「黄色は“友情”や“美”を意味します。ナナ子殿が小夜殿に贈られるのにはうってつけでしょう」
「……小夜、欲しい?」
「目の前で欲しい? って聞かれるとは思っても見ないわよ。……って言うか、カーネーションって友達同士で贈り合っていいものだっけ?」
「別段、決まりはないようですが、基本的には部屋の彩になるものでしょうね。二人のお部屋はよく知らないので、それを加味して贈るとよろしいでしょう」
カリクムはどこかうずうずしているようであった。
何となく察して、小夜はカリクムを遠ざける。
「……カリクム、あんた先にレイカルと一緒に合流して来なさいよ」
「……いいのかよ。ま、ウリカルとヒヒイロが居るんなら大丈夫でしょうけれど……」
「いいから。こうして花屋の前でたむろしているタイプでもないでしょ」
「……それはそうだけれど……まぁいいや。先に行っているわね」
カリクムが充分に離れたのを見計らって、小夜はヒヒイロへと囁きかける。
「……友愛とかの意味を持つカーネーションってある?」
ヒヒイロは心得たようにサムズアップを寄越していた。
「――あの……レイカルさん……」
「うん? どうしたんだ、ウリカル。何だかいつになくそわそわしているみたいだが……」
「その……これを!」
ウリカルが差し出したのは虹色のカーネーションのブーケであった。
レイカルは驚愕すると共にこちらへと視線を投げる。
「……えっと、これはどういうことだ?」
「あんたねぇ……。母の日、今日でしょ?」
カリクムが補足したことでレイカルはようやく実感した様子だ。
「あれ? でも普段は、創主様に贈るものだぞ? 何だって私に……?」
「レイカル、お主はウリカルからしてみれば母親のようなものじゃろう。それも当然じゃ」
「あっ、そっか。私、そう言えばウリカルの母親だった」
何だか拍子抜けだったのだろう。
ウリカルは困惑している様子であったが、オリハルコンサイズに編まれたレインボーカーネーションのブーケは間違いなく愛情が籠っている。
「レイカル、受け取るといいよ。だって、ウリカルがこうして気持ちを形にしてくれたんだから」
「創主様……そうか! ウリカル、私にこうしてくれたんだな! お前の気持ちを!」
「は、はい……っ! 受け取って……もらえますか?」
「当たり前だ! ウリカル、お前の気持ちはしっかりと受け止めた!」
レイカルはブーケを抱き締めて小躍りする。
「……あーあ、何よ。にやついちゃって」
「カリクム! 羨ましいだろ!」
「別にー。私は母の日だとかそういう人間の勝手に決めた文化に染まる気もないし」
「あっ、ラクレスさんにもその……師匠代わりになってくれていましたので」
「あらぁ、いいのぉ? ふふっ、カリクム、これで一抜けねぇ……」
ラクレスには彼女の色彩を意識してか紫色のカーネーションの花束が贈られていた。
カリクムはそっぽを向いて強がりを発する。
「べ、別に羨ましくないし!」
「創主様! すごい綺麗ですが何で虹色なんでしょう?」
「あっ……色んな花言葉があるのは師匠から聞いていたんですけれど、レイカルさんに贈るのはその、一色に絞れなくって……何て言うか、優柔不断で……」
ウリカルが困り果てるが、レイカルはそんな彼女の頭をそっと撫でる。
「大丈夫だ! 色んな花の色があるほうが強そうだろ!」
結局のところ、レイカルの価値観は強そうに集約されるのだな、と作木は困惑しつつも微笑ましく思っていた。
「その、それと……作木さん……お父さんにも……」
それは完全な想定外で作木は頬を掻く。
「えっと……僕にも? でも僕は母親じゃ……」
「いえその……お二人のハウルは、まだ形になる前の私にとってはどっちが母親だとか父親だとかを超えていて……。受け取って頂ければ……その……」
ウリカルの厚意を無碍にするわけがない。
作木はその小さなカーネーションの花束を受け取る。
「ありがとう……まさか僕が母の日に貰う側なんて思わなかったな……」
そう言えば、自分はまだ実家の母親に何か贈っていなかったなと思い返す。
近くの誰かよりも、切っても切り離せない縁がある。
「……作木君、思ってること、分かるわよ。ネット通販で最近は贈れるみたいだし、後で選びましょう」
「小夜さん……いやはや、なんて言うか情けない感じですけれど……でも、こういうことなのかもしれませんね。一年に一回、言葉にできない感謝を思い起こすために……」
そういった催しならば自分は手一杯の花束を向けて。
感謝の言葉だけでは結び切れない、その想いを届けよう。
「――大体、小夜はいい加減なんだよなぁ。そういう風にできているからって何も考えもせずに母の日だとか。ミーハーだとか思わないのかよって話」
ナナ子はカリクムの長髪を梳きつつ、そうかしらねぇ、と訳知り顔で返す。
「案外……小夜もこういうところじゃ繊細なのかもね」
「何のこと……」
その時、カリクムはじとっと柱の隅からこちらを見つめる小夜の顔とかち合う。
「……な、何だよ……別に悪口言っていたわけじゃないから!」
何となくばつが悪く、そう言い返してしまう自分に小夜はそっと差し出したのは――。
「……カーネーション?」
「……あんたがあーだーこーだ言うだろうって思ってね。……私たちにしか分かんないこともたくさんあるんだし、あんたにはいつだって私の最高の相棒で居て欲しいのよ。だから、この色がピッタリだってね。それに、ハウルシフトした時にはこの色が私たちの色でしょ?」
「金色のカーネーション……? よくこんなのあったなぁ……。それに、これって……」
「私のお手製メッセージカード付き! まぁ、あとは若いお二人にお任せするわねー」
ナナ子はわざとらしく部屋へと立ち去っていく。
二人取り残された小夜とカリクムはお互いの顔を覗き込み、やがてぷっと吹き出す。
「……ちょっ……何で笑うのよ……」
「いやだって小夜が……いや、こういうのなのかもな……」
「でしょ? こういうのでいいのよ、私たちの関係なんて」
「あのさ、一個だけ、お願いしていい? 小夜」
「……言うまでもないでしょ。買ってあるから、存分になさい」
「じゃあ……」
その手を取り、直後にはハウルシフトの黄金に身を浸した小夜とカリクムは、記憶を辿って部屋に買い付けてあった袋を手に取って飛翔する。
窓の外では、今日も愛の言葉と感謝の言葉が行き会っているのだろう。
それが母の日、いつもは言えない感謝を告げる特別な日――。
「(だったなら、私たちのやる事って決まっているわよね……!)」
袋いっぱいに詰め込んだ白いカーネーションを、一気に解き放つ。
それは自分たちをいつも見守ってくれている――母親のような慈愛を持つカグヤへのメッセージだ。
「(いつもありがとう、カグヤ……。私たちは……強くあるから)」
思い出すのは一年に何度だっていいはずだ。
だって――カリクムにとっての母親であり、自分にとっての友人である彼女には、抱えきれないほどの想いが溢れているのだから。
月明かりにカグヤが微笑み返してくれたような気がして、小夜はカリクムと共に笑顔を返す。
「(……じゃあ、行きましょうか、カリクム。あんた、素直じゃないからね)」
――それはお互い様だろ? ……まぁいいや。こういう日も、いいよな。
黄金の輝きを灯して、カリクムは母の日の夜空を疾走する。
きっと、想いを引き受けたその輝きは、誰よりも強く瞬いて。