JINKI 81 帰る場所があるなら

 その段になってようやく気づいたらしい彼女は、声を張り上げさせる。

「な、何するのさ! 赤緒! 今、ちょうどいいところで――!」

「駄目ですっ! ゲームばっかりじゃ、アンヘルとしての業務があるでしょう」

「だから、その業務の一部なんだってば! 返してよ!」

「ゲームで遊ぶのが業務の一部のわけがないじゃないですか。返しません」

 つんと澄ました赤緒がコントローラーを掲げているとエルニィは慌てて弁明する。

「いや、だからさ……これってゲームじゃないんだって! 早く返してくれないととんでもないことに……」

「とんでもないことって、どうせゲームオーバーでしょう? ……だったら返しません。そうじゃなくっても立花さん、普段の雑務はほとんどしないじゃないですか。さつきちゃん任せで」

 赤緒は今回ばかりは少しくらいきつく当たっても罰は当たらないだろうと強めの論調に入るが、エルニィは必死の形相でコントローラーを奪い返そうとする。

「違うんだってば! 今回はマジなんだって! いつもは……確かにゲームばっかりしているように見えるかもしれないけれど、これはそうじゃないって言うか……!」

「どう見たってゲームのコントローラーですけれど……」

「だーかーら! これは既存の物を応用しただけで、そもそもやっていることが段違いなんだって! 早く取り返さないと機体が……」

「機体? ……ははーん、さては今回はロボットゲームですね? その手には乗りませんよ」

「赤緒! いいから返して! まずいんだって! 外交問題に発展する!」

 ぴょんぴょん跳ねてこちらからコントローラーを取り返そうとするところを見るに、相当にご執心のゲームであったらしい。赤緒はしかし心を鬼にしてエルニィの手を掻い潜った。

「……たまには私たちの苦労も分かってくださいっ! ゲームをするばっかりじゃ、アンヘルとして本当に問題視されちゃいますよ」

 こちらの言葉振りにエルニィはわなわなと手を震わせる。

「いや、だから違くってさ……。これって傍から見りゃ遊びに映るかもしれないけれど、遊びじゃなくって……」

 その時、テレビの画面が乱れる。画面いっぱいに「シグナル消失」の文字が浮き出てエルニィは絶叫していた。

「あー! こっちの操縦範囲を超えちゃったじゃん! どうすんのさ!」

 責め立てられるが所詮はゲームのはず。今回ばかりはその手には乗らないつもりであった。

「……ゲームでしょう?」

「ゲームに見えるけれどゲームじゃないの! ……もう、ここまで来れば白状するけれど、この筐体、中身だけ取り換えたんだよ。……最新型の遠隔操縦機に」

 エルニィは項垂れて力なくゲーム機にしか見えない筐体のつまみを回すが、画面は乱れ、砂嵐のままだ。はぁ、と一つため息をついて彼女は思案する。

「……どうすんのさ。赤緒のせいで、また厄介ごとが増えちゃった」

「厄介ごとって……。ゲームの話ですよね?」

 問いかけるとエルニィは渋い顔をする。

「……そうだったならどれほど楽か。あー、無線も途切れちゃったよ」

 エルニィは片耳にはめていたイヤホンを取る。どこか不服そうなその面持ちに赤緒は憮然と問い返す。

「な、何ですか……。ゲームだったんでしょう?」

「……説明するとややこしいんだけれど、説明、要る? って言うか、説明しないとボクのせいになっちゃう……。こりゃまずいな……国際問題だよ」

 深刻そうに頭を抱えるエルニィに、ここまで来ればさすがに演技にしてはやり過ぎだと赤緒は不安に駆られる。

「……あのー、立花さん。別に一回ゲームオーバーになったくらいで……」

「その一回で何もかも台無しになっちゃうんだけれど……。まぁ、いいや。これは南を通さずに勝手に引き受けたボクのせいでもあるし。赤緒、みんなを呼んで来て。ちょーっとまずいことになっちゃった」

 額を押さえるエルニィにただごとではないのだとようやく認識した赤緒は、アンヘルメンバーを招集していた。

 エルニィは、と言えば髪をかき上げて嘆息をつく。

「……どうにか、しなくっちゃ……」

「――無人偵察人機のテストベッドをしていた? まぁーたあんたは勝手にそんな危ない橋を渡って!」

 案の定、南から飛んだ叱責にエルニィは肩を縮こまらせる。

「……報酬が魅力的だったんだよ。こっちの与えるデータは最小限でいいから、無人偵察人機と、それに伴うデータ収集は全部こっちに一任するって言ってくれていたから。そりゃ受けるじゃん。だって、飛行人機は今のところシュナイガーだけだったし、そのシュナイガーだって今は完全に修復できたわけじゃない。……データに乏しいところに渡りに船だったわけ。このままじゃシュナイガー一個も直せないアンヘルにしてみればね」

 現状、アンヘル側の人機を修繕するのには予算も足りなければデータも足りない。《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》のツーマンセル連携もそうならば、《モリビト2号》の実戦データも南米以降と東京では途絶えている。

 東京で防衛戦を繰り広げるのに今のままではいずれ詰みになるのは目に見えていた。だからこそ、某国の提案は魅力的であったし、何よりも自分にデータのほとんどが反映されるのならば、旨味は大きいと判断したのだ。

「……で、その無人偵察人機って何なの? どうせこっちのデータを流用して造らせたんでしょ」

 腕を組んで憮然と問い質す南にエルニィは参ってしまう。

「……鋭いんだからなぁ、もう。シュナイガーの飛行実戦データと、火力照準補正をちょっと与えてやっただけだよ。他の人機からは何も与えていないから安心して」

 しかし、それででは無罪放免と行かないのは理解している。他の面々も納得していないようであった。

「あの……私の《ナナツーライト》のデータとか……使っていませんよね……?」

 窺うさつきにエルニィははっきりと言いやる。

「……言った通り、他の人機のデータは渡してないよ。本当に、今回のは飛行人機のテストだから」

「でもむざむざ他国にアンヘルの人機データなんて流して……悪用されたらなんて考えなかったの?」

「そりゃ考えるって! どれだけ技術顧問やっていると思ってるのさ! ……一応、暗号化してそれそのものは造れないようにしておいたんだ。で、一個条件を付けた」

「条件? ……またロクでもないんでしょうけれど」

「……ボクがリアルタイムでその空域状況やら何やらを捕捉するって言う条件。これならどこの空を飛んで、何を解析しているのかは大体分かる。……でも、それを邪魔したのが……」

 しゅん、と赤緒が肩を落とす。

「……すいません。まさかそんな大事なことをしているなんて思わなくって……」

「いいのよ、赤緒さん。だって元々ゲーム機だったのを改良して、それで遠隔操縦システムにしていたんでしょ? そりゃ誰だってゲームに夢中で無視されたら怒るわよ」

「……まぁ、それに関しちゃボクも迂闊だった。もっと大げさにしておくべきだったとは思うね」

 だが過ぎてしまったことは仕方ない。問題なのは、今、何が起こっているのかである。

「……その無人偵察人機、どういうものなのかっていう説明はできるでしょ」

「うっ……あんまし言いたくないなぁ……。絶対怒るもん」

「本当のことを言ったら、今はまだ拳骨一発くらいで済ましてあげる」

 ニコニコしながら恐ろしいことを言ってのける南に根負けして、エルニィはホワイトボード上に件の無人機の設計図を書き記していた。

「機体そのものはシュナイガーから手足を取っ払ったみたいなもん。まぁ、人機としての性能を失ったから、無人偵察人機って言うややこしいカテゴライズになったわけなんだけれど……。ハッキリ言っちゃうと格闘性能やら武器の拡張性やらを完全に無視して、コスト面での量産性や、安価製造に重点を置いた……既存の戦闘機に成り替わるべく開発されたものだね」

「じゃあ戦闘機だっていうこと?」

「まぁそれはその……。戦闘機をモデルにした人機って南米で仕上がっていてさ。《マサムネ》って言うんだけれど……それの問題点って可変機能を有しているクセに、装甲が紙切れ同然って言う欠点だったんだよね。それに武装もほとんど載せられないし、こりゃ意味ないなって言う判断でさ。で、まぁ、シュナイガーのデータがこっちにはあるから、じゃあその問題点を払拭した人機を造ろうって思って、装甲を軒並み強化して、で、可変機能をオミットして、血塊炉の活性化性能を向上させて造ったのが、この無人偵察人機――通称、《韋駄天三式》なんだよね。人機としちゃ、弱小も弱小に設計はしたんだけれど、ある一点のみ、既存人機を上回る設計をしちゃって……」

 濁すこちらに南が言及する。

「……それは何?」

 どうやら逃げ口上は通用しなさそうだ。エルニィはホワイトボード上の《韋駄天三式》の機体の上にバツ印を上塗りする。

「この人機……ステルスペイントって言って、血塊炉の動力に反応する特殊な擬装を施されているんだ。まぁ平たい話、レーダーには映らないし、目視戦闘でない限りは超接近戦になってもまるで見えない。不可視の人機ってこと」

 思わぬ言葉であったのだろう。赤緒たちは目を見開く。

「それって、つまり……」

「うん。とんでもなく敵に回れば厄介な人機だってことなんだよね。相手は飛行性能を持っているし、爆弾を積まれて直上から爆撃なんてされればこっちに打つ手はなし。かと言って回避しようにも、そもそもほとんど見えない敵だ。飛行軌道を熟知していても、それでも遠隔操縦すれば読めない軌道を描くことができる。……まぁ、だから偵察機なんだろうけれどさ。これに各国がもし開発に乗り出して、で、爆弾抱えて特攻なんてされれば、された側には打つ手なし。戦争の火種になりかねない……人機だよ」

 全員が息を詰めて絶句する。エルニィは南から拳骨の一つでも飛んでくるかと思っていたが、彼女の下したのは冷静な判断だった。

「……エルニィ。そいつが今どこを飛んでいるのかの、予測は?」

「本当ならテスト期間中はボクがずっと手綱を握っているつもりだったんだけれど……この通り。シグナルは完全に消失。あっちの国に手綱を握られた《韋駄天三式》が今、どこの空をどう飛んでいるのか……それは分からない」

 絶望的な宣告に聞こえたに違いない。押し黙るアンヘルメンバーにエルニィは言ってのける。

「……でもまぁ、それでもある程度の察しはつく。何せ、ボクが開発に貢献した機体だ。飛行ルートはボクにだけ開示されている」

「じゃあ、あんたなら、こいつを撃墜できるって言うの?」

「そうだね。ただ……これに関しても条件が欲しい」

 前置きした自分に南が怪訝そうにする。

「……何よ、条件って」

「――出撃するのはボクのブロッケンだけだ。そうじゃないと勘付かれてしまう」

「――でまぁ、すったもんだの問答の末にようやく、ってわけだよ」

 海上を移動する巡洋艦の甲板上で、エルニィは事の顛末を語っていた。

 それを聞き届けた両兵は下操主席で嘆息をつく。

「……何てこたぁねぇ。てめぇの自業自得じゃねぇか」

「そっ。まぁ、ボクの責任かな。だから……尻拭いはボクがやる……って息巻いたのに、南の条件が両兵をつけろなんだもん。仕方ないよね」

 エルニィの楽観視に両兵は下操主席で武装の確認を行っていた。

「《ブロッケントウジャ》はD型装備……。対空迎撃装備ってのは穏やかじゃねぇな」

《ブロッケントウジャ》は平時よりも重々しい武装に身を固めていた。

 背部にミサイルバックパックを装着し、シークレットアームは自動装填で長距離レールガンを照射できるように調整されている。

 両肩に接続されたレールガンに、さらにダメ押しのように対人機ライフルを備えた現状は両兵にまでも危機感を煽らせるのには充分であったらしい。

「……こんな物々しい装備で、大したことない人機ってのは嘘だろ」

「やっぱバレるかぁー。……ステルスペイントはまだ実験段階の装備なんだ。血塊炉のエネルギーを相当に食う代わりに、目視戦闘でもまるで掴めないくらいには見えなくなるはず。だからありったけの弾薬がないと、もし逃した時に言い訳も立たないからね」

「……人機のエネルギーを食うから、手足がねぇって寸法か。だが……ただ飛び続けるだけなら放っておいても害はねぇはずだ。……知ってんだろ、立花。どこかでその国が回収するってことを」

 両兵の目を誤魔化すのはやはり無理か。エルニィは諦めた様子でトレースシステムに袖を通す。

「……まぁ、そうだろうね。今回の目的ってそもそも、データの回収にあるわけだし。某国は空戦のデータを手に入れて、それでシュナイガーを超える人機の発展に役立てると思う。でもボクみたいな、そもそもの張本人は相手からしてみれば邪魔だったんだろうね。どこかでシグナルをロストさせるのは織り込み済みだったと思うよ。……赤緒が邪魔しなくてもね」

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