平時のRスーツではなく、自分は体操着であった。それは肩を並べて歩くどの人機の操主も同じのようで、《ナナツーライト》から通信が上がる。
『あっ、赤緒さん。よかった、ようやく追いついた……』
《ナナツーライト》は肩から掛けるタイプの巨大なリュックを携えて《モリビト2号》へと合流してくる。
どうやら――今のところ同じ足並みなのは自分たちとさつき、それに前方を悠然と歩む《ブロッケントウジャ》に乗るエルニィだけのようであった。
『何悠長にやってんのさー。置いてっちゃうよ?』
『待って……立花さん……。そもそも、ここって……』
さつきが声を鈍らせる。
赤緒は周囲へと目線をやっていた。
背の高い森林地帯と、そして白波が逆立つ岩礁に囲まれた絶海の孤島。
赤緒は天に向かって叫ぶ。
「ここ……どこなんですかぁー!」
「――林間学校を計画します」
朝食の席を片付けていた赤緒は不意に言い渡された南の言葉に呆然とする。
「林間学校、ですか? えっと……何で?」
「何でも何も、この非常時だしね。さつきちゃんの学校じゃ、計画されていた林間学校が中止になったみたいなのよ。まぁ、それ以上に、操主を危ない目に遭わせるわけにはいかないのもあるし、今回はアンヘル持ちで、林間学校をって言うね」
「はぁ……。さつきちゃんのためなんですよね?」
「そうよー。でもま、ルイとかもいい経験にはなるでしょ。エルニィー、あんたも来るわよね?」
筐体を弄っていたエルニィが汗を拭って応じる。
「何? 日本の学校行事でしょー。行くよー、もちろん。まぁ、ボクだってそもそも、いいストレス解消にはなるかなーとは思っているし」
「だってさ。メルJ、あんたもよー。準備しなさい」
射撃訓練を行っていたメルJはどこか不遜そうに返す。
「……学生の賜物だろう? 私は学生ではないが」
「細かいことはいいのよ。両も呼ぶし。両ー、どうせ上に居るんでしょー」
パンパン、と南が手を叩くと屋根から両兵がぬっと顔を出す。
「……ンだよ、黄坂。それで呼ぶのやめろ。犬みてぇだろ」
「実際、犬みたいなもんじゃない。林間学校、あんたも引率しなさい」
南が差し出したのはお手製の「旅の手引き」である。両兵は胡乱そうな眼差しを注いでから、歩み寄ってその冊子を開く。
「……健全な育成を主として計画する学校行事ぃ? おい、黄坂! オレぁ、もうガッコなんて歳じゃねぇぞ」
「よく言うわよ、小学校中退が。これはトーキョーアンヘル全員参加案件だからね。あんたももちろんそう」
「勝手に決めんな。……大体、この旅の手引きとやら……。書いてあること無茶苦茶だぞ?」
赤緒が覗き込もうとすると南はすかさずそれを引っ手繰る。
「ああ、赤緒さんは駄目。着いてからのお楽しみだから」
「着いてからの……? まさか、これから行くってわけじゃないですよね? 計画するだけで……」
こちらの問いかけに南はきょとんとする。
「何言ってんの。鉄は熱いうちに打て、って言うでしょ? 思い立ったが吉日、早速準備してー。全員集合!」
南の号令で全員が居間に集まってくる。不承気でありながらもメルJと両兵も参加していた。
ルイとさつきは何故だか体操着である。もちろん、ルイの体操着のデッケンには大きく「川本」と書かれていたが。
「あの……南さん? 林間学校をアンヘルで計画するってどういう……」
「まぁ、まずは習うよりも覚えることね! さぁ、みんな! 人機に乗って! ああ、赤緒さんは着替えるの待つから。体操服でね」
「えー……何でなんですか。本当の林間学校みたいな……」
その言葉に南はウインクする。
「安心して。本当の林間学校だから」
その返答に赤緒はどこか承認する前に、格納庫から駆り出されていく人機を目にしていた。
「――で、輸送機に乗せられて三時間……。着いたと思ったら……どこなんですか? ここ」
「黄坂のこしらえた旅の手引き曰く、無人島らしいな。ギリギリ日本の近海だとよ。どこなのかは……書いてねぇな」
両兵はどこか呑気に旅の手引きを読み込んでいる。赤緒は体操着で慣れない人機操縦を実行しつつ、並んで歩く三機を見合わせる。
「でも……合流したのが三機だけってのは……」
「まぁ、着いたと同時に輸送機から降下されたからな。合流も何もねぇんだろうさ」
「……そんなので、林間学校になるんですか? と言うか、そもそも何か間違えているような……」
「黄坂にも考えがあンだろ。まぁ、今のところよく分かんねぇけれど」
「……もうっ、小河原さんは何でそう落ち着いて……」
言いかけた赤緒はさつきの声に遮られていた。
『あっ、あれ! ……校舎、ですかね?』
《ナナツーライト》が指差した先にあったのは古びた廃校舎であった。思わぬ建築物にエルニィの《ブロッケントウジャ》が立ち止まる。
『おっ、ここが目標地点かな?』
《ブロッケントウジャ》がシークレットアームで持ち上げていた荷物を下ろしていた。それに倣って赤緒たちも携えていた荷物を下ろす。
「……ただでさえ大荷物なのに人機にまで荷物を載せるってどういう……」
疑問を呈したところで、空を裂いて現れたのは白銀の翼を持つ《バーゴイルミラージュ》と、フライトユニットを搭載した《ナナツーウェイ》であった。
『いやぁー、みんなお疲れ様! ここまでよく来られたわね!』
《ナナツーウェイ》から南が労いの言葉を発する。赤緒は疑問をぶつけていた。
「南さん、ここってどこなんです? 林間学校って……」
『それはまたの話。早速、皆さんにやってもらうのは、仮設格納庫の組み立てね』
「仮設格納庫? テントじゃなくって?」
『そうよー。持ってきたでしょ、材料』
『あ、この大荷物って、格納庫の……』
さつきがようやく得心したように人機サイズのリュックを開くと、そこには鉄骨が詰め込まれていた。
『まずは林間学校恒例のイベントその一! 仮設テント……じゃなくって、仮設格納庫の組み立てね!』
「格納庫を、また一から組み立てるんですか? ……何で?」
『何でって……そういうもんだからとしか言いようがないんだけれどね。ひとまずみんなで協力してー。あっ、両。両はこの間みたいに手伝っちゃ駄目だから』
「ああ? ……ンじゃあ何しろって言うんだよ。モリビトに乗ってると手伝っちまうぞ」
『一旦こっちに来て。両にはやってもらうことがあります』
南の言葉に両兵は後頭部を掻きつつ、モリビトのコックピットから出ていく。
「しょーがねぇな……。柊、モリビトは任せるぜ」
「ええっ! ……本当に行っちゃうんですか?」
「安心しろって。ここにゃ敵も来ないだろ。それよか、お前もこれ、読んどけ。案外、この林間学校とやら、馬鹿にゃできねぇのかもな」
手渡された「旅の手引き」の冊子に赤緒はまごつきつつも、エルニィたちと共にパーツの組み上げに入っていた。
『えっとー、まずはここでしょー。柱から組まないと駄目らしいし』
『あっ、立花さん。こっちの荷物に屋根のパーツがあるんで、こっちはこっちで組んでおきますね。えっと、飛行タイプの人機は……』
『最終工程は私が引き受ける。一個ずつ組んで行けば間違いないだろう』
どこか状況を呑み込み切れていない自分を他所に、アンヘルメンバーは仮設格納庫の組み立てに疑問を持っていないらしい。
「ま、待ってくださいよぉ……。私もお手伝いしますから……」
しかし、と手を付けつつ赤緒は小首を傾げる。
「……これ、何の意味があるんだろ……」
思ったよりも整然として埃もほとんどない校舎に入るなり、赤緒は両兵より渡された「旅の手引き」を読んでいた。
「……えっと、まずは全員での仮格納庫の組み立て……それと……特別授業?」
疑問を呈したその時には、教室に飛び込んできたのはエルニィである。
「はいはーい! 一時間目の授業の先生はボクねー!」
「た、立花さん?」
仰天する自分を他所にめいめいに席についたさつきやルイ、それにメルJは展開されていく状況に声を上げる。
「おい、何でお前が教師なんだ」
「メルJ、発言は挙手しないと許可しないよー」
その指摘にメルJは不服そうに挙手する。
「はい、メルJ」
「……何を教えると言うんだ? 教師と言うからにはそれなりのことを教えてくれるんだろうな?」
「もちろんさ! まずは人機のメカニズムから! 案外、みんなトレースシステムのお陰で中身まではほとんど知らないでしょ? 血塊炉の仕組みと、それに伴う人機の製造コストから、量産体制の確立までをボクが教える。あとはメルJにさつきも、南から言われている通りにすればいいよ」
「……ヴァネットさんに、さつきちゃんも……?」
一瞥を振り向けかけてエルニィが早速教卓を叩く。
それに合わせるかのようにチャイムが鳴っていた。
「さぁ、授業の始まり! じゃあまずは赤緒! 人機の動力源である血塊炉に関して、どこまで知ってる?」
「えっ……どこまでってえっと……確か南米で産出される青い石が原料で……永久磁石だからその反発作用を利用して、とか……?」
こちらの答えにエルニィはやれやれと頭を振る。
「三十点。そんなんじゃ、操主失格だよ? まぁいいや。みっちりと教えるから。自分たちの乗っているものの仕組みくらいは知らないと、後々困っちゃう。まずはモリビトタイプの仕組みとそもそも才能機と呼ばれていた時代からの試行錯誤の歴史から言わせてもらうと――」
黒板にチョークで書き付けられていく人機の図面を眺めながら、赤緒は窓の外で作業する《ナナツーウェイ》を視界に留めていた。
「……ナナツーが? 何やってんだろ……」
「はい! 赤緒! 今の公式で求められるのは?」
不意に指されて赤緒は硬直してしまう。
「え……っと、何ですか……?」
「はい時間切れー。赤緒、もしかして学校でもそんな感じ? せっかくボクが対面授業してるのにさー」
不服そうにむくれるエルニィに赤緒は素直に謝ってしまう。
「す、すいません……。あのー……でも外で、ナナツーが……」
「今はボクの授業! それに集中する!」
その時さつきがおずおずと挙手する。
「あの……私の《ナナツーライト》は、その……お兄ちゃんが設計してくれたんですよね? だったら、モリビトとかとは違うんですか?」
「おっ、いい質問! 俄然、授業っぽくなって来たね! そもそも、人機の設計基盤の中には男性型と言う固定観念があって、それを覆してリバウンドの性能に振り切ったのが、《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》の姉妹機で……」
エルニィの授業をさつきは真剣にノートに取っている。赤緒はそれとなく口にしていた。
「さ、さつきちゃん? そこまで必死にならなくってもいいんじゃ……」