JINKI 80 いつか願いが咲く日まで

「いいのいいの。アンヘルのみんなにあげてるんだから。あっ、受け取り拒否とかはなしね。まぁ、上役からようやく勝ち取った私たちの戦果の証ってわけ」

「戦果の……証……」

 呆然と口にしていると初任給を受け取ったエルニィは、よぉーし、と意気込む。

「これで新しいシューズ買えるかなーっと。最近ボロっちくなっていたからさ。この機会に色々買い替えるのもありかもね」

「まぁ使い道は各々考えて使ってね。はい、ルイ」

 ん、とルイは初任給を受け取り、そのまますたすたと立ち去って行く。赤緒はまさか高校生にして給与をもらえるとは思いも寄らず、困り果てていた。

「……何に使おう……。あっ、そうだ、貯金に――」

「駄ぁー目。貯金だけは絶対に許さないからね。みんなそれぞれ何かに使うように」

 南に厳命されてしまえば、貯金の道は絶たれた。しゅんとする赤緒に南はウインクする。

「別に貯金が悪だと言ってるんじゃないのよ。ただ、使っても差し支えのないお金を、わざわざ言い訳を作ってまで出し惜しみして欲しくないの。あなたたちはそうじゃなくっても最前線で戦っているんだから。報酬は後腐れなく使って、それで気持ちをリセットして欲しいって言うか、ね」

「気持ちのリセット……。でも、私……初任給なんてもらったのは初めてで……」

「あら? 柊神社での働きでもらってるんじゃないの?」

「それは……っ! ……五郎さんに住まわせてもらっている以上、お金をもらうのはどこか憚られてしまって……。五郎さんも分かっていらっしゃるので、お金の話はしないことにしているんです」

「ふぅーん、そんな取り決めが。でも、赤緒さんも堂々として、さ。この際、ぱあっと使っちゃえば? 華の年頃なんだから、何にでも使ってもいいのよ」

「何にでも……」

 それは大変に困る言い草だ。赤緒は沈黙して給料袋と向かい合ってしまう。

「あれ……? 何でそんなに渋い顔を……?」

「南、駄目なんだってば。日本人に何にでも、は逆効果。何かに使えって言ってやったほうが効果的なんだよ?」

 エルニィの弁に南は後頭部を掻く。

「そっかぁ……。難しいわね、日本人って」

「いや、南も一応日本人じゃん」

「私はほとんど現地人だからねー。日本のことはよく分かんないのよ」

 赤緒は当惑したまま、同じように給料袋を握り締めたさつきへと言葉を振る。

「さつきちゃんは……何に使うの?」

「あっ、私は、ちょうど欲しかったお料理道具があるので、それに使おうかな、って。便利なんですよ、普通のお鍋じゃ一時間かかるところが三十分でできる優れものを見かけたので」

 笑顔のさつきに対し、赤緒はより深刻な面持ちになってしまう。

 さつきのような無欲と勤勉さを形にした人間でさえ、欲しいものがあるのに、自分にはまるでそれがない。

 邪気がないと言ってしまえば聞こえがいいが、結局は心に響く何かがないだけの虚しさが広がるばかりだ。

「……ちなみのそのー、ヴァネットさんは?」

「私か。私は新しい銃のパーツでも注文しようかと思っていたが……この程度では足りんな。そうだ、立花。これをくれてやるから人機の操縦席の空調の調節を頼みたい。少しばかり今のままでは蒸し暑くってな。これが整備代と見れば程よいだろう」

「あいよー、承った!」

 エルニィは二人分の給料袋を手に、ふふんと上機嫌に鼻歌を口ずさむ。

「そっかぁ……誰かに渡して委託代にするって言う手もあるんだ……。でも、モリビトの操縦席には、不満はないし……」

 何かに使えないかと思案して境内をぼんやり歩いていると、石段を上がってきた両兵と鉢合わせしていた。

「あっ、小河原さん……」

「おぅ、柊。今日の飯は?」

「あっ、鯛の煮つけで……。いやその……そうじゃなくって。小河原さん、アンヘルにずっと居たんですよね?」

「あン? 何だ、藪から棒に」

「だったらその……お給料の使い道とか、分かっているんですよね?」

 その段になって赤緒の手に握られた給料袋に気づいた両兵は得心する。

「ああ、どうせ初任給の使い道が分からんとか、そういうんだろ。何でもいいんだよ、何でも」

「でも……後悔する使い道をしたくは……ないですし。せっかくのお給料なんですから……」

「固いな、てめぇも。何だっていいんだよ。自分が頑張った証だろ? それなら、自分への最大限の報酬でいいんじゃねぇの?」

 両兵を認めた南は彼にも給料袋を差し出す。

「一応はアンヘルのリーダーだからね。ちょっと色を付けてあるわよ」

「おう。……って、こんだけかよ。南米に居た頃のほうが羽振りよかったじゃねぇか」

「しょうがないでしょ。これでも上役の連中を説得しての給料なんだから、文句は言わない!」

「……へいへい。あの頃ぁ、環境は劣悪だったが、金回りだけはまだマシだったからな。生死をかけてこちとら古代人機とかち込んでいたんだ。まぁ今として見りゃ当たり前っちゃ当たり前だが」

 両兵は縁側に座り込み、ぶつくさと文句を垂れながら給料の札束を数える。それでも自分にしてみれば高額だ。高校生の身分で得ていい金額ではない。

「……あのぉ……やっぱりお返ししても……」

「駄目よ、赤緒さん。初任給を使い切るのもまた、アンヘルメンバーの務めなんだから。返却は認めません」

 頑として言い渡され赤緒は肩を落とす。

「……ですよね。でも、うぅーん……どうしようかなぁ……」

 眉根を寄せる赤緒に両兵は何でもないことのように口にしていた。

「趣味に使えばいいじゃねぇか。立花はサッカーとかスポーツ用品だろ? ヴァネットは人機や兵装周りを充実させるだろうし、さつきは料理関係か。でまぁ……黄坂のガキは……あいつは何に使うんだ?」

 問いかけた両兵に南は肩を竦める。

「さぁね。いくら娘とは言え、プライベートだし」

「まぁ、せいぜい使い切らせてもらうぜ。せっかく入った金だしな」

「……ちなみに小河原さんは、何に使われるんですか?」

「オレ? オレは……まぁちょっといい酒でも買って橋の下の連中と酒盛りでもするか」

 想定内の返答に赤緒は大仰にため息をつく。

「……ンだよ。何に使おうが自由だろうが。別に給料の使い道に高尚も下もないとは思うがな。こちとら生き死にがかかってんだ。ちょっとくれぇは馬鹿やる金に使ったって罰は当たんねぇよ」

「……もうっ。小河原さんはお酒ばっかり……。でも、ちょっとしょんぼりしてます……」

 赤緒は嘆息をついて座り込む。その様子があまりに憔悴していたからか、南と両兵は代わる代わる提案してきた。

「……赤緒さん、趣味は本当にないの? ホラ、何だっていいのよ? 服に使うーだとか」

「てめぇくらいの年齢なら、アクセサリーだとかそういうのもありなんじゃねぇの。オレはよく知らねぇけれど」

 確かに服やアクセサリーに使うのも立派な消費方法ではあるのだが、赤緒はどうにもピンと来なかった。

「……私、自分で思っているよりもずっと……つまんない人間なのかもしれません……。趣味らしい趣味もないし……何かに使いたい欲もないし……」

「む……無駄遣いしちゃわないのはいいことよ。ねぇ、両?」

「そうか? この場合は、無駄だとかそういうのは抜きだろ。柊、何に使いたいのかはてめぇで決めろよ。誰かに言われたとかじゃなく、な」

 その言葉に込められた説得力に赤緒はあることに思い至っていた。

「……そういえば、南米でも給料制ではあったんですか?」

「……うーん、まぁ金銭面ではほとんど静花が握っていたからねぇ……。私たちは一応はお給料には困らなかったし、タダ働きってわけでもなかったんだけれど……」

「あの人、金回りの工面だけは上手かったからな。お陰様でオレも給料の使い道に関しちゃ、そこいらのリーマンよか分かってるとは思うぜ」

「……その、青葉さんも……?」

 その名が出ると南は得心したように、ははぁ、と声にする。

「赤緒さん、青葉がどうしたのか、気になるのね?」

「……はい。一応、同じ人機の操主ですし……その、青葉さんがどうしたのかを聞けば、自分がどうするべきなのかも……決められそうで……」

「そうねぇ……。あの子も、何だかんだで初任給の使い方には迷っていたような気がするけれど」

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