JINKI 127 散髪の分だけでも今は

「赤緒さん、これまでは髪の毛のケアとかどうしていたの? かなりの長髪だから、そりゃ毎日そういうのは怠っていないでしょうけれど」

「うーん……実は五郎さんから言われちゃってて……。ただでさえ一人あたりにかかるそのー、シャンプー代とかとてつもないのに、私のこれまでの洗い方だと、その使い過ぎちゃうから……」

「あらら。それで節制して、寝癖立ってるんじゃ意味ないわよ。……そうだ! 来て、赤緒さん。今日は私が散髪してあげる!」

 思わぬ提案に赤緒は面食らう。

「……南さんが?」

 できるのか、という疑念を抱いていたせいだろう。南はむくれてふふんと鼻を鳴らす。

「これでもカナイマに居た頃は凄腕の散髪屋として話題だったんだからねー。両の髪の毛も切ってあげてたし、ルイも当たり前に私に切られていたわ」

「えっと……そうなんですか? ルイさん」

 ルイは食卓で焼き魚を頬張りつつ応じる。

「そうね。南、手先だけはそれなりに器用だから。南米じゃ、男手ばかりでそういうのをやる人間って居なかったのよ。だから物好きが高じての話」

「何よぅ、ルイ。あんた、じゃあカナイマの男連中に任せていたらバリカン一直線よ? よくよく考えたら、青葉もそうだったわ。せっかく綺麗な黒髪なんだからって、私が切ってあげていたわねぇ」

 うんうん、と感傷に浸る南にルイが指摘する。

「結局、南って青葉の髪の毛触りたかっただけでしょ? 周りにああいうのは静花さんしかいなかったから」

「ルイ! 言い方! 変態みたいじゃないの!」

「違うの?」

 問い返したルイに南は、とにかく、と調子を取り戻していた。

「赤緒さんもだいぶ伸びてきたみたいだし、どう? 私の散髪代、今ならタダよ?」

「あー、じゃあお願いしちゃおうかな……。私、でもこの髪、気に入ってるんでそのー……バッサリとかは……」

「大丈夫だって。自分の髪だって自分で切ってるし。これでもロングには慣れてるのよ」

 赤緒は柊神社の境内で椅子に座り込み、南に髪の毛を任せる形となった。

 それを目にして早速エルニィが茶化す。

「おっ、何? お祭り始めるの?」

「お祭りじゃないってば。……って言うか、あんたもボッサボサねぇ。後で切ってあげるから」

「えー! いいよ、ボク……髪の毛触られるのやだし……」

「あんたはケアをしなさ過ぎなのよ。お子ちゃまの跳ねっ返りみたいな生活ばっかりしてると、ハゲちゃうわよ? ちょっとばかし、女の子っぽくなりなさいな」

「うーん……ボクは自分で髪の毛くらいは切れるし、洗えるもん。南米でもじーちゃんに切ってもらってたし。嫌なんだよねぇ、他の人に髪の毛任せるのって。何で日本人ってみんなそうなの? そこいらに散髪屋……いや、日本じゃトコヤって言うんだっけ? あるけれど、何かやだ。男のトコヤさんばっかりだし、女性専用のとこは何だか仰々しいし……。ボクはもっと楽なスタンスで切りたいだけなんだけれどなぁ……」

 言ってエルニィは少しだけ伸びた前髪を指で弾く。

「伸びて来てるのは事実でしょ。後で適切な長さに切ってあげるから、ちょっと待ってなさいよ」

「……南って、散髪できるの?」

 ルイに尋ねるエルニィに南は文句を漏らす。

「どいつもこいつも、不満ばっかし……。赤緒さんは、何か注文でもある? 何でもやったげるわよ?」

「ええ……でもその……私、ちょっと伸びた分だけ切ってもらえれば、それで……」

「あ、そう? じゃあ、散髪がてら昔話でもしようかしら。確か……青葉も、最初は切られるの、すごい嫌がっていたわねぇ」

「南米でも、青葉さんって確か小河原さんと同じところに住んでいたって……」

「そうそう! 年中メカの油臭い男ばっかりのとこ! だからね、私が来た時にはもう、変な話、そういうのに馴染んじゃっていて。あの子も、女の子なんだって思い出してくれたんなら、よかったんだけれど……」

「――川本さん! モリビトの点検、終わりました。今日もお疲れ様です!」

「ああ、お疲れ、青葉さん。……しかし、コックピットの整備点検は僕らでやるって言ったのに、最近はそこまでやってくれるなんて……」

「いえっ! モリビトのこと、少しでも多く知りたいですし! ……それにこうして、人機の機械の油の匂いを吸うの……ちょっとクセになるかも」

 苦笑する川本の後ろで両兵が顔を出す。

「なぁーに、やってんだ、てめぇは。そんなもん、ヒンシたちに任せてとっとと休んどきゃいいんだよ。操主が当てになるのは古代人機が出た時だ。オレらの仕事はこいつを動かすことであって、コックピットに入り浸ることじゃねぇだろうに」

「……もう! 両兵ってば、すぐそう言う……。いいの! 私はモリビトの全部が好きなんだから。両兵には分かんないもん」

「ンだと、てめぇ……。オレのほうが操主歴は長いんだ。先輩として敬いやがれ」

「敬って欲しければもっと先輩っぽく振る舞えば? ……両兵って子供だよ」

「黙ってれば付け上がりやがって……」

 こちらへと掴みかかろうとしたのを川本が制する。

「待ちなってば! 両兵は大人げなさすぎ! ……でも青葉さん。両兵は子供なのは事実だけれど言っていることの三分の一くらいは本当だよ? 操主にはできれば休んで欲しいんだ。僕らの仕事もなくなっちゃうし、親方にどやされちゃうからね」

「ほぉーれ、見ろ。ヒンシももっと強く言ってやれよ。こいつ、ロボットが好きなだけだからな。結局ンところは何も分かっちゃいねぇんだ」

「両兵よりかは分かってるもん!」

 再び喧嘩になりかけたのを川本がなだめる。

「まぁ、待ってってば! 二人とも。……ひとまず僕に免じて、ここは下がってくれない? 整備点検もできないし」

「……わぁったよ」

「青葉さんも、いい?」

「……分かりました」

 しゅんとしてタラップを降りる背中に、「悪いことをしたかな」と川本が両兵に尋ねるのを聞いていた。

「いいんじゃねぇの? ここでチョロつかれても邪魔なんだろ? だったら、ハッキリ言やいいんだよ」

「……君って奴は、青葉さんじゃないけれど、子供だなぁ……」

 再び言い争いになる両兵と川本を仰ぎ見て、青葉はため息を漏らす。

「……私って邪魔なのかな……」

「あーおばっ! だーれだっ! 何やってんの?」

 背後から視界を覆われて青葉は困惑気味に応じる。

「み、南さん? ……えっと、その……」

「ふんふん、あんた、ちょっと髪、伸びてない?」

 南が手を離して自分の髪に触れる。

「そうかな……? でも結構切ってないかも……」

「あー! じゃあ切ってあげる!」

「……誰が?」

「誰って! 私よ、私!」

「み、南さんがぁ……?」

「あー! 疑ってるでしょ! 私なんかに他人の髪が切れるのかって言う……。馬鹿にしないでよねっ! これでもアンヘル一の散髪屋とは私のことよ!」

 自信満々に胸元を叩いた南に気圧されていると、アイスを頬張っているルイが補足する。

「自称、だけれどね」

「何よぅ、ルイ。……って、それ私のアイス!」

「南が馬鹿相手に馬鹿やっているからよ。そんなんだから、アイスも逃しちゃうの」

「こんのぉー! それ、入荷二週間待ちだったんだかんね! 返しなさい、この盗っ人悪ガキがぁー!」

「もう食べちゃった。ごちそうさま」

「せめて棒だけでも返しなさい」

「や、よ。あっ、当たり」

 追いかけっこが始まるのを青葉はいつものことか、と思って身を翻しかけて、南に捕まっていた。

「待ってってば! 散髪に関しては本当だから。ルイの髪の毛もセットしてんの私だし」

「……ルイも?」

「昔からなのよ。他人の頭を無遠慮に触るのは。悪い癖ね」

「こんの、悪ガキめぇ……。今度バリカン行ってみるかぁ……?」

 ルイの頭を押さえつける南に青葉は遠慮がちに答えていた。

「あの……でも悪いですし……」

「いーの、いーの! どうせ、今んところは古代人機も来ないし平和なんだから! そういう間の時間は有効活用しないと! 待っててねー。ヘブンズ燻製の散髪セットを持ってきてあげるから!」

 言うなり駆け出したのを青葉は止める言葉も持たずその場でうろたえていた。

「……ねぇ、ルイ。そんなに伸びてきたかな……?」

「さぁね。あんたの標準なんて知らないし。まぁでも、好きなようにさせれば? 南って一度こうと決めたら聞かないから」

「……そう言って、またアイス食べてるし……。ルイも本当にその髪型、南さんにセットしてもらってるの?」

「それは事実。この髪形はずっとよ。子供の頃から、南がセットしてくれてる」

「……そのカニバサミも?」

「これは……そう、戦友との記録なのよ……」

 どうしてなのだか、少しだけノスタルジックに浸ったルイであったが、何だか聞いてもどうしようもないことのようなのでそれ以上は追及しなかった。

「お待たせーっ! じゃあ青葉っ! 座って座ってー。黄坂理容室のオープンよー」

 にこやかに応じる南が椅子とハサミを手に、慣れた様子で青葉を導く。

 青葉は少しだけ肩を強張らせていた。

「あの……南さん? 本当に、散髪の経験、あるんですよね?」

「まぁ、いいからいいから! ……って言うか青葉。必要以上にカタくなってない?」

「いえ、そのー……実は散髪って言うか、理容室って使ったことなくって」

「ありゃま。それまたどうして? こんなに綺麗な黒髪なのに?」

「……つい最近までおばあちゃんに切ってもらってましたから。それに、子供の頃はおかっぱだったし……」

「あー、両が言っていた頃ね。じゃあ伸ばし始めたのは最近?」

「はい。……だからそのー、維持の仕方も実はよく分かっていなくって……」

「そりゃあんた! 一大事じゃない! 女にとって髪は命の次に大事なのよ!」

「そ、そこまで大げさな……」

「いんや! 大げさじゃないんだから! もうっ、せっかくの黒髪ロングなのに、ケアの仕方も知らないなんてもったいない。じゃあとりあえず、かゆいところございませんかー?」

 すっかりその気になっている南に、青葉は当惑する。

「いえ、そのー……ないです」

「遠慮しなくっていいですからねー。……でも、本当に、綺麗な黒髪。切るのがもったいないくらいよ?」

「いえ、そのー……。程よい具合に切ってもらえれば……」

「まぁ、そうするけれどさ。何でそんなに緊張してるの?」

「……か、髪の毛他人に触られるの、慣れてないので……」

 チョキチョキとハサミを走らせる南の動きに迷いはない。

横のタイヤの上に置かれたラジオから耳触りのいい音楽が聴こえてくる。

的確に枝毛を切っていき、本業さながら合間合間に言葉を差し挟んでいた。

「そういや、青葉さー。アンヘルには慣れた?」

「あっ、それはもう……。皆さん、よくしてくださるので……」

「本当にー? あれなら、いつでもヘブンズは歓迎しているからねー。男ばっかしなんだから、デリカシーも何もないでしょ?」

「いえ、皆さんよく……あっ、でも両兵だけ……」

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