JINKI 200 南米戦線 第五話 「アンヘルの夜明け」

 南は煙草を地面に擦りつけて消してから、慰霊碑に誓いを立てていた。

「……ウィンドゥさん、現太さん。……ダビング、私は、行くわ」

「言っておくがお前の背負ってるもんは一人で背負うにしちゃ少しデカ過ぎる。……ガキが無理したって何もいいようには響かねぇ。頼れる時は頼んな」

「そうね。先人の知恵として、胸に刻んでおきましょう」

 夜が明ける。

 黎明の光を受けて、南は立ち上がっていた。

「私たち――アンヘルの夜明けは、まだまだこれからなんだから」

「――……一晩中、ここに居たのか」

「……勝世……」

 広世はまだ目覚めない青葉と両兵の顔へと目線を振り向ける。

 勝世がその隣に椅子を引き寄せ、嘆息をついていた。

「……アンヘルはまだ終わっちゃいないって、メカニックの連中やら何やらは思ってるらしい」

「……そう、か。俺も……終わりだとかは思いたくない……。青葉の帰る場所を……守ってやりたいんだ」

「……広世。一つ聞くぜ。お前にとっちゃ簡単な問いかけかもしれねぇけれどよ。青葉ちゃんはお前にとっての何だ?」

「何って……前にも言ったろ。青葉は俺を……認めてくれた、ただ一人の人間なんだよ」

「だが静花さんだってお前の実力自体は認めていただろ」

「……分かんないな。あんたは俺の決めたことを、どうこうしたいってのか?」

「いんや、別に男の考えることにゃ興味もねぇし、青葉ちゃんが目覚めるまでここに居るって言うお前の我儘も聞いてやらねぇわけでもねぇ。……ただな、もうちょい頼れよ。オレたちは兄弟みてぇなもんだろ?」

「……それこそ、静花さんの与えただけの記号じゃないか」

「強がんなよ。広世、オレにとってお前は、世界のデカさを見せつけてくれた、ある意味じゃ恩人なんだ。そしてオレは勝つために、お前の世界に間借りしている。広世、お前はどうしたいんだ? 青葉ちゃんを助けたい? アンヘルを再建したい? ……大いに結構さ。ただな、芯のねぇ想いってのは空回りする」

「何を言って――」

 その言葉は突きつけられた銃口に霧散していた。

 勝世は本気だ。

 本気の眼差しで今自分に問い質している。

 ――続けるのか、それともやめるのかを。

「……オレは元々、嫌でもそういうのを見てきたクチさ。だから今のお前がどっかで折れちまった時のことを考えちまう。本当に……嫌気が差すほどにな。青葉ちゃんを助けたいのか? それとも、アンヘルの連中を裏切りたくねぇのか?」

「俺、は……」

「願いなんて、そう都合よく三つも四つも叶えられるようにはできてねぇんだ。だから、選べよ、広世。……つい数分前に、軍の秘匿回線で操主なら受け入れてやってもいいって言う話が出た。《トウジャCX》を手土産にするんならこれまでのことは不問だとよ」

「何言って……それは俺たちの……!」

「オレたち、じゃねぇ。お前の覚悟を聞いてるんだ、広世。ここでトウジャを土産にして、軍からの追及を三か月遅らせりゃ、アンヘルは建て直せる。だがな、昨日みたいに八将陣の追撃がいつあるかも分からねぇこの状況じゃ、誰も安心なんてできねぇんだ。もちろん、青葉ちゃんも両兵の馬鹿だってそうさ。お前は守りたいもんのために、どこまで意地汚くなれる? 広世」

「……俺は……」

 冷静に考えれば分かり切った話だ。

《トウジャCX》一機で三か月の猶予。その間に青葉か両兵が目覚めてくれれば、一騎当千の力となって敵を退けられるはず。

 自分にできるのは所詮、その程度の時間稼ぎ。

 一人で人機を操ることのできない半端者の操主は、ここに居たって足手纏いでしかない。

 そんなことはとっくに、分かり切っているのに――。

「……降りられない」

「何だと?」

「降りられないって、そう言ったんだ、勝世。あんたが俺を撃ちたければ撃てばいい。だが、その代わりに《トウジャCX》は軍には渡さない。青葉も助ける。そう言ってるんだ」

「……さっきの話が耳に入ってなかったようだな。三つも四つも願いが叶えられるほど都合よくなんざ――」

「だから! 俺の願いは一個でいい……! 青葉を助ける! そして俺は……死んでも! 青葉を守り抜く……! どっちも同じ願いだ!」

 銃口を直視した広世は勝世の突きつけた選択肢に否を告げる。

 願いが叶えられないと言うのならば、三つも四つもと欲張る必要はない。

 自分の命で、全てを「一つの願い」として、成立させればいいだけの話だ。

 その眼差しを投げ続けていたせいだろう。

 勝世は引き金に指をかけていた。

「後悔するぜ……広世……」

「それでもいいさ。後悔しないように、生きていたいだけだ」

「……そうか」

 トリガーが絞られる。

 弾丸の予感に、広世は身を強張らせたが、痛みは訪れなかった。

 カチリ、と弾倉の抜かれた引き金が空の音を響かせるのみ。

「……勝世……あんた最初から」

「何のことだかな。……広世、オレは交渉とやらに乗ってみることにするぜ」

「……交渉?」

「昨日の、黒いナナツーの操主居たろ? あれに乗っていたオッサンがな、ベネズエラ軍部に好条件をちらつかせられるって、昨日の夜にオレに接触してきた」

「……どういう……」

「オレは危ねぇ前線組から、危なくない諜報員に鞍替えさ。……だから、お前とこうして喋るのも、もしかしたら最後になるかもしれねぇ」

「勝世……まさか俺の覚悟を試すために……わざと――」

「何のことだか知らねぇな! ……広世。強くなれよ。青葉ちゃんを守れるくらいには、強く。……そん時にもう一度会えたんなら、今度は酒でも飲み交わそうぜ。と言っても、ガキのまんまじゃな」

 身を翻した勝世へと広世は駆け出していた。

 その背中に声を響かせる。

「……勝世……! 俺はあんたを……最高の相棒だったと、思っている……」

「よせよ。男のラブコールなんて呼んでねぇ。ルイちゃんや青葉ちゃんなら別だけれどな」

 相変わらずの軽口に、広世は頬を伝う熱を感じていた。

「絶対に! 守り通すから! ……あんたとの誓いも……青葉のことも……」

「おう。頼むぜ、相棒」

 そう言って片手を上げた勝世に、広世は涙を拭っていた。

『あ、あーあー、テステス。聞こえてる? こちら黄坂』

「……全体無線で? 一体何だって言うんだ?」

 窓辺に近づくと、一機の《ナナツーウェイ》に搭乗した人影がキャノピーを上げて全体に宣告していた。

『青葉と両を何があっても守り抜く。そして、私たちはこのラ・グラン・サバナと……そして世界の均衡を保つ守り人。よってここに! 私は宣言するわ! 新生アンヘルの設立と、そして古代人機とキョムの脅威への抵抗を! そう、私たちは負けてない! まだ、何者にだって負けてないんだから! ……だから、お願い。みんなの命を、私に預けてちょうだい! ヘブンズ隊長、黄坂南より。通信終わり』

「……ヘブンズ隊長……そっか。あの人たちは俺よりも、もっと先を見据えて……」

 それならばやるべきことは決まっている。

 広世は青葉と両兵の眠る医務室に一瞥を振り向けていた。

「……青葉。俺は、行くよ。まだまだ力不足かも知れないけれど、いずれは一端の操主として、みんなを守り抜く――そんな守り人に……」

 誓いの陽は昇り、そして決意はここに固まっていた。

 ――全てを守り抜くための力を手に入れるのに、躊躇いなどあるものか。

「俺も、待ってる。アンヘルの、一員として……」

「――……そんなことが……」

 絶句した赤緒に、両兵は応じる。

「ああ。ここまでが、オレと青葉が眠っていた間に起こった事態らしい。まぁだいぶ端折ったが、言っちまえば八将陣はオレらをいつでも淘汰できるほどの力を蓄えた上に、こっちの戦力はたかが知れていたってわけさ。……だが、黄坂の奴も馬鹿じゃねぇ。必死こいて防衛線を張ってのけたんだろう。そっから、二年……オレと青葉は眠り続けた」

「二年も……青葉さんは……?」

「青葉は……目を覚ましたんだろう」

「……だろうって、青葉さんが目を覚ましたのを小河原さんは確認したんじゃ……?」

「いや。オレのほうが先に目を覚ました。そしてここからが……南米でオレが味わった地獄の……そういう話だ。柊、ここまででも充分に、お前には重石かもしれねぇ。《モリビト2号》に関わってンのは、だから伊達じゃねぇのさ。想いの数ってもんはよ」

 《モリビト2号》が特別な人機であるのは何となくでも分かっていた。

 しかし、まさかそれほどまでの想いを引き受けた人機であるのは想定外である。

「……みんなが、守り通したいもののために……」

「ああ。意地ってもんだな。誰も身を退かなかったのは、アンヘルっていう場所への変わらない思いがあったんだろうさ。そして……オレは地獄を見た」

「地獄……南米に……居たんですよね? 小河原さんは。……何があったんですか」

 両兵は視線を落とし、手の中にあるアルファーに反射した己の瞳を見返していた。

 鋭い傷の残る、左目の輝きはどこか翳りを帯びている。

「……オレが起きたのは、とんでもなく遅かったのだけは、確かだったらしい……」

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