「了解、……っと。にしたって、南の姉さん、久しぶりっすね。オレ、これでも感動してるんですよ?」
「勝世君、そっちの制御系統は任せているからね。上操主やるんだもの、空域をどうにかこうにかするのに必死で、機体姿勢バランサーまで手が回らないわよ」
勝世は上操主席に収まり、マニュアル駆動の《ナナツーウェイ》の武装周りを点検する。
自分は、と言えば、下操主席にて回路接続とフライトユニットの状態維持を任されていた。
「……友次のオッサンが用があるって言うんだから、気ぃ張って来てみりゃ……。哨戒任務ってのも楽じゃありませんね」
「……それでも、よ。各国との取り決めでアンヘルの操主と人機はセットじゃ出せないって言うんだもの」
『南さーん! 頑張ってくださいねー!』
甲板上で赤緒が手を振ったのを勝世は見つけて手を振り返す。
「いやぁー、それにしても、《ビッグナナツー》が海域に出られるからいいものの、ついこの間までは日本海から出るなってお達しだったわけですから、とんだ迷惑っつーか」
「《ビッグナナツー》に関しても人機じゃなくってタンカー船って言う名目ありきだけれどね。実質人機みたいなもんなんだけれど」
『南ー、警戒任務で墜とされるなんてやめてよね?』
エルニィの言葉が通信を流れていく中で、南は《ナナツーウェイ》の出力を引き上げ、推進力を振り絞る。
「馬鹿仰いな。まったく……。《空神ナナツーウェイフライトユニット》、出るわよ!」
甲板上を突っ切っていく《ナナツーウェイ》はすぐさま翼を広げ、安定機動に移っていた。
「……キョムの黒い波動が観測されたって言う、空域まであと少し、ですか。それにしたって、今回の条件、オレが指名されたのってあれでしょ? 姉さんの監視役」
「あら? その辺は分かっていての行動なのね」
「そりゃあ、一端に諜報員ですから。要らないことにも聡くもなりますよ。けれど、いいんですか? 両兵の奴だって馬鹿じゃないんですし、こういう時に頼ってやらねぇと……」
勝世の言わんとしていることは分かる。
生存率を上げるのならば両兵を上操主に据えたほうがいいはずだ。
しかし、それもある意味では縛り――こうして空域監視任務に当たるのに、いちいち両兵を引き連れているのでは相手からの不信も買う。
加えて、トーキョーアンヘルを束ねるリーダーとしての立場も委ねているのだ。
「……あいつには《ビッグナナツー》に留まってもらっているわ。もし……私たちの居ない間に赤緒さんたちに何かあったら、死んでも死に切れないじゃないの」
「そりゃあ、確かに。でも、トーキョーアンヘルの機体は取り決めで外に出られないんじゃ?」
「この間、開発先導した人機があったでしょ? 《ナナツーマジロ》。あれは一応、国産の人機って言うお題目があるから、《ビッグナナツー》にも積載できるし……もしもの時には戦闘経験値を積むこともできるしね。何だかんだで私も任せられるところは任せないと」
「……疲弊します、か」
勝世の言葉を背中に受けながら南は今回の一件が舞い込んできた時のことを思い返していた。
「――赤緒ー、今日の晩御飯はすき焼きねー」
平時の如くエルニィの無茶振りに赤緒は困惑し切った様子で言い返す。
「……もうっ、立花さんっ! そういうのはちゃんと働いてから言うものですよっ!」
「働いてるじゃん。頭脳労働、分かんない?」
ずっとキータイピングをしているエルニィに赤緒は詰め寄っていた。
「パソコンの画面をそんなに近くで見ると、目が悪くなっちゃいますよ」
「うへぇ……赤緒ってば相変わらず前時代的って言うか……。大丈夫だってば。ボクの眼は一級品! 視力だって落ちたことないんだよ?」
「本当に……? って、あれ? これってこの間、確かメカニックの方々が言っていた……」
画面上に表示されているのは今も港に停泊していると言う、トーキョーアンヘルの巨大船舶だ。
「そっ。《ビッグナナツー》。赤緒には説明したっけ? 基本的に、柿沼のばーちゃんや水無瀬のばーちゃんにはこっち勤務になっているって」
「えーっと、それは何ででしたっけ?」
「……忘れたの? あの二人は密航者なんだよ。何かがあって、日本国籍がないってのがバレたら大変だし、そうじゃなくっても南米にしてみれば、重要人物の輸送ってだけでかなり神経を尖らせている部分だってあるんだから」
柿沼春と、水無瀬蛍、であったか。
未だに接点があまりないので、トーキョーアンヘルの面々が増えたと言われてもいまいち赤緒にはピンと来ていなかった。
「……うーん、私が会って来ちゃ……駄目なんですよね?」
「……あのねぇ、赤緒。言うまでもないけれど、人機操主は常に見張られていると思ったほうがいいよ。ボクは上手く撒くことくらいはできるけれど、赤緒たちは素人じゃん。まぁ、そういうので言えばメルJも上手いけれどさ。何かがあってからじゃ遅いんだから」
そう言われてしまうと、平時に学校に通っていることでさえも奇跡のように感じられてしまうが、どうにも実感はない。
むしろ、これまで通り――いや、これまで以上に日常は滞りなく思えるのだから。
「……でも、危ない目には遭ったことは……」
「ない、とは言わせないよ。さつきの件もあったし、キョムだってどこで牙を剥くか分かったもんじゃない」
さつきが一度、八将陣ハマドの手に落ちたこともあったか。
そのようなことがまた起こらないとも限らないのだ。
「……けれど、それと今、立花さんがパソコンと向かい合っていることの関係は?」
「結構前からモニターされているんだけれど、本格的にこっちから打って出ることが可能になったんだ。だから、攻めの姿勢を貫くために、《ビッグナナツー》による海域監視任務を提唱しようと思っていてね。目下、作戦指示書の作成中ってわけ」
「えっと……何がです?」
「……赤緒さぁ……」
「待って……言おうとしていること、何となく分かります。……前にも言ったじゃん、ですよね?」
制して先回りすると、エルニィは嘆息をつく。
「……分かってるんなら言うまでもないと思うけれど、まぁ、黒い波動って奴をね。ロストライフ現象の大元って言われている。こいつは確かに日本じゃ目撃例は少ないんだ。けれど、こうして世界規模で証言を集めていくと、っと……」
世界地図から黒い波動の目撃場所が抜粋され、それぞれの写真が映し出されていた。
「……日本もないわけじゃないんですね……」
「まぁね。ヒトの不安が色濃くなった時……夜とかに目撃されることが多いから、大事に成り難いってのはあるんだけれど、それでもないわけじゃない。で、南米とかはほとんど日常茶飯事。黒い波動の集積地点には、自ずと現れるのが……」
「……《バーゴイル》をはじめとした、キョムの陣営……」
人機の目撃例となると急速に少なくなるのは、恐らく目撃した人間はほとんどロストライフ現象の犠牲となっているからであろう。
赤緒はお盆を抱いて、思わずぎゅっと拳を握り締めていた。
自分たちの窺い知らぬところで、誰かが今日も命を落とし、そしてキョムの実効支配地は広がっていくばかり。
言い知れぬ想いを抱いていると、エルニィが認めて声を投げる。
「……あのさ、今、自分たちが力及ばないばかりに、とか思ったでしょ」
「お、思っては……はい、少し……」
「よくないよ、精神衛生上って言うのかな、そういうの。ボクらだって万能じゃないんだ。日本に居ながら地球の反対側のことを考えるのはよしたほうがいいし、黒い波動の観測地なんてほとんどランダムなんだから。赤緒一人でどうこうできることじゃないのは分かるでしょ?」
「……それは……確かにそうですけれど」
「キョムの実効支配が始まったのはもう三年も前からなんだ。シャンデリアの技術力を見るに、それより前からずーっと準備をしてきたんだと思う。だから、単純にこれはスタート地点の差だよ。どうあったって、追いつくのは難しいもんなんだろうし」
トーキョーアンヘルの頭脳たるエルニィがそう評価を下すのならばそうなのだろう。
実際、自分たちが救えるのは目の前の人々だけの話だ。
「……でも、今作戦指示書を作ってるって……」
「話は最後まで聞くこと。……黒い波動の観測地の一つに日本海が入った。つい二日前の出来事だよ」
今しがた救えないのだと断じたばかりなので、赤緒は心臓がきゅっと締め付けられる感覚を覚えていた。
「……向かえない……んですか?」
「取り決め、って言うか、日本の制限を覚えているかな、赤緒は。トーキョーアンヘルの人機は強力だから、他の国から厳格に制限を食らっているんだよね。曰く、専守防衛は認めるけれど、攻め込むのは禁止って奴。首都防衛に力を注ぐ代わりに、他のことは手を出すなって言う……まぁ、各国の思惑が透けて見える奴」
「そんな……! 日本海なら、まだ間に合うんですよね……!」
思わず身を乗り出した自分に、エルニィはパソコンを凝視しながら一時としてタイピングの手を休めない。
「焦らないで……って言っても無駄か。だからこそ、作戦指示書を仰いでいるんだけれど……うん。予想通りの返答が来たね」
メールに添付された作戦指示書は英語ばかりなので赤緒は読めないでいると、エルニィが助け船を出す。
「……何を書いているのか赤緒にはさっぱりだろうけれど、要約すると、“トーキョーアンヘルの人機による攻撃作戦は認められない”ってこと」
「で、でも……! 間に合うんなら……!」
「……だよね。赤緒はそういう人間だった。とは言え、こっちだって何の備えもないわけじゃないんだ」
エルニィはやおら立ち上がり、軒先へと出ていた。
昼下がりでお茶を啜る南の肩を、エルニィは叩く。
「――出番だよ、南」
「うん? ……何のこと? おっ、茶柱」
「……言ってたじゃん。《ビッグナナツー》が航行可能なレベルに成れば、こっちから黒い波動の観測地を捕まえに行けるって。けれど、今のボクらじゃ、そっちまで人機で行くのは難しいし、言っちゃえば条約違反になる。けれど、南は厳密にはトーキョーアンヘルの操主じゃないでしょ?」
「……エルニィ。また危ない橋を渡らせるわけ? ……とは言っても、私も一人で黒い波動の観測まで行けってのは無理よ?」
「そ、そうですよ! 私たちのサポートがないと!」
「けれど、トーキョーアンヘルの操主は駄目なんだよ。あまりに行動が過ぎれば罰則だってあり得る」
そんな、と肩を落としていると、エルニィはなぁに、と反対にニヤニヤと笑う。
それは何か考えのある時の笑い方だ。
「……もう手は打ってあるんでしょ?」
「さすがは南。そうだね、“操主”として登録されていちゃ、駄目かもだけれど、他なら何とかなるでしょ?」
赤緒が首を傾げていると、南はずずっと茶を飲み干す。
「……嫌な予感がするわ」
「――で、オレに白羽の矢が立ったわけですか。確かに、“トーキョーアンヘルの操主”としての登録はされてないわけですけれど」
「話が早くって助かる……と言うよりも、エルニィに乗せられたようなものね。両を何回も国外に連れ出せば、あいつにだって嫌でも監視とかが付きかねないわ」
「両兵の奴は斬って捨てるでしょ、そういうの」
「……まぁねぇ……。とは言え、平和的な解決を望んでいないわけじゃないのよ。国外からの圧力に関してで言えば、最大限の譲歩を手に入れるためでもあるし」
エルニィも日夜戦ってくれているのは分かる。
その結実が、今回の黒い波動の観測なのだろう。
「以前までなら、観測しても知らぬ振り、ってのが原則だったんでしたっけ」
「勝世君、諜報員でしょ。少しは気にかかっているんじゃないの? 黒い波動の噂に関して」
「そうっすね。……ロストライフ現象を生み出す要因とか言われていますけれど、実際のところはキョムの人機による実効支配……と、されてはいますが、説明できない事柄も多い……」
事実、黒い波動が生じたからキョムの活動が活発化したと言うわけでもない。
両者の前後関係は不明のまま、キョムが黒い波動の拠点を押さえようとしている、という説でさえも流布されているが。
「……原因不明ってのは一番に歯痒いって言うか、難しいところではあるのよ。だから、赤緒さんたちが迷わないように、真相究明って立場でもあるわね」
「とは言え、ですよ? ……黒い波動ってのは人間の深層心理だとかが不安に陥らないと出ないって言うんで……普段は夜とかでしょうに、今は……」
真っ昼間の陽光が差し込む中で、南は目を細めていた。
「……いつだって、イレギュラーが起こり得るのが実戦だからね。黒い波動が夜に現れるのは、ともすれば私たちのような人間を嘲笑っているようにも思えて……」
あの日――黒将が青葉と両兵に討たれ、そしてその思念エネルギーとされる黒い波動が散った、と厳密にはそう規定されている。
しかし、ロストライフの地平はあり得ないことも観測する。
曰く、黒の男はまだ生きて、どこかでこの世界を闊歩している、とも――。
「……青葉ちゃんと両兵がやってのけたって言うんでしょ。それを否定するように、黒い波動が現れ続けるって言うんなら、汚れ役も引き受けるってわけですか、姉さんは」
「……あのねぇ、勝世君。その姉さんっての、やめない? ガラじゃないんだってば」
「ですけれど、ルイちゃんと姉さんはずーっと、カナイマアンヘルでも回収部隊ヘブンズ気取って戦い抜いていたわけでしょう? なら、尊敬も込めてって奴ですよ」
「尊敬ってねぇ……。そう言えば、勝世君の《トウジャCX》に、してやられたの今さらに思い返して来たわ」
「げ……っ、忘れてくださいよ、それは! オレも思い違いをしていたわけなんですから!」
軽口を交わし合っていると、不意に計器が異常数値を拾い上げる。
「……構えて、勝世君。どうやら……おいでなすったみたいよ」
先刻までの穏やかな会話とは一転、敵影を見据える眼差しを向けた自分に対し、上操主席の勝世は身構える。
「……こんなに……規模がデケェのか……」
黒い波動の観測域は空を満たすほどであった。
落ち着き払ってエルニィに通信を繋げる。
「……エルニィ、《ビッグナナツー》から見える?」
『見えてるよ。それも尋常じゃない規模だ……。大丈夫? こっちからでももしもの時のために、ブロッケンを格納はしているけれど……』
「いえ……それはやめたほうがよさそうね」
「何でです? 《ブロッケントウジャ》なら、空戦フレームに換装して援護くれぇは……!」
「広世君、視線を向けないで、そのまま直下、五時方向」
勝世がそれを理解し、すぐさま声を潜めていた。
「……海域戦闘用の人機、ですか……?」
「逸らないで。彼の国のものかどうかまでは不明だけれど、この海域に何の監視もなく、私たちを野放しにするわけがない。こっちはフライトユニット装備なんだから、勧告なく領空を出た場合……」
「まさか……! 後ろから撃たれるって……? んなのありだってのかよ……!」
「悔しくても事実は事実なのよ。それにしても、黒い波動を目の当たりにすれば……ナナツーじゃどうしようも……」
《空神ナナツーウェイ》は長距離滑空砲を構えるが、平時のように敵が見えるわけでもない。
黒い波動は確かにエネルギーの凝縮体なのだろうが、それそのものは靄のように実体があると言うわけでもなさそうだ。
「……どうします。撃てと言われりゃ、撃ちますけれど……」
「待って……ここでは動かないのが正解でしょうね。下手に撃てば、こっちから仕掛けたとか言われかねないもの」
「じゃあ、どうするんですか! このまま……黒い波動が消えていくのを待つってのは……!」
「現実的じゃない連中が居るはず。……来る」
身を強張らせたのは完全に感覚の領域だ。
しかし、直後に眼前に降り立った光の柱に南は習い性の神経を走らせる。
「シャンデリアの光……! キョムですか!」
「敵影は……三機編成。《バーゴイル》……!」
キョムの《バーゴイル》が解き放たれ、黒い波動の周囲を展開し始める。
ここまでなれば最早、確信的だ。
勝世は引き金に手をかけて、《バーゴイル》の放ったプレッシャーライフルの光条を潜り抜けさせる。
「……もう、反撃しますよ……! 姉さん、下操主で姿勢制御お願いします! 空域戦闘ってのはまだ慣れないもんで……!」
「分かってるってば! ……それにしたって……」
海面すれすれを駆け抜ける際に、レーダーが無数の機体を照合する。
恐らく、今もこの情勢を見張る各国の人機か、あるいは潜水艇か。
だが、ここで腰を引けさせて何がトーキョーアンヘル。
何が、首都防衛の守りを司る存在か。
南は《空神ナナツーウェイ》の躯体を制御させ、疾走に激震する操縦桿を押し留めようとする。
今にも爆発しそうな機体の駆動系を経験則とこれまでの操縦技術でいなす。
「……こんの……大人しくしなさいよ……! 空が初めてってわけじゃないでしょうに……っ!」
「姉さん、砲撃制動に入ります! 多分、30セコンド以内に衝撃波来ますんで、ナナツーの躯体頼みますよ……!」
滑空砲が火を噴き、散開機動に入った《バーゴイル》を一機、仕留める。
二機が挟み撃ちの挙動に入り、プレッシャーライフルの刃を振るい上げていた。
「……何くそ……っ! こちとら足で稼いできたもんよ!」
脚部を跳ね上げさせ、まずこちらへと斬りかかろうとした相手の中枢に足蹴を打ち込んでいた。
吹き飛ばされた敵影と、背後から回り込んできた相手に対し、勝世がフライトユニットの推進剤を焚かせる。
「……背後ってのは……! 一番に気取られないようにするもんだ……ぜ……っ!」
高熱の推進装置によって海水が噴射し、敵機の操作系を眩惑する。
そのまま砲身を振るい上げ、力任せに頭部へと打ち下ろしていた。
銃身がひしゃげ、折れ曲がり、滑空砲としては無用の長物と化す。
だが、迎撃された相手は海面に打ち付けられ、爆砕していた。
次に警戒すべきは先刻、振り払った最後の一機だ。
「……勝世君! 弾倉は!」
「まだありますが……肝心の砲身がおしゃかになっちまいました……!」
「大丈夫よ……! 敵影へと肉薄するタイミング、下操主に譲渡して!」
「何をするつもり――」
「今は! ……私を信じてちょうだい……!」
声を張り上げた自分に、勝世は無言で上操主の駆動系統を差し出す。
「……言っておきますけれど、まだ死ぬ気はないですよ」
「当たり前じゃないの。……さぁ、来い来い……来なさい……!」
フライトユニットを押し広げ、《バーゴイル》へと至近距離にまで迫る。
その腹腔の血塊炉へと爆ぜた砲身を装甲越しに押し付ける。
「いっけ――ッ!」
敢行されたのはゼロ距離の砲撃だ。
滑空砲のトリガーを引いた瞬間、爆砕した武装と共に両腕のマニピュレーターが吹き飛ばされていた。
勝世が推進剤を制御し、海面に没した《バーゴイル》を蹴り抜いて叩き落とす。
「こんちくしょうめ! おととい来やがれ!」
ハイになった精神が声となって吐き出される。
南自身も今しがたの危機感に心臓が爆発寸前なのが窺えた。
上空に抜けた機体が錐揉みながら安定機動に移っていく。
ようやく通信網が復活したのか、エルニィの声が弾ける。
『南……! 今しがた会敵した反応があったけれど……!』
「ああ、うん……何とか生きてる……。そうよね? 勝世君」
「……ですね……。にしたって、ナナツーで空戦するのなんて、もう二度と……ああ、いや。こう言うと色々語弊があるもんですが……」
勝世にしてみれば久方振りの人機の操縦のはずだ。
その中でもギリギリの攻防を演じさせたのだから、自分もなかなか始末に負えないのだと思う。
「……それにしても、黒い波動は……」
計器からは黒い波動の観測は失せている。
しかし、自分たちはこれほどまでの接戦を挑んだのだ。
ならば――少しばかりの報酬があってもいいのだろう。
「……赤緒さん、聞いてる?」
『は、はい……! 南さん、大丈夫――』
「今日はすき焼きね。それくらいの我儘は言ってもいいでしょ?」
それが想定外であったのか、あるいはようやく安堵の息をついたのか、通信には涙声が混じっていた。
『はい……っ、はい……! よかった……無事に戻ってきて……!』
「泣かないで、赤緒さん。大丈夫だから。ね?」
何とか落ち着けさせてから通信網を切ると、勝世が声にする。
「……それにしたって、生きた心地がしねぇって言うか……」
「勝世君、今日は柊神社に来ちゃえば? 功労者なんだし、さ」