JINKI 334 ほっぺたにまるっ!

「なに。これ、差し迫ってるんだから、ちゃんとやってよね。あと、これとこれ。教員用の書類だから。そっちに印鑑あるでしょ? それをポンと押してくれればそれで……」

「じゃなくって! ジュリ先生っ!」

 堪えかねた赤緒が思い切って口火を切ると、ジュリは段ボールだらけの部屋の中で振り返る。

 平時のようにバリバリに決めた化粧でもなく、服装もせっかくのスタイルが台無しの上下ジャージ姿でとてもではないが「イケてる」印象ではない。

「……何よ。今さらやめるなんて言わないでよね。あんたしか頼れないんだから……」

「そ、それはちょっと嬉しいですけれど……とでも言うと思ったんですか! ジュリ先生っ! これ、よくないですよ……」

 こちらの意見にジュリは首を傾げる。心底不思議であるかのように。

「……よくない……? 何が? あんただってこの間赤点取ったんだから、こうして挽回の機会があったほうがいいでしょ? 私はあんまりこういう人質みたいな言い草は好きじゃないんだけれど……内申点ってものがあってね?」

 それに関してで言えば、完全に自分の落ち度であり、なおかつジュリにとってしてみればいくらでも操作できてしまう要素なので言葉を飲み込むしかない。

 しかし、あまりにもこの顛末は酷くないだろうか? そう赤緒は思ってしまうのだ。

「……で、でもですよ? 普通やらせますか? ……生徒にテストの答案を任せたり……先生の間だけの書類を読ませたりだとか……」

「だってしょーがないじゃないの。私はこれでも怪我人なのよ?」

 そうなのだ。ジュリは片腕を負傷しており、三角巾でギプスを固定している。それもこれも――実は自分のせいなのだから、笑えない帰結である。

「……その……避けられましたよね? あれ……」

「結果として私は怪我したんだから赤緒のせいじゃないの。いいから。文句を言う前に手ぇ動かす!」

「……それ、普通は非のある側が言うものじゃないと思うんだけれどなぁ……」

 そうぼやきつつも赤緒はクラスメイトの答案を見やっていた。担任であるジュリにとっては見慣れた光景かもしれないが、生徒である自分にとってはまるで慣れ親しむことのできない視点である。

 こうして一問一問、それぞれの研鑽と頑張りに向き合いながら丸を付けたりバツを付けたりするのは、それはそれで傲慢な気もしてしまう。しかし、今は割り切るほかない。

「……けれど、……みんな勉強頑張ってるんだなぁ……」

「あんたくらいなもんよ。転校してきた三宮だってよくやってるんだし、ここいらで点数落してるのは意外と赤緒だけよ?」

「うぅ……そんなこと言わないでくださいよぉ……。だって私……一夜漬けとか暗算とか、物覚えが悪くって……」

「そこまで言ってしまうと全部悪いように思えるけれどねー。っと、これで半分くらいかしらね。赤緒ももうちょっと使えればいいのにー」

 唇を尖らせて抗議するジュリに赤緒も頬をむくれさせる。

「そ、それはぁ……言いっこなしじゃないですかぁ……。お互い様でしょう……」

「私も利き腕がやられてなけりゃどうにかなるんだけれどねぇ。……その張本人を前にすれば、そりゃー恨み言の一つや二つは出てくるわよ」

 そこを突かれると痛いのが赤緒の立場だ。ここは黙って答案に集中したほうがいいのだろうか、と思っていると背中合わせのジュリからさっと差し出された書面に驚嘆する。

「じ、ジュリ先生……っ! これ! ジュリ先生のその……給料明細!」

「いちいち承認しないと駄目なのよ。今年の四月からねじ込んでもらった以上、多少強引な手を使ったからねぇ。キョムの根回しも含めて、こういうのがあるってこと」

「け、けれど……先生ってこんなに貰うんだぁ……」

「……赤緒。他人の報酬明細を見て、そういう感想は年長者として感心しないわね」

 ハッといけないいけないと頭を振った赤緒は報酬明細を可能な限り見ないようにしつつ、承認の印鑑を押す。

「……けれど、やっぱり無茶だったんですね。そりゃ、キョムの八将陣が先生って言うのはその……色々大変だったと思うんですけれど」

「なにー? 赤緒にしてみればちょっと心が狭いじゃないの。授業は分かりやすくしているつもりだけれどー?」

「そ、それはそうなんですがぁ……」

 悔しいことにジュリは厳しい反面、授業はとても分かりやすい。その評価は中等部のさつきたちにも伝わっているようで、一時的でもいいので中等部の歴史の授業に来て欲しいという要請が出ていると伝え聞いているほどだ。

「……あの、ジュリ先生。これ、ガス代と、電気代……それにその……家賃とか……。先月分のが出てきたんですけれど……」

「あー、それ? お金渡すから払ってきてよ」

「えぇ……そこまでやるなんて聞いていませんよぉ……」

「文句言わない! 何なら、この片腕でできると思ってるの?」

 ジュリがわざとらしく負傷した腕を振るので、これ以上深刻になってしまっては大変だと赤緒は大慌てで制する。

「ああっ! 分かりました! 分かりましたから! ……もうっ。お財布はありますか?」

「うぅーん、財布とかあんまし持たない主義……これでいい?」

 そう言ってジュリが差し出したのは茶封筒で、中を検分すると十万円以上の札束が入っていたので赤緒は目を丸くして取り落としてしまう。

「な、何でこんな……! お財布買いましょうよぉ……」

「財布とか、何だか面倒くさいのよねぇ。飲み会とかだと他の先生方が奢ってくれることがほとんどだし、いい女ってのは男に財布を出させるのよ」

 確かに妖艶なジュリならば男が放っておかないのはよく分かるが、それにしてもの話である。

「……えっと……ガスに電気に……水道代も? ジュリ先生、これだけ滞納していてよく追い出されませんね……」

「教員免許ってのはこの大都会じゃ結構便利でねー。じゃあ赤緒、支払ヨロシクー」

 赤緒は不承げにジュリの部屋から出て市役所へと足を向ける。ここまでの滞納書類を自分のような小娘が提出するとそれだけで注目を浴びそうだが、今は多少の恥はかき捨てだ。

「……でも、ジュリ先生がこうなっちゃったのも私の責任だし……」

 本来ならばこのような野暮用に駆り出されるような暇はないのだが、今回ばかりは事が事だ。赤緒は陰鬱なため息を吐いてから、請求額を見返してまた重いため息。

「……何であんな風に……なっちゃったんだろ……」

 ――逃げる、と推察したのはもちろん、相手の攻勢が思ったよりも厳しかったからではない。そもそも、都心での人機同士の戦闘はご法度であるところなのに、単独で出現してきた機影に対して追い縋るのはトーキョーアンヘルの一員として当然の責務だ。

「赤緒! あいつ……逃げ足速いよ! 気を付けて!」

 下操主席でエルニィが叫ぶのを聞き留めて、赤緒は照準器の中に捉えた機影を見据える。

 全体としてのシルエットは痩躯。しかしそれでいながら、どこか西洋甲冑のような堅牢さも同居させている真紅の人機が都心のビル群を鳴動させる。

 急上昇からの急降下。街並みを突っ切るのは放たれたワイヤー兵装の電磁。

「……そこっ!」

 真正面から迫り来るワイヤーは囮だ。赤緒はその本懐であろう背後から這い上ってくるワイヤー武装を察知して振り返りざまにライフルを発射する。

 着弾。

 しかしながら、ワイヤー武装へのダメージは深刻とも思えない。その理由を探ろうとして通信網に声が焼き付く。

『やるじゃないの。赤緒、あんた確かに強くなってるわね』

「ジュリ先生……!」

 余裕ありげなジュリの声に対し、自分は差し迫っている。

 なにせ、《空神モリビト2号》を動員してのジュリとの遭遇戦はまだ二度か。恐らく、ここで攻撃してくるのも意味があってのこと。赤緒は《空神モリビト2号》の片腕に格納されていたガトリング砲の火力で牽制しようとして、ジュリの搭乗機である《CO・シャパール》が全面に放つワイヤー兵装からのたうつ電磁の皮膜に遮られる。

「電磁フィールド……! リバウンドとも違う、別種の兵装だ! ……マズいね。解析作業には時間がかかる……!」

 エルニィは下操主席に持ち込んだ筐体へと素早くキータイピングするが、それでも情報不足なのが窺えた。ここは自分が率先して《CO・シャパール》の機体特性を引き出すほかない、と赤緒はライフルを放ちながら東京の空に咲く無数の光弾を睨んでいた。

 ジュリの《CO・シャパール》の誇る電磁ワイヤーはライフルの弾頭くらいならば容易く弾き落としてしまえる。それはつまり、接近戦以外では有効打にならないという証明であったが、赤緒は知っている。

 ジュリの機体の腕と一体化しているブレードは伊達でも酔狂でもない、真実、近接も遠距離も得意としているのだと。

 時間が経てば経つほどに手詰まりなのはこちらのほうだ。赤緒は急く気持ちを抑えつつ、《CO・シャパール》へと多角的にライフルの引き金を絞るが、どれもこれも《CO・シャパール》の痩躯を打ち据えることもない。

『赤緒ー。もっとちゃんと攻めてきなさーい。これは授業じゃないのよー』

「けれど……けれど何で! ジュリ先生! 基本的には戦わないって……!」

『基本的には、の話でしょー? なに、私だってキョムの死の葬列、八将陣の一角。少しは働きを見せろって話なのよねー。ま、面倒だからモリビトの首だけで勘弁してあげるわ』

 そう言うなり《CO・シャパール》が超加速度に身を浸して急接近する。

 どのような人機でも可能な高精度の操縦技術である空中ファントム――それを使う《CO・シャパール》の速度は、まさに赤い閃光。瞬時に距離を詰められた赤緒は咄嗟にワイヤーに巻き付けておいたブレードで弾き返すが、その反撃も予期していたのか《CO・シャパール》の細い脚部で足蹴にされる。

「ぐぅ……っ!」

 完全に落下する前に推進剤の出力を全開に設定しての浮遊。だが、それでさえも読まれていた。

《CO・シャパール》が《空神モリビト2号》の横っ腹へと浴びせ蹴りを見舞う。当然、モリビトのほうが重くそして装甲も堅いために致命打にはならないが、相手の攻撃が繋がる糸口には成り得る。

 着弾点を基点にして、ジュリの《CO・シャパール》はまるで白鳥のようにもう片方の足を掲げ、そして膝蹴りで《空神モリビト2号》の腹腔を叩き据える。

 その一撃で《空神モリビト2号》が首都高に落下し、砂塵と黒煙が上がる中でエルニィが呻き声を上げる。

「……やられたね。ここまで操縦技能に差があるとは思っていなかったけれど……。赤緒、モリビトの特性を相手は知り尽くしている。下手に加減なんてしていたらあっという間にやられちゃうよ。……致し方ないね。赤緒! 新兵器を使うよ!」

 その言葉にフィードバックされる痛みへと奥歯を噛み締めて堪えつつ、赤緒は問い返していた。

「……し、新兵器って……! でもあれは、対人機戦闘じゃ使わないって話だったんじゃ……!」

「今さら四の五の言ってらんないよ! ……リバウンドフォールの座標固定機能を使う! 相手が軽業、軽装、身軽って言うんならちょうどいい!」

 エルニィが筐体を操作し、《空神モリビト2号》の性能を向上させる。血塊炉の内奥に刻まれた新たなる因子が目覚めの兆候を指し示し、赤緒はそれまでの時間稼ぎとしてライフルを掃射する。

『無駄無駄! この《CO・シャパール》の敵じゃないよ!』

「……ジュリ先生……っ!」

 可能ならば使いたくないのが本音だが、そうも言っていられない。東京の専守防衛、ひいては日本の平和は自分たちの手の中にある。ならば、可能な手を、可能な限り、全て使い尽くすまで――。

「赤緒! 発動条件まで、残り85セコンド! それまで耐え凌いで!」

 エルニィの要請を受け、赤緒は《空神モリビト2号》を飛翔させる。推進剤を焚き、《CO・シャパール》へとライフルを放ちながらその隙を伺うが、まるで存在しない。これまで遭遇してきたキョムの機体のように装甲が厚いわけでもなければ、特段性能が秀でているようにも思えない。

 だと言うのに、ジュリはその天性のセンスとでも言える部分で補って余りある。周囲に展開する電磁ワイヤーも、それらを使って弾頭を逸らし、そして命中しない程度の攻撃には手を出しもしない。

「……本当に……強い……っ! ジュリ先生……!」

『あんまし加減してると、本当に倒しちゃうわよ? けれどそうだと、シバの言うゲームに支障が出るからねぇ。動けないようにして血塊炉を砕く。それくらいにしておきましょうか?』

 途端、直下から跳ね上がってきた電磁ワイヤーに対し、赤緒はライフルで叩き落すが、それも囮だ。

 本命は砕けた高層ビルから蛇のように覗いたワイヤー兵装の直撃。

 赤緒は咄嗟にライフルを手離し、命中間際であった攻撃を相殺する。眼前で爆ぜた光の眩惑で一瞬だけ動きが止まったのをジュリは見逃さない。

『そぉれ! これは避けられるかしら!』

《CO・シャパール》がブレードの片腕を大上段に振り翳す。赤緒はこちらもブレードで受けるが、《CO・シャパール》はその華奢な躯体とは思えないほどの剛力だ。

「……重い……っ!」

「加速性能が段違いなんだ! ……一発一発の威力が低くても、全部を適切なタイミングで合わせれば……なるほど。さすがはキョムの八将陣……やってくれるね……!」

 互いに一進一退のまま、《空神モリビト2号》と《CO・シャパール》がもつれ合うようにして都内を抜けていく。パワーでは明らかに勝っているのに、手数の勝負となれば《CO・シャパール》に軍配が上がるのが現状だ。

「この……っ!」

 赤緒が解こうとして片手を上げたところでジュリは機体を上昇させ、そのヒールのような足裏でこちらの頭部を蹴り上げる。

「こんの! 足癖の悪い……!」

『それは褒め言葉かしらね! いずれにしたって、このままじゃ勝負なんてつかないけれど!』

「ジュリ先生……っ! 私はぁ……っ!」

 諦めずに《空神モリビト2号》のメイン兵装である長距離滑空砲を振るう。《CO・シャパール》が即座に後退して狙いを定めないようにちょこまかと駆け回り、電磁ワイヤーを接触させる。

 電撃がコックピットを貫通し、赤緒とエルニィは揃って呻き声を上げていた。

『どれだけ耐久性能が高くったってねぇ……! 連撃には耐えられないでしょ!』

「赤緒! 一旦下がって! メイン武装のレンジじゃ、《CO・シャパール》の小回りの良さには敵わないよ! ……新兵器を試そうにも……動かないことが前提条件だから……厳しいね……!」

「いえ……それ、でも……っ!」

 確かに市街地において《CO・シャパール》の駆動力は圧倒的だ。だが、自分とて《空神モリビト2号》と共にある。それならば、打つ手はあるはず――赤緒は駆け抜けようとする《CO・シャパール》の針路上にあったモニュメントを視野に入れる。

 破壊しても問題ないと見計らってからの一秒間、赤緒は長距離滑空砲の照準をあえて定めず、手動で引き金を絞る。

「そこ……っ!」

《CO・シャパール》にとっては照準警告なしでの砲撃のはず。《CO・シャパール》の足並みが止まったのを確認して、赤緒は《空神モリビト2号》の機体を仰け反らせていた。

「……ファントム……!」

 空中ファントムからの《CO・シャパール》への打撃には、その巨体を活かした突撃を見舞う。

『な……ッ! 諸共ってこと……!』

「そんなつもりは……ないッ!」

 下段から浴びせたのはゼロ距離のガトリング砲の連射だ。《CO・シャパール》の痩躯が震え、衝撃吸収装甲が何度も明滅する。

 赤緒は渾身の力を込めて《CO・シャパール》を突き飛ばしていた。超加速からの膝蹴りが《CO・シャパール》の胸部装甲を射抜く。

「これ、でぇ……っ!」

「赤緒、充填完了! 行けるよ!」

 直後、《空神モリビト2号》の血塊炉が煌めき十字の輝きを照らし出す。

 放たれたのは重力の投網に等しい一撃であった。

『な……っ! 重力崩壊……? まさかこれは……黒将を撤退させてみせた、あの……!』

「煌めけ……っ! Rフィールド……っ! プレスフォール!」

《CO・シャパール》へと間断のない重力磁場が降り注ぐ。元々、リバウンドフォール維持のために四肢に注ぐはずの重力ベクトルを固定化し、動きが鈍るのを代償にして《モリビト2号》の有するリバウンド操作技能を照射する。

「メルJのアルベリッヒレインの応用だよ! これで……どう!」

『……なかなかやるじゃないの。今日はここまでね』

 直後、シャンデリアの光が降り注ぎ《CO・シャパール》を回収する。後には何の証拠もなく、ただただ空白だけが残ったのみであった。

 二人して荒い呼吸を整えてから、エルニィが振り返る。

「……赤緒さ。《空神モリビト2号》に無理させるねぇ……」

「すいません、立花さん……。けれどどうしても……勝ちたかったもので」

「ま、赤緒の諦めの悪さはボクもよく知ってるからさ。それに関しての文句は言わないよ? けれどねぇー……照準定めないで撃つなんて普通は危ないんだから」

「そ、それは申し訳なく思っていますけれど……」

 嘆息一つで憂いを打ち消したエルニィが筐体を弄りながら《空神モリビト2号》に帰投ルートを取らせる。

「まぁ、勝ったからいっかぁ……。それにしても、キョムも手段を選ばなくなってきたね」

「……唐突に出現したものだから……スクランブルでしたけれど」

「本来なら自衛隊に時間稼ぎを願いたいところなんだけれど、まだ熟練度がなぁ。八将陣相手にやるのはちょっとね」

 自動操縦モードに切り替え、赤緒は血続トレースシステムの上操主席で静かに背中を預ける。思えば、戦力の拡充はされてきたものの、未だに八将陣本体がやってくるとなれば、トーキョーアンヘルの操主である自分たちが出ないわけにはいかない。東京の専守防衛は自分たちの手腕にかかっているのだ。

「……立花さん。これっていつまで……続くんでしょうね」

「あっちが音を上げるか、こっちが音を上げるかのどっちかでしょ。まぁ、今のところ……圧倒的に不利なのには違いないんだけれど」

「そう……ですよね。それにしてもジュリ先生……何で」

「何で? そんなの聞くまでもないよ。相手はキョムの八将陣、理由なんてないんでしょ」

 どこか冷徹にさえ聞こえるエルニィの物言いに、赤緒は胸中に問い返していた。

 ――本当に、それだけなのだろうか。ともすれば、戦わないでいい道筋もあるのではないか。

 そんな問いは明けかけた黎明の空に霧散する。

「あっ……私、今日小テスト……」

「なに、赤緒ってば勉強してないの? もう、そんなのだから困るんだからね! 人機に関してももっと理解がないと!」

「と、とは言いましても……こうして緊急出撃となれば……」

「仕方ない、とは言わせないよ? 勉強の時間くらいはあるんだからさ」

 それにしても、こうして自分の時間と操主としての時間を比べたところで詮無いことだ、と思いながらも赤緒は瞑目しているのだった。

「……こんな毎日がいつまで続くのかなぁ……」

 ――翌日の小テストに現れたのはジュリではなかったので、赤緒は当惑していた。

「あれ? 女王バチ……いや、八城先生は?」

 マキが率先して挙手すると教師は苦々しく口にする。

「……八城先生は怪我をしたとかで……今朝早くにお休みとのことです。とは言え小テストはきちんとやりますので」

「ねぇ、赤緒! 珍しいよねー。あの女王バチが怪我なんて」

「あ、うん……。そうだね……」

 昨夜の戦闘が思い起こされ、赤緒は前の席から配られてくる小テストにまともに打ち込めない。

 ようやく終わったかと思えば、赤緒は教師から呼び出しを受けていた。

「……何です?」

「八城先生のお宅、柊さんは知っていますよね? 必要な書類と、これ、お見舞いですので」

 そう言って茶封筒に入った書類と果物カゴを渡されてしまえば、赤緒も断る口実も思い浮かばない。

「え……でも私……一回行ったきりで……」

「一回でも充分ですよ。……正直な話、何か必要なものがあれば柊さんを頼れと、八城先生からの電話で……」

 要は最初から指名されていたと言うのだから始末に負えない。赤緒は陰鬱なため息をついて校門で待ち構えていたマキと泉と金枝に謝る。

「ごめんっ! 三人とも、今日は一緒に帰れないかも……」

「あー、女王バチにでしょ? 赤緒ってばお気にだからねー」

「赤緒さん、頑張ってくださいね。カフェで待っていますので」

「えっ……? 赤緒さん、一緒に帰れないんですか……。そんなぁ……」

 しゅんと肩を落とした金枝へとマキが抱き着く。

「いいからっ! 金枝は私たちとデートなのだ!」

「あ、赤緒さぁ~ん……金枝は貞操の危機ですよぉ~……」

 三人をぎこちない笑顔で見送ってから、赤緒はジュリの住んでいる集合住宅へと向かっていた。ひっきりなしに工事の音が響き渡っており、まだ開発区画なのだと言うことがよく分かる。

「……ジュリ先生、大丈夫かな……」

 インターフォンを押すと、パタパタとスリッパの足音が響いてくる。

「はいはーい! ……って、何だ。赤緒じゃない」

「何だ、赤緒じゃない……じゃないですよ! もう放課後ですし」

「あー、そういや頼んでたっけ。いやはや、せっかく学校休めるってなったから」

 赤色の髪を掻くジュリに赤緒は思わず鼻をつまんでいた。

「うっ……! お酒くさい……!」

「たまにはね~。ずる休みってわけじゃないのよ? それは分かってよね」

「そ、それは……まぁ」

 ジュリは利き腕を怪我している様子で、ギプスを巻いている。正真正銘、怪我人であるのだがそれが少し意外でもあるのだ。

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