JINKI 200 南米戦線 第十九話 消える間際に

 核シェルターのパスコードを打ち込み、リーダーはその場へと押し入っていた。

 他のメンバーが全員、目に留まったものへと震撼の眼差しを振る。

「……リーダー……これは……何だ? 桜花……?」

「……やはり、ここにあったか……」

 無数に居並ぶ培養液の中で、少女が浮かび上がっている。

 その相貌と姿かたちは、間違いようもなく、桜花そのものであった。

「……リーダー……! どういうことなんだよ、これは……」

「中将より、わたしは聞かされていた。キョムには人形を生み出せる技術者が居ると。それは人間と寸分変わらぬ姿かたちであり、何よりも優れた特質として血続の能力を活かせるだけの素質を持つ」

「……それが、桜花だって言うのか……」

「……お前たちには酷な現実であったな。わたしの目的は核シェルターの確保ではない。この研究所の爆破だ」

 戦慄く仲間たちへと、リーダーはライフルの銃口を据える。

「な、何を……」

「ここで潰えるのは悪魔の研究だ。お前たちは何も見なかった、それでいい」

 仲間たちが反論する前に引き金を引いて銃弾を天井に撃ち込む。

「死にたくなければ退け! お前たちにはまだ明日があるのだ! ……わたしのように穢れた手を弄することもない!」

 仲間たちは自分を見捨てて逃げ去っていく。

 それでいい。

 リーダーはモニター画面にかかった砂埃を払っていた。

「……プロトタイプ。桜花は……人形師の試作型であったということか。では、完成型はどこに居ると言うのだ……?」

「――それを知るだけの権限? あると思って?」

 声に振り返る前に銃弾が横腹を射抜く。

 激痛に顔をしかめたリーダーは、この魔の研究施設に降り立った真紅の人機と、そして赤髪の女を目の当たりにしていた。

「……八将陣……!」

 銃口を向けても女はいささかも狼狽えることもない。

 むしろ、当然のように歩み寄ってくる。

 先ほど撤退したはずの仲間たちの骸を、踏み締めて。

「ここが残っていたとはね。そしてそれを知る人間がまだレジスタンス側に居たか。八将陣の中でも、ここの存在は秘中の秘。私は――何も見なかった、これでいいはず」

 女の翳したアルファーに呼応して真紅の人機が銃口を向ける。

「……全て、なかったことにすると言うのか。貴様らはどこまでも傲慢な……!」

「言われたくないわね。何もかもを知っていて、これまで知らぬ存ぜぬを貫いてきた、反抗勢力のリーダーさん。あなた、ここに安置されている試作実験体が何なのか、分かっていて来たんでしょう?」

「……血続を効率よく増やす……貴様らにとってその行く末は何だ?」

「分かんないわよ、そんなの。シバやグリムの連中の考えなんてね。私は刹那主義なの。ここのデータを一欠けらだって渡しちゃいけないって命令されただけ」

「この世を血続だけの……地獄で満たす気か……!」

「それを地獄だと感じるか、天国だと感じるかはその人次第。あなたは……地獄に見えるのよね? 彼女らが星の支配者になることが」

「抜かせ……!」

 トリガーを絞ろうとして、数発の銃弾が身体を貫く。

 血潮がカプセルに飛び散り、リーダーはかっ血していた。

「……桜花は……桜花は地獄の住人などでは……決してない……!」

「名前を付けて親子ごっこ? あなたも相当に人でなしよね。彼女らにとっては外の世界なんて知るほうが残酷なのに」

 気力も体力も底を突きた。

 最早、指一本まともに動かせない中で、真紅の女に問いかける。

「……一つ……聞かせろ……。キョムの最終目的は……何だ……」

 朦朧とする意識の手綱を必死に握り締め、リーダーは相手を睨む。

「破壊と殺戮じゃ、納得できない?」

「……それだけにしては……貴様ら、のやること、は……迂遠が、過ぎ、る……」

 激しく咳き込み、血反吐を吐いてリーダーは機械に突っ伏す。

「……そうね。教えてあげましょう。これも冥途の土産って言う奴よね。破壊と殺戮の果てに、人類は思い知る。この世を支配する一個の理――闇の中で、今も息づいている鼓動を」

「……まさか、黒将が……。……あの男が、生きていると、言うのか……」

「そこまで肉薄しておいて惜しいわね。あなたは死ぬ、そして、この情報はどこにも漏れない。それにしても、おあつらえ向きじゃないの。かつてこの地球上でロストライフにより真っ先に消滅した首都カラカス中枢。そんな場所が墓標だなんて」

 ああ、確かに。死に様にしては、これはよくできている。

「……わたしは……カラカスアンヘルの……皆のリーダーだ……」

「だから? ここで問答したって何も進まないし、何も解決できない」

「……そうでも、ないようだな。わたしの決死の覚悟を……貴様は見抜けなかった……!」

 纏っていた防弾チョッキを捲り上げる。

 一発の銃弾すら巻き付けた爆弾に引火しなかったのは僥倖であろう。

 最後の最後、運命は自分へと微笑んだようだ。

 爆弾を目の当たりにして真紅の女はうろたえる。

 ここに来てようやく、人間らしい反応であった。

「……どう、した……。わたしは死ぬ。ならば最後は……それ相応の罪を背負って……」

 しかし、真紅の女は銃弾で起爆スイッチを握り締めた腕を撃ち抜いていた。

 スイッチが転がり落ち、リーダーは力なく横たわる。

「……少しだけ、焦ったわよ。あなたがカラカスアンヘルとやらを率いられた理由、ちょっと分かったわ。それにしたって、ここは末路には相応しいでしょうに」

 真紅の女がその銃口を自分の頭部に照準する。

 今度こそ、逃れる術はない。

 爆弾の策も尽きた。

 末路か、とリーダーは瞑目する。

 ここに来るまで、数多の死した命たちに、報いることもできぬまま、自分は自分勝手な正義だけを抱え込んで死に行く。

 しかしそれこそが末路だと言うのならば、似合いではないか。

 ――欺いてきた分、自分は欠片も残らないのだから。

「……お、う……か……」

 それだと言うのにどうしてなのか。

 喉を震わせて呼んだ名前は、騙してここまで来た「霜月桜花」と言う少女のもので。

 その情けなさに、自らの宿業を呪うしかない。

 もうとっくに涙は枯れたのだと思っていたのに。

 どうして死に行く直前に、天真爛漫な桜花の笑顔が脳裏に浮かんでくると言うのだろう。

 熱が頬を伝い、血の中に滴を落とす。

 その時、轟音が研究施設を揺らしていた。

「……アーケイド、やり過ぎよ。一体誰と戦っているって言うんだか……」

 真紅の女の気が、一瞬だけ削がれる。

 その一瞬に命を込めようと思ったわけでもない。

 ただ、動く。

 指先が、動く。

 指の筋が、この土壇場に自由になる。

 ならば戦士として――してやれることは決まっている。

 起爆スイッチを握り締めた自分に、真紅の女は飛び退っていた。

「……しあわ、せ、に、な……」

 今際の際に、笑えることもあるのだ。

 そう感じた意識は、爆発の火力を前に、消失点の向こうへと消え去っていた。

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