JINKI 128 ワルキューレの園で

 だが、その時、不意に轟いたのは甲高い一声。

 黒カラスがそちらに視界を向けた瞬間、白銀の槍の穂がその頭部へと流転しながら突き刺さる。

 想定外の一撃に襲われている市民たちも当惑していた。

 黒カラスの巨人が傾ぐ。

そのままランス型の武装の付け根に飾られた銀板が環の形に展開し、直後、黒カラスの巨人を打ちのめす威力の光芒が放たれていた。

 どこかうろたえたように現れた白銀の巨人の一撃に後ずさる黒カラスへと、さらに背後から出現した白銀の巨人の一団が隊列を作る。

 片腕にはプレートのような盾を装備し、槍で武装したカウンター型の機体に思われた。

 黒カラスの巨体が光線を一射するも、プレート型の薄い盾に阻まれる。

 そのまま接近を許し、胴体を貫かれていた。

 黒カラスの巨人たちが漆黒の空へと撤退していく。

 それは明らかなる敗走であった。

 白銀の巨人が槍を地面につけて、市民を見下ろす。

 巨人の一団は、総数八体。

 それぞれ特徴的な意匠を施された頭部を持つ、銀色の機体は市民を黒いバイザー状の眼窩で見渡してから、槍を天高く掲げていた。

 それはまさに、勝利者の凱旋。

「……正義の、味方……?」

「お茶が入りましたよー……あれ? どうしたんですか? 立花さん。難しい顔をして……」

 赤緒は居間に入るなり南とエルニィが渋面を突き合わせているのを目にして硬直してしまう。

「あ、赤緒。……いいよねぇ、赤緒は。気楽なんだもん」

「なっ、何ですかぁ、その言い方……。私だって色々困っていることくらい……。何です? それ」

 エルニィの眺めているのは航空写真である。

「見る? まぁ、見たってどうこうなるもんじゃないけれどね」

 差し出されて赤緒はその航空写真を翳す。

 黒く閉ざされたロストライフの大地に、輝く白銀の槍を携えた人機が八機、それぞれ展開している様子であった。

「……これって、アンヘルの?」

「そうだったら、どんだけ楽なのって話じゃん」

「じゃあ……キョムの新型……?」

「いいえ、赤緒さん。これ、そう簡単なもんじゃないのよ。……どうするべきかしらねぇ……」

 腕を組んで呻る南に、赤緒はお茶を差し出しつつ尋ねていた。

「あの……前に資料で見た人機に似ていますね。確か、《アサルトハシャ》とか言う……」

「おっ、赤緒にしては物覚えがいいじゃん。そうだよ、これ、《アサルトハシャ》ベースの……カスタム機って言えばいいのかなぁ……」

 どうにも濁されているのが赤緒にはよく分からず首を傾げてしまう。

「《アサルトハシャ》なら、味方……ですよね?」

「そうとも限らないのが実情なのよ。《アサルトハシャ》の設計図と《ホワイトロンド》ならほとんどオープンソース……まぁ言っちゃえば大国なら造れるレベルなの。問題なのは……この八体の人機」

「味方なら楽なんだけれど、現状を話すと、この八機、どこの所属でもないんだ」

「えっ……でも現時点で、キョムと敵対しているのはアンヘルだけなんじゃ……」

 当惑する赤緒にエルニィはチッチッと指を振る。

「甘いなぁ、赤緒は。南米じゃ、どこの国の所属かも分かんない人機のオンパレードだって言うのに。まぁ、所属云々はまだいいんだ。問題なのは、この八体の人機が声明を出してきていることかな」

「この八機はこう名乗っているの。自分たちは選ばれし戦乙女――《ヴァルキュリアトウジャ》を駆る対キョム集団だって」

「《ヴァルキュリアトウジャ》……?」

「ま、相手が勝手に名乗っているだけだけれどね。そもそもトウジャタイプじゃなくって《アサルトハシャ》の改造機だし。それでも、何だかんだでこの八機がロストライフの地平に赴いて、それで《バーゴイル》を蹴散らしているんだって言うんだから始末に負えないよ」

「《バーゴイル》を蹴散らし……じゃあやっぱり、味方……?」

「事はそう簡単じゃないってのが問題なのよ、赤緒さん」

 南はみかんの皮を剥きながらどこか憂鬱気に応じる。

「どっからどう見たって、……まぁ米国の一部の層の息がかかっているのは確実。それも、《アサルトハシャ》の断続的な支援なんて、普通の人機造るよりも大変なんだからね。あれは都市戦に特化した人機だから意味があるのであって、こういう奇襲とかには向かないんだから。それなのに、どうしてなのだか《アサルトハシャ》の改造機をよりにもよって《ヴァルキュリアトウジャ》なんて名乗るんだもん。……トウジャタイプの開発者であるボクとしちゃ、ちょっと穏やかじゃないなぁ」

 あっ、とそこで赤緒は気づく。そう言えばエルニィは《ブロッケントウジャ》と《シュナイガートウジャ》の開発者。簡単にトウジャタイプを名乗られれば、それこそ名折れのようなもの。

「えっと……じゃあ立花さんは、関知していないってことですか?」

「当たり前じゃん! こんなの……身勝手にもほどがあるよ! ……第一、気に入らないのはそこだけじゃないんだよね。明らかに大国の力添えがあるのに、何でだか自分たちは心あるレジスタンスですって言う態度! ……何だかアンヘルを馬鹿にされている気分だよ」

 エルニィは怒り心頭になりつつ、赤緒の持ってきたお茶を呷り、せんべいをばりばりと頬張る。

 南も同意見のようで、どこか表情を翳らせていた。

「まぁ、ね。あんたの言い分も分かるわ。あんだけ苦労して造ったトウジャの発展機を、勝手に名乗られるんじゃ気分もよくはないでしょう。その上、トーキョーアンヘルは米国との外交的な取引で《シュナイガートウジャ》は今のところ出せないのよ。と言うよりも、いい感じにデータを向こうに取られてからでしょうね。何だかんだ言って戦闘用人機で、しかも飛行タイプって貴重だから。メルJの技量もあるし、そのデータのフィードバックを取るのなら、時間もそれなりにかかるんでしょ」

「……納得いかない。そりゃ、メルJだって我慢はしてるんだろうけれど、本音はボクだよ! 自分の造った人機を触ることもできずに大国に引き渡し! こんなの承服しろってのが無理じゃん!」

 赤緒はエルニィの怒りの方向性に曖昧に頷くことしかできない。

「あの……でも今回の一件とその……シュナイガーがどうこうって別件なんじゃ……」

「いや、そうとも言い切れないのよ。航空写真で見た限りでしかないけれど、この《ヴァルキュリアトウジャ》八機にはシュナイガーのスプリガンハンズと同じような武装を施されている可能性が高いみたい。となれば、考えられるのは一つね」

「――大国によるシュナイガーの戦闘バックアップの横流し。……考えたくないけれど一番にはそう。アメリカがシュナイガーの技術を持って、それを交渉材料にして公じゃないレジスタンスに資金提供。それが《バーゴイル》を圧倒ってなれば、当然、トーキョーアンヘルに渡ってくる資金も限られてくるね」

「あっ……そっか。そうなっちゃうんだ……」

 考えもしなかった。

 この地球のどこか別の場所で戦っている人間のせいで自分たちの活動が脅かされるなど。

「……でも、レジスタンスって言っているのは、じゃあ嘘なんですか?」

「うーん……そこなのよねぇ。嘘なのか本当なのか、その見極めに今、行ってもらっているところ」

「……えっと、誰に?」

「誰って、両兵とメルJじゃん。朝から居なかったでしょ?」

 何でもないことのようにエルニィが言うものだから、赤緒は今さらに驚愕してしまう。

「ええっ! じゃあその……二人だけで戦場に?」

「何考えてんのさ、赤緒。デートに行ったってんじゃないんだから、慌てなくってもいいのに」

「いや、デートに行ったほうがまだ……って言うか、たった二人で行かせたんですか? 何で……」

「まぁ、シュナイガーの技術流用に関しちゃ、一番鼻が利くのはメルJなのよ。だからその見極めにはあの子が必要ってこと。で、両はそのお目付け役。いくらメルJが腕利きの操主だからって一人じゃ厳しいでしょうに。それに、あの子も無茶するからね。もしもの時のセーブ役も兼ねているのよ」

「でも、セーブ役って……。ヴァネットさんの今の乗機って……」

「《バーゴイルミラージュ》だね。まぁでも……見たところ敵……って言っちゃうのもどうかなって思うけれど、《ヴァルキュリアトウジャ》の熟練の感じなら、メルJなら大丈夫だよ。充分に勝てる」

 エルニィがそう太鼓判を押すのならばそうなのだろうが、それにしたところで、何で黙ってなのだろう。

 疑問に感じていると、南が補足する。

「まぁ、ね。黙ってなのは赤緒さんには悪かったと思っているわよ。でも、聞いたら飛び出しちゃうでしょ? 今回は隠密のほうが合っているし、それにモリビトを出して、もしもの時のキョムの動きってのもあり得るから。あくまで少数精鋭って感じね」

 南の結論に、納得したようなそうでないような間を赤緒は置く。

「……でも、もしもがあったら……」

「赤緒が思っているよりも強いとは思うけれどね。メルJも両兵も」

 そう言われてしまえばそこまでだ。

 赤緒は航空写真を南へと返す。

「ただ……懸念事項はないわけじゃないのよねー。八機の人機を相手取って勝てる勝てないじゃなくって、わざわざアンヘルに声明を送ってくるってのが……どうにも。そこまで自信満々になれちゃうのが……」

「南は、現地型の人間だから、実際見てみないと、でしょ? ボクはメルJが何とかしてその……鼻持ちならないなんちゃってトウジャをとっちめてくれたほうがせいせいするけれどなぁ」

 二人の意見を聞きつつ、赤緒はそっと呟いていた。

「それにしても、ヴァルキュリア、ですか……。確か、伝説とか……ですよね? 詳しくは知らないですけれど学校で習ったことが……」

「あ、その話に入っちゃう? ……うーん、まぁボクも詳しいことは知らないけれど、確か北欧の神話だっけ? その役目は――」

「――その役目は死した戦士の魂を選別し、最終戦争の時まで安らぎの神殿に送ることを意味している。ヴァルキュリア……別名ワルキューレ、か」

 上操主で口にした自分に下操主席についた両兵は顔色を窺ってくる。

「ああ、そういや、てめぇはイギリスとかの方向だったか。あっちってそういうの、ガキン頃に叩き込まれんのか?」

「いや、私の居た村では特別、神話に関しては書物があってな。中には古い神話の代物もあった。今にして思えば、あれは神代のものだったのかもしれん」

「そいつぁ、ご大層なこって。でもよ、所詮は神話だろ? なぞらえたに過ぎねぇ今回の連中のやっていることってのは、はた迷惑なテロ行為となんら変わらんだろうが」

「……かもしれんが、その正体、見極めろと言われて来ている。小河原、すまんな。私に付き合わせてしまっていて……」

「いいんだよ、別に。どうせ、黄坂と立花の使いっパシリだからな。帰ったら上等な酒があるらしい。それに関しちゃ、貰っておいて損はねぇだろ」

「……そうだな。楽しみにしているとしよう。……情報では、この辺りのはずだ」

《バーゴイルミラージュ》に降下機動を取らせる。

 緩やかに雲間を下っていくと、荒涼とした大地が広がっていた。

 草木の一本も生えない、漆黒の死の土地だ。

「……ロストライフの前線か。やり辛ぇったらありゃしねぇ」

 軟化した黒い焦土を踏み締めた《バーゴイルミラージュ》の索敵能力を発揮させるも、やはりと言うべきか、ジャミングが働いている。

「……敵はどこから来るか分からんわけか」

「気ぃだけは張っとけ、ヴァネット。一応は通信領域をアクティブにしておく。もしもン時の足手纏いにだけはなりたくねぇからよ。オレは下操主席でやれるサポートはやっておくぜ」

「ああ。それにしても、この大地は……如何に日本がまだ希望のある場所なのだと、分からせてくれるな。いずれはあの場所もああなると、あの黒の女は言っていたな」

「……八将陣シバ、か。いけ好かねぇ女だったぜ。へらへら笑いながら戦いやがる」

 その瞬間であった。

 不意にレーダーに映った影に《バーゴイルミラージュ》を飛び退らせる。先ほどまで機体があった空間を引き裂いたのはプレッシャー兵器の光条であった。

「敵か!」

「……反応、上……!」

 直上を取った形で降下してくるのは、キョムの展開する《バーゴイル》である。

「……野郎。はめられたってことか?」

「分からん。相手ももしかすると張っているのかもしれん。いずれにせよ――キョムは叩く! 小河原!」

「ああ、分かってる。ぶちかませ、ヴァネット!」

《バーゴイルミラージュ》に飛行体勢を取らせ、機体を仰け反らせて軋ませる。

「行くぞ、ファントム!」

 刹那に神速に掻き消えた《バーゴイルミラージュ》が肉迫した敵人機を携えた武装で薙ぎ払う。

「スプリガンハンズ!」

 刃が奔り、《バーゴイル》の胴体を割っていた。どうやら、他の人機は見当たらないらしい。

「哨戒機か……。一機やったってこたぁ、上から来る可能性もあるぞ」

「その場合でも関係がない。全部撃墜する! キョムは、私たちの敵だ!」

 そう吼えた直後であった。

『――威勢がいいのね、ルーキーさん』

 ハッと習い性の身体がその声に弾かれたように機体を跳ね上げさせる。

 太陽の向こう側から舞い降りてくるのは、まさに天の御使い。神より使命を引き受けた、戦乙女の威容であった。

 そう思わせるくらい、煌びやかな白銀を帯びた八機の人機は円環の軌道を描いて《バーゴイルミラージュ》を包囲する。

「……こいつら、どこから湧いてきやがった……!」

「……なるほどな。嵌められた、と言うわけだ。ここに私たちが来るのも、どこかから事前に……」

『察しがいい子は好きよ。でも、あんまり勘がいいと、撃っちゃうかもね。その汚らわしい鹵獲機』

 純銀の槍の穂が据えられる。

 照準警告に両兵は舌打ちを滲ませていた。

「ただの近接兵装じゃねぇ……あれはリバウンド兵器か……!」

「……話は聞こうか。アンヘルに向けて声明を発したのは何のつもりだ。《ヴァルキュリアトウジャ》とやらを操る……貴様たちは……」

『あら? 話をする余裕くらいはあるのね。それとも、できる操主だと、思っていいのかしら?』

「……どうとでも」

 メルJは下操主席につく両兵とアイサインを交わす。

 両兵は首肯して、敵人機の分析に当たっていた。

『……私たちは戦乙女の操主。全員が血続よ。だからこそ、キョムの人機を粛正する。それには相応しいのではなくって?』

「なら、名前くらいは名乗ったらどうだ? それとも、名乗る名もないか?」

 こちらの挑発に相手はふふんと鼻を鳴らして返答する。

『名乗る名前、ね。そうね、部隊名はコード、【ミストレス】。私がその隊長の【ミストレス】だと言えばいいかしら』

「【ミストレス】……。そうか、いずれにせよ、八将陣に仇成すにしては、いい加減な人機を使っている。《アサルトハシャ》の改造機でトウジャとは、吼えるものだ」

『弱い操主ほど口だけは達者なものよね。まぁ、いいわ。今の言葉の侮辱は聞き流しましょう。そうね、でも勘違いしていない? 私たちはキョムを敵に回しているのよ? あなたたちと共闘はあっても、敵対はないと思っていたんだけれど?』

「……不明人機を操る相手が居れば、アンヘルは介入せざる得ない。それに、声の節々から伝わってくるぞ。貴様……戦闘狂だな?」

『あら、意外。分かっちゃうものね。でもまぁ、私たちの役目は変わらないわ。ロストライフ化した場所に《バーゴイル》と思しき人機と会敵。それを撃破せしめた、それでシナリオとしては上々でしょう?』

「……くそったれ。最初っから逃がす気はねぇってわけか。包囲されているが、分かったことと言えば、相手のフライトユニットが旧式なことと、思っている以上にあのランスは射程に優れていることくれぇだな。……どうする? ヴァネット」

 その問いかけにメルJは呆れ調子で応じる。

「どうするもこうするもない。――私の前に立つのなら、それは敵だということだ」

『そうよねぇッ! アンヘルの操主さん!』

 一斉掃射されたランス武装の光条の照射を、メルJは一息で《バーゴイルミラージュ》に上昇を命じさせる。

 瞬間的に加速し、包囲陣を取っていた敵人機がばらけたのを眼下に入れたメルJは、《バーゴイルミラージュ》の両の手に銃火器を携えていた。

「悪いが、こちらも逃がすわけにはいかない。行くぞ、《バーゴイルミラージュ》! 見せてやる、アンヘルの操主の実力を! 小河原、いいな?」

「応よ! こちとら対ショック姿勢は取ってある。どんとやっちまえ! ヴァネット!」

「……遠慮は要らない、か。お前が頑丈で助かる。喰らうがいい! アルベリッヒレイン!」

 全身の重火器の照準が開き、《バーゴイルミラージュ》から弾丸の熱波が降り注ぐ。

 それをまともに対抗しようとした《ヴァルキュリアトウジャ》のうち、一機が即座に銃弾の放射熱に包み込まれ、焼け爛れた機体表面を晒した敵影にスプリガンハンズを突っ込んでいた。

「まずは一機!」

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