「ハウル急降下ドロップキッーク!」
ハウルによる超加速度を得た質量蹴りが影をよろめかせる。トラックに作用していた力が解除され、元の速度に戻るも、その時にはもう遅い。
「ぶつかる――!」
終わりを予見したドライバーは直後に妙な浮遊感を覚えていた。ブレーキを踏み込んだわけでもないのに、車体が急停止、否、浮かび上がっている。
「嘘だろ……。三トントラックだぞ……」
何が、と窺った先にドライバーは小さな人影を認める。白色の仮面で目元を覆った女の妖精が、唇の前で指を立てていた。
「ちょっとの間だけ、気を失ってもらうぞ」
放たれたハウル粒子が眠りを誘発する。浮かんだトラックを完全に停止させ、安全を確認してから、仮面の小人――ヒヒイロは声にしていた。
「レイカル。それにカリクムも。お膳立ては整った」
「上等じゃない!」
レイカルのドロップキックを受けた灰色の影――ダウンオリハルコンが宵闇を掻っ切った漆黒の鎧に腹腔から衝突する。
そのままダウンオリハルコンのうち、一体は拘束された。舞い上がったのは二つ結びの長髪を疾風になびかせるカリクムだ。
「決めるわよ! アーマーハウル! キャンサー!」
鎧が分散し、拘束していた力をそのままにカリクムへと全身武装される。その姿はまさしくこれ武器とでもいうような威容である。
足首から伸長した刃が屹立し、ハウルの輝きをその身に帯びた。カリクムが中空で姿勢を沈め、足を大きく引く。
「ハウルっ、ゴーランド!」
ハウルの烈風が巻き起こり、ダウンオリハルコンを塵芥に還した。決まった、とでも言うようにポーズを取るカリクムにレイカルが言いやる。
「お前だけずるいぞ!」
「あんたがにぶっちょいからでしょ? ホラ、まだ敵は残ってるんだから」
「あいつ……! あんなに高く……!」
もう一体のダウンオリハルコンが逃げおおせようと高空へと飛翔する。その背中を追うように銀色の辻風が舞い上がった。
「ナイトイーグル! という事は、創主様!」
その声を受け、走り込んできた作木は手を払う。
「レイカル! アーマーハウル……うっぷ……」
「創主様? 大丈夫ですか?」
作木は口元を押さえつつ、ゴーサインを出す。
「ナイトイーグル! アーマーハウルだ!」
レイカルの翼となったナイトイーグルの鎧が分散し、その身へと銀色の風を纏いつかせた。
ハウルの羽根を広げ、アーマーハウル、ナイトレイカルが直上の敵へと接近する。急加速を得たレイカルへとダウンオリハルコンが無数に光弾を放った。
「低級オリハルコンなのに、ハウル攻撃?」
思わぬ強襲にレイカルは気圧されかける。それを制したのはしなった鞭の一閃であった。
「何もたついてるのぉ? 私が貰っていいのかしらぁ?」
妖艶な空気を漂わせ、ラクレスがアーマーハウル形態で光弾を消し飛ばす。レイカルが頬を引きつらせた。
「余計なお世話だ! 決めるぞ! 百人、一閃ッ!」
その手に握り締めた槍を投擲し、ハウルの勢いを灯らせる。宿った銀色の瞬きが一条の道標となって敵との空間を射抜き、繋いだ。
「――ハウルスラッシャー、シュート!」
拳と共に一直線に放たれたハウルの質量波が槍と渾然一体となり、ダウンオリハルコンを穿っていた。
穢れたハウルが銀の眩さに掻き消されていく。
「あーあ、いいトコ持っていくなー」
カリクムが足を組んで中空で浮かぶ。ヒヒイロがアーマーハウル、蒼牙と共にそれをたしなめた。
「なに、お主とレイカルも同じく修行中の身。鍛錬は怠るでないぞ」
「混ぜ物と一緒にしないでよ。……って、小夜、コラー! どうして追いついて来ないのよ!」
ハウルを介しての通信に小夜は怒りの声を張り上げていた。
『アンタらの速度について行ったら法定速度超えちゃうのよ! 今、職質中!』
「何回目なのよ……」
肩を落としたカリクムにラクレスは言いやる。
「これだから嫌よねぇ……、いざという時に頼りにならない創主は」
「むかっ……。お前だってバカ創主とあのバカとの一緒くたの契約じゃんか! なーにえばってんだかっ!」
「ところで……そのバカとやらは如何にした?」
ヒヒイロの問いかけにラクレスはちょんちょんと指差す。息を切らしている作木へと、レイカルは真っ先に心配していた。
「そ、創主様? 大丈夫ですか……?」
「う、うん。ちょっと休まなきゃ……かな」
ヒヒイロは顎に手を添え、やはりと考え込む。
「無限ハウル……。その力があっても創主の体力不足までは補えんのう」
「そうねぇ。まぁ、ちょっと手のかかるくらいが可愛げがあっていいんじゃなぁい? 作木様はそれが魅力だと思うわ」
肩を竦めたラクレスにヒヒイロは言いやる。
「しかし、ハウルの光弾を放ってくる相手とはのう。ミスリルの脅威が去ったのに、ダウンオリハルコンはレベルが上がる一方とは」
「どこかに半端者の創主でも捕まえているんでしょうね。突き止めるのは……今は無理そうだけれど」
街は宵闇に沈んでいるとは言え、時期も時期だ。人が雑多に歩き回るこの季節に、犯人探しは難しくなるだろう。
「……そうか。クリスマスであったな。もうすぐ」
「くりすます? 何だ、それ」
作木を介抱していたレイカルが疑問符を浮かべる。その問いにラクレスが邪悪な笑みを浮かべた。
「あらぁ……クリスマスも知らないのぉ? おバカさぁん……」
「本当に何も知らないのねー。クリスマスも知らないなんて、レイカルらしい」
二人分の不躾な視線にレイカルが怒りを発した。
「知ったかぶりするなよ! 何なんだ、そのくりすます、ってのは! 強い敵か?」
「れ、レイカル……。僕から説明するよ。ちょうど小夜さんも追いつけそうっていう連絡も来たし」
しかし、クリスマスか、と作木は空を仰ぐ。
氷点下に染まった冬の空。静謐を湛えた闇と、この街で蠢くダウンオリハルコンの魔を考慮に置くと、素直に楽しめそうにないな、と少しだけ苦味が先行した。
「クリスマスとは語り始めれば長くなるのじゃが、西洋から派生した文化じゃのう。日本ではプレゼントを贈り合ったり、若者達が愛を囁き合ったりするようになっておる」
「……つまり?」
正座して聞いていたレイカルにヒヒイロは教鞭で指し示す。
「つまりは……祭りじゃのう」
「何だ、祭りか。お前ら、難しそうに言うなよ」
「いや、だってクリスマスも知らないなんて……思わないじゃない」
「レイカルはまだ常識知らずですわぁ、作木様。何なら、恋人のクリスマス、殿方の喜ぶものを私がご提供してもよろしくってよぉ……」
ラクレスの攻めに作木はたじたじになる。それを小夜が割って入った。
「ちょっと! ラクレスにばかりいい思いなんてさせないんだからね! 作木君は、私も狙っているんだから!」
「実力不足じゃなくってぇ……?」
言い合いを始めるラクレスと小夜にレイカルは疑問符を浮かべていた。
「その……さっき聞いたサンタ、とかいうのがプレゼントをくれるんだな?」
「まぁ、そうなっておるのう」
「創主様! 私、クリスマスプレゼント、欲しいものがありますっ!」
早速か、と作木はうろたえる。落ち着け、こういうのがいずれ来るのは分かっていたはずだ、と自分に言い聞かせた。
「……高くないものならサンタさんにお願いするよ」
貧乏学生生活も板についてしまっている。このままではまずい、と思いながらもオリオントーナメント以降はより強化されたダウンオリハルコンを追う日々……。体力も精神力もかなり削られていた。
財布が痛まなければまだマシだと思っていただけに、ここに来ての出費は辛い。だが、レイカルの眼は純粋そのもの。裏切れるわけがなかった。
レイカルは胸元を叩き、自信満々に言い放つ。
「強さ、をサンタさんよりもらってください!」
その返答に全員が呆気に取られる。最初にぷっと吹き出したのはカリクムだった。
「お、お前! 強さなんてもらえるわけないだろ!」
げらげら腹を抱えて笑い出すカリクムにレイカルは真剣そのものの面持ちで問い質す。
「何でだ? サンタさんが何でもくれるんだろう? だったら、強さを欲したって問題ないはずだ」
「バッカねー。いい? サンタって言うのは本当は――」
その口を小夜が思いっきり塞ぐ。呼吸困難に陥ったカリクムがテーブル上でタップした。
「何するんだよ!」
「あんたってば、容赦ないわね! いい? 夢見る子供の一番の夢よ? 壊して良心が咎めないの?」
びしり、と指差され、カリクムは困惑する。
「……いや、だって常識じゃんか。サンタっていないんだぞ」
その言葉にレイカルはきょとんとする。
「サンタがいないわけないだろう。クリスマスにサンタがプレゼントを贈って回ると、今教わったばかりだ。バカなのか? お前」
「……信じやすい奴ってのはこれだから。だーかーら! そのサンタって言うのは――!」
ナナ子と小夜がカリクムを羽交い絞めにし、レイカルに微笑みかける。
「来るといいわねー。サンタさん」
「おう! 割佐美雷も頑張れよ!」
「役名で呼ぶなって言ってるでしょ!」
すっかりいつも通りの騒がしさになった一同を見守る作木へと、ヒヒイロが歩み寄る。
「……作木殿。もし困れば私が手配いたしますゆえ、心配なさらぬよう」
「ああ、うん……。でも、強さ、かぁ……」
「抽象的ですが、レイカルらしい望みです」
「そうだね。とても……レイカルらしい……」
取っ組み合いの喧嘩にもつれ込んでいるカリクムとレイカルを見やり、作木は微笑もうとして、不意に抗い難い眠気が襲ってきたのを感知していた。
意識が閉じかける中、レイカルが声を張る。
「創主様!」
「何でも、ない……よ。疲れたのかな……、ちょっと眠たくって……」
言葉で意識を保とうとしたが、間もなく視界は闇に没した。
――創主様、創主様。
呼びかける声に、作木は瞼を開く。
「レイカル……? あれ、ここは……」
周囲は無辺の闇である。どこがどうなったのか、思い返そうとして疼痛が遮った。
「何が……」
「創主様が突然に意識を失って……。コアエンブレムを媒介にした意識への介入はラクレスに手伝ってもらったのですが、これは……」
自分でも分かっている。夢と言うのにはあまりにも殺風景だ。暗闇と背筋を凍らせる寒気が満ち満ちている。
「起きよう……と思って起きられる感じじゃないな。ひとまず、ラクレスに――」
繋ぎかけた言葉を遮ったのは不意に打ち下ろされたハウルの光であった。咄嗟に手を掲げた作木は、それを真正面から受けたレイカルの背を目にする。
「何者だ!」
蠢動する闇の中より、無数の赤い眼差しが注ぎ込まれる。
――ダウンオリハルコン。そう判じた時には、既に敵の数は両手では数え切れないほどであった。
「なんて数……。でも、どうして創主様の夢に、ダウンオリハルコンが……? しかもこれは、さっき相手取った奴です!」
「オレが説明してやるよ」
ダウンオリハルコンのうち一体が声にする。どうやらそれがリーダーらしい。マスク状のパーツよりこもった声が漏れ聞こえる。
「……創主」
「ちょっと違うなぁ。無限ハウルの持ち主、作木光明」
完全にこちらの事は調べ済みか。震撼する前にレイカルが言い返していた。
「お前の能力か!」
「コアエンブレムを介しての精神介入は実験段階だが可能でね。繋がりの強い創主とオリハルコンなら、枝さえつければ一発で意識の深層まで入れるんだよ。オリハルコン、レイカル。その強さが仇になったな」
ダウンオリハルコンがそれぞれ武器を構える。レイカルが武装しようとして、この空間にはナイトイーグルが存在しない事を作木は関知した。
「……アーマーハウル出来ない……」
「ご明察! さぁ、一方的な無敵ゲーだが、やられてくれよ!」
ダウンオリハルコンが四方八方より襲いかかる。レイカルは心得た戦闘術で防御するが、敵の手数が圧倒的であった。生じた隙を逃さない相手の攻撃スタイルに次第に追い込まれていく。
「おいおい、張り合いがないぜ? 殺せと言われたからまぁ、殺すんだが、それにしたってな。これがあの最強の名高いベイルハルコン、エルゴナを倒したオリハルコンと創主かねぇ」
安い挑発だ。乗る必要はないと分かっていても、作木は苦味を噛みしめる。自分がもっとしっかりしていれば、こんな醜態は晒さなかったのに、と。
レイカルはしかし、どうしてだか無言であった。戦いの中で多くを口にするタイプではないが、それでも異様なほど彼女は沈黙している。
「……お前、そのダウンオリハルコンに注がれているハウル。相当なものだと感じる。だからこそ、問いたい。何で、ダウンオリハルコンを、まるで使い捨ての駒のように使っている。繋がっているはずだろう、お前も」
その問いに相手はまるで意想外とでも言うように哄笑を上げた。
「分かり切った事聞いてんじゃねぇぞ! オリハルコンなんてなぁ、所詮は道具よ! 拳銃握るのにいちいち感傷に浸る馬鹿がいるか?」
その言葉にレイカルの纏うオリハルコンが位相を変えたのが伝わった。
彼女は静かに問い質す。
「……創主様。私はあいつを――許せません」
分かっている。志は同じだ。
繋がっているのに、心を共有しているはずなのに、それでもオリハルコンを――仲間を道具と呼んだ。
「ああ、レイカル。見せてやろう。オリハルコンと人間の、決して切れない絆を!」
刹那、自らの体内の奥底からハウルを放出するイメージを伴わせる。髪が逆立ち、可視化されたハウルがレイカルへと銀色の眩さとなって沁み渡る。
「……知ってるぜ。無限ハウル。だがよ! ここは悪夢の牢獄の中! ハウルは想像力の具現! オレの想像力で固められたアウェイで、勝てると思うな!」
一斉にダウンオリハルコンが襲いかかる。作木が命じた事は少なかった。
「……レイカル」
「分かっています。創主様」
直後、ダウンオリハルコンの総攻撃が叩き込まれる。亀裂が走り、ダメージに侵食されるレイカルへととどめとでも言うようにリーダーオリハルコンが拳を振るい上げた。
「夢の中でもコアエンブレムを壊されれば、死んじまうんだぜ! 逝っちまえよ!」
その殺意を滾らせた拳を――レイカルは直撃寸前で受け止めた。
風圧が銀髪をなびかせる。レイカルはその拳を握り締め、そのまま膝蹴りで打ち砕いた。
敵の叫びが木霊する暗礁空間でレイカルは全身より銀色の光を放出する。
直後、その姿は変位していた。
白銀の鎧を纏った、白光の戦士――その名は。
「……馬鹿な。アーマーハウルは出来ないはずだ……」
「お前が言ったんだろう。ここは想像力の具現世界、夢の世界だって。だったら! どこにいようとも! ナイトイーグルは来る!」
舌打ち混じりに逃げ去ろうとする相手をレイカルは肉迫して引っ掴んだ。そのまま頭突きをかまし、よろめいた相手を背負い投げする。
「こんな事が……! 行け、ダウンオリハルコン共!」
一斉に飛びかかったダウンオリハルコンを無視し、レイカルは天高く拳を掲げる。
その拳より波紋のようなハウルが拡散し、ダウンオリハルコンの武器を根こそぎ奪っていく。
それらが中空で渦を成し、レイカルを中心軸として暴風域を構築した。
「……まさか、ダウンオリハルコンの武器を……ハウルで奪い取るなんて……」
「お前は……言ったな。ダウンオリハルコンは、いや……オリハルコンを物だと。拳銃と大差ない代物だと。僕はそうは思わない。彼らにも心がある。そうと感じられる――魂があるんだ! だからレイカル! ここは夢の中かもしれない。目が醒めたら何も覚えていないかもしれない。それでも! 僕の願いは!」
「はい! それが創主の望みなら――オリハルコンは全力で応えるのみ!」
白銀のハウルをまるで爆風のように纏ったレイカルが敵へと突き進む。削岩機のような勢いの烈風一撃。敵がダウンオリハルコンを盾として使用するが、どれも打ち砕かれていく。
――その輝きはまさしく真なる心の具現。闇を砕き、禍々しい心を粉砕する。
「百人ッ! 一閃!」
総数百を超える武装がハウルを受けて幾何学の軌道を描いた。それぞれが意思を持ったかのように敵へと殺到する。レイカルがその拳を敵に突きつけた瞬間、白銀の流星群が発揮される。
「ハウルスラッシャー、シュート!」
貫いた敵のハウルが濁り、空間に亀裂を生じさせる。
「おのれ、オリハルコン……レイカル……。やはり貴様らは脅威だ……、組織は……」
死に体の敵にまでとどめを刺す気はない。覚醒が訪れるかに思われたその時、作木は自身を拘束する光の束を目にしていた。
半身が粉砕されている敵オリハルコンがハウルを練り上げる。
「せめて、創主を道連れにする!」
光の束が収束し、身体を引き裂かんと迫った。
「創主様!」
レイカルでも間に合わない。終わったか、と目を瞑ったその時、ハウルの拘束は何者かの放った別種の力場によって阻まれていた。
「何奴!」
仰ぎ見た敵オリハルコンは、この暗礁空間の果てに位置する、眩く光る白い扉に目を見開く。
「……まさか、このハウルは……!」
すっと、手が翳される。それだけで敵オリハルコンが内側より粉砕――否、別種のハウルによって浄化された。
「ハウルの書き換え……! こんな事が出来るのは……貴様は、始まりの――」
霧散した敵を他所にレイカルはじっとそのオリハルコンを凝視する。まるで忘れてしまった何かを思い出そうとするかのように。
「……お前は」
(オリハルコン、レイカルとその創主。お前達はまだ、戸口に立ったに過ぎない。運命を変えられる可能性の扉の前に立つ資格を与えられた。ゆえに、神器オリハルコンよ。その力を示せ)
頭に直接響き渡ってくる声はどこか柔和で、なおかつ懐かしい。まるで魂の根源に触れられているかのようであった、
白い扉の向こうへと赴くオリハルコンを呼びとめようとして、レイカルは決意を口にしていた。
「……お前のところまで行ければ、強くなれるのか?」
無言を是にした相手にレイカルは言い放つ。
「必ず! 行ってやる。その先まで! 最高速度で追いついてやる! 創主様と私なら、出来る!」
宣戦布告とも取れるその言葉に相手は僅かに微笑んだのが窺えた。
(……期待せずに待っておこう。時間は、いくらでもあるのだから)
扉の白が網膜に焼き付いた直後、悪夢の闇は砕け散った。
「作木君! 作木君! 大丈夫? どこも痛まない?」
大写しになった小夜の心配の面持ちに作木は微笑んだ。
「大丈夫……。やっぱり、疲れていたみたいだから」
ヒヒイロが視界の隅で静かに首肯する。どうにもお見通しの様子であった。
「よかった~……。クリスマスだって言うのに、レイカルも作木君も眠っているんじゃ、世話ないもの」
「クリスマス……? だってまだクリスマスイヴの前日じゃなかったっけ?」
突きつけられたスマホの日時は間違いなく、クリスマス当日を示していた。
「……三日も寝てた?」
小夜は心底呆れ返ったようであった。ふむ、とヒヒイロが浮かび上がり、それぞれを調停する。
「まぁ、三日も眠っていた作木殿の事情はさておき、パーティに必要なものは取り揃えましたぞ」
「そうよ! 私とみんなで揃えたんだから!」
七面鳥に、普段ならばなかなかお目にかかれない高級食材もある。
「埋め合わせはしてもらうわよ。作木君」
いつの間に合流したのか、ヒミコと削里もそれぞれ酒を飲んでいる。
思わぬ形での全員集合に、作木はうろたえた。
「……あの、僕の出来る事なんて僅かで……それでもみんなが集まってくれたのが、その……」
「なぁーに、水くさい事言っちゃってんの! クリスマスは楽しんだもん勝ち!」
ヒミコが一気に酒を呷った。それを削里が諌める。
「飲み過ぎると教え子の前で醜態を晒すぞ」
ふと、レイカルは、と目を向けると彼女は手を何度か開いたり閉じたりしていた。
あの時、悪夢を操る敵オリハルコンを滅却してみせた謎の白い影。並大抵の強さではないだろう。
不思議と初めて見た気がしないあのオリハルコンは道を示してくれた。
強くなれる、まだまだ先がある、という未来を。
「……創主様。私、あいつみたいになりたい。それでいつか追い越したい……! 絶対に、最速で……」
レイカルも感じたのだろう。あの圧倒的な力は闇雲に戦うだけでは身につかない。心も鍛える必要がある。
「うん……そうだね。一緒に行こう、レイカル。強さを手に入れるために」
目線を交わし合い、レイカルが笑顔を咲かせる。
「それが創主の望みなら! オリハルコンは全力で応えるのみ!」
そうだとも、いつか一緒に行ける。一緒にあの場所に立てる。そのはずだ。
「みんな、ジョッキは持った? じゃ、カンパーイ!」
コツンとジョッキが擦れ、それぞれの思いが交錯する。
強さが欲しいと願ったレイカルには道標が与えられた。
ならば自分も、聖夜に願おう。
――この絆が、一秒でも永遠である事を。