JINKI 200 南米戦線 第十八話 閃光絶華

 両兵は《ナナツー零式》のコックピット内でリーダーたちの最終目的の声を聞いていた。

『オガワラ、前衛部隊はこのままキョムの試作機前線部隊と交戦。その間に我々は、カラカスに残された最後の防衛拠点へと到達する』

「例の核シェルターって奴か。本当にまだ生きてるんだろうな?」

『カラカスの核シェルターは最悪の事態が巻き起こった時のために中将が遺しておいてくれたはずだ。カラカスアンヘルの希望の道標でもある』

「シェルター奪還は名実ともに、カラカスアンヘルの勝利に直結する、か……」

『何だ、信用していないみたいな声だな』

「別に、勘繰る趣味はねぇよ。ただな……霜月の奴に《ホワイト=ロンド》なんて任せていいのか? 血塊炉付きだろうに」

『桜花は充分にエースだ。ここまで《アサルト・ハシャ》だったのは、むしろ枷であった可能性もある。何よりも、お前が付いているんだ、大丈夫なはずだろう』

「下手に信用されても何も出ねぇぞ」

『オガワラ……桜花を頼む』

「死に際みてぇなこと言ってんじゃねぇよ、ったく。これよりカラカスアンヘル前線部隊は二手に分かれる、手はず通りに、だろ?」

『ああ。まず我々が核シェルターを目指し、お前たちはその間の足止めを願いたい』

「しかしいよいよもって最終決戦って具合の場所だな、ここは。……生き地獄ってもんがあるとすりゃ、こういうことを言うんだろうな」

 核の熱と、無数の血塊炉の生み出す重力変動によって折れ曲がった高層ビルの残骸はまるで卒塔婆のようですらある。

 さもありなん、ここは墓標だ。

「……ダビング・スールって言う、男の妄執が生み出した死の街、か」

 ダビングは未来に何を思って死んで行ったのだろうか。

 彼一人の犠牲で得られるものなど、たかが知れているくらい分かっているだろうに。

 それでも、核の炎を受け入れ、カラカスと言う街が世界から真っ先に地図から消えることを飲み込んでまで、ダビングは何を残したかったのだろう。

 全ては、消え去った後の結果論でしかない。

 世界の答えはロストライフ現象を欲し、それは今もまるで膿のように広がっていく。

「……あの日、この場所から始まっちまったんだ。ロストライフ現象。その決着の一端ってところか」

 その時、薙ぎ倒されたビル群の陰より仕掛けて来た敵影を察知し、両兵は素早く飛び退く。

 数機の《ナナツーウェイ》が足を取られ、血塊炉を射抜かれていた。

「……張ってやがった? 野郎、やらせるかよ……!」

 浮かび上がった《バーゴイル》の群れへと両兵は刃を立てて果敢にも対峙する。

「後続部隊、遅れんな! 《ナナツータンク》は支援砲撃! 他の腕に覚えのねぇ奴らは下がれ! 雑魚相手に下手な弾ァもらうわけにゃいかねぇ!」

 銃弾の雨嵐を掻い潜り、両兵は先陣を切って《バーゴイル》を斬り伏せていた。

 フライトユニットを足蹴にして次の機体へと飛びかかり、頭部を斬り裂いて、直後には飛び退っている。

『オガワラ、やったな! 敵は雑魚ばっかりだ!』

「油断すんな、てめぇら。……妙だな、いくらここまで押し退けてきたとは言え、《バーゴイル》ばっかとも思えねぇ。各員、気ぃ抜くんじゃねぇ。敵の本丸にこっちは押し入ってンだ。何が来たって……」

 その時、雷撃の如き光が天より降り注いでいた。

 拡散した光の柱の中枢部より、紺碧の巨体が出現する。

 それは――まるで世界を掌握する巨神。

「……巨大人機……やっぱりそれくらいは持って来てやがるか……ッ!」

《ナナツー零式》を即座に後退させて、陣頭指揮を取ろうとした両兵は、周囲に展開された球体型の機動兵器を視野に入れていた。

「……何だ、ありゃあ……!」

『爪弾け! リバウンドビット!』

 通信網に焼き付いた声と共に、球体から雷撃が放出され、こちらの前衛部隊を削っていく。

 死に際の叫びすら上げられないまま、コックピットを焼き尽くされた仲間たちの骸に、両兵は歯噛みしていた。

「おい! おい! 返事を……! クソッ! ここに来て新型たぁ、おあつらえ向きな!」

『その人機……乗っているのは手練れだな? ならば! この八将陣、アーケイドが始末してくれよう!』

 湧き上がった電流の灼熱地獄が付近を満たす中で、両兵はその声をしっかりと聞いていた。

「……八将陣……? ならてめぇは……刀使いを知ってやがるのか?」

『……私に勝てれば教えてやろう』

「……上等……ッ!」

 アーケイドと名乗った操主の操る巨大人機は、有する甲殻じみたバインダーの内側に機動兵器を隠している。

 見たところ、一回だけの使い切りのようだが、それでも何個隠しているのかが不明な以上、下手に仕掛ければこちらが喰われかねない。

 そもそも、巨大人機を倒せばこの戦いは終わりなのか、それすら見えないのだ。

「……とは言え、相手も八将陣を名乗りやがったんだ。刀使いについて、知ってること全部吐いてもらうぜ。オレの《ナナツー零式》はこの距離から敵影と向かい合う! てめぇらは火力支援を怠るな! キョムの人機とは言え、実体弾が通らないって言う無理はあるめぇ!」

 応! と声が相乗し、後続部隊を含めた総火力が敵機に突き刺さるも、それらは全て装甲の表層で留まっていた。

 ――その反応を、自分はよく知っている。

「駄目だ……お前ら、避け――」

『リバウンド、フォール……!』

 拡散した反射火力が一気に部隊を押し包み、悲鳴すら上げる余裕もなく、死地へと追い込まれていく。

 直後に巻き上がった土煙と、プレッシャー兵装特有のオゾン臭を嗅いだ両兵は、《ナナツー零式》の剣を立てて起き上がっていた。

「……リバウンドを纏ってやがるだと……」

『既に実用段階へと移っている。Rフィールド装甲は、この《キリビトプロト》を嚆矢として、キョムの人機に適用されるだろう。分かるか? お前たちは、羽虫の児戯なんだよ!』

 再びバインダーが開き、雷撃の機動兵装が戦場を奔る。

 それら全ての照準が自分を狙い澄ましたのを、両兵はこの時感じ取っていた。

「……万事休すか……」

『死ねぇッ!』

 照射される直前、両兵は瞼を閉じていた。

 言うなれば、二年の昏睡より覚醒したこの数か月間は夢を見ているようであった。

 終わることのない戦いの連鎖。

 終わることのない虚無への供物。

 自分という一個を戦場に投げて、そして醒めることのない悪夢の中で踊る。

 きっとこれは、罰なのだ。

 黒い男の示した呪いでもあるのだろう。

 あるいは、人機の力に呑まれ、際限なく闇を喰らう己への罰。

 ここで終わらせてくれるのならば、それに感謝すべきかもしれない。

 夢は醒めるものなのだ。

 ならば、ここで――。

「……命の終着、か……」

 雷撃の光が網膜の裏で弾け、そして砕けていた。

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