「別にー。そりゃ、レイカルはまだ見たことないんだもんな」
ぷっと吹き出すカリクムの態度にレイカルは業を煮やしたようにじたばたした。
「くそーっ! 何でそんなに調子いいんだ!」
「……逆にそのテンションを花火大会まで維持できるのかどうかが心配よ、あんたたち。言っておくけれどねぇ、花火は夜! 夜なのよ? お子ちゃまなあんたらが起きていられるかしら?」
「うぅ……割佐美雷……何だ、お前も私に対して、花火を知っているからって自慢げなのか!」
「役名で呼ぶな! ……もうっ、得意げとかそんなんじゃないってば。私はただ、作木君と一夜の恋に身をやつせればそれでいいだけで……」
「でも当の作木君が暑いからって理由で全然出てこないだもん。そりゃ小夜もやる気が減退するわよね」
痛いところを突かれて小夜は縮こまる。レイカルは小首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「いちやの……コイ? おい、何言ってるんだ。鯉のぼりはもう終わっただろ」
微妙に噛み合わない話に頭痛を覚えたのはヒヒイロである。
「……まぁ、見てみれば分かるじゃろうて。レイカルよ。大きなものを知るのもまた、修練のうち。お主には初めての体験に成ろうが、その感覚をしっかり覚えておくように」
「……むっ、修行のうちって言うんなら、じゃあその花火大会って奴で私は一番になってやる! それでいいんだな?」
「……まぁモチベーションの持ち方は自由じゃから、何とも言えんが……」
「よぉーし! 私が花火大会で一番だ!」
――別に腰が重いわけではない。
ただ、群衆の行き交う花火大会は昔からあまり得意なほうではないだけであった。
「……すごいな。もう混んでいる……」
予め示し合わせた場所で落ち合おうとして、作木は手を振る小夜を認めていた。
「作木君! こっちこっち!」
黒い浴衣に身を包んだ小夜が飛び跳ねている。その傍にはこちらも浴衣姿のヒミコと伽が居た。
「えーっと……何で伽さんに、ヒミコ先生まで?」
「居ちゃ悪い? まぁー、こいつはそうかもしれないけれどねー」
「オレはナナ子の彼氏だぜ? そっちこそ、行き遅れが、いつまでも若者の習慣に居座るものかねぇ」
「何ですって!」
互いに噛み付きかねない剣幕の両者を諌めたのは削里である。
「まぁまぁ。確かに喧嘩と花火は風物詩だが、今はよそう。……作木君、レイカルがお待ち合わせだ」
レイカルはナナ子に引き連れられ、キャリーバッグの上でこちらを見つけるなり飛び込んできた。
「創主様!」
「れっ、レイカル? どうしたの、その格好……」
「私が作ってあげたのよ。この子たちだって着飾ってみたいじゃない? 女の子なんだもん」
ウインクしたナナ子に作木は浴衣姿のレイカルたちを視野に入れていた。
レイカルの浴衣は白地に竹の紋様が散っている。黒地に黄色の閃光が散りばめられているカリクムと、山吹色の落ち着いた浴衣を着込んだラクレスが付き従っていた。
「みんな……その……綺麗でびっくりした……」
「もう、作木君ってば! レイカルばっかり見ないでよ」
「あっ、その……小夜さんも綺麗で――」
その言葉を紡ぐ前に、一発目の花火が上がる。
夏の夜空を照り返す極色彩にレイカルは息を呑んだようであった。
しかしその直後に瞳が好奇心に強く輝く。
「な、何ですか! 創主様! 今のが、花火大会なんですか?」
「あっ、うん。正確には、打ち上げ花火かな……」
「すごいです! くぅー……あれには私の花火も負けますね……! 花火大会一位はあの花火です!」
「これ、レイカルよ。まだ花火大会は始まったばかりじゃぞ」
諌めるのは濃紺の浴衣を雅に着こなしたヒヒイロであった。
「まだ始まったばかり……もっと強豪が?」
そう言いやっている間にも仕掛け花火が夜空を彩った。息をつく間もない花火の連鎖に、レイカルは圧倒されているようである。
「たまやー、ってね」
削里がこちらを見やってフッと笑みを浮かべる。それに対して伽が声を上げていた。
「かぎやー!」
「……どういう意味なんです? たまや……?」
「花火を称賛する……まぁ、謳い文句みたいなものかな」
レイカルをその肩に乗せて、作木も夜空に咲いた花火へとてらいのない称賛を送る。
「たまやー!」
「かぎやー!」
レイカルと合わさった声に二人してくすぐったく微笑んでいた。
花火を仰いで皆が見入っている。この瞬間こそが永遠だとでも言うように。
「……小夜さん。正直言っちゃうと、僕、ちょっと出るのは面倒でした」
「……そこまで正直にならなくってもいいんだけれど」
「でも、よかったです。結果論でしたけれど、レイカルにこれを、見せてあげられた……」
レイカルは花火に見入っている。きっと忘れられない夏になるだろう。
そんな時、小夜はこちらの手を取って思いっきり引き寄せてきた。
どぎまぎとした作木に、小夜は頬を紅潮させる。
「……勘違いしないでよ。誰にだってするわけじゃないんだから。それに……私にとっても、忘れられない夏にして欲しいし……」
潤んだ小夜の瞳に吸い寄せられそうになってしまう。彼女のまなこに反射した花火に、その唇を奪われそうになって、不意にレイカルが叫んでいた。
「すごいぞー! さっきの花火、大きかったですよね? 創主様!」
すっかり出鼻を挫かれた自分と小夜は、取り繕うように慌てて声にする。
「そ、そうね、レイカル! 凄かったわよね、ねぇ、作木君!」
「え、ええ……凄かったですね……」
どこか視線を合わせられず、二人して明後日の方向を向いてしまう。
そんな自分たちを他所にレイカルは叫んでいた。
「たーまやー!」
レイカルにとっても、自分たちにとっても、夏は一度きり。
それが特別な夏になるかどうかはきっと、これから決まるのであろうから――。
「ふぅ……工程はある程度終わったかな」
今もレイカルはヒヒイロの下に修行に出ている。フィギュアを作り込んでいた作木は、ふと机の上に貼られた画用紙を視界に留める。
それはあの日、花火大会の後すぐに、レイカルがクレヨンで描いた夜空に咲く大輪の花火であった。
自由自在なその大きさと彩りに、作木は笑みを浮かべる。
「……また来年……いいや、もっと先だって。レイカルと一緒なら、きっといつでも忘れられない夏に……」
――それだけは、確実な約束だろう。