JINKI 81 帰る場所があるなら

「……それ、帰ったら柊に言えよ。あいつ、それなりに責任感じてたからな」

「帰れればね。……正直なところ、撃墜できるかどうかも運試しな部分もあるんだ。ステルスペイントのエネルギーがちょうど切れていれば、目視で迎撃できるけれどでも……もしずっと継続していて、なおかつこの空域を通らなければ……その時はボクらの負け」

「分の悪ぃ賭けだな。見えない敵を撃てってのはよ」

「見えないけれど存在しないわけじゃない。問題なのはボクが少しでも注意を切らせばお終いってこと。……予め教えられていたルート通りなら、あと五分で直上を通過する。その時に……叩く」

「立花。それ、当てになんのか? ……お前の手綱を鬱陶しがっていた連中が、馬鹿正直にルートを教えているとでも?」

「……まぁ、その時はその時。……今よりももっと最悪になるだけの話だけれどね」

 エルニィは機体に詰まれた火薬の照準をオートからマニュアルに補正する。オート照準では確実に見逃すだろう。

 ――自分の手で、自分の五感を信じるしかない。

 それは一時でも気を緩めれば敗北のサインでもあった。

「……立花」

「何、両兵。言っておくけれど精密照準に入ったら話しかけないでよね。言った通り、少しでもずれればお終いで――」

「そうじゃねぇよ。……お前、それなりに今回の一件、後ろめたいものを感じているんだとすれば、そいつは違うって言いてぇんだ」

「慰めてでもくれるの? らしくないなぁ」

「……オレの知っているお前なら、どこぞの信頼もできない国に、仲間のデータを売り渡すかよ。……どっかで自分にしか分からない歯止めをかけているはずだ。それって考え方次第じゃ、オレたちのためになるから、やったんだろ?」

「……考え過ぎだよ。ボクはそこまで出来ちゃいない」

「謙遜すんな、自称天才。アンヘルのメカニック背負うってんなら、ここぞって時以外は別に、誰かを頼ってもいい。恐れは全部、オレが背負ってやる。お前はビビるな。怖がらずに引き金を引け」

「……嫌だなぁ、両兵。ボクがビビってるとでも?」

「……精密照準に入るんだろ。これ以上は言わねぇよ」

「……参ったな、まったく」

 その通りだ。今も手が震えてしょうがない。それでも、両兵は振り向かずに信頼してくれている。

 自分一人なら折れてしまいそうなほどの強迫観念の中で、両兵の背中だけが寄る辺であった。彼の無骨な、多くを語らない背中が、今は頼もしい。

 ――大丈夫、エルニィ。恐れは全部、両兵が吸い込んでくれる。なら、ボクがやるのは……。

 キッと上空を睨む。

 精密狙撃のバイザーがかかり、雲間を数十倍に拡大した視野の中でエルニィはトリガーに指をかけていた。

 ――交錯は一瞬。しかし、その一度を逃せば全てが水泡に帰す。

 唾を飲み下し、エルニィは特殊な熱源関知のセンサーを起動させる。

 そう長くは持たない。所詮は付け焼刃のサーモグラフィーだ。

 しかし、ステルスペイントを施された機体を見抜くのにはこれしかない。

 カウントが刻まれる。

 残り二十秒しか維持されない視野の片隅に、黒々とした機影が映ったのを、自分は見逃さなかった。

 奥歯を噛み締め、すかさず引き金を絞る。

 レールガンが掃射され、ミサイルの弾頭が標的に向けて一斉に放射されていた。

 ミサイルは着弾の前に強化ECMを作動させステルスペイントによる擬装を剥がす。光輪が咲く雲間を抜け、一機の四肢のない人機が噴煙を羽根に棚引かせていた。

 ミサイルの網を抜けたのは見間違いようもなく、標的――《韋駄天三式》。

 エルニィは対人機ライフルを引き上げ、弾丸を叩き込む。

 腹腔にかかる発射の衝撃。胃の腑を押し上げるプレッシャーと銃撃の連鎖。

《韋駄天三式》の尾翼を弾丸は捉えるが、それでも致命打にはならない。シークレットアームがレールガンの次弾装填を急ぐが、間に合いそうになかった。

「……敵が抜ける……」

 尾翼よりショートの火花が散るが相手は健在。

 ステルスペイントの擬装を剥がされていてもこのまま回収されるのならば自分たちの敗北であった。

 射線から消えて行こうとする相手に、エルニィは絶望に項垂れかけた――その時である。

「……立花ァッ! ブロッケン、ジャンプくらいは出来んだろうが」

「えっ……そりゃ、うん……。でも今のブロッケンじゃ……」

 両兵の檄にも応じられない。現行の装備を施された《ブロッケントウジャ》では重過ぎて跳躍も儘ならない。

 しかし、直後にはコックピットに響き渡ったアラートと共に両兵は全武装を分離させていた。

 甲板上に転がる高熱を帯びたアーマーを脱ぎ捨て、身軽になった《ブロッケントウジャ》が身を沈める。

 次の瞬間、推進剤を全開にしたブロッケンの躯体がそのまま上空へと飛び立っていた。

 試算上、《ブロッケントウジャ》の跳躍力では《韋駄天三式》の空路を遮られないはず。

 しかし、相手のダメージはこの時、エルニィの計算外の方向へと転がっていた。

 眼前へと、標的の人機が大写しになる。

 棺桶のような機体に羽根の生えた相手のシルエットに固唾を呑む前に、両兵の行動にエルニィは――全力で応じる。

「……できるかどうかじゃない……。やらないと、駄目なんだ……! だから!」

 成功するかどうか。それはほとんど賭けに等しい。

 だが無謀な賭けならばこの時には有益なほうを。

 そうと判じた神経が《ブロッケントウジャ》の機体を仰け反らせ、格闘武装たる槍を構えさせていた。

「――空中ファントム!」

 分かっている。見よう見真似でできる代物ではない。

 しかし自分が応えられるのはこれしかない。

 空間を駆け抜けた《ブロッケントウジャ》が《韋駄天三式》と交錯する。そのほんの一瞬、コンマ一秒にも満たない刹那に、エルニィは雄叫びを上げる。

《ブロッケントウジャ》の腕が加速度を帯びて突き抜け、標的の血塊炉を槍が射抜いていた。

「……やった……」

 しかし、その感慨が身を浸したその一瞬の後までは考えていない。

 落下を辿った《ブロッケントウジャ》の躯体はそのまま、大きく水柱を立てて海面に没していた。

 赤緒は黄昏時の柊神社でくしゅん、とくしゃみをする。

「……赤緒さん。そろそろ中に入られてはどうですか? お夕食の時間も近いですし……」

「五郎さん……。ありがとうございます。でも私……どうしても立花さんに……謝らないと……」

 強情に居座る自分に五郎はそっと声をかけていた。

「……お話は聞きました。ですが赤緒さんに非はないのでは? ……それに立花さんもそれは認めていらっしゃったじゃないですか」

「それでも……仲間を一時でもその……疑っちゃったのは事実ですし……」

 だからエルニィの帰りだけは待たなくてはいけない。そうでなければアンヘルメンバーとして、何よりも仲間として顔向けできない。

「あっ……小河原さんに……立花さん?」

 五郎が認めると赤緒は駆け出していた。

 エルニィはどうしてだかタオルにくるまっており、肩を震わせている。

「……立花さん? ……小河原さん、何があったんですか?」

「ん、まぁそれはこいつに聞けよ。オレも今日はずらかるわ。あとはてめぇらの問題だからな」

 いやにあっさりと引き下がった両兵に面食らいつつも、赤緒はエルニィへと頭を下げていた。

「ごめんなさい! ……元はと言えば私のせいで……」

「……何で赤緒が謝るのさ……。ボクもゲームにしか見えない奴で操っていたのが悪いんだし、別に赤緒に謝られたって事態は好転しないよ」

「それでも……っ。立花さんのこと、一瞬でも遊んでいるって疑っちゃった、自分を許せないんです……」

「……自分を許せない、か。……赤緒らしいや。でも今回はボクも、ね。……ゴメンね、赤緒」

 ぺこりと頭を下げたエルニィに赤緒は仰天する。

「た、立花さん?」

「いや、今回ばっかりはボクも、さ……。みんなを信じるのなら、この案件を受けるべきじゃなかったんだ。でも……どこかに疑心があったんだと思う。このままじゃ、どっちみちってね。だからボクも……謝らせてよ。じゃないと自分を許せないんだ」

「そんな……っ……。でも、これで何と言うか……おあいこですね」

 頬を掻いた赤緒にエルニィはぷっと吹き出す。

「ちょっ……何で笑うんですかぁ……」

「いや、ゴメンゴメン。でも、赤緒の間抜けっ面見ていると……ああ、こうしているのも捨てたもんじゃないなぁって思えるんだ」

「……もうっ。からかわないでくださいよぉ……。……お夕飯、立花さんの分もきっちりあるんですから」

 赤緒は自然とエルニィの手を引いていた。彼女はそっと微笑む。

「……何か、変だね。悪いことしたのはボクだよ?」

「……でもだからって、一緒にご飯も食べられませんか?」

「いや、そんなことは……ないな。うん、そんなことはないんだ。……こんなことに、今さら気づくなんて、ボクらしくない、ね……」

 赤緒はその手に握り締めた絆一つ、しっかりと温かみを感じていた。

 ――そう、こうやって。愚鈍にも誰かを頼るのも、捨てたものじゃない。

「あー、帰ってきた! ……うん、帰ってこられる場所があるって……いいね、何か」

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