「いえ、そのー……べ、別に何でもないんですっ! 何でも……。ただー、ちょっと自分でもお便りを出してみようかなーっていう……ちょっとした出来心で……」
何とか取り繕うとするが、ルイはじっと睨んで目を離さない。
その眼差しに根負けして、赤緒はがっくりと肩を落とし、ラジオの電源を再度点ける。
『……とは言え、“みこみこ”さん、学業も頑張ってくださいっとのことで、リクエストは、今日で三人目ですねー。最近流行りのこのナンバー! 行きましょう!』
またしても流行歌がかかってルイが怪訝そうにする。
その視線に堪りかねて、紅潮した頬をさすって赤緒は話題を振っていた。
「あのー……うどん全部食べていいですので……」
「当然でしょ。……でも、こういう文化もあるのね。知らなかった」
「あっ、深夜ラジオですか?」
ルイは残ったうどんを豪快にすすりながら頷く。
「そう。この時間になったら、別に人機に乗らなくってもいいし、今日の寝床も南米みたいに探さないでいいから、楽だと思ったんだけれど」
ルイが南米でどれほどのサバイバル生活を積んでいたのかは想像でしかないが、その日の寝床にも困るほどだったのだろうか。
「……でも、変。何だか赤緒に負けた気分だわ」
「ま、負けたって……別にラジオなんて、一生のうちに知らなくってもいいことですし……」
「でも、あんたは知っているわけじゃない」
「そっ、それはぁ……その……学業の傍ら、何かそのー、娯楽があったほうがいいじゃないですかぁ……」
「じゃあ私と自称天才のゲーム対決にはしばらく言葉を挟まないことね。遊んでばっかりだとか」
ついついエルニィとルイのゲーム対決に関しては遊んでばっかりだとか言いがちだ。
少しだけ自重しようと、赤緒は困惑しながらも首肯する。
「もう一つは……そうね。さっきみたいなのってどうするの?」
「さっき……?」
「とぼけないでよ、“みこみこ”さん」
「そっ、それぇ……絶対にみんなの前で言わないでくださいよ? ……恥ずかしくって変な汗掻いちゃう……」
「別にあんたの羞恥心はどうだっていいわよ。どうするのって聞いてるの」
「どうするって……あっ、ラジオにお便りを送る方法ですか?」
「そっ。どうするの? 赤緒だけそういうことができるのってズルいじゃないの」
「ず、ズルくないですよ……。えーっと、じゃあその、便箋っ! これに書きましょう。宛て先は私が書きますので」
「当然じゃないの。で? 何を書けばいいの?」
「何をって……ラジオパーソナリティさんに相談したいことだとか、あるいは質問だとか、日々の気になっていることだとか……別に決まってませんよ?」
「じゃあ何だっていいのね」
「まぁ……そう言われてしまうと……」
ルイが便箋に書き上げていく文章を眺めていると赤緒は不意に振り向かれて、頭を振る。
「み、見ないほうがいいです……よね?」
「当然じゃない。見たらただじゃおかないから」
ため息をついて勉強机に向かったところで、もう深夜一時を回っている。
「あ、そろそろ切り上げなきゃ。ルイさん、私はもう寝ますけれど、何か……」
ルイは文章を練るのに時間がかかっているようだ。赤緒は困ったように頬を掻く。
「その……出来上がったら出してきますので、今書く必要性はないですよ。とにかく、お夜食の片づけをしてこなくっちゃ……」
その間、ルイは自分の部屋に居ることになるのだが、まぁ構わないだろうと感じていた。
「……それにしても、お夜食食べ損ねちゃったなぁ……」
密かな楽しみであったのだが、ルイに露見すれば他のメンバーにバレるのも時間の問題。あまり五郎にばかり甘えないようにしなければ、と思い直す。
「……それにしても……読まれちゃった時にはドキドキしちゃったけれど……ルイさんは、何を書いてるんだろ……」
気にはなったがこれもプライベートなことだ。あまり詮索しないほうがいいだろう。
器を片づけて部屋に戻った時には、既にルイは自室に戻ったのか、もう居なかった。
「……寝ちゃったのかな?」
しかし学習机の上には折り畳まれた便箋が転がっている。
手を伸ばしかけて、ぐっと堪えていた。
「……ルイさんの、お便りかぁ……」
ルイとの約束だ。
中身を見ずに、赤緒はレターボックスの中に入れていた。
『――さぁー、今週もやってまいりました、DJツナがお送りするラジオ、エブリナイトトーキョー。今夜一発目のお便りはこちら。えーっ、ラジオネーム“カニバサミ”さんからのお便りです』
そのラジオネームに、赤緒は勉強の手を止めて視線を振る。
「……“カニバサミ”さん? もしかしてルイさんの……?」
このまま聞いていいのだろうか、と逡巡したのも一瞬、赤緒は耳を傾けていた。
『えーっと……英語と日本語がごっちゃになっていますねぇ……。とはいえ、我らがラジオスタッフがきっちり翻訳してくださったので大丈夫です、っと。“こんばんは。私はラジオと言うものをこの間初めて知ったのですが、特に聞くことは思いつきませんでした。ですが、一個だけ……。何を考えているんだか分からない人が近くに居ます。その人の気持ちを確かめたいことが何度かあったのですが、チャンスがありません。どうすれば……いえ、そんなことよりも。何が足りないのでしょうか? こんなことを考えたこともこれまでなかったのですが、こういう相談って何なんでしょう? 分かりません”っとのことで……えっと、恋愛相談、でいいんですかね。じゃあお答えしますと。気になる方が居るのなら、やはり少しでも想いを伝える努力はするべきなんじゃないでしょうか。“カニバサミ”さんはまだそういう感情が何なのか、よく分かっていないご様子ですので、ぶっちゃけた話をしますと……そういうのって多分、早い者勝ちなんだと思いますよ? 恋愛は先手必勝! さて、リクエストはこちら。洋楽ですね、このナンバーです』
「……恋愛相談。そうなんだ、ルイさん……でも相手って多分、小河原さん、だよね……?」
首を傾げていると、少し渋い洋楽が流れてくる。
ルイが本当は何が言いたかったのか。誰のことを言っているのかは分かっても、それがどうルイに伝わったのかは謎のままだ。
「……でも、そんなのでいいのかも。恋なんだもん……」
明確にしないほうがきっと、いいことだってある。
そう考えて、赤緒は大きく伸びをして勉強に打ち込んでいた。
――パチン、とラジオの電源を切って、息せき切ってルイは屋根の上へと跳躍する。
するとやはりと言うべきか、屋根瓦の上で寝そべっている両兵を発見していた。
その枕元まで赴き、ラジオの電源を入れる。
「んあ? ……何だ、黄坂のガキかよ。何しに来たんだ? こんな時間まで起きてっと、黄坂がうるせぇぞ。とっとと歯ァ磨いて寝てろ」
手を払うのでルイはぐっと顔を近づけて、ラジオを翳す。
寝そべっていた両兵はその音楽を聴いて、ほぉん、と声にする。
「懐かしい曲だな。カナイマに居た頃にオレが聴いていたジャズじゃねぇか。日本のラジオ? ってのか、そういうのも捨てたもんじゃねぇセンスしてるな」
「……その、早い者勝ちって、先手必勝だって聞いた」
「あン? 何のこと言ってんだか知らねぇけれど、そりゃ何だってそうだろ。世の中そんなもんさ」
「だったらその……これも早い者勝ち」
寝そべる両兵の頬をルイはぺちん、と掴む。
両兵は特に抵抗する様子もない。
「……眠てぇってのに、何だ。起こしに来たのか?」
「……やっぱり無理。まだ、ね」
その言葉に両兵が反応する前に、頬を軽くつねってルイは身を翻す。
「痛ってて! 何すんだ、てめぇ! ……って、逃げ足だけは速ぇヤツ……」
起き上がった両兵を見る前に、ルイは高鳴った鼓動を感じながら、下階まで降りてラジオの音声に耳を傾ける。
『では、皆さんの眠れぬ夜のお供になれたでしょうか? 今夜はここまで。シーユーネクストウィーク! バイバイ』
「……嘘つき」
そう呟いて電源を切っていた。