JINKI 230 交差する道も

「了解! じゃあ、ユズちゃんも。こっちに来ない?」

「えっ……? 私……も?」

「だって、その人機乗りの人といつまでも二人旅って言うんじゃ、頭打ちが来るでしょう? 今すぐじゃなくっていいから、レジスタンスに加わって戦うって言う選択肢はない? まぁ、無理やりなことを言っている自覚はあるんだけれど」

「副隊長……。人員をいたずらに増やすのは悪い癖だ」

 呆れ返ったハザマに、アイリスは笑顔で返す。

 こんな世界の崖っぷちでも、笑える人は居るのだな、とユズは物珍しそうにその横顔を眺めていた。

 そういえば、シバだってそうだ。

 全てにおいて達観しているようでいて、時折、打算のない少女の微笑みを湛えることがある。

 世界崩壊の淵に立っていると言うのに、強い人間は居るものだ。

「……どうしたの? 不思議そうな顔をしちゃって」

「あ、いえ……。似たような笑顔だなって思っちゃって……私の旅の同行者も」

「そう? まぁ、強かになっていくのかしらねぇ、自然と。どっちにしたって、補給がないから、この街に立ち寄ったんでしょう? なら、少しは分け前を与えるのが人情ってものでしょうから。それに、ここまで来たっていうことそのものが、あなたたちにとっては意味のあることだろうし」

 アイリスの言葉は前向きである。

 その時、ユズはきゅぅと弱々しく腹の虫が鳴いたのを感じていた。

 恥じ入って顔を伏せると、アイリスは微笑んでハザマへと声を飛ばす。

「ハザマさん! ちょっとここいらで一旦、コーヒーブレイクと行きましょう」

「……もうすぐ隊長が合流してくるぞ? 今じゃなくってもいいんじゃないか?」

「ユズちゃんに、私のコーヒーを振る舞いたいのよ。いいわよね?」

 確認に、ユズは腹部を抱いてこくりと頷く。

 アイリスは《バーゴイル》に傅かせて、コックピットより持ち出したのは、何と年代物のコーヒーメーカーであった。

 豆も原産地の物であり、このような戦いの最中、どこで手に入れたのだろうと疑問を浮かべている間に、彼女はてきぱきと準備を始める。

「はい、小腹を満たすくらいにしかできないだろうけれど」

 差し出されたのは板チョコであった。

 ロストライフの地では明らかな高級品である。

 コーヒーを抽出している間、彼女も板チョコを頬張っていた。

「……余裕、あるんですね……」

「そう? いつだって、少しは余力を持っておかないとね。そうじゃないと、キョムと戦えやしないわよ」

「キョムと……戦う、ですか……」

「あれ? 違う? ……ここいらはもう、とっくの昔に人なんてほとんど消え去って、街だけが残っているのは調査済みだし。戦わないのなら、相手に搾取されるだけ。アンヘル、って組織があるのは知ってる?」

「あ、はい……。時折、耳にします。キョムへの対抗組織だって」

「そのアンヘルだって万能じゃない。世界の果てまで防衛の手が届くわけじゃないし、地球の反対側の人たちを助けられるわけじゃない。結局は、ね。人間ってのは、その時々で、自分たちを救う手立ては自分たちで持っておくしかないのよ」

 コーヒーの芳香が漂ってくる。

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りに、意識していなかった空腹感が鎌首をもたげてきた。

「……けれど、みんな絶望しちゃう。それがロストライフなんじゃ……」

 生まれ育った村のことを思い出す。

 あの場にシバが居たから、自分は今も生きている。

 そうでなければ、あの局面で死んでいてもおかしくはなかった。

 シバは自分にとって道標を示す、月明かりのようなものだ。

 彼女自身が否定しようとも、きっと自分はシバと言う漆黒の月光に魅せられたのだろう。

「はい。熱いから気を付けてね」

 猫の絵柄があしらわれたマグカップを差し出され、黒々とした液体が注がれる。

 何だかこの場末においては、見当違いのようなものの気がして、ユズは小さくこぼす。

「……こんな風に……落ち着けるなんて……」

「いつだって、落ち着かないと物事は前に進まないわ」

 アイリスもコーヒーを啜る中で、ユズは一口目を飲もうとして、舌先が痺れた。

「あれ? 猫舌?」

「……まぁ、はい。子供なので……」

 そもそも出生地の村でさえ、コーヒーなんて滅多なことでは飲めなかった。

 明日の食事でさえも危うかった事情がある。

 しかし、そんな過去は頓着もせず、アイリスは角砂糖を手渡していた。

「苦かったら、これでも入れて。ミルクがないのがちょっと申し訳ないけれど」

「い、いえ……っ、飲みます……っ!」

 苦み走ったコーヒーの熱い液体を喉に流し込むと、身体が内側から温まって来るのが分かる。

「少しは頭が冴えるから、私はコーヒーって好きなのよ」

 アイリスは優雅に飲み干してから、ハザマの《アサルト・ハシャ》へと手を振る。

「隊長は? どうだって?」

「もうすぐ来る、とのことだが……どうするんだ? 抱き込むのならば、早いほうがいい。こちらも補給を終えればこの街を後にする。旅の同行者がどのような人間かは分からないが、決定権はそちらにある」

 ハザマの論調は冷たいが、今は自分一人に決断を投げてくれているのが窺えた。

 アイリスも問いかける。

「どうする? ユズちゃん。二人旅って言うのもちょっと危ないのは確かだし、私たちの仲間にならない? 隊長の操主としての腕は確かだし、私たちもそう。少なくともたった二人よりかは、生存率は上がると思うわ」

「仲間……ですか。けれど、私……」

「決めるのは、あなたよ」

 ユズは手の中にあるマグカップへと視線を落とす。

 このまま、シバと共に地の果てまで旅を続けるのか、それとも、こうして出会えた人々に助けを乞うのか。

 選択は――。

 ――《O・ジャオーガ》が街へと到達した頃合いには、アイリスたちが次の目標地点を概算していたらしい。

 既に食糧や備蓄されていた資材は二人の人機が積載している。

「……話にあった、少女と言うのは?」

 コックピットより身を晒したバルクスはロストライフの乾いた風を感じていた。

『それが、どうやら同行者を放ってはおけない、とのことで。一応、二人分に足る食糧と資材は分け与えておきました』

『……少し、妙なところのある娘だったな。本当に同行者とやらが居るのかも怪しいが』

『ハザマさん、そこから疑っているの? さすがにこの地域でたった一人で生きて行くのは厳しいわよ。だからこそ、の提案だったんだけれど』

「……断られたのか?」

『隊長が怖いからですよ』

 軽口を叩かれ、バルクスは苦笑する。

「……だとすれば、私の落ち度だな」

 しかし、とバルクスはつい先刻、シャンデリアからの実行部隊と繰り広げた戦闘を思い返す。

「妙な敵だった。《バーゴイル》だったのだが、あれは誰かを追撃するかのような……」

『ひょっとして、ユズちゃんの言っていた、旅の人機乗り?』

『それほどまでに強かったのだとすれば、抱き込めなかったのは逆に痛かったのでは?』

 バルクスは《O・ジャオーガ》で叩きのめした《バーゴイル》の練度を確かめるように手を開いたり閉じたりする。

「……二人旅の人機乗りを相手取るにしては……本気の色合いであったが……」

『どうなんでしょうね。けれどまぁ、また会えるかもしれません。その時に勧誘すればいいんじゃないでしょうか』

『……副隊長、その楽観主義はどうかと思うぞ』

『いいじゃないの。生きていれば、そのうちいいことあるんだってくらい、信じたいじゃない』

『……そういうものか』

 通信網に交わされる二人の声を聞き留めながら、バルクスは静かに口にする。

「……そうだな。いずれ……ともすれば交わる道でも、あるのかもしれない。だとすれば、その時に」

 戦士の証を、立てるべきであろう。

 ――コンコンとコックピットを叩かれたので、シバは片目を開けて応じる。

「んぁ……どうだった?」

「シバさん、眠りこけていたじゃないですか。大丈夫なんですか?」

「あー、うん。よく寝たぁー……」

 大欠伸を漏らすと、ユズは少し呆れ返っているようであった。

「……こんなので大丈夫なのかなぁ」

「どったの? 物資も少しはあった?」

「あ、はい。……これで一週間は持つんじゃないでしょうか」

「それは結構。……ねぇ、何かあった?」

 別段、詰問するつもりでもなかったのだが、ユズの表情には翳りが見えたので尋ねる。

「いえ、そのぉ……私たち、このままでいいんでしょうか。誰かと、手を取れるんならそのほうが……」

「誰を信じるのかなんて、その時の自分次第でしょ? あたしは、自分以外信じてないから。まぁ、好条件をちらつかせられても、ね。ロストライフの地平じゃ、そんなのはまやかしみたいなものよ」

「……まやかし……なんですかね」

 思うところのある論調であったが、追及はしなかった。

「……ユズちゃん。あたし、お腹空いちゃった。ご飯にしましょ」

「……もう。シバさん、ずっと寝ていて、それでお腹空いたなんて……」

「だってぇー、戦うと疲れちゃう。いくら不滅の身体でも、その辺はうまい具合にできちゃいないんだから。今日は何? 何?」

「……パンと……少しの間は持つ、スープとか。後は野菜とか色々……」

「……ひもじぃなぁー……」

「ワガママ言わないでくださいよ。……もらった食材で、今日はシチューくらいはできそうなんですから」

「わっ、シチュー? 久しぶりね。じゃあ、夕飯を楽しみにしてますか!」

 コックピットで再び寝転がった怠惰な自分に、ユズは指摘する。

「……シバさんも手伝ってくださいよ。ちょっとはその……二人旅なんですから」

「うぅーん……あたしが手伝うと美味しくなくなるでしょ? だったら、分担よ、分担」

「……納得いかないんだからなぁ、もう」

 いつの間にか暮れ始めた斜陽の光がコックピットに差し込んでくる。

 もうすぐ月夜だ、と感じてシバは中空へと手を伸ばしていた。

 煤けた風のにおい、吹き荒ぶ死地の感覚――。

「……ユズちゃんは、さ。あたし以外と行動したほうがいいんじゃない? そのほうが、案外生き残れちゃったり」

「……駄目ですよ。だってそうすると、シバさん。まともな晩御飯、食べられないじゃないですか」

「……それもそっか」

 何だか益体のない考えに身を浸したものだな、と一瞬だけ自嘲して、シバは瞼を閉じていた。

 今宵の食事を、せいぜい楽しみに待つとしよう。

 黒の女は、静かに寝息を立て始めていた。



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