JINKI 116 アンヘルと回転寿司にて

 赤緒の困惑に南が応じる。

「そう、回転寿司! いやー、私も実は来るの初めてなんだわ」

「南ー、どうせなら回んない寿司に連れてってよー。こんなの報酬って気がしないー」

「何よぅ、エルニィ。あんた、回る寿司だって充分に貴重なんだからね」

「……単価安いじゃん」

「バッカ言ってくれちゃってー! あんたたち全員の分って言えばそれなりのものよ? あ、赤緒さんたちは遠慮しないでいいから。ここは私の奢りで、ね?」

 太っ腹な南にしかし、赤緒はどこか得心の行かない声を出す。

「は、はぁ……」

「何? 赤緒ってば回らない寿司のほうがよかった?」

「い、いえっ、そんなことは……。でも、私そのー……回る寿司って初めてで……」

「あっ、私もなんです、赤緒さん。回る寿司ってどう注文すればいいんですかね……」

 さつきも困惑してきょろきょろと周囲を見渡している。

「そんなに固く考えることないって。こうやって回ってくる寿司を取って食べる! それだけね」

「で、でもですよ? 食べ過ぎちゃうと……」

 単価のことを気にしていると南が手を払う。

「赤緒さん、それにさつきちゃんも、普段あれだけ頑張ってくれてるんだから、そんな細かいこと気にしないでいいのよ。何なら百皿でも頼んだって平気なんだから」

「ホント? じゃあボクは、赤身ー。中トロ来たぁー!」

 エルニィには遠慮の文字などまるでないように皿を次々と取ってみせる。そんな中で、ルイも抜け目ない。

「ツナマヨ……ツナマヨ……」

 呪文のように口にしながらツナマヨの皿を次々に口へと放り込んでいく。

 二人の様を見ていると遠慮することのほうが失礼のように思えてしまって、赤緒も何か頼もうとするが、メニューの多さに目を回してしまう。

「ず、ずっと見てると……くらくらする……」

「お皿追うと目回しちゃうからやめたほうがいいわよ? あっ、私はサーモンね」

 すっかり順応した三人に赤緒は気圧されるものを感じつつ、自分の皿を取ろうとしてさつきと手がぶつかってしまう。

「あっ、さつきちゃん……ど、どうぞ」

「い、いえっ、赤緒さんこそ……。どうぞ……」

 譲り合っているとそのうちに目当ての皿は遠ざかって行った。

「言っておくけれど、お互いに譲ったっていいことなんて一つもないわよ? 回転寿司は早い者勝ち!」

 南はよどみない動作で寿司を次々と取って行く。それに対してルイも負けてはいない。

「……ツナマヨ、ツナマヨ……」

「あんたツナマヨばっかねぇ。他のも食べなさいよ」

「や、よ。これが一番美味しいんだから」

「偏食なんだから、もう。あれ? メルJ、あんたさっきからやけに大人しいじゃない。何かあったの?」

 同じ席に座るメルJはじっとベルトコンベアを睨んだまま、微動だにしない。何かあったのだろうか、と窺っていると、エルニィが声を差し挟む。

「メルJ、ジャパニーズ回転寿司のマナーは知ってる?」

「……知らん」

「そこのボタンあるでしょ? そうそう、蛇口になってるトコ。そこで手を清めるのがマナーなんだよ」

「そう、なのか……? では……」

「あっ、駄目です! ヴァネットさん! そこは――」

 赤緒の声が届く前にメルJはものの見事にエルニィの策略にはまりお茶の出てくる蛇口で盛大に火傷をしてしまう。エルニィはそれを見るなり吹き出していた。

「熱っ……! 立花、貴様騙したな……!」

「騙されるほうが悪いんだよー。って言うか、ホントに知らなかったんだ?」

「……日本の文化は性に合わん。そもそも、だ。私のこれまでの人生経験値に、魚を生食で食べると言うのが……」

 引っかかっているのはそこか、と赤緒は助け船を出す。

「だ、大丈夫ですよ、ヴァネットさん。お寿司は日本の食文化なんですから」

「……信用なるのか? 生食で中ってしまえば後悔するぞ?」

 確かにメルJは西欧の出身。生食文化への理解がないのもある意味では頷ける。

「で、でもこういうお店ですし……」

「とか言いつつ、赤緒も何にも頼んでないね。早く何かしら食べないと、そっちのほうが後悔するかもよ? ボクや南がお腹いっぱいになったら長居しないだろうし」

「そ、それは……うぅ……どうすればいいんですかぁ……。だって回転寿司なんて入ったことないですもん……」

「ヴァネットさん、これなら生じゃないですし、多分お口にも合うかと」

 さつきがそう言って差し出したのはかっぱ巻きであった。確かに生食の心配はない。

 メルJは怪訝そうに見やってから、醤油に浸して口にする。

 どうやら口に合ったらしく、うむと頷いていた。

「これが、寿司と言うものか……。酸っぱいのが嫌だな」

「メルJってば、貧乏性だなー。ボクは採算なんて無視して食べちゃう! 大トロもーらいっ!」

 せせら笑うエルニィにメルJは何を、と対抗し、生食へと手を伸ばそうとするが、やはり文化圏の違いか、寸前で手が止まってしまうらしい。

 それをさつきが助けるように皿を差し出していた。

「おいなりさんなら、生食の心配はありませんから」

「……む。助かる……」

 さつきも少しだけ慣れて来たのか、鉄火巻きを口に運んでいる。どうやらこのテーブルで寿司に一切手を付けていないのは自分だけらしい。

「……でも、何を食べたらいいのか……」

「赤緒ってば、まだ悩んでるのー? 何でもいいじゃん。あのドケチの南が好きなだけ食べていいって言ってるんだよ? だったらご相伴にあずかろうじゃん」

「ドケチとは、あんた奢ってもらう立場で言うわね……。ま、事実ではあるんだけれどね。今回、迎撃した《バーゴイル》の電脳が生きていたから少しは有益な情報が得られそうだって南米との取引が成立して、それでだから」

「あっ、やっぱり……《バーゴイル》の電脳って場合によっては使い物にならないんですね」

「……ツナマヨ」

「そうそう! まぁこれも運みたいなもんだから! 気にしないでいいわよ。何にしたってアンヘルメンバーが無事なのが何よりも成果みたいなものなんだから」

「でも……そう考えると確かに、キョムの人機を撃墜するのに、もう少し考えないといけないのでしょうか……? 電脳一つでもキョムの情報を得られるかもしれませんし……」

「……ツナマヨ」

「そこんところは現状次第って感じねー。南米戦線じゃ《バーゴイル》程度の情報なんて役に立たないから最初っからコックピット潰しにかかっているところもあるし。まぁ人機の弱点って血塊炉狙うよりも当然と言えば当然に頭だから。それに赤緒さんの能力じゃ血塊炉を完全停止させちゃうし、リサイクルも視野に入れるんなら、血塊炉は狙わないに越したことはないんだけれど、そんな余裕現場にはないしねー」

「……ツナマヨ」

「でもー……最近《ナナツーライト》も随分と調子がよくなった気がします。それも……立花さんが?」

「あー、うん。Rフィールド兵装を積んでいる唯一の機体だし、ちょっとした実験も兼ねてね。出力値を絞ったほうがいいのか、それともバリアみたいにして使うのがいいのかって試行錯誤中。向こうから送られて来た人機だから、ほとんどの外装パーツは向こう持ちなんだよね。だからこっちでできる改修はしておかないと、どんどん出遅れちゃう。……っと、ボクは中トロねー」

「……ツナマヨ」

「でも……お兄ちゃんが製作に関わってくれた人機なら私……もっとうまく乗りこなしたいです……! だってそうするのが……私にしかできないことなら……」

「あんまり思い詰めないでよ、さつきちゃんも。ルイの《ナナツーマイルド》とのツーマンセルが基本なんだし。何なら攻勢はこの子に任せればいいって話で……あんた何個ツナマヨ頼んでるの?」

 その段になってようやくルイのペースが異常なことに気づいた南であったが、ルイは既に自身のツナマヨの陣形を整えている。

「ルイー。あんまし無縁かも知れないけれど、カロリー高いからさー。太るよ?」

「余計なことばっかり言うのね、自称天才。好きなものを好きなだけ頼んでいいのなら、その通りにすればいいじゃない」

 澄ました様子のルイはツナマヨを次々と口の中へと放り込んでいく。

 メルJは相変わらずかっぱ巻きばかり頼んでいて、どうにも食べた気になっていないらしく、エルニィが頼んでいる高級寿司を目にしてうずうずしているのが窺えた。

「あのー、ヴァネットさん? ちょっとお高いのでも今回は許していただけるみたいなので、違うの頼みませんか? かっぱ巻きばっかりだとお腹いっぱいになりませんし……」

「し、しかしだな……お前ら日本人は少しばかり迂闊過ぎる。やれ、生卵を白米の上にかけて食うし、今回だって生食だ。……何か起こってからでは遅いんだぞ」

「お、起こりませんよぉ……。ちゃんとしたお店なんですから」

「メルJ、まだ玉子かけごはん食べられないもんねー。ちょっとビビり過ぎじゃない?」

 エルニィの挑発にメルJが乗りかけて、その眼前にさつきがいなり寿司を差し出す

 どうやら怒りの矛先はエルニィまで届かずいなり寿司に相殺されたらしく、彼女は大人しく寿司を食べていた。

「……私も、何か食べないと……」

 さっきからずっと誰かの食べている姿を見ているばっかりだ。

 ちょうどまぐろが運ばれて来たので手に取ろうとして、横合いから入って来た手とぶつかり合ってしまう。

「あっ、ごめんなさい……って小河原さん?」

「おう、何だ、柊かよ。さっきからうっせぇなとは思っていたが」

「両、あんたも普段から空きっ腹に酒ばっかり入れてないで、たまにはまともなものを食べなさい。今日は奢るから」

「……その言葉、後悔すんなよ。言っておくが、オレは食うからな」

 まぐろを両兵に取られ、赤緒がしょぼくれているとさつきが自分の分のサーモンを差し出そうとして来る。

「……あの、赤緒さん。さっきから全然食べていらっしゃらないので……サーモンでよろしければ」

「あっ、ありがとう、さつきちゃん……! じゃあ、遠慮なく――」

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