「おっ、サーモンじゃねぇか。食ってなかったな。もらうぜ」
手を伸ばそうとして両兵が横から掻っ攫う。赤緒は拳をテーブルの上でふるふると握り締めていた。
「わ、私だけ何にも食べてない……」
「そいつぁ、悪かったな。おっ、ちょうど来たぜ。ホレ」
両兵が取ったのはベーコンの寿司である。あまりに邪道な寿司に赤緒はがっくしと肩を落としていた。
「……わ、私も回るお寿司、初めてなんですけれど……」
「そうだったか? オレも、そういやまともに寿司屋に入ったことはねぇな。向こうのアンヘルじゃ、寿司なんて高級品過ぎてありつけなかったからよ」
「あー、思い出すわねぇ! カナイマの! あそこじゃ、そもそもお寿司なんて、誰が作るんだって話だったものね」
同調した南に両兵はベルトコンベアを見渡す。
「それが日本に渡って来たら、当たり前みてぇにこんなんがあるんだもんな。ちょっとした……なんつーんだったか、この、環境が違うって言うのは……」
「カルチャーショックって奴ね。私も痛感したわ。日本じゃお寿司なんてここまでシステムになってるんだってね」
懐かしい話に花を咲かせているところ悪いが、今の自分は何も食べてないも同義。赤緒はベーコンを頬張りつつどこか不貞腐れていた。
「赤緒ー、人のお金でせっかくお寿司が食べられるんだからさー。もっと気分よく食べなよ」
「し、知りませんよ……もうっ。皆さん勝手なんですから……」
「ヴァネットさん。マヨコーンもありますから」
さつきはすっかりメルJお付きの保護者レベルになっており、彼女へと寿司を提供していた。
メルJも生食以外ならと、割と何でも食べているのがどこか微笑ましくも映る。
「……ツナマヨ」
ルイは抜け目なくツナマヨばかりを自分の手中に収め、次々と頬張っている。
南は自分のペースで食べていたが、そろそろ満腹なのかペースが落ちている。
このままでは赤緒は自分だけ損をしてしまう――そう感じて何でもいいとベルトコンベアに手を伸ばそうとして、両兵とまたしても被っていた。
「あっ……ハンバーグ巻き……って言うか小河原さん、本当に何でも食べるんですね……」
どこか呆れ調子に言いやると、両兵は遠くを望む眼差しになる。
「まぁな……。すっげー昔に、一回か。回る寿司に行ったことあンだよ。その時は何が旨いのかよく分からんもんだったが……ハンバーグ巻きを見ると、ちょっと懐かしいんだよな。ワケわかんねぇけれど」
「ハンバーグ巻きが、懐かしい、ですか?」
「おう。当時だってガキの食うもんには違いねぇはずなんだが、こればっかりはどうしてだか食う気が起きるんだよ、未だに。不思議なもんだよなー」
「子供舌なのよ、両は、その辺」
指摘した南に両兵はハンバーグ巻きを頬張りつつ、南の皿を検分する。
「黄坂、お前は高ぇ皿ばっかじゃねぇか。いいのか? だいぶ高くつくぞ?」
「別に、アンヘルメンバーみんなの分を払うんだから同じよ、同じ。それにしたって、あんた、まだハンバーグ巻きなんて食べるのね」
「いいだろうが、別に。ま、日本の回る寿司に関しちゃ、オレも素人同然だからな。何でこれに思い入れがあるのかもよく分からん。日本に居た頃の記憶なんざおぼろげだし、多分、誰かに連れて行ってもらって、そこで食ったのが偶然に思い入れがあったんだろうが……オヤジがこういうとこに連れてくるとは思えねぇんだよな……」
「じゃあ誰なんです? 小河原さんを回る寿司に連れて来たのって」
「それが……どうしたって思い出せねぇんだ。多分、近しい誰かだったとは思うんだが、誰だったんだろうな」
赤緒にはどうしてなのだか分からないが、その話だけでどこか満ち足りたものを感じていた。
幼い両兵にハンバーグ巻きを差し出したその誰かはきっと、両兵のことを誰よりも大事に思っていたに違いないはずだからだ。
「親方さんじゃないの? 現太さんと関わり合いがあるって言うんなら」
「山野のジジィか。あの偏屈ジジィがガキのオレを回る寿司なんて連れていくかねぇ……。まぁ、今はどっちにせよ、あのジジィも南米の第一線で戦ってんだろ」
自分たちは戦いの合間に偶然に、それこそ奇跡のような確率でこうして回る寿司に居るのだろう。
ともすればこうして全員が揃って、何だかんだとわいわい言いながら騒げるのはもしかするとこれから先、限られているのかもしれない。
そう思うと自然と赤緒は顔を伏せていた。
「……どうした? 柊。腹でも痛ぇのか?」
「いえ、その……。皆さんがこうして、何のてらいもなく、食事の席につけるって言うのは……何だか得難いものの気がして……」
「まぁな。元々は殺し合う仲だったレベルの立花とヴァネットがテーブル挟んで寿司食うなんて誰も想像できねぇよ。それに黄坂だって日本に来るまではあれで結構忙しかったはずだぜ? それがこうして寿司を食えるくらいに図太くなったってのは、何よりもいいことなんじゃねぇのか?」
「何よぅ。図太いとはえらく言ってくれるじゃないの」
「本当のことだろうが。だがまぁ、これが当たり前になればいいよな」
両兵のふとこぼしたその言葉に赤緒はアンヘルメンバーを見渡す。
ルイは相も変わらずツナマヨを注文し、さつきは慎ましやかに、それでもどこか自分の指針を手に入れたようにメルJへと寿司を手渡している。
メルJも当初の刺々しい空気は少しばかり和らいで、今はさつきから渡される寿司を食べていた。
エルニィは気負うことなく、寿司にありつけているし、南も同様だ。
――こんな時間が、もし当然になれば、それってきっと……。
ふふっ、と赤緒は微笑む。
「今度はどうした?」
「いえ、それってきっと……とっても素敵なことだなって、ちょっと思ったんです」
両兵と目線を交わす。
どうやら気持ちは通じているらしく、両兵もへっと笑っていた。
「何てこたぁ、ねぇ。随分とぬるま湯の答えには違いねぇが、それでも、今はそれがきっと正しいんだろうよ」
「ええ、それなら、きっと――」
「よぉーし! 食った食った! じゃあお清算行くわよー」
立ち上がった南に全員が揃って続く。
赤緒はハッとして自分の皿を数えていた。
「い、一枚……ベーコン巻きだけ……」
「あちゃー、損しちゃったねー、赤緒ー。だから食べとけって言ったじゃん」
他のメンバーに視線をくれるも、全員そこそこ満足しているらしい。
完全に貧乏くじを引いたことを今さら認識し、赤緒は恨めしげな目線をベルトコンベアに注ぐ。
「……うぅ……回る寿司って苦手、かも……」
――その一方、別テーブルにて。
「食えって言ったのはてめぇだろうが!」
「ええ、しかしカリス。わさびが多過ぎです……そんな食べ方をしていたら強化人間でも身体を壊しますよ」
「知るもんか。せっかくのわさびも醤油も付け放題なんだ。だったら食えるだけ食うだろ」
「食後のデザートをお持ちしました」と店員がプリンアラモードをカリスの側へと差し出す。
ハマドは財布を振る。
恐らくはすっからかんだろう。
「……これもキョムの八将陣の仕事なんですかねぇ……」
「あっ、ハマド。まだ食うからな。ウニとイクラと……それに大トロだ、大トロ! 食えるだけ食ってやる!」
「どこまで私の財布を圧迫すれば気が済むのですか……。しかし、寿司がベルトコンベアで回ると言うのは、日本も分からない文化があるものですね」
「食えりゃいいんだよ、食えりゃ。ハマド、お前も何か頼めよ」
「いえ、私は、これで大丈夫ですので」
言ってハマドはかっぱ巻きの数個乗った皿を見せる。
カリスはケッと毒づいていた。
「つまんねぇヤツだな、オイ」
「いくらキョムの資金に限りがないとは言えプライベートなら話は別ですので」
がつがつと食べるカリスを前にして、ハマドは濃い緑茶を口に含んでいた。
「……おや、あれはアンヘルの……」
その視界の中に今しがた清算を追えたらしいアンヘルメンバーが映る。
「あァ? 何だって?」
「……いえ。たまにはこういう、ささやかな行き違いがあっても、いいのかもしれませんね……」