JINKI 82 鮮やかに、澄み渡る

 拡声器を持ち出して指示するエルニィの声に両兵は面食らう。

「立花? 何やってんだ、あれ」

「ああ、両兵。自衛隊の訓練ご苦労様。こっちはこっちでやっておきたいことがあってね。ルイに手伝ってもらっているんだ」

「手伝うって……ありゃ試験型のトウジャか。シュナイガーともブロッケンとも違うな」

《トウジャCX》のフォルムに酷似しているが、腕はトウジャタイプらしくない太さであり、格闘に特化しているのが窺える。

 それだけではなく、全身に細やかに装備された推進剤は、人機の動きを二手も三手も確約するための代物だろう。

 既存のトウジャタイプの枠に収まり切らない、どこか異様な人機に両兵が胡乱そうにしていると、エルニィは設計図を持ち出していた。

 受け取って読み取る。

「……新しいトウジャの試作案か」

「シュナイガーがまだ修復できない以上は、改修案もあるんだけれど、やっぱり新型を押さえておきたくってね。それに、今回弱点も露呈したようなものだし。スプリガンハンズを基点とした、メルJの必殺技、アンシーリーコート。それにアルベリッヒレインだっけ? あれ、トウジャの巨体を加味しての装備なんだよね。まぁ、ボクが造った時点では武装がああなる予定じゃなかったって言うのは……えっと、言ったっけ?」

「……確かああいうごてごてした装備をつけたのはヴァネットの独断だったな」

 武装に関してはメルJが強奪してから装備した部分が大きく、エルニィの当初のプランをそう言えば誰も知らない。

 彼女は後頭部を掻きながら《試作型トウジャ》を見据える。

「……飛行型人機のテストタイプだったんだ、シュナイガーは。だから余計なものをつけると、そもそも重くなって実際の数値に近い速度が出なくなる。……まぁそれでもメルJは無理やりにでも叩き起こしていたけれどね。後々フレームを見るに……《ダークシュナイガー》とのバトルがなくってもガタが来ていたのは分かっているんだ。トウジャのフレームって頑丈だけれど、その分、操主の癖に反応しやすいから」

「……つまり、ヴァネットのアンシーリーコートやアルベリッヒレインに頼らないのが、本当のシュナイガーの姿だってのか?」

 腕を組んで憮然と尋ねると、エルニィは座り込んで訓練場を見渡す。

「うんまぁ……コストが高いからシュナイガーをもう一機って言うのは難しいのもあるんだけれどね。造ろうと思えばできないこともないけれど、その場合は飛行機能をオミットする形になっちゃう。本末転倒って言うのはこのことだよ」

「……飛べないシュナイガーなら造れる、か。それじゃ意味ねぇよ」

「うん、その通り。元々ブロッケンとシュナイガーは兄弟機だ。敵に対して順応に装備を換装できる《ブロッケントウジャ》と、飛行して相手の虚を突ける《シュナイガートウジャ》は、そうでなくっても連携を主としていたんだけれど、でもメルJの装備を再現しようと思うと、当初のプランからは外れちゃう。だから、ここは全くの新型機に可能性を見出すことに決めたんだよね」

「あの《試作型トウジャ》が、その草案ってわけか」

「そっ。まだ名前は決まっていないけれど、格闘戦術が得意なトウジャになると思う」

 その段までエルニィが口にしてから、どこか彼女は哀愁を漂わせていた。

「……何か言いたげだな」

「分かる? ……まぁ、その操主ってのがさ。ボクかメルJかなーって思ってたんだけれど……自分から言い出したんだよね。ルイが」

「黄坂のガキが? ……あいつにゃ、《ナナツーマイルド》があんだろ?」

「それもそうなんだけれど、断る理由ってなくってさ。ルイは南米での操主経験もあるし、何よりも現状、《モリビト2号》と《ナナツーウェイ》、それに《ナナツーマイルド》の三機のどれにも高い操主適性を持っている稀有な例だ。そんななのに、じゃあトウジャには乗せてあげないってのもおかしいじゃん。だから、試したいなら試せば、ってなったわけ」

「……黄坂は何にも言わないのかよ」

 その問いかけにエルニィは頭を振る。

「なぁーんにも。元々、操主云々は南もあまり雁字搦めにしたくないのかもね。でも、そうなってくると問題になってくるのが……」

「……さつきだな。あいつの《ナナツーライト》は《ナナツーマイルド》との連携をメインに置いた人機だろ? ……今のアンヘルに亀裂が走るのはまずいんじゃねぇのか?」

 さつきだけ置いてけぼりになってしまう。その危惧を考えないわけではなかったらしい。エルニィは低く呻った後に、立ち上がる。

「まぁ、それも含めてルイには言っておいたんだけれどね。譲る気配がないから、ああやって乗せているんだ。ルイは一回言い出すと強情だから、乗せてやって、それから決めるのが早いんじゃないかって」

 要はトウジャだけの操縦にルイが疑問を抱くのならば、それでいいという判断か。結果、《ナナツーマイルド》に戻ってくれるのならばそれも承服するし、ルイが《試作型トウジャ》のテストに乗り気ならばエルニィとしてもやりやすいのだろう。

 ……だがそれは。

「……まずいだろ。さつきの気持ちを考えているとは思えねぇ」

「ボクも言ったんだよ? ……さつきが可哀想じゃないかって。でもルイってば、自分だけ最新鋭機に乗せられないのは不公平だって言い出すもんだから、まぁ押し切られちゃって……。でまぁ、どこか不備があればすぐに言うつもりだったんだけれど、そこはさすがだね。伊達に南米でたくさんの人機を乗ってきたわけじゃない。トウジャのスピードにすぐに順応する辺り、やっぱり操主適性は高いみたい」

《試作型トウジャ》は大地を蹴り上げ、軽業師のように躍り上がり、空を裂く浴びせ蹴りを見舞う。

 格闘戦特化型と言うのは話だけでもないようで、即座に構えに入りジャブを何発か打ち込んだ。

「……やっぱ乗り慣れてんな」

「両兵、ルイのことよく知ってるんでしょ? 南米の頃からあんなのだったの?」

 言われてみれば、と両兵は首を傾げる。

「……オレ、あいつと手合せはほとんどしたことねぇな」

「えー! 青葉はあれだけ対抗心燃やしてたのに?」

「ンなの知らねぇって。青葉と操主の権利を賭けて戦った時くらいか? オレも参戦したのは。それ以外じゃてんで。何てったって黄坂がうるさかったからよ。自分たちはヘブンズだーってな」

「……南ってそういうところあるけれどでも、じゃあこの際、ちょうどいいんじゃない? ルイー! その《試作型トウジャ》、よく扱ってくれていると思う!」

 呼びかけると《試作型トウジャ》の挙動がぴたりと止まる。一人で動かしていると言うのに姿勢制御もお手の物だ。如何にナナツー、モリビトとバランサーの位置がまるで違うとは言え、すぐに適応する。

『……何。じゃあこの人機は私の物で――』

「でもさー、それだけじゃ合格点は与えられないなー。何なら、ここで白黒つけてみてよ。両兵が倒せれば、そのトウジャの権利は好きにしていい」

 思わぬ言葉に相手も息を呑んだのが伝わるが、それよりもエルニィの提言であった。

「ああ? 何勝手言ってんだ、てめぇ。オレが黄坂のガキ相手にスパーリングなんざ……」

「頼むって、両兵! ……そうじゃないと、ボクもあんまし納得できないんだ。さつきのこともそうだけれど、何だかルイ自身、すごく急いでいるような気がする。それをどうこうするのには両兵レベルじゃないと」

「……お前でもいいだろうが。血続だろ?」

「駄目。ボクじゃルイには勝てない。これは緻密な計算に基づいた理論なんだ。勝率とか、云々を冷静に考えて。それにあの次世代トウジャが完成する頃には、ボクは多分、裏方だろうねー。何となく分かるんだ」

 物珍しいこともあったものだ。エルニィ自身の口から弱気が出るなど。瞠目していると彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

「……嫌だなぁ、両兵。そんな顔しないでよ。単純に、ここでやり合うのなら両兵のほうがいいでしょって話」

 先ほどの弱音を吹き飛ばすように言いやるものだから両兵は腕を組んで鼻を鳴らす。

「……らしくもねぇ。それにあれ、最新鋭の人機だろ? ナナツーとかで敵うかよ」

「どうかな。両兵ならちょうどいいんじゃない。あれとかで」

 エルニィが指し示したのは自衛隊の運用する隊長機としてあてがわれた白亜の人機であった。

「……《ホワイトロンド》か。確かに下手な武装が乗っていないほうがやりやすくはあるが……って、マジにやんのかよ!」

 エルニィはルイの搭乗するトウジャへと歩み寄り、他の自衛隊機も手伝わせて即席のリングを形成させる。

「ここに線引いてー。こっから出たら負けねー。ルイ、それでいいよね?」

『……別に。どっちでも。私は、このトウジャが欲しいだけ』

 強情にも聞こえるその声音に両兵はどこか思うところがあった。南米でもルイは一度決めたことに関してはとことんであったが、ここまで傍若無人でもなかった気がする。

「……立花。オレが勝ったらどうなる?」

「おっ、やる気になった? そうだなー。ルイのトウジャはいっぺん預かる形かな。それでいい?」

「……いいぜ、やってやる。《ホワイトロンド》のペダル、重たくしておけよ。軽いと浮つく」

「おーっ、じゃあ二機とも見合ってねー」

 エルニィが行司のように拡声器を翳し、引き出されていく《ホワイトロンド》を仰ぎ見る。

 両兵は早速乗り込んで機体の調整を行う。《ホワイトロンド》は《アサルトハシャ》や《ナナツーウェイ》部隊を率いるための人機なだけあって少しだけ玄人好みな仕様だ。余計な武装を廃した、純粋な人型機を目指した人機でもある。

 だからこそ、《試作型トウジャ》との打ち合いにはもってこいであった。

 エルニィの導きで両者ともにグローブを装着する。さすがに模擬戦で互いの機体を損壊させては意味がない。《ホワイトロンド》の拳を突き合わせた両兵はエルニィへと尋ねる。

「蹴り技はありなのか?」

「ありだけれど、壊さない程度にねーって、両兵にそんなこと言っても野暮か。散々人機を乗り回してきたんでしょー?」

「……まぁな」

 丹田に力を籠め、両兵は《試作型トウジャ》と向かい合う。

 紫色の塗装に疾駆を誇る相手はかなりスマートな印象を受ける。加えてトウジャの性質の一つである「踏み締める度に加速する」バーニアを採用しているのならば、時間が経てば経つほどにこの勝負は不利――。

「……黄坂のガキ。言っておくが、てめぇ相手に下手な手加減は意味がねぇってのは知ってるからよ。ちぃとだけ、マジになるぜ」

 操縦桿を握り締め、両兵は《ホワイトロンド》の機体追従性を確認する。

『……どうとでも』

 澄ました様子の声音に両兵はやはり、と確信する。

 ――どこかで、無茶をしている。

 だがどうしてなのかまでは分からない。それを分かるためにはやはり、最短距離として戦うしかないのだろう。

 互いにグローブを押し合わせてから、ゴングが鳴った。

 瞬間、《試作型トウジャ》が挙動する。

 背後を取って一気に決めるつもりだったのだろう。両兵はその一撃に身を沈めて回避させ、下段蹴りを払う。

 それを飛び越えて《試作型トウジャ》は躍り上がる。

 中空からの刺すような連撃の拳を、《ホワイトロンド》はいなしていた。

 見物していた自衛隊から歓声が上がる。エルニィは彼ら相手に商売をしていた。

「さぁ、張った張った! どっちが勝つか、賭けるのなら今だよー?」

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