「それ、今の答えに相応しくないですよ。オレが言いたいのはもっと本質的なところなんです。……マジに、これから先、戦っていくのに何を信じりゃいいんですか、本当のところでは」
嘘や偽りを許さない論調に、通話先の友次は少しだけ逡巡を挟んだ後に応じる。
『……きっと、それが見えるのはもっと先の……未来なんでしょうね』
「……ズルいですよ、その物言い。あー、もういいや。降ろしますよ! 降下ポイント、ここでしょ」
僅かに不貞腐れて勝世はフライトユニットを装備した《ナナツーウェイ》をゆっくりと降下させていく。
二機の《ナナツーウェイ》と《バーゴイルミラージュ》の守りがある中で運ばれていくのは一基のコンテナであった。
コンテナ部を勝世はパージさせる。
何もない、漆黒の大地。
そんな荒れ果てた土地へと、今、コンテナが展開されていた。
開かれたコンテナの中に入っていたのは――漆黒の禍々しいモリビト。
無事に着地を済ませた《モリビト1号》が、こちらを振り仰ぎ、ハンドサインを送ってくる。
――もう大丈夫だ、と言う意味のハンドサインに《ナナツーウェイ》を操縦する勝世は嘆息を漏らしていた。
「……ロストライフの地平に降ろせなんて、酔狂なこって。それとも……懺悔の気持ちが、あるって言うのか? ……どっちにしたって、オレは願い下げだね」
武装と水や食料は積んであるからすぐに野垂れ死ぬことはないだろうが、勝世は機体を上昇させながら、これがトーキョーアンヘルの総意か、と噛み締めていた。
「……キョムでもアンヘルに与するでもない……一人で生きていたい、か。変わり者と言えば変わり者ですけれど、あれって一応、相手の頭目と同じなんですよね?」
『……恐らくは。それも完璧な形でのコピーのはずです』
「じゃあ大問題なのでは? それこそ、第二のキョムの火種になっちまう可能性も捨てきれないでしょ」
『そこはこの判断をした赤緒さんたちや南さんを信じるとしましょう。彼女らだって苦痛だったはずです』
自分は所詮、ここまで運んだだけだ。
勝世はフライトユニットの翼を開かせ、大地を踏み締める漆黒の人機を見下ろしていた。
「……暗黒の大地を黒い機体が征く、か……ゾッとしねぇな」
彼女の道筋に何があるのだろう。
最終的には何を見ると言うのだろう。
自分には――いや、誰にでもそうか。
「……生きていくことに対しての負い目なんて、感じるものじゃねぇよな」
「――よかったのか、せがれよ」
将棋の駒を打つヤオに両兵は憮然とする。
「……柊たちの決定だ。オレにゃ覆せん」
「そうではないとも。お主、知っておろう? あの女の中に居るのを」
「何を言わせたいんだ、妖怪ジジィ。……あいつはもう、八将陣シバでもなけりゃ、青葉のそっくりさんでもねぇよ。ただ、どこへなりと行きたいって言ったんだ。なら、好きにさせりゃいいじゃねぇか」
「ホッホッ、彼奴の言う様を信じたと言うのか?」
「……オレが信じたのはあいつじゃねぇ。アンヘルのメンバーの意見だ。あいつらが、あのシバをどこへなりと行かせてもいいって判断したのなら、それでいいはずだろうが」
「なるほどのう。じゃが、それは新たなる因縁の幕開けやもしれぬぞ?」
ヤオの言葉に両兵は笑い飛ばす。
「心配要らねぇさ。そン時は――いっちょブッ飛ばせばいい。一回拳を交えたんだ。簡単だろ?」
こちらの返答にヤオは満足いったのか、それとも別の意見があるのか。不敵に笑う。
「その果てに待つもの、それを信じて、か。ならば、これは祝い酒じゃな」
一升瓶で酒を注ぐのを、両兵も貰い受けていた。
「旅路に幸あれと」
「乾杯」
互いに飲み干し、そして酒臭い息をついていた。
――空を、見上げていた。
果てのない蒼穹を。
エルニィはいつものように開発に余念がない。さつきは自分のペースで拭き掃除をしている。
メルJは庭先の標的へと銃撃し、ルイは猫へと餌をやってその横腹を撫でていた。
赤緒は、取り込んだ洗濯物を暫し忘れ、空を仰ぐ。
「……どったの、赤緒。アホ面だよ?」
「……この空を、あのシバさんも見てるんでしょうか……。どこかで繋がった、同じ空を……」
「知んないよ。あいつの一番の願いが一人になることってのは意外だったけれどね。それ以上は関知しないのがルールらしいし、もしかしたらまたキョムに戻るんじゃないかって懸念はあったけれど、発信機を常に付けられているって言う条件で合意したじゃん」
「……立花さんは、あの処置で正しいって……?」
「だーかーら、分かんないよ。これから先の話だもん。でもさ、ロストライフの地平でいいって、わざわざ場所まで指定して降りたんだ。だったらそこは、もうあっちの人生でしょ。ボクらが関知するものじゃないよ」
それはその通りなのだろう。
だが、最後にシバの言っていた言葉が、今でも脳裏を過る。
――赤緒、また会いましょう。その時は、別の形で。
結局、あのシバにも同じ力――ビートリザレクションがあるのかは聞きそびれてしまったが、赤緒は別れる間際に一回だけ握手したのを思い出す。
「……あったかい、手だったな……」
あの手が何を掴もうと言うのか。
今はまだ、誰も知らない。
――空を、眺めていた。
果てのない蒼穹を。
それと対比するように漆黒の生命が失われた大地が横たわっている。地平では青と黒が滲む。
「……さて、行くとしますか」
時々こうして、一人空を見上げて。
そして、死に絶えてしまった荒涼とした空気を、肺の中に取り込んで――たまに大きく深呼吸して。
「道行く先は、無限大なんだから!」
漆黒の人機は歩み出す。
自由を謳歌する黒のモリビトは、空の彼方へと向かって。
急かさないスピードで、ゆっくりと歩を進め始めていた。