JINKI 52 第百四十五次定例会議事録

『トーキョーアンヘルが及ぼし続ける我々への影響……そして極東国家での情報統制、それに南米よりの兵器流入の阻止……。正直なところ、何人いても手が回らんところだ。極秘兵器は識者の間では噂に上がっているとのことだが……』

『ロストライフ現象、という曖昧な語句に集約されている時点で、民間レベルではまだであろう。問題なのは、東京でもロストライフ現象の兆候が見られるようになった、という事態……』

 粗いが、人機より撮影された巨大な影の映像が全員に同期される。

 黄緑色のカラーリングを持つ、これまでにない大型人機。名称を《キリビトコア》――八将陣の操るオーバーテクノロジーの数々は自分たちが基礎を創り上げ、そして彼らの支援をしたと言うのに、ほとんど尻尾切りの状態でおこぼれには与れなかった。

 もっとも、そのお陰で失脚の憂き目に遭わずに済んだ命拾いも、この中にはいるようであったが……。

 感嘆の息と共に、やはり、とトラの仮面より声が上がった。

『危機感を募らせるべきなのでは? あまりに……これは過ぎたる力だ。人機産業に噛ませてもらっている立場で言うのもなんだが、異常だよ。黒将も思わぬ形で我々に牙を剥いたものだ。テーブルダスト占拠の後に、人機の量産計画が練られていたとは言え、その背後でこのような……衛星兵器など』

 写真が切り替わり、静止衛星軌道上に位置する十字架のコロニーを映し出す。現状ではどの国家も介入できず、まして迎撃などまるで不可能な宇宙の要塞。キョムの鬼札。

『……シャンデリア……。極秘事項のまま進めるつもりであったが、立花相指の忘れ形見が発見したために、この情報は高度に政治的な駆け引きとして、現在どの国家とも取引材料になっている。諜報機関は躍起になっているとも。もっとも、今さらロストライフの藪蛇を突こうとする輩などいるはずもないが』

『つまらない三下新聞記事に載って関の山だろう。オカルトだと断じることも容易い。しかし、ここで論じるべきなのは、そうではないはずだ。我々は知った上で、これからの身の振り方を決めなければならない』

『左様。人機産業は軌道に乗りつつある。ベネズエラ軍部の開発計画を』

 写真が移り変わり、今度はベネズエラ軍部の開発した、世界初の戦闘用人機の設計図が投影されていた。

 全ての始まり――コード01と呼ばれる、原初の魔。

『《モリビト一号》……。原点にして頂点、か。未だにこれを凌駕する性能の兵器が現れていないのは不幸か僥倖か……。いずれにせよ、ベネズエラが当時の技術の粋を集めた戦闘用の人機だ。このデータは?』

「参照不可」の赤い文字が上塗りされる。

 これも当然の措置だろう。黒将は自分の乗機から弱点が割れることを恐れ、ベネズエラ軍部に残る全ての資料を焼き捨てている。

 その中に残っているのは開発に携わった当時の階級の「大佐」の顔写真のみ。

 実際に手を加えたのは高津重工の者たちだ。彼らは人機の平和利用を謳いながら、災厄の兵器を造り上げた。しかし、そのお陰で現在の栄華がある。アンヘルとして組織再編され、古代人機侵攻を阻止できるようになったのはひとえに、一部の裏切り者の技術提供だろう。

 それが誰か、などという水掛け論は誰も望んでいなかった。

『三年前に遡ろうか。ベネズエラに残りし、映像技術と会話記録を参照する』

 記録は三年前へと遡る。

 映し出された顔写真はまだ幼いながらにも、黒将の血筋を色濃く受け継いだ相貌であった。

 日本人の少女、津崎青葉。

 津崎静花の娘であり、そして忌まわしき、黒将の血筋――。

 無数の写真が次々に投影される中で、黒髪の少女は人機と出会い、そして呪われた血脈であるその実力を少しずつ顕現し始める。

『《モリビト2号》が古代人機と戦った経過報告があったはずだ。それを』

『サンプル資料の中にあるリバウンド兵装の実験記録だな。映像と音声を再生』

 僅かな沈黙の後に、映像資料と音声資料が再生された。

『――げっ! シューター!』

 後ずさった《モリビト2号》が射撃姿勢に入った古代人機に対し、反撃に転じようとして、火器の積まれていないライフルを振り翳す。

 数度に渡っての砲撃の後、会話が錯綜する。

『そんな……私てっきりあの盾に何か秘密があるんだと思ったんだけれど……』

《モリビト2号》が右腕の盾を掲げる。

 緩慢なる古代人機の射撃が狙い澄ます中で、《モリビト2号》は直撃軌道の一撃を盾で防御した。

 刹那、位相が転移し、重力磁場の皮膜が巨大な斥力となって砲弾の攻撃性能を偏向させた。

『リバウンド――フォール!』

 声が弾け、砲撃を跳ね返した《モリビト2号》が古代人機を撃ち抜く。古代人機はここでの撤退を判じたらしい。身を翻し濃霧の中へと消えていく。

 その古代人機の末路は、次なる戦闘での二体編成による《モリビト2号》への圧倒であった。

 新型の古代人機が《モリビト2号》を磔にし、一方的に蹂躙しようとする。

『この戦局で、モリビト専属の下操主、小河原現太は負傷。途中よりの戦闘は津崎青葉によるものである』

 モリビトが機体を翻させ、古代人機の背後を取る。

 即座にブースト噴射で加速したモリビトによって横倒しになった二体を、直上へと躍り上がった《モリビト2号》はブレードによる一閃で粉砕。

 古代人機二体は完全に沈黙する。

『……ここまでの戦いで、不明な点は?』

『津崎青葉の血続操主としての顕著な適性は、この時点より?』

『そうだと判断される。あまりにも異常だ。極東の地で人機と無縁であった少女が、度重なる訓練を要する戦闘用人機をここまで操れるなど』

『それに関しては追記レポートがある。当時の小河原現太による書面だ』

 日本語で書かれたレポートは、この後下操主を完全に退いた小河原現太の心情を克明に表していた。

「……彼女をここに連れてくるべきではなかったのかもしれない。如何に静花君が言っても年長者として突っぱねられれば、どれほどよかっただろう。私は、また間違えたのか……そう思わずにはいられなかった。人機の青い血に呼応する血続、その力を意のままに振るう……想定外の事態を防止するための下操主と上操主の制度だったが、運命には抗えないのか……。失礼、上記の言葉は記録という判定に反するため、削除を要請する。《モリビト2号》の迎撃率は上がったと言ってもいい。私が戦うよりももっと、津崎青葉には思わぬ適性があった。この短期間での特殊加速技能、ファントムの会得。そしてキャリアが遥かに長いであろう、黄坂ルイ君との対立と渡り合うだけの実力。どれもこれも、日本では決して観測できなかっただろう。人機を得た津崎青葉はまるで本来の姿を少しずつ取り戻していくかのように、一日ごとに生まれ変わる生粋の操主であった。《モリビト2号》も彼女の精神に呼応し、実力以上を引き出していたかのように思う。それは息子である小河原両兵の操主技能を、然るべき手順とそして時間さえ積めば、超えるであろうと言う試算からしても明らかだ。津崎青葉にこれ以上、《モリビト2号》への搭乗は控えるように努めたいが、彼女が人機を求めるのか。あるいは人機が、彼女を欲するのか。それは定かではないが、二つの存在は、まるで惹かれ合うかのように相乗し、能力を紡ぎ上げていく。私のような、ただの人間の思惑などまるで度外視したかのように……。津崎青葉が人機操主になったことは、アンヘルにしてみれば幸運かもしれないが……その縛られた運命を鑑みるに、どうしても重ねずにはいられない。彼女にはせめて、前を向いて強く生きて欲しい。その結果が、人機との別れであったとしても、それが運命の解放となるのならば、それでも構わないと、思っている……」

『小河原現太は津崎青葉を特に買っていたようだな』

『この証言にまったくの買い被りがなかったと言うのは……どうにも皮肉めいているが』

 続いて映された映像はベネズエラ軍部の開発した戦闘用人機、《トウジャCX》の翻弄であった。

 地を踏み締める度に加速するトウジャに対し、モリビトはあまりに重過ぎる。

 この勝負は分かり切っているかのように思えたが、予測は思わぬ形で裏切られる。

 ファントムを用いた《モリビト2号》の躯体が《トウジャCX》に肉薄し、宙に浮かび上がった二機がもつれ合いながら、その剣筋が決定的な一打として、掻っ捌いていた。

『トウジャの機体性能ならばモリビトは凌駕されて然るべき。その結論は早計であったと思わされた』

『実際には痛み分け……。それもこの直後の戦いを見るに……』

 濁した先に「極秘事項」とわざと画素を落とされた映像が展開される。

 映像の質は悪いが、ここにいる者たちならば分かる。

 黒将が奪還した《モリビト一号》で《モリビト2号》、《ナナツーウェイ》、それに《トウジャCX》を圧倒し、放ったリバウンドプレッシャーが全てを塵芥に還すかに思われた瞬間、モリビトの眼窩が青く輝き、重力磁場の変動した大地を踏み締め、その拳を放っていた。

 その後の映像は途切れており、ノイズにまみれている。

『……この戦闘によって黒将は我々の関知より完全にロスト。八将陣計画を立ち上げ、先んじて量産に及んでいた《バーゴイル》を率い、カラカスへと進軍した』

『ジャッジメントデイ……。全てが変わったあの日のことを、我々は決して忘れまい』

 カラカスが核の煉獄に染まり、全てを消滅させたあの日――。

『……時をほぼ同じくして、津崎青葉の搭乗するカスタムモデル、《空神モリビト2号》がシグナルを無視してテーブルダストへと進攻。極秘記録だが、この時八将陣をほぼ無効化したとの記録がある』

『恐ろしい代物よ。敵に回らなかったこと、幸運だと思うべきか』

 そして、運命の時――。世界の未来が切り替わった、革命の戦い。

『《モリビト2号》に搭載された記録にも残らない「何か」が巻き起こり、絶対の死地であるテーブルダストより津崎青葉と小河原両兵は生還。この時、黒将は公式記録では死んだ、と……?』

『それも不明だ。後のキョムは黒将がまるで生きているかのように偽装していたことになるが、この三年間で黒将の存在が全く関知されないわけではなかった。まるで……そう、言い方は悪いが亡霊のように……人々の間を黒将と《モリビト一号》は転々として行った。常識的に考えれば、あり得ないはずなのだがね……。黒将と《モリビト一号》規模の存在が何の痕跡も残さずに世界を渡れるはずがない。何か……代行者がいたと考えるべきなのだが、しかし彼らの中に残るのは、黒将という存在そのものだった……』

『キョムのオーバーテクノロジーが記憶操作にまで至っている可能性はあったが、それは個人レベルでの話だ。人々の無意識下の記録にまで、黒将と一号機が爪痕を刻んでいる。……言いたくはないが、妄執……それも呪いの類だろう。一号機と黒将は、記録としては死んでもなお、生きている、としか……』

『それも不明な点が多い。次期定例会の課題とする』

『承認する』

『しかし、黒将亡き後、キョムを率いたとすれば誰なのだ? 我々との繋がりを断った後のキョムの動きはまるで掴めない。衛星兵器、シャンデリアのデータもなければ、その反証材料もまるでない、ロストライフ現象……』

『彼奴等はまるで黒将と言う亡霊そのものと共に歩んでいるようにも、思えて仕方ないのだがね。それに関して小河原両兵の追跡調査を行ったエージェントの報告書には、一言だけ。あり得ない、と』

『……要領を得んな。それが報告書だと?』

『地獄の様相を呈していると言う南米戦線に、小河原両兵は単身赴いたとされている。その後、どういうわけか、日本へと渡り、そして時を同じくして改修された《モリビト2号》と、アンヘルの先遣隊は日本へと向かっていた……』

『その結果がこれか』

 対峙するのは、コンテナより解放され、《バーゴイル》を迎撃した《モリビト2号》と、そして銀翼の新型人機であった。

『コードネーム、《シュナイガートウジャ》。立花相指の孫娘であり、天才メカニックであるエルニィ・立花が設計、開発を率先して行った機体。現時点での人機産業の一翼を担っていると言ってもいい人材が直々に開発した高性能の飛翔人機だ。公式には、継続的なリバウンドの飛行能力を持つ人機はこれが初となる』

『その《シュナイガートウジャ》と、《モリビト2号》の戦闘、か。……これは見る影もないな』

《シュナイガートウジャ》に蹂躙され、《モリビト2号》は極東の神社に沈黙する。

『操主は……柊赤緒。民間人だったが、血続反応が見られた』

『その後、黄坂南の手腕によって新アンヘルが東京にて結成。試作型であったウリマンのナナツー二機も合流した』

《バーゴイルシザー》を相手に《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》と呼称された細身の人機が介入し、キョムの人機を退ける。

 それは一度や二度ではない。

『リバウンドフォール保持機、《K・マ》との戦闘も突破し、あの極東国家にて、アンヘルは防衛任務の不動の地位を得た。そして、これが直近の戦闘だが……』

《シュナイガートウジャ》と打ち合うのは漆黒の似姿である。

『《ダークシュナイガー》……。キョム、いいや、グリム協会の改造機か。グリム協会に関しての情報は?』

「開示不可」の反応に全員が沈痛に面を伏せる。

『我々でも彼奴等の正体は掴めない。一体いつから……いや、どの段階で黒将は我々を見限り、グリム協会の技術を盾にして八将陣計画を練り上げ、そしてシャンデリアを造り上げたのか』

『全ては謎のままだ。だが分かっていることが、ハッキリしていることがあるとすれば、キョムは敵であり、ベネズエラ軍部にとっての理想のビジネスモデルを阻害する存在であること』

『そしてそれは、トーキョーアンヘルとて例外ではない。キョム対アンヘル……どっちが勝ったとしても我々に旨味はない』

『南米戦線にての戦時需要は潤いつつある。米国主導の経済形態に移行するのに、人機産業は必須』

『キョムが勝とうが、アンヘルが残ろうが、それは知ったことではない。だが、確実に言えるのは、世界はまた激動を望んでいるということだ。混沌にして、全であるべきだと、そう思っているのならば……』

『我々が先導するのはやぶさかではないとも。これまで通り、トーキョーアンヘルの動向は監視しつつ、キョムの戦力に対しての対抗策を提示していく』

『異議なし』

『……しかし、トーキョーアンヘルの操主は皆、乙女ではないか』

 映し出されるアンヘルメンバーの顔写真に、なに、と返答が来る。

『中身は戦闘用の血続だ。それは何も変わりようがない』

『今さらに良識ぶったところで我々の行いは変わらぬとも』

『左様。世界の秩序のために。二度目のジャッジメントデイを起こしてはならない』

『……ダビングのような野心家が現れぬとも限らない。これからも世界を継続監視しつつ、人機産業を指揮していく』

『異議なし』

『では定例会の終了を提言する。これ以上の未来は常に変動値だ。どう転ぶのかまるで分からない』

『承知した。トーキョーアンヘルが生き残るか、キョムが巻き返すか』

『どれも世界の結論だろう。我々は、結論のみを重視する』

『では、議会を解散する』

 一人、また一人と席を立っていく中で、最後に残った獅子の仮面の重鎮と、ゾウの仮面は対峙していた。

『……アンヘルが死する時が来たとしても』

『我々は国際警察だ。その時に擁立する組織を、間違えなければいい』

 正論に、ゾウの仮面は視線を卓上に注いだ。

『……その通りだな』

 相手が席を立ってから、重役は静かに口にする。

『だが……善性があるのならば、信じてみたいではないか。それがダビングの……一時の正義感に中てられただけの、欠片のような欺瞞であったとしても、彼らの戦いは……』

 それより先は口にしない。

 その資格がないからだ。

 最後に席を立ち、暗黒の議会は静謐に終焉した。

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