レイカル21 5月 レイカルとカーネーション

「ふぇ……創主様? まだ起きていらっしゃるのですか?」

「あー、うん。ごめんね、レイカル。起こしちゃった?」

「いえっ! 私は大丈夫です! いつだって創主様の護りはできますので!」

 頼り甲斐のあるレイカルの言葉であったが、今は話が別である。

「あー……でも今は寝ていてくれたほうが助かるかも……。ちょっと精密な作業をしているから、さ」

「新しいフィギュア作りですか?」

「あ、うん。レイカル、もうその……嫉妬とかしないんだ?」

 以前まではフィギュアの作業に没頭しようものならレイカルの情け容赦のないジェラシーが飛んだものだが、今はその様子もない。

 レイカルは胸を反らしてふふんと自信ありげに声にする。

「私も一人前のオリハルコンを目指していますので! 新しい者が来るのなら、鍛錬に明け暮れたいところですから!」

 少し違うところで、レイカルもちょっとだけ物分りがよくなったのかもしれない、そう思いつつ、造形ナイフを走らせているとレイカルが手先を凝視する。

「おぉーっ! 創主様、やっぱりすごいです! その手はまるで魔法みたいですね!」

「魔法って……大げさだなぁ……。それに、僕はこれだけだからね。削里さんにも言われちゃったけれど、僕はフィギュアじゃないと駄目みたいなんだ。なら、これを極めないと。そうじゃなくっちゃいつまでも正統創主になれやしないから」

 それに、個人的には作品を完成させていない時期のほうが長くなっているので、今度こそと言う思いもある。

 無心に造形をしようとして、レイカルがぎょっとする。

「げっ……お前、後ろに立つなよ!」

 いつの間に起こしてしまったのか、ラクレスも自分の手先を眺めて妖艶な笑みを浮かべていた。

「レイカルってば、お馬鹿さぁん……。でも、作木様の指先が魔法なのは事実ですわね。その造形の技術は既に、正統創主を立派に名乗られていいはずです」

「いや、まだまだだってば。削里さんは僕なんかより数段上だし、それにこの間のオリオントーナメントでも、みんな指折りの創主ばっかりだった。僕だけが胡坐をかいている場合でもないってのはハッキリしたし、せめて、こんな時期くらいは、ね。ゴールデンウィークだし、ちょっとだけでも夜更かししても何とかできそうだ」

 互いに笑みを交わし合ったものだから、レイカルがむくれる。

「ら、ラクレス! ズルいぞ、お前! 創主様と分かった風になるなんて!」

「あらぁ、レイカル。あなたってば本当に愚鈍なのねぇ……。作木様が望んでいるのは、造形における最高点。言ってしまえば落ち着ける工房を目指してこの時間帯に作業してらっしゃるのよぉ? この意味、分からないわけではないでしょう?」

「……どういう意味だ?」

 完全に分かってないらしいレイカルにラクレスはきっぱりと言ってのける。

「真っ昼間ではできないこと、なのよ、レイカル。それくらい、分かっているものだとばかり思っていたけれどぉ……?」

「な、何だ、ラクレス! お前だって分かってないだろ!」

 いがみ合い始めた二人に、まずい、これはいつものだ、と身構えた作木はそれとなくフォローする。

「いや、真っ昼間にはできないわけじゃなくってその……この時間帯が集中できるって言うか……」

「私たちが寝ている時間帯が、ですか? それって私が邪魔ってことですか? 創主様!」

「いや、そういうわけじゃ……」

 言い訳を取り繕う前に、レイカルが瞬く間に涙目になっていく。

「そ……創主様のアホー! 私が眠っている時間にフィギュアを作るほうが集中できるなんてー!」

「ああ、また窓を割っていっちゃった……」

 春めいてきたとはいえ、夜半に窓ガラスを割られたのでは堪ったものではない。

 だが、自分の言い方も悪かった、と作木は反省する。

「困ったなぁ……」

「……別に、作木様が反省する必要はないとは思いますが。レイカルはあれでまだまだなのです。何なら、静かになっていいのではないですか?」

「いや、さすがにまた削里さんのところだろうし、深夜にこれはまずいよ……。とりあえず迎えに行く準備をしないと」

 出かけ支度をするとラクレスがそれとなく耳打ちする。

「お供いたします。夜はそうでなくとも危険……作木様ほどの創主ならばなおのこと」

「あ、うん。それは助かる……。でも、ラクレス。僕だって何ていうか、宙ぶらりんなのはよくないかなとも思ってるんだ。そりゃ、フィギュア造形は僕のライフワークみたいなものだし、切り離せないけれどでも……創主として。もう少し立派になったほうがいいのかな、とも思う」

 正統創主として戦うのが正しいのか。それともこれまで通りの生活を続けるのが正しいのか。

 オリオントーナメントを終えて少しばかりセンチメンタルになっていると言えばいいのだろうか。

 創主としての在り方を最大限にぶつけて来た相手が居た分、自分の中途半端さがここに来て悩みの種になっている。

「そんなことを考える必要はございません。創主とはもっと自由なもの。フィギュア造形に苦心なさる作木様も、見ていて素敵ですよ?」

「……そう言ってもらえるとちょっとだけ心の荷が降りるかな。でも、やっぱり僕は二人の創主だから。レイカルもラクレスも、同じくらい想わないと」

「……そこは私だけを想ってくれてもよろしいのですが、まぁいいでしょう。レイカルも未熟。作木様ほどの人格者が居なければポンコツですものね」

 どこか少しだけむくれた様子のラクレスに、彼女も僅かながら嫉妬しているのだろうか、と考えが掠めたのも一瞬、作木はラジオの電源を切ってリュックを背負っていた。

「さて……やっぱり削里さんのところかな」

「――で、かくかくしかじか、と。しかしのう、レイカルよ。今は何時なのだか、分かっておるのか?」

 欠伸を噛み殺したヒヒイロに、レイカルは素に戻って時計を確認する。

「馬鹿にするな、ヒヒイロ。今は三時だ! どうだ、正解だろう?」

 自信満々に言ってのけたレイカルに、ヒヒイロは呆れ返る。

「……夜中の、の間違いじゃがのう……。しかし、作木殿もこんな時間まで作業とは。フィギュア造形師と言うのがどれほどの苦心があるのかは分からないものであるが……真次郎殿、どうなさいます?」

「どうって……生憎今日はお客さんが居るんだから、引き合わせてやればいいだろう? ヒヒイロ」

 削里は深夜番組を今どき珍しいブラウン管のテレビで眺めている。

 お色気要素の強い深夜番組を一瞥して、ヒヒイロは木目の机の上で項垂れている二人へと視線をくれていた。

「――で、小夜殿にナナ子殿はいつ頃帰られるので?」

「うー……ん。あれ? ヒヒイロ? 今何時だっけ?」

「お二人とも飲み過ぎです。ゴールデンウィークの予定が決まらなかったからと言って、ヤケ酒はよろしくないかと」

 そうであったと思い直した小夜は姿勢を正そうとして、頭痛に苛まれていた。

「痛っつー……! 飲み過ぎたぁ……。ナナ子ぉ、起きなさいよ」

「むにゃむにゃ……伽クン、駄目……ッ! まだそれは私たちには……!」

 びくん、と身を跳ねさせたナナ子が幸せな面持ちでよだれを垂らしている。それをげんなりと眺めて小夜は削里へと声を投げていた。

「削里さん、朝まで居ますんで、邪魔にならなければ」

「ああ、大丈夫だとも。普段からダウンオリハルコン退治も手伝ってもらっているし、何ならヤケ酒程度なら店を貸すけれど?」

「……しょうがないじゃないですか。撮影が押して結局旅行の計画も立てられなかったし、ようやく終わったーと思ったら全部埋まっちゃってるんですもん。お酒に逃げたくもなりますよ」

「小夜殿。トリガーVの撮影、お疲れ様です。ところで、今度の合体劇場版では初代戦隊のOBが押し寄せるとのことで」

「あー、はいはい。いつものでしょ」

「助かります」

 そう言ってヒヒイロはサイン色紙を差し出す。受け取ってから、体よく利用されているなぁ、と思い知るのであったが。

「カリクム。あんたもレイカルの相談に乗りなさいよ。少しは分かるんじゃないの?」

 しかしカリクムは布団に包まって寝返りを打つばかりだ。

 その姿勢に小夜はチョップをかます。

 ぐぇっ、とカエルの呻き声のような声を上げて、カリクムが猛講義してくる。

「何すんだよ! 小夜! 今……まだ夜中の三時じゃんか。起こすなってば!」

「レイカルが困ってるの。で、もっと言えばヒヒイロも困ってるんだからあんたも知恵を貸しなさいよ」

「はぁ……? 困ってるってどうせいつものだろ?」

「……まぁいつものなんだけれど」

「レイカルー。お前も暇だよなー。創主が夜なべしようが何しようが別にどうだっていいじゃんか」

「よくない! 分かってないな、カリクム! 創主様は! フィギュア作りをするのに私が邪魔だって言うんだぞ!」

「……いや、だって実際、お前邪魔するだろ? これまでも何回かあの創主の作品を壊した前歴もあるし……」

「そ、それは……創主様が構ってくれないから……」

 その返答にカリクムは心底呆れ返ったように嘆息をつく。

「ガキだなー、レイカルは。小夜なんて仕事仕事ばっかりだぞ? 創主とオリハルコンなら、別に構ってもらえなくったっていいだろー?」

「じ、じゃあお前は平気なのか? カリクム。もし割佐美雷が私のほうに構ったら」

「役名で呼ぶなっての! ……まぁ、そうねぇ。カリクムは放っておいてもそこいらのオリハルコンと喧嘩はしないし、ご飯を与えておけばそれなりに大人しくはするし、指定したらきちんと物は元の場所に仕舞うし……」

「何だかそれは猫か何かの話を聞いているみたいだなぁ」

 削里の言葉にカリクムが衝撃を受ける。

「そ、そうなのか? 小夜……。私は、猫なのか……?」

「ん……まぁ、賢い猫だと思えば!」

 フォローのつもりであったが、カリクムは愕然とする。

 そんなカリクムにレイカルは勝利者のつもりで言いやっていた。

「どうだ、カリクム。お前も何だかんだで創主に適当にあしらわれているじゃないか。他人のことは言えないだろう?」

「……レイカルと同レベルってのは癇に障るな……。まー、でも! ……分かんないでもないのかもな。私たちの力って結局、創主に依存するものだし。創主の関心が向かなければ、ハウルの操作も疎かにはなってしまうのかも……」

「そもそも、じゃ、二人とも。創主とオリハルコンの信頼関係はそう容易く崩れるものではないのはオリオントーナメントでよく分かったであろう? お主たちよりも強い創主もオリハルコンも大勢居る。大事なのは心の強さ、じゃな」

「……心ねぇ。言うは易し、って感じだけれど」

 だがあのトーナメントの裏で暗躍していたエルゴナを制したヒヒイロの言葉は自然と重みがある。

「すいません……レイカルが……。あれ? 小夜さん? ナナ子さんも?」

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