JINKI 102 言葉にしない約束

 エルニィが稼働させたのは《ナナツーマイルド》である。お互いの愛機を乗り換えた形での対峙に、《ブロッケントウジャ》が槍を下段に構える。

 穂先は保護されているが、それでも得物には違いない。

 エルニィはメッサーシュレイヴをアイドリング状態に移行させ、斬撃性能を殺してからすっと構えさせた。

「……この世の物なら何でも斬れる剣……。でもだからって、今回には意味はないよね」

『手加減する気、ないから』

「そんなの……言われるまでもないじゃん! ボクが負けるなんて思わないでよね! ねぇ、赤緒!」

 自分たちの闘争を見据え、ストップウォッチを構えた赤緒は、そうですねと応じる。

『今回のはあくまでスパーリングなんですからね、お二人とも。……まぁ、そもそもの原因が何だって話なんですけれど……。でも、いい機会なんですよね? 立花さん』

「そうそう! だってどうせ他人の人機なんて乗ることもほとんどないからねー。まぁ興味云々もあるけれど。ルイ。勝負を投げるのなら、今ならそれでもいいけれど?」

『……冗談。逃げるのはそっちでしょ』

 じり、と《ブロッケントウジャ》が踏み込もうとする。それに合わせ、《ナナツーマイルド》が半身になって剣にマニピュレーターを這わせる。

 互いに慣れない人機での戦闘――しかし譲る気は毛頭ない。

 エルニィは、呼気を詰めて挙動させていた。

「ルイさん、自衛隊の訓練所に詰めっきりだって聞きましたけれど……」

 筐体を弄っていた自分へと語りかけた赤緒に、エルニィはまぁと応じる。

「そりゃあそうかもねぇ。トーキョーアンヘルってホラ、いざと言う時にはちょっと弱いかもしれないからさ。訓練するんなら自衛隊の詰所でしょ」

「あの……私たちも訓練しないで大丈夫なのでしょうか……?」

 不安に駆られた様子の赤緒にエルニィは快活に笑って一蹴する。

「バッカだなぁ! みんながみんな、訓練で強くなるわけじゃないし。それに赤緒って自衛隊のみんなからは特別扱いだから、びっくりされちゃうよ?」

「と、特別扱いなんて、そんな……。でも、ルイさんはどうして、そこまでして?」

「……そこんところは分かんない。でも、ルイっていっつもさ、前へ前へって感じなのだけは分かるでしょ? きっとボクらじゃ及びもつかない、先を見据えているんだと思う」

「そう……ですか。強く……」

「何、思うところでもあるの?」

 尋ね返すと、赤緒は分かりやすく慌てて頭を振る。

「い、いえっ……! そんなことは……」

「ジョーダン。何なの、そんなに気になるなら、行ってみる?」

 エルニィが筐体から無線を引き込む。すると、間もなくして装甲車が境内へと乗り込んで来ていた。

 目を丸くする赤緒に対してエルニィはウインクする。

「備えあればってね。どうせだから乗せて行ってもらおうよ」

「……もうっ、立花さんってば。……でも、お願いできますか?」

 装甲車に乗り込み、どこか浮かない調子の赤緒へとエルニィは問いを重ねる。

「何? 急にルイの心配なんて。らしくないじゃん」

「そう……ですかね。でも、何だか遠くに行っちゃいそうな人って、気になるじゃないですか」

「それは両兵も含めて? ない、ないってば。そんな簡単に遠くに行っちゃったりするもんか」

 しかし赤緒の顔色は晴れなかった。

「……でも、もしどこかに行っちゃう時に、何もできないのは辛いですよ……」

「赤緒ってさ、深刻に考えちゃうところあるよね。物事なんてなるようにしかならないんだから、そんなに気を揉んだって仕方ないのに」

 エルニィは片手サイズのメカを弄りながら、それでもどこか意気消沈している赤緒を窺う。

 彼女は装甲車に揺られつつも何か懸念事項があるようであった。

「……心配事なら聞くけれど」

「いえ、あの……っ。……ううん、言うべきなんでしょうね。ルイさん、訓練に行く時にはいつも、あんまりご飯食べないので心配になっちゃって……」

「それは人機を長時間操るからじゃない? 酔っちゃう……なんてことはルイには無縁だろうけれどでも、もしもってあるじゃん」

「そ、そうですけれどぉ……。ご飯食べないのは元気ないんじゃないかって思うじゃないですかぁ……」

「赤緒ってば日本風に言えばオカンって奴? 気にし過ぎだってば。ルイなんて普段は何してんだかまるで分かんないんだし、放任主義でいいと思うけれど? それこそ南がそうじゃん」

「そ、そうですけれどでも……もし、ルイさんのことを、南さんでさえも分かり切っていないのだったら……問題じゃないですか」

「うーん、南とルイの間柄ってのはそんなに容易くはないと思うけれどねぇ。ボクも結構長い間、ルイのことは知っているけれど、すごい操主だってのは間違いないんだからさ」

「……立花さんは、ルイさんとは南米からの……」

「まぁ青葉や両兵に比べりゃ短いけれど、それなりに。ルイは強いよ。それこそ、間違いようのないくらいに」

 確信を込めて放った言葉振りに、赤緒はまごついていた。

「……でも、ううん、だからこそ……何だかご飯を食べてくれないのは気にかかりますよ……」

「強くってもご飯をお腹いっぱーいっ! ……食べないと信用できない?」

 茶化したつもりだったが、赤緒はしゅんと肩を落としていた。

「……だって、いつもならご飯を足りないくらいだって言うルイさんが訓練の時だけは遠慮するの……何だか見ていられなくって……」

「過保護だとは思うけれどね。南だってそこまでじゃないでしょ。……っと、ホラ見えてきた」

 自衛隊の訓練所が視界に入ってきて、エルニィは窓の外を眺める。

 運動場に屹立する試験タイプのトウジャはルイの操っているものであろう。筋肉繊維に近い運動系を可能にした新型はより操主の運動性をダイレクトに反映する。

 そのトウジャが軽業師さながらの動きを可能にし、バック宙からの機体ロールを決めたのを赤緒は呆然と見つめていた。

「すごい……あれがルイさんの?」

「まぁ、《ナナツーマイルド》がいつでも出せるってわけじゃないし、それに次世代型の人機のモデルケースも欲しいから、トウジャのフレームの流用。それにしたって、物にしているなぁ……。まぁ造った甲斐があると言えばそうだけれど。……あ、ここで降ろして。あとは歩いて行くからさ」

 装甲車が停車し、こちらへと敬礼を寄越す自衛隊員へとエルニィは軽く微笑みながら、試験型トウジャへと歩み寄っていく。

「ルイー! やってるじゃん、どう? ボクの造った試験機は」

『……悪くはないけれど、少しだけ軽過ぎるわね。これじゃ実際の装備に相当しない』

 マニピュレーターを掴んだり離したりする試験型トウジャを赤緒は仰いでいた。

「ルイさん……。本当にトウジャに乗ってるんですか?」

『……赤緒? 何で……』

「心配なんだってさー! ルイがお腹いっぱい食べないからってー!」

 呼びかけると、ルイが呆れたような声を発する。

『……何それ。余計なお世話』

「ホラ。案の定じゃん」

 肩を竦めると、赤緒は歩み出ていた。

「あの……っ、でも、ルイさん! ……お腹いっぱい食べないのはその……心配なので……」

 もじもじとする赤緒にエルニィは嘆息をつきつつ、ルイへと声を飛ばす。

「せっかくだから実力を見てあげるよ。ボクも試験機に乗るから――」

「そこのナナツー! 姿勢制御しっかりしやがれ! 上と下の呼吸が全然合ってねぇぞ!」

 不意に発せられた怒声にエルニィはびくついていた。同じ運動場内で《ナナツーウェイ》が列を成して走り込みを行っている。それを監督するのは憮然とした態度の両兵であった。

「り、両兵? 何だ、今日はここに居たんだ」

「おう、立花に、柊もか。まぁな。一週間に一回はここに来て、自衛隊員の訓練の手伝い。まぁ、金がいいから請け負っている部分もあるんだけれどよ。それにしたって、なかなかに身につかねぇもんだな。……オレらが特別だったのか?」

「血続と普通の人間じゃ、まるで蓄積が違うからねぇ。……って待って。一週間に一回?」

「ああ、毎週火曜日に……何だ、何かに勘付いたみたいなツラぁしやがって」

 エルニィはルイへと向き直り、ははーんと訳知り顔になる。

「なるほどねー……。ルイー、ここに来ていいところ見せたい理由、分かっちゃった」

 こちらの察知にルイは鋭い声を飛ばす。

『……あんたの勘繰りは間違ってるから』

「どうだかねー。何なら、それ、言っちゃおうか?」

『……自称天才が、偉そうに』

「自称じゃないってば! ……なら、どこまで物にしたか見てあげるよ。試験機じゃあれだ、ボクのブロッケンを使ってもいい。トウジャの駆動系は特殊だから、ボクはルイの《ナナツーマイルド》で。スパーリングだ。赤緒、見てくれる?」

「わっ、私がですか? ……でも、ルイさんは何で?」

 相変わらず鈍いものだ。ルイがどうしてわざと朝食を省いてまでこの訓練に勤しむのかどうかを分かっていないらしい。

 多少の肩透かしを食らいつつ、エルニィは無線に吹き込む。

「……まぁいいや。ボクは《ナナツーマイルド》ね。ルイはボクのブロッケンでいいよ。お互いにどこまでやれるのか、勝負。いいでしょ?」

『……後悔するわよ。私はあんたの思っている以上に、トウジャを物にしている』

「それは勝ってから言って欲しいなぁ。言っておくけれど、ボクだってトーキョーアンヘルの人機の管理を任されているんだ。どの人機にはどんな弱点があるかくらいは承知のつもりだよ」

 こちらの勝気な声音にルイは勝負を受け止めていた。

『……上等じゃない。私の《ナナツーマイルド》で勝てると思う? 自称天才程度が』

「やってみないと分からないよねぇ? 両兵に赤緒」

 不意に話題を振ったものだから赤緒はあたふたとする。

「わっ、私? えっと……でも確かに、分からないですよね。だって普段は全く違う人機を使っているわけですし……」

『何なの、赤緒。私がこんなのに負けるって?』

 凄みを利かせたルイの論調に赤緒は当惑する。

「そ、そんなつもりは……」

「いいんじゃねぇの。機体を取り換えてのスパーリングってのは意味があるとは思うぜ」

「小河原さんっ! そんな簡単に……」

「じゃあ赤緒。ストップウォッチ渡すから。それで五分計って。五分間のスパーリング勝負。ルイ、いいよね?」

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