JINKI 200 南米戦線 第十一話 「後ろは振り向かない」

『オガワラ……待て。熱源警告反応……こいつは……!』

 色めき立った後続班に両兵は戦闘本能を研ぎ澄ませていた。

 途端、崩壊した廃ビルを叩き割った粉塵の塊が進路を塞ぐ。

「トウジャタイプの試作機か……。相手は速いぞ、気ぃ付けろ! 各員、散開! オレが前衛務める! 援護射撃頼むぜ……!」

『リョーヘイ、《アサルト・ハシャ》で牽制銃撃するから、相手の隙を……!』

《アサルト・ハシャ》が機動力を上げて駆け出す。

「……あんの馬鹿……猪突猛進が過ぎるってンだ。他の連中は引き上げられンなよ! オレが霜月のフォローに回る!」

『こんの……キョムの新型が……!』

 桜花の《アサルト・ハシャ》が弾幕を張ってトウジャタイプを抑えようとするが、相手のトウジャはリバウンドの皮膜を纏って銃弾を叩き落としていた。

「試作新型……リバウンドフィールド持ちか……! 機体照合……《プロトトウジャマーク2》……!」

《ナナツー零式》の内部に搭載されている機体識別照合を受け、両兵は《プロトトウジャマーク2》へと向かい合っていた。

 相手は大仰な盾を背中に背負っており、腰部にも小型のそれをマウントしている。

「霜月! そいつはモリビトとの相の子だ! 接近すンじゃねぇ!」

 しかしその時には既に射程内に入っている。

 桜花の《アサルト・ハシャ》がライフルを照準するも、全てがことごとく吹き飛ばされ、反射銃撃が大嵐となって襲い掛かってくる。

「くそっ……! 間に合えよ……ファントム!」

 機体を軋ませて超加速度に至った両兵は《ナナツー零式》で敵の反射網を背中で受ける。

『リョーヘイ? ……よくもリョーヘイを……!』

「アホか! 敵に惑わされンな! 相手は射程距離にお前を引き上げるのが目的だ! ……その目論見は、砕けさせてもらうぜ……!」

 大太刀を提げ、竜巻の軌道を描いて《プロトトウジャマーク2》の防衛皮膜へと叩き込む。

 物理衝撃波がリバウンドの反射膜を突き抜け、相手の機体装甲の表層へとダメージを与えていた。

 亀裂の走った個所を見逃さず、両兵は突き上げる一閃で敵の装甲版を打ちのめす。

 よろめいた敵機が接地するなり、地面を蹴って加速に浸る。

「気ぃ付けろ! トウジャは踏み締める度に加速しやがるからな……《アサルト・ハシャ》じゃ長期戦は不利だ」

『け、けれどでも……黙って見ていろって……』

「安心しろ。そんなつもりはさらさらねぇ。――そこだ!」

 両兵は太刀を投擲する。

 狙い通り、《プロトトウジャマーク2》の肩口へと突き刺さった刃にはワイヤーが繋げられている。

 ウィンチを全開にして敵を引き込み、相手が地面から浮かび上がった瞬間を見過ごさない。

「トウジャは踏み締める地面がなくなれば途端に弱くなる! もらった……ッ!」

 柄を握り締めた瞬間に相手を打ち落とす太刀筋を講じ、直角に折れ曲がった刃の軌跡が敵機の血塊炉を打ち破る。

 青い血を迸らせつつ、《プロトトウジャマーク2》は沈黙していた。

 両兵は周囲を見渡し、追従してくる敵がないかを確認する。

「各員、敵の追撃がないかを確かめろ! ……リバウンドフィールド持ちの機体だ。こいつの部品は使える可能性が高い」

『さすがはオガワラだな。転んでもただでは起きないとは』

「言うのは後でいいだろ。損害は?」

『お前と桜花が前に出てくれたお陰で援護射撃をするような暇もなかったよ』

「そいつは何より……おい、霜月! 持ち場に戻れ! 何、ぼさっと突っ立ってやがる……」

 桜花の《アサルト・ハシャ》はつい先ほど敵が現れた廃ビルをじっと仰いでいた。

 両兵は敵機に止めを刺してから、その肩に並び立つ。

「何だってンだよ、一体」

『……リョーヘイ。張られていた可能性がある……よね?』

「弱気になってんじゃねぇ。もうすぐカラカスの……首都中心部だろ。そりゃ敵も伏兵の一つや二つは用意しているはずさ」

『で、でも……こんな風な敵ばっかりなら……』

「……霜月」

『何……って、痛ったー!』

《ナナツー零式》が《アサルト・ハシャ》の肩口を小突く。桜花はいきり立って反発していた。

『何するの! 《アサルト・ハシャ》はそんなに頑丈じゃないんだよ!』

「いいか? 敵の狙いはオレたちの気力を削ぐことだ。野営地までにこういう人機を配置して、カラカスまで辿り着かせないつもりだろう。オレらはそういう敵の目論見を潰さなくっちゃいけねぇ。つまり、いちいちビビってちゃ世話ぁねぇのさ」

『オガワラの言う通りだ。桜花、ここで敵の思う通りに動いたら、カラカスアンヘルの名折れさ』

『みんな……。でも確かに、ここでうろたえている場合じゃ、ないよね……』

「分かったんなら行くぞ。野営地まで行かねぇと後続部隊も安心して合流できねぇだろうからな。足を止めている場合じゃねぇのさ」

 機体を翻した自分へと、《アサルト・ハシャ》の機体からの接触回線が開く。

『その……ゴメン。弱気になっちゃって、私……』

「誰も弱気になンなとは言ってねぇ。ただ、敵の考えに乗ったら思うつぼだ。オレらは少しばかり無謀でも、立ち向かわなくっちゃいけねぇのさ」

『……リョーヘイは強いね……』

「ンだよ、気持ち悪ぃ。いつもはズルいだの何だの言ってンだろうが。霜月、しおらしくなるのはらしくねぇぞ」

『……もうっ。そういうところなんだからなぁ、リョーヘイは』

「何がそういうところだよ。このまま一路、野営地を目指すぞ。お前ら、補給はしばらくねぇから、腹ぁ括れ。敵は待っちゃくれねぇ」

『了解。……それにしても、この先は新型人機の試験地と言うわけか』

「今さらビビってんじゃねぇぞ。カラカスアンヘルだってなら、立ち向かう以外にねぇくらいは分かってるはずだ」

『ああ、分かってる……。分かってるはず……なんだがな……』

 それでも恐れを踏み越えるのは困難なのだろう。

 自分たちは型落ちの人機でキョムの新型と張り合おうとしている。

 どだい無理な話を実現しようと考えているのはしかし、今に始まった話でもないはずだ。

「……行くぞ。足を止めている時間も惜しい」

 既に退路は断たれているに等しいはずだった。

 砂漠地帯の風が強く吹き抜けて、一層それを感じさせていた。

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