『……世君。……勝世君! 聞こえていますか?』
「ハッ……! あ、青葉ちゃん……?」
『何を寝ぼけているんですか? 作戦行動中ですよ』
その言葉に勝世は嫌でも現実に叩き起こされてしまう。ハンガーに固定された人機、《トウジャCX》のステータスを確かめ、うぅむと頭を振る。
「……しかし、こうも悠々と空の旅ってなると、眠たくもなるんすわ、友次さん。ふぁーあ……、何でオレなんですか」
『何でって、君、諜報員になるんでしょ。私の部下なんだから、少しは手伝ってもらわないと』
「……って言いましてもですねぇ。オレ、女の子にこき使われるのならまだしも、野郎ってのはちょっと……」
トーキョーアンヘル専属の諜報員になったつもりが、実のところはこうして友次と共に、キョムの残火を探し出しては調査、そして場合によっては討滅でさえも行う業務である。
操主は引退したつもりであったが、トウジャを一人で動かせるような実績を持つ人間はやはり少ないのでこういう時に徴用されてしまう。
「やだねぇ、オレはアンヘルの女の子たちとキャッキャウフフな生活がしたいだけってのに、そういうおいしい役割は全部両兵の奴が持って行くんだもんな、もう……」
『日本の守りのためですよ。トーキョーアンヘルは米国との取り引きであの首都防衛から簡単には抜け出せないんです。抜け出せても場所を知らされない隠密任務のみ。なら、かかる火の粉は払わなければ、彼女らのためにもなりませんし』
「友次さん……あんたはいいかもしれませんけれど、オレ、思っているほどの働きは出来ないかもですよ?」
『だったら現場操主に出戻っていただくしかないですねぇ』
嫌になる。いずれにしたって選択肢なんてないのだから。
『《トウジャCX》、《ナナツーウェイ》、共に間もなく降下位置に入る。操主の準備はいいか?』
「いつでもー……って言うか、またひでぇ有り様だな、こりゃ。地図が塗り変わっちまってる」
望める地平は黒く染まっており、ロストライフ化が既に実行された大地であるのが窺えた。
『……こういうのを、トーキョーアンヘルの方々には見せられませんね……』
「だから汚れ仕事だって言うんでしょ。……しゃーねぇっすわ。上へ! トウジャはいつでも降下シークエンスに移れる! ……にしたって、何にもないように見えますがね」
『何にもないからこそ、可能なことってのは世の中案外多いんですよ』
『トウジャ、ナナツー、ハンガーより降下!』
その号令がかかるなり、《トウジャCX》のコックピットに荷重がかかる。落ち着いて勝世はフライトユニットを展開させ、滑空機動に入っていた。
「……安っぽい空戦機構。撃墜されたらどうするんすか」
『そうならないようにしているつもりですけれどねぇ』
「……んだよ、出たとこ勝負ってか。オレもツイてねぇなぁ……」
言いつつ、トウジャの足は大地を踏み締めていた。思ったよりも着地の衝撃は柔らかい。地面そのものが、軟着陸に適した硬度になっている。
「……なるほどね。この大地じゃ、人は住めんわな」
黒く濁った地面。どこか腐葉土を思わせる栄養の吸われた柔らかいばかりの砂礫は、この地に生きる者のイメージを希薄化させる。
『……ロストライフ化はもう終了した土地ですね。人間が生きるのには適していません』
「酸素は? もしもん時、酸素濃度がヤバいって言うんじゃ……」
『生存圏内ではありますね。本当に、生物だけが居ない場所とでも言うべきでしょうか』
「……それって相当に不気味なんですが……。で、何が来るって? 《バーゴイル》ですか、それとも南米でよく見かける《ポーンズ》とかで?」
勝世は機体の姿勢制御パラメータを弄りながら問いかける。
トウジャの持ち味は踏み締める度に加速する脚部だ。しかしこの大地では通常の加速性能が出せるとも思えず、少しだけ調整を施す。
とは言っても、地面を踏み締めている以上は、トウジャの性能は単純に陸戦の状態に限定されている。空戦のフライトユニットを畳み、勝世の操る《トウジャCX》は出来合いのプレッシャーライフルを掴んでいた。
「マガジンは……よし。速射式プレッシャーライフルの性能は今んところ問題なさそうっすね。《バーゴイル》からくすねたもんだから、純粋に使えるかどうかは疑問ですけれど」
『《ナナツーウェイ》もその点では問題ありません。さぁ、調査と行きましょうか』
「調査って……。何もない地平をただ歩くだけっすか?」
『……何にもないはずがないんですけれどね。ひとまず調査を行いましょう。何かがあれば適時行動で』
「やめてくださいよ、それ、フラグって奴っすよ?」
嘆息をついて勝世は《トウジャCX》を前進させる。
なだらかな地面をどこか滑るようにして疾駆する《トウジャCX》に《ナナツーウェイ》が砂埃を生じさせながら後続する。
「……存外に、何もないな。鳥とかそういうのも居ないのは不気味通り越して、もうこういうもんだって考えるしか……。ん? 熱源?」
周囲を見渡していた勝世は不意に関知した熱源に《トウジャCX》の足を止めさせる。
大型の滑空砲を構えた《ナナツーウェイ》が僅かに遅れて停止していた。
『どうしました? 勝世君』
「いや……何の熱源だったんだろ……。今踏み締めているこの足の、ちょうど真下に……何かの熱源が――」
そこまで口にして、黒い土くれを巻き上げ、回転する爪が繰り出されていた。
咄嗟の習い性で人機を後退させるも、一撃は免れなかったらしい。《トウジャCX》の胸部装甲へと爪の一閃が加えられる。
「なろ……っ! 何だこいつ……! 土の下に埋まっていたってのか!」
瞬時に照準を合わせてプレッシャーライフルを一射する。しかし、黒い地面からせり上がってきたその影は腕を払ってプレッシャー兵装を弾いていた。
その挙動に瞠目した勝世へと、友次から声がかかる。
『勝世君! この人機は……!』
「……ああ、何だこいつ……。シュナイガー……か?」
全体の鋭角的なシルエットは《シュナイガートウジャ》に酷似しているが、大地に溶け込むように塗装された漆黒の躯体と、そして左腕に装備した鋭角的な三本爪の武装はシュナイガーとはまるで異なる。
頭部形状は猛禽に似て、鋭い眼窩がこちらを睥睨していた。
「……新型機……何でこんなところに……」
『……大方、張られていた、とでも言うべきでしょうか……』
「落ち着いている暇ぁ、ねぇっすよ、友次さん。トウジャタイプを量産するってのは……」
その言葉尻を敵機が即座に照準し、左手の爪の奥に備えられた銃口で狙い澄ましていた。
的確に頭部コックピットを狙った一撃を勝世は辛うじて回避するも、まるで滑走するかのように潜り込んで次手を打とうとしてきた相手への反応が遅れる。
おっとり刀のプレッシャーライフルの銃撃を掻い潜り、敵のトウジャタイプは《トウジャCX》の胸部を殴り据えていた。
「く……っ、血塊炉狙いかよ……ッ! こいつ、ただの操主じゃねぇ! 電脳の操主なしの頭でもなさそうだ! 友次さん、援護を!」
その言葉を待たずして友次の《ナナツーウェイ》が大型滑空砲を放つが、砲弾がその人機を打ち据える前に、人機とは思えない軽業師めいた動きで敵トウジャタイプはバックステップを踏み、僅かながらリバウンド斥力磁場で浮き上がっているのか、その背面装甲が青く染まっていた。
「……最低限のブルブラッドの供給量で、最大のパフォーマンスを、ってか……。こいつ、キョムの新型機じゃ、なさそうだ。友次さん。《ポーンズ》とかとは設計思想が違う!」
軍人の経歴が活きた形となった。見てくれはどう見てもトウジャのそれだが、キョムの生産するトウジャタイプと言うのには少しばかり小奇麗が過ぎる。
人機同士で戦争をするために建造された人機であるのが看破された。
『……へぇ、やるのね、そちらも』
「……女の声……?」
うろたえる勝世に漆黒のトウジャタイプは水鳥のように降り立ち、華麗に腕を払う。
『この人機は、《ガロウズトウジャ》……。見立て通り、キョムの技術ではないわ。この世界を包み込む、大いなる力のための人機よ……』
少しばかり気だるげな女の声である。勝世は食って掛かっていた。
「大いなる力ぁ? それってキョムと何が違うってんだよ。それに、トウジャの名を冠しているにしちゃ、随分と攻撃的なフォルムじゃねぇの」
『……分かりようもないのね。全ては、神の御心のままに……』
「神様信奉してちゃ、こんな土地には出向かないんでね。……友次さん、《ガロウズトウジャ》ってのの照合データは?」
『……待ってください。出ました。……米国の極秘の開発人機の中に、名前が……』
その返答に勝世は髪をかき上げる。
「……要はアメリカのお偉方のシナリオか。ロストライフの土地で、アンヘルの人機との戦闘によるフィードバック。なるほど……戦闘経験値としちゃ上々だ」
『……《ガロウズトウジャ》。神の御許に送られる子羊たちに、健やかなる救済を』
敵機――《ガロウズトウジャ》が姿勢を沈め、一気に跳ね上がる。
その挙動は先に考えに挙げていた《シュナイガートウジャ》の動きとはまるで違う。
「……陸戦機? いや、オールラウンダーか? シュナイガーみたいに安全地帯から砲撃をぶっぱって感じじゃなさそうだが……こいつもやりにくい!」
躯体を沈ませた《ガロウズトウジャ》が爪で一閃する。
後ずさった《トウジャCX》と入れ替わる形で《ナナツーウェイ》が前に出ていた。
大型滑空砲を放つも、どの砲撃もさほどの距離もないのに、敵人機は何でもないことのように回避していく。
『操主の熟練度ですかね……。トウジャの機動性をここまで存分に活かすとは……』
「感心している場合じゃないっすよ! 来ます!」
まるでスケートリンクのように《ガロウズトウジャ》は大地を滑り、そして華麗なる機動を描いて《ナナツーウェイ》に肉薄する。
大型滑空砲を捨て、《ナナツーウェイ》は格闘武装へと切り替えていたが、それでさえも全て遅いとせせら笑うかのように、《ガロウズトウジャ》の格闘戦術が咲いていた。
「……まるでフェザー級のボクサーだ。何て軽やかに動きやがるんだよ、クソッ!」
《ガロウズトウジャ》の爪と、そして何の武装も施されていないはずの拳が交互に《ナナツーウェイ》を啄んでいく。
どう考えてもナナツーの機動性では《ガロウズトウジャ》に近接では敵わない。
そう判じた勝世は再び前に出ていた。
プレッシャーライフルを一射して牽制するも、やはり意味がないとでも言うように《ガロウズトウジャ》は再び大きく円弧を描いて距離を稼いでいく。
勝世は柔らかいばかりの地面へと鬱憤をぶつけるかのように踏み締めていた。
「……このロストライフ化した大地そのものが、《ガロウズトウジャ》の強靭なる武器になる……。やられたぜ、チクショウ……まんまと誘い込まれたってわけだ。《ガロウズトウジャ》が輝く格好のステージに……」
あるいは、ここへの仕事を斡旋した連中もグルか? と言うところまで考えたところで、勝世はフットペダルを踏み締めて《ガロウズトウジャ》の攻勢から逃れる。
しかし近づかせなくとも、《ガロウズトウジャ》の保持する左手の実体武装から放たれる弾丸のあまりの精密狙撃に勝世は舌打ちを滲ませていた。
「……近づいても地獄、近づかなくっても地獄かよ……」
『……安息の時よ。神の御心は全てを許すわ。たとえ罪深い人機に乗っていたとしても、ね……』
「……やだよ、辛気くせぇ。まだオレはこんなとこで死ぬつもりはないんでね。いくら女好きだからって誰でもいいってわけじゃねぇんだ。神だ仏だ言い出す女は大抵ロクでもない。破滅を運んでくる性質だからな」
『……そう、なら、仕方ないわね』
《ガロウズトウジャ》がその機体を軋ませる。
まさか、と予見したその時には、《ガロウズトウジャ》の疾駆が輝き、空間を飛び越えていた。
「……ファントム、だと……」
遅れて声にした勝世は眼前を押し包む《ガロウズトウジャ》の爪を目にしていた。
こちらが逃れようと挙動しかけたその時には、既に三つの爪が《トウジャCX》の頭部をくわえ込んでいる。
ミシミシとコックピットが軋みを上げていた。亀裂が走り、アラートの赤色光が絶望的なまでにコックピットを包み込む。
『……せめて、安らかなる死を。《ガロウズトウジャ》は貴方に、この地への束縛のない死を与えるでしょう。黒く染まった大地に、魂まで囚われぬように……』
勝世は無茶苦茶に操作系統を動かすが、《トウジャCX》は言うことを聞いてくれる様子はない。
「……ふっざけんなって……! まだ何もしてねぇってのに……ッ!」
その刹那、コックピットに迫っていた銃口が火を噴く。
息を詰まらせた瞬間、爪の中心に据えられた武装から放たれた銃撃が、《トウジャCX》のコックピットを撃ち抜いていた。
『勝世君! 勝世君、しっかり! ……よくも』
《ナナツーウェイ》がブレードで応戦するも、《ガロウズトウジャ》は《トウジャCX》を掴んだまま、ナナツーの追撃をかわす。
『どこまでも度し難いわね……貴方たちは、大いなる罪の前には、同じでしかないと言うのに……。こんな巨人まで造って、貴方たちは地獄への歌を奏でるばかり……』
《ガロウズトウジャ》が《ナナツーウェイ》のブレードを弾き飛ばし、その格闘戦術が叩き込まれようとした――その時であった。
「……ああ、うっせぇ……」
――意識が開く。
死んだと思っていた自分の意識が少しだけ明瞭になると共に、額から滴る赤い血潮を感覚していた。
コンソールを叩き起こし、操縦桿を握り締める。
――まだ、生きている。
こちらの鼓動に応じるように、《トウジャCX》の腕が挙動し、《ガロウズトウジャ》の爪を掴み取っていた。
《ガロウズトウジャ》を操る敵操主がうろたえたのを感じ取る。
『……まさか。コックピットを射抜いたのに……!』
「ああ、うっせぇな、本当……。オレは、両兵みたいにゴキブリ並みの生命力があるわけでもなけりゃ、血続みてぇな専用能力に恵まれているわけでもねぇし、……幸運の女神とやらに微笑まれたことなんてほとんどねぇよ。だがな、一個だけ言える。――オレのほうが、トウジャに乗ってるの、あんたより長いんだぜ? なら、トウジャ同士じゃ絶対に負けねぇ。負けるわけが……ねぇ」
《トウジャCX》の脚部に火が灯り、《ガロウズトウジャ》の頭部を蹴りつける。
まさかの浴びせ蹴りには相手も予見できなかったのだろう。まともに受けた敵機へと、すぐさま姿勢を持ち直した《トウジャCX》がブレードを引き抜いていた。
『……愚かしい……私の求める答えに、貴方たちは生涯をかけても辿りつけないと言うのに……』
勝世はコックピットのほとんどが剥き出しになった《トウジャCX》にブレードを構えさせる。
片手で沿うように刀身を撫で、切っ先を敵へと向けていた。
――討つべき敵へと。
「あー……あんた、声だけで分かんだけれど、すっげぇいい女なんだろ? だったらここいらで手打ちにしないか? お互いに名前も知らないんだからさ。お友達からでも……」
『やめさない。汚らわしい……。生き意地だけが汚い分際で……!』
「あー、そう……。まぁ、そうだよなぁ……戦場で男と女が出会って、ラブロマンスなんて……フィクションもいいところだよな、マジに」
『つまらない夢想を押し付けて……! 奔りなさい、《ガロウズトウジャ》!』
再び《ガロウズトウジャ》の躯体が跳ねる。
その機体駆動性、次の手を予見させない可動域の実現。どれもこれも、愛機である《トウジャCX》の先を行く人機――。
「……だがな、二個目の間違いだ。馬鹿にされがちだが、オレはこれでも、トウジャに三年以上も乗ってるんでね。そこいらの操主や血続よか、これでも強いんだぜ?」
横合いからのブロー。
それを勝世は半分鮮血に塗れた視界でギリギリまで引き付け――そして直前で機体バランサーをオフにしていた。
唐突に糸が切れたかのように、《トウジャCX》がバランスを崩す。
それは如何に熟練した操主でも読めない、人機の貧血に近い状態の再現。
頭部を狙い澄ました《ガロウズトウジャ》の一撃は空を穿ち、そして操縦桿を握り締めた勝世は、ぐっと奥歯を噛み締めていた。
「……歯ぁ、食いしばれってのは、女に言うセリフじゃねぇがな。それでも――歯ぁ、食いしばれ……ッ!」
生命の光の宿った《トウジャCX》の眼光が煌めき、カウンターのアッパーが《ガロウズトウジャ》の左腕へと食い込む。
肘を捉えた拳が関節を粉砕し、《ガロウズトウジャ》の躯体が揺らめいた。
その隙を逃さず、ブレードの銀閃が舞う。
下段より振るい上げたブレード捌きが《ガロウズトウジャ》の血塊炉へと横薙ぎに払われていた。
ぐっと、食い込んだ一撃の感覚に勝世は吼える。
「もう一撃ぃッ!」
通信網に相手の舌打ちが焼き付く。
その直後には焚かれたスモークが視界を覆い尽くしていた。
コックピットが剥き出しのトウジャではそれを防ぐ術もなく、勝世は後ずさってしまう。
敵機は誘導灯をなびかせ点滅させながら後退していく。
大方、どこかで張っている回収部隊への指示だろう。
『勝世君! 大丈夫ですか?』
「……大丈夫なわけ、ないでしょ、友次さん。……オレ、死ぬ時ゃ、女の子の膝枕の上で――」
そこでぷつんと、意識が途切れていた。
「んあ?」
間抜けな声を出して、勝世は眼を覚ます。
ヨダレが出ており、どうやら相当に寝入っていたようだ、と確認したその時には、声が振りかけられていた。
「ようやく眼が醒めましたか?」
よくよく視界を凝らせば、友次の顔が近くにある。
どうして、と思った瞬間、堅い膝枕に飛び起きていた。
ちょうど、友次と頭がぶつかり、お互いに額を押さえる。
「痛って! 友次さん、オレ、オッサンの膝枕なんて絶対に嫌だって……って……あ、生きてる」
今さらの実感に勝世は頭に巻かれた包帯を意識する。
「……全治一週間らしいですよ。二針程度で済んで幸運でしたね」
「あ、そっか……。オレ、あの後気ぃ失って……。んで、ここは?」
「回収部隊の輸送機の中ですよ……。あの後、すぐに処理部隊が来たんです。まぁ、恐らくは米国との密約の確保でしょうねぇ……」
「……なるほど。あそこでオレらが死ぬのも織り込み済みだったってわけっすか」
「そういうことみたいです。アンヘル相手にあの新型……《ガロウズトウジャ》がどれほどやれるのかの試金石の意味もあったんでしょうね」
「……ったく、ツイてねぇな……。こーいうの、両兵にやらせりゃいいんすよ。あいつ、絶対に死にませんから」
「駄目ですよ。そんなこと言って、もしもの事があれば、アンヘルの方々に顔向けができませんから」
「……オレは死んでもいいみたいな言い草っすね」
「そんなことはありませんよ? 勝世君は貴重な、部下ですから」
そう言って一服を吹かす友次に、また一杯食わされたということか、と認識した勝世はくいっと手をひねる。
「オレにもタバコ、くださいよ。持ってんでしょ?」
「いいですが……ニコチン臭いと女の子にモテませんよ?」
「構いやしないっすよ。ここじゃ、オッサンと顔つき合わせてるだけですし。それに……友次さんだって困るじゃないっすか? だってアンヘルで吸うの、オレくらいなもんでしょ?」
その言葉振りに友次は少しだけ微笑んでから、煙草を差し出す。
一本目の煙草に火を点けて、勝世はぼやいていた。
「あー……にしても、相手の操主、顔くらいは見せてくれりゃよかったのになぁ……。声の感じじゃ、結構な美人だったと思ったんだけれど」
「君も節操がありませんねぇ。殺されかけたんですよ?」
「それにしたって、でしょ。殺されるなら、殺す女の顔くらいは拝みたいじゃないっすか。それが、本物の女好きってもんですし」
「……まったく、君と居ると飽きませんねぇ。その煙草、ちょっとクセ強いでしょ。好きですか、そういうの」
「あー、確かに。……でもまぁ、クソッタレな現実吹っ飛ばすのに、たまにゃニコチンの力借りたって、罰は当たんないでしょ」
言って、勝世は肺一杯に煙草の煙を取り込んでいた。
だれたように吐き出す吐息が、今はちょっとばかし生きている証に思えて、フッと笑えていた。
「……生きるってたまにマジに、クソみてぇに――面倒くさいよな」