JINKI 96 巨人狩り中編②

「……あんたの要請したパーツの配備とそれに伴う雑費。国が傾くわよ?」

「それでも、勝てない要素があるんだからしょうがないでしょ。で、書類は?」

 じっと小さな画面を凝視しているエルニィへと書類を差し出す。彼女は一読してから、やっぱりか、と呟いていた。

「やっぱり?」

「今回の敵、米軍は絡んでいないって言う証拠。いや、あまりにも驚異的な人機だったから他の国家からの金の流れとか考えていたんだけれど、可能性の一つが否定されただけでも御の字」

「……嘘かもよ?」

「嘘でも、こういう書類を出させればいいんだってば。後で後ろから撃つ口実にもなるからね。まぁ、こっちはそんな卑怯な真似に出る前に、ひとまず昨日の巨大人機……呼称《ティターニア》の戦闘データを反芻中なんだけれど……どう見る?」

「どうって……大きいわね。こんな人機、《キリビトコア》くらいじゃないの?」

「そう、人機にしちゃあまりにデカいのと、それにこの高出力。恐らくは直結血塊炉を採用している。それも一本じゃないかもね。二本くらいはあるかも。だから疑似並列もありって考えると、まぁ無限大なんだよねぇ……この機体のスペック」

「……相当にヤバいじゃない」

 絶句する南へとエルニィは手を振るう。

「何言ってんのさ。うちのモリビトだって疑似並列だよ? 三つも血塊炉を使っているんだから、それなりに何が起きたっておかしくはない。ただ……データに乏しい中でこんな化け物みたいな人機に出られると単純に厄介だってのはあるかな」

 南は《ティターニア》の巻き起こす凍結の旋風を目に留めていた。ビルが瞬間的に凍てつき、ガラスが次々と連鎖的に割れていく。

「……その高出力を支えるのが、この冷却システムってわけ」

「さすが南。伊達にヘブンズをやっていたわけじゃないね。そう、人機ってさ、精密部品だから熱に弱いんだよ。それも、リバウンドみたいな高出力の熱量なら、そんなに連発はできないように設計されてる」

「一号機は?」

 その問いかけにエルニィはナンセンスと頭を振っていた。

「最初期の戦闘用人機だ。まずコストが全然違う。それに、一号機の残されたデータを拾ってはみたけれど、血塊炉の影響で操主は歳を取らないって……もう何でもありじゃんってなるよね」

「……それほどの血塊炉を積んでいるのなら、放たれるのは一号機のリバウンドプレッシャーを上回るわよね?」

「まぁ単純計算ならね。でも、一号機だって滅茶苦茶強かったって言う記録だけれど、正直言っちゃうと、今のトーキョーアンヘルならまだ勝ち目はあるんだ。何てったってフライトシステムが旧式だし、それに飛行速度はそれほどに出ないっていう反証もある。シュナイガーが万全なら勝ててるよ」

 エルニィの冷静な分析に南は小さなモニターを覗き込んで尋ねる。

「でも、この人機は違うのよね? 一号機を倒す手順じゃ、倒せないって?」

「まず大きさが全然比較にならない。この規模なら《キリビトコア》を参照データに挙げるべきだって。まぁそうしちゃうと、今度はエクステンド機って言う微妙に反証しづらい要素を入れないといけないんだけれど今回はそれは置いておく」

「置いといていいの? もし、《ティターニア》もエクステンド機なら……」

「そんなことを言い出したらいつまで経っても勝算は見出せないってば。ボクがあくまで仮説として提唱するのは、この巨大人機は現状、エクステンド機ではなく、ただの恐竜式に巨大化と高出力化を繰り返した、成れの果てだってことだ」

「成れの果て……この人機が失敗作だとでも言うの?」

「乱暴かもしれないけれど、そう。失敗作と言うよりかは、ボクはこうは進化はさせないって言う、モデルケースかな。人機は……大型化させるか小型化させるかって言うので意見は分かれるんだけれど、今のところは中間。どっちでもない、が正解だとボクは思ってる。でも《ティターニア》は違う。圧倒的な出力と、圧倒的な攻撃力を兼ね備えた、大型恐竜のような人機だ。さて、ここでクエスチョン。何でボクは大型化に反対なのか。南、分かる?」

「……素人意見だけれど、大型化すると思った風には動いてくれないんじゃない? トレースシステムを採用していても人機って繊細だから、大型化にはデメリットが強いと思うわ」

「まぁ、その意見で正解に近いかな。そもそも、だよ。上操主下操主の別は人機の暴走を食い止めるって言う名目もあったんだけれど、人機の進化はそっち方面で進んでいたんだ。《トウジャCX》なんかは一人で動かすほうが割には合わないかもね。まぁ、その先のブロッケンとかシュナイガーとかはボクの発案だから、別の進化系統樹になるんだけれど。だから確認できる限り、一人で大型人機を動かすってのはそもそもどこか発想としては突飛なんだよ。どこから出たの? って感じ」

「……でも《キリビトコア》は……」

「あれのことは、今はあえて考えない。エクステンド機とか言われちゃうとイレギュラーだから。でも、この人機はどれだけ大きくっても一般人機の範疇だ。だからボクの理論が生きる。コストと採算がまるで見合わない、色々と度外視した巨大人機。それに先にも言ったけれど、直列血塊炉は強い代わりに欠点もあるんだ。それは機体熱量。普通に、二個直列で並べただけでも、人機は熱暴走しちゃう」

 エルニィは持ってきた紙に鉛筆で様々な数式や理論を書き留めていく。南には半分程度も分からなかったが、それでも彼女の言わんとしていることは窺えた。

「……要は、この人機があの戦闘で、あれだけの戦果を挙げられるはずがないってことよね?」

「纏めればそうだね。これ、ブロッケンのサーモグラフィー画像。一目瞭然だろうけれど、見てよ」

 並列して映写された熱源画像が真っ赤に染まっていることに南は息を詰まらせていた。

「何これ……。じゃああの機体は最初から熱暴走しているって言うの?」

「うん……そうなんだ。だから一歩も動けないって言うのが正しい帰結のはずなんだけれど……」

「でも、侵攻してきた。それも圧倒的な力を持って……」

「データは嘘をつかないよ。だから好きなんだ。ブロッケンの確認した熱源走査に嘘はないと、ボクは判断する。で、そう考えると過剰なほどの冷却システムも頷けるんだけれど……これもまた釣り合いが取れない」

「中が灼熱で、外が極寒? ……操主が生きていけるの?」

「――そこなんだ。何でこんな無茶苦茶なことを仕出かしておいて、じゃあ操主は無事なのかってのが……分からないんだよね」

「……キョムの強化人間の可能性は?」

「浮かべたけれど、それでも耐えられないと思う。想定の百倍くらいの耐久度で計算してもそれでも破綻が来る。だからこれ、単純な話なんだとボクは思うんだ」

「単純な話?」

「どこかで……いや、肝心な何かを……ボクはまだ見落としているような……。それがまだぱっと出てこない」

「天才でもすぐには見抜けない何か、か」

 呟いて南はエルニィの差し出したファイルを受け取る。

「それ、一応は編成案。この時……全ての人機が時が止まったみたいに動けなくなった」

 エルニィがペンで画面を叩く。

《ティターニア》の機体が青白く発光し、後光のような輝きを宿した瞬間である。

 その直後にはアンヘル側の人機のほとんどが動作不能に陥っていた。

「……ジャミングかしら?」

「そんな単純なら、すぐに対策ができるけれど、これは違うと思う。多分、血塊炉そのものへの、共鳴波に近い何かじゃないかな。この状態の時、変な電波とかは受信していないんだ。ただどの人機もまるで武者震いにでも駆られたみたいに動きが鈍った。機械的な異常と言うよりも、これは人機ならではの異常なんだと、今のところは踏んでいる」

「対人機戦ならでは、か。でも人機じゃないとこんな馬鹿げた巨大な兵器には敵わないわよ?」

 その言葉にエルニィは苛立たしげに頭を掻く。

「だから、今それを模索中……。南、その書類に書いてあるものだけは絶対に押さえておいて。どれだけ向こうが強硬に出ようとしても、ボクの命を賭けてもいい。その武装さえ通せば、まだ望みはあるんだ」

「……あんたの命? そりゃ、相当なものよ?」

「それくらい重要ってこと。自衛隊の整備格納庫は空いてる? 《モリビト2号》の修繕と、それと改修プランを忘れないでよね」

「はいはい。あんたの要求はいつだって急だから」

「……それと、ルイは? 大丈夫そう?」

 こういうところで勘が鋭いから困る。南はでき得る限り平静を装って応じた。

「……大丈夫よ。あの子だって頑丈なんだから。私に似て、ね!」

「そう、ならいいんだけれど、あの戦地で一番に接近していたのはルイだし、もし支障があるんなら編成案は組み直す。それくらいはさせてよ」

 エルニィの編成案に南は目を通す。

 この陣営で戦うのならば、全員参加が望ましいが、ルイのポジションはあえてなのか、空白にされていた。

「……ルイなら、本当に大丈夫だから。本人もそう言ってるし」

「懸念事項として、だよ。戦闘中に動けなくなれば、それだけで……言い方は悪いけれど足を引っ張る。それなら今回は戦線復帰はしなくってもいい。それよりも、頼んだパーツは全部揃えてよね。そうじゃないと間に合わないんだから」

「……分かったわよ。優秀なスタッフが付いてくれるからその辺は安心して」

「……ん? 優秀なスタッフ? 自衛隊でもいいんだけれど、こっちの陣営にメカニックなんて……」

 そこで言葉を切ったエルニィへと、箱部屋に入って来た影が目を合わせていた。

「よっ! エルニィ! 久しぶりだな!」

「あっ……お邪魔してますー。エルニィも元気そうでよかった」

 二人を視界に入れてエルニィは硬直していた。

「……月子にシールじゃん。何で? 南米でしょ?」

「……呼ばれて来たのに悪いのかよ。オレはこれでも忙しいし、南米戦線だって落ち着きゃしないんだからな。これは貸しだぜ、エルニィ」

 シールの論調に月子は遠慮がちにデータを参照する。

「与えられたデータの限りだと、現状から算出するに、《モリビト2号》と改修プランの人機を合わせるのには人手が足りないでしょ? だから今日、来日したの。ここが日本なんだね、何だか楽しみっ!」

「……あのさ、南。確かにこの二人は優秀なメカニックだ。しかもルエパの。今回の改修プランなら打ってつけの人材だろうけれど……何? ボクへの当てつけ?」

「まさか。二人は今、ちょうど手が空いているみたいだから呼んだのよ。……南米戦線も気がかりではあるけれど、ルエパの人員で今、日本に来てくれるって言ったらね。二人とも挙手してくれて」

「かっ、勘違いすんなよ! エルニィ! オレは忙しいんだからな!」

「もう、シールちゃんってば。でもよかった。エルニィは怪我、大丈夫?」

「あ、うん。これ、ほとんど見た目だけでボクは軽傷……」

「だったら! とっととおっ始めようぜ! 改修プラン見せてくれよ」

 南から改修プランの図面を引っ手繰ったシールは考えるように中空に視線を据えた後に、こちらへと向き直ってきた。

「……エルニィ。これ、本気なのか?」

「本気も本気だよ。……多分それじゃないと、巨人は倒せない」

「じゃあいつもより頑張らないとね! シールちゃん!」

「お、おう……。だが、このマシンスペックを実行するのには……操主の熟練度が要るぞ? そこんところも大丈夫なのか?」

「あー、うん。そこは多分」

「多分って……墜ちてからじゃ知らねーぞ」

「もうっ! やる前から撃墜の心配なんてするもんじゃないでしょ? さぁ、お仕事しよ?」

「あー、まぁいいや。エルニィの言う通りにして今まで罰が当たったことはねぇもんな」

 手を振って離れていく二人に南はエルニィへとウインクしていた。

「頼りになるでしょ?」

「……南米だって手が空くほどのものじゃないはずだよ。ボクを騙せると思った?」

「あら? 挙手してくれたのは本当よ?」

「あのさぁ……南。いくらボクだって手がないところから手を貸せだとか言うほどじゃないわけなんだけれど……」

「でもあんた、片手。安静でしょ? なら、あんたの代わりの手、要るんじゃない?」

 こちらの言葉に敵わないと感じたのか、エルニィは後頭部を掻く。

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