはあるんだけれど、忙しいんでしょ?」
「あー……まぁそうかな」
エルニィやルイを動員することも考えられたが、ここ数日間は訓練に学業にと忙しい毎日が続いている。誘えば来そうだが、それは彼女らの時間を浪費することになるだろう。
「だからさ! 金枝が今回、新アシスタントとして雇われれてくれないかな? もちろんっ、報酬は弾むし!」
「……報酬……? アルバイトみたいなものですか?」
「まぁ、そんなところ。赤緒も来るよね?」
「マキちゃんの修羅場は何回か経験してるけれど、今回の挑戦ジャンルは?」
「うーん……私お得意のバトルものなんだけれど、ちょっと描写に時間がかかるの。軽はずみに引き受けるのも考え物だね」
人海戦術で一気にまくり上げるのが目的なのだろう。それに、マキにしてみれば金枝を自分の仕事部屋に誘う口実でもある。
授業中、マキは頻繁に金枝のスケッチをしているのを赤緒は知っていた。当の本人にその自覚はなく、いつの間にか自分の様々な角度のスケッチが増えているので不思議そうではあったが。
「じゃあその……金枝もお仕事仲間って言うことですか?」
「もちろん! 金枝が来てくれるんなら、今回は安泰かも!」
その言葉に金枝はふふんと鼻息を漏らし、胸元を反らしていつものように調子づく。
「ふふーん♪ 仕方ありませんねー! このぱーふぇくと美少女である金枝の出番とのことであれば!」
乗せやすい性格であるのはマキも重々承知のはずだ。だからこそ、こうして呼びかけたのだろう。
「よぉーし! じゃあ今晩でも始めちゃいますか!」
「……今晩?」
勢いづいたマキの言葉に、不意に金枝は硬直する。どうしたのだろうか、と赤緒は窺っていた。
「どうしたの? 今日は都合でも悪い?」
「あ、いえ……。別に予定はないんですが……。あのー、マキさん。もしかして……夜の零時超えたりします?」
「うん? そりゃー、超えちゃうよ。と言うよりも、ほとんど完徹。ここ連日は学校もあるから調整はしているけれど、今日からずーっと徹夜続きになるかなぁ」
それを聞くなり金枝の表情が曇る。今しがたまでのやる気はどこへやら、金枝は消極的になっていく。
「そ、そうなってくるとその……。朝までとかですか……?」
「まぁ、そうなることもあるかな。……もしかして、金枝、バイト代のこと心配してる? 大丈夫だって。今回もそれなりの額を上乗せするし」
「それに、勉強が不安なら私も教えますわ」
マキと泉の完璧な布陣を前に、金枝は何やら言い辛そうにもごもごと言葉をはっきりさせない。
「その……そういうわけでは……。ああ、でもそういうわけなのでしょうか……?」
「金枝ちゃん? 何か心配ごとでもあるの?」
ここまで渋るとなると相当だろう。もしかすると、勉強の遅れや鍛錬に支障が出ることを危惧してかもしれない。慮る声を出すと、金枝はちょんちょんと肩をつついて声を囁かせる。
「その……ちょっとお手洗いに一緒に行きませんか?」
「トイレに? まぁいいけれど……」
「赤緒ー、連れションに行くんなら金枝を説得しておいてよねー!」
「もうっ! マキちゃん、声が大きいってば!」
お互いに恥じらいながらも赤緒はトイレへと金枝と共に連れ立つ。個室に入るではなく、洗面台の前で立ち止まったところを見ると何やら言えないことがありそうだ。
「……金枝ちゃん? 言い辛いことなら私に言ってね? マキちゃんと泉ちゃんも考えてくれてるだろうし、何の心配もないって言うと嘘になっちゃうけれど……」
「その……赤緒さん。マキさんのお仕事は、昼夜問わず、ずっと、ひっきりなしなんですよね?」
「あ、うん……。特に締め切り前ってなると、過酷って言うか……。あ、もしかして体力に自信がないのとか……?」
「いえ。体力ならばまだいいのですが……」
金枝が頬を掻いて視線を逸らす。そこまでして言いたくない事情でもあるのだろうか。赤緒はそれも込みで親身になろうと思っていた。
「金枝ちゃんっ! 私になら何でも言ってくれていいからっ。できる限りサポートするよっ! ねっ?」
金枝の手を握って赤緒が言いやると、彼女は頬を赤くする。
「か……勘違いをしないでくださいよ……。金枝は赤緒さんにその……迷惑かけられないとは思っていますし、言えることと言えないことくらいは……」
「でも話してくれる気になった、でしょ?」
「うぅ~……やっぱり赤緒さんには隠し事ができないので金枝は困ってしまいます……。まぁ、いいでしょう。あのですね……」
「う、うん……」
双方共に緊張感を纏わせた表情を突き合わせる。金枝にしてみてもこれを言うのは一世一代なのか、その語気には自ずと油断ならないものがあるように思われた。
「……実はですね……。アシスタントをしたいのはやまやまなのですが、金枝には重大な問題があるのだと気づいたのです」
「金枝ちゃんの問題? えっとぉ……何か持病でもあるとか……?」
「持病……そうですね。そう言うのが相応しいのでしょう。赤緒さん、金枝は……」
「うん……金枝ちゃんは……」
唾を飲み下し、金枝の秘密を赤緒は聞いていた。
「……金枝は……どうやら一度も……“徹夜”と言うものをしたことがないのです」
「て、徹夜……? 徹夜って、えーっと……ずっと起きてることだよね?」
「それ以外の徹夜がありますか。これは由々しき問題なのです」
何だか、想定したよりも随分とゆるい悩みで、赤緒は少しだけ閉口してしまう。それを目ざとく察知し、金枝はキッと目線を振り向ける。
「……赤緒さん? もしかして警戒したほど大したことがない、とか思っていますか? 思っていますね?」
「お、思ってないよ……?」
とは言え目が泳いでいるので丸分かりだ。嘘をつくのは得意ではないので、金枝相手にすぐにバレてしまう。
「……まぁ、そう思われるのも想定内です。けれど、その……金枝はその、せっかくマキさんが頼ってくれているのに……醜態をさらしたくないって言うか……」
「あれ? 修学旅行の時とか、京都支部の時には? 徹夜ってしてなかったっけ?」
「……皆さん、話していらっしゃるか分からないのですが……。金枝は絶対に二時間は寝ないと駄目なので、京都支部でも休憩時間には寝ていて……。その上、体内時計が狂うと操縦技能に問題が発生するので、深夜二時以降に起きていたことはないんですよ」
「……じゃあ、その……金枝ちゃんは朝まで起きていたことは……」
金枝は困惑し切った様子で、しゅんとしょげる。
「……一度もないはずです。お恥ずかしい限りですが……」
それは何と言うか――高校生にしては随分と健康的な生活であり、なおかつ恥じるようなことでもないはずだ。
「……でも、じゃあマキちゃんだってちゃんと考えてくれるはずだし、金枝ちゃんは休憩時間を入れてあげれば――」
「い、いえ……っ! そ、そのぉ……高校生にもなって一度も徹夜してないなんて……子供っぽいじゃないですかぁ~……。できれば知られたくないって言うか……」
ちょんちょんと指を合わせつつ、金枝は羞恥の念で顔を真っ赤にする。どうにも、金枝自身のコンプレックスに関わってくる話のようだ。徹夜をするイコール大人の証、という古い方程式が頭の中にあるのだろう。あるいは寝相の悪さを見られたくないのか。金枝の寝相の悪さはトーキョーアンヘルでも周知の事実だが、本人が知らないのは彼女にも自尊心があるだろうという配慮であった。
思うに今回もそう言った配慮が必要そうである。
「……うーん、けれど金枝ちゃんはアシスタントに誘われたのならやり遂げたいんだよね?」
「……それはぁ……もちろんなんですが……。作業途中で寝ちゃうと申し訳ないって言うか……」
誰でも見られたくない側面と言うものがあるのだろう。金枝の場合は、徹夜できずに寝落ちしてしまうのが顔から火が出るくらいに恥ずかしいに違いない。その気持ちは痛いほどに分かる。
「……分かった。じゃあ、金枝ちゃんが眠くなったら何か対策練っておこっ。それに、マキちゃんの手助けをしたいのは本音なんだよね?」
「そ、それはそうなのですが……。そんな簡単に行きますか……?」
「任せて! 私も何回かマキちゃんの仕事のお手伝いはしたこともあるし……寝ない心掛けって言うのかな……上手くその方法を見つけ出そっ!」
「――なるほどね。一日目は、何とか誤魔化して深夜二時あたりに三宮を帰せたわけか。それれで二日目、三日目……となったところで、誤魔化しにも自信がなくなってきた、と」
「……はい」
コンビニで出くわしたエルニィに打ち明けてよかったのだろうかと思った赤緒だが、ルイにはとっくに露見しているらしく、それならばエルニィも時間の問題だと判断してのことであった。
当のルイと金枝はコンビニの前でアイスを頬張っている。
「コネ宮。あんたのほうが美味しそうね……。ちょっと寄越しなさい」
「わっ……! や、やめてくださいよ、ルイ先輩……! 金枝のほっぺを舐めないでくださいー!」
「……何だか微笑ましいけれど、金枝ちゃん、できればマキちゃんや泉ちゃんの前では眠りたくないって必死になって……。門限ってことにしたけれど、どうやらマキちゃんの原稿も佳境になって……明日のお昼が締め切りだから、私たちも寝ずの番……。誰一人として眠いから帰るなんて許せない状態で……」
「それで、三宮のために一旦休憩ってことか。まぁ、でも寝たほうが効率いいんだし、別に二人ともそんなの気にしないんじゃない? あー、寝ちゃったかー、くらいでしょ?」
「……そうだとは思うんですけれど、でも金枝ちゃんの意見は尊重したいじゃないですか。私だって見られるのが恥ずかしい瞬間くらいはありますし、それは誰だってそうでしょうし……」
視界の隅でルイと金枝がさしずめキャットファイトの勢いでお互いにぐるぐると回っている。金枝の様子を見ても、今すぐに寝入ってしまうとは思えないが、それでも毎晩深夜二時以降にはきちんと寝入っているらしく、徹夜姿を見たことはない。
となれば、金枝の懸念も本当で、すとんと電池が切れたように眠ってしまうのかもしれない――それを怖がっているのは自分ではなく、彼女自身なのだ。自分のことは自分が一番よく分かっているはず。こうして打ち明けてくれただけでも心の距離は縮まったと思うべきなのだろう。
「コネ宮、そっちのチョコレートを渡しなさい。あんたのほうが美味しそうよ」
「こ、これは……! 金枝がお小遣いで買ったものです! いくらルイ先輩とは言え、譲れませんよぉ……っ!」
「いいから寄越しなさい。全ての道はローマに通ずように、全てのお菓子は私へと献上されるためにあるのよ」
「もうっ……ルイさん、金枝ちゃんをあんまりいじめないでくださいよ。まだお仕事があるんですからね」
「あわわっ……! 赤緒さん、腰にまとわりつくルイ先輩を剥がしてくださいぃ……!」
ルイのお菓子への執着は相当のようで、赤緒は嘆息をついてルイを何とか金枝から引き剥がす。
「……何よ。赤緒のクセに生意気……」
「と言うか、柊神社から出て、こんな風にコンビニまで出歩いちゃ駄目じゃないですか! 不良になっちゃいますよっ!」
「……ふん。自称天才にもそう言ってやりなさい。こいつ、結構な深夜徘徊者よ」
「あっ! ボクのことを売らないでよ! これから先、出歩きづらくなるじゃん!」
どうやら二人とも現行犯なだけではなく常習犯でもあるらしい。
「二人とも……またお叱りの機会が必要そうですね……。とは言え、今日はそんな場合でもないし。買い出しが終わったので、金枝ちゃんと一緒に戻りますけれど……」
「あれ? でもいいの? 寝ないようにしたいんでしょ?」
「な……っ! 赤緒さん……!」
「……ごめんね? でも立花さんは完徹のエキスパートみたいなところあるし、コツくらいは聞けるかなって」
金枝は不承げに視線をエルニィに振る。それに対して、エルニィはふっふっふっと不敵に笑う。
「まっかせて! ボクもメカニックのみんなも……完徹なんてお手の物! それにパフォーマンスを落とさない方法くらいは心得ているからね!」
サムズアップを寄越すエルニィがまずこちらへと差し出したのは二本の缶コーヒーだ。
「これは……?」
「まずは基礎中の基礎! カフェインを摂ることで活動時間の延長だよ!」
赤緒は作業中にコーヒーを飲むことも慣れていたが、金枝は一口飲むなりうへぇと舌を出す。
「何なんですかぁ、これぇ……。金枝は砂糖とミルクが入っていないと飲めないんですよ!」
「あれ? じゃあブラック駄目じゃん。うーん、赤緒はどう?」
「私は結構飲めちゃいますけれど、コーヒーは真っ先に試して駄目だったので……」
「何だ、先に言ってよね。じゃあ二つ目。今度はこれね!」
エルニィが差し出したものを無理やりくわえさせられ、赤緒は目を瞠る。
「これ……板ガムですか?」
「そっ。集中するのには顎を動かすのが一番! これで寝ないで済むでしょ!」
そう言うエルニィはチューインガムを膨らませている。金枝も真似しようと何度も噛み締めるガムを膨らませようとするが、その度にふーふーと空気が抜けていくばかりである。
「金枝ちゃん。そもそもそのガム、立花さんのと違って膨らまないよ?」
「えっ、そうなんですか……? 金枝はガムを食べたことがないので……ふーっ! ふーっ! あっ……飲んじゃった……」
金枝にガムによる集中効果は狙えそうにない。それをエルニィも分かったのか、ふぅーむと悩む。
「すぐにできるのがコーヒーとガムくらいなものだから……。あとは水かな? 冷たい水で顔を洗うとか……」
「金枝……冷水で顔を洗うと、すぐに拭かないと気になっちゃって……」
「コネ宮、いつもそうだものね。あんたの後の朝方の洗面台は酷いもんよ。そこいら中、水滴まみれ」
「そ、それは言わないでくださいよぉ……」
そう言えば金枝は朝の支度も苦戦しているのは窺える。毎朝起き掛けには半分ほど眠っているようなものなので、朝食を食べる段階になってもうつらうつらとしている。
「じゃあ……どうしよ。大体の方法は今教えた限りだし……。うーん、三宮、自分流のものとかある? たとえば……足の指をきゅっと曲げると起きちゃうとか……」