レイカル22 6月 レイカルとジューンブライド

「あー、トリガーVの? 決まったんだっけ? 次の映画」

「そう、よっ! ほい! これで七点差!」

 手元のコントローラーをさばいてゲーム画面の中で優勝ポーズを取るキャラクターにナナ子が叫ぶ。

「あーっ! さっきのズルい! 私が窓見てたから! やり直し! やり直し!」

「一点は一点よ。にしても、止まない雨はないとは誰かさんが言っていたような気はするけれど、本当に止む気配ないわねぇ……」

「小夜、雨で若干、ナイーブになってる?」

 別段、そうと言うわけでもない。仕事は順調である上に、夜半にはダウンオリハルコン退治も待っている。あまり憂鬱を溜め込むような時間もないのだが――」

「小夜ー、人間の世界ってつまんないなー。ずーっとこんな調子でジメジメだもんなー」

「……何であんたは家にいるの、カリクム。レイカルたちと遊びに行くんでしょ?」

「修行だよ! 修行! ……何だ、遊びに行くと思ってたのか?」

「違うの? いっつも汚れてくるんだから、帰ったらシャワー浴びなさいよ」

「私は猫じゃないんだよ! ……ったく、こんな調子じゃ、レイカルも元気出ないって言うわけだ」

「そうねー、レイカルもこの雨空じゃ元気も……ん? レイカルも?」

 ナナ子がハッとしてコントローラーを小夜へと投げ、カリクムへと詰め寄る。

「ねぇねぇ、それってどういうこと? “あの”レイカルでしょ? 梅雨が嫌だー、とか今さら言い出さないはずじゃないの!」

「……知んないってば。何だか元気出ないーって言うから、ここ数日はじゃあ修業はやめとくか、ってヒヒイロが……小夜?」

 わなわなと拳を震わせ、ナナ子の背後に立った自分に気づいたカリクムの疑問符に、ナナ子が振り返った瞬間、拳骨をくれようとして紙一重でかわされてしまう。

「うわっ、危ないわね、小夜」

「女優の顔にコントローラーぶん投げるとは、いい度胸してるじゃないの、ナナ子……」

 こきり、と指を鳴らすと、どうどうと制される。

「待って、待つのよ、小夜。喧嘩したってお互いに疲れるだけ。やめましょう」

「うっさい! 第一、何でレイカルは元気ないのよ! あいつは年中ワケ分かんない元気だけが取り柄でしょうが!」

「いやー、それがそうでもないみたいなんだ。梅雨が憂鬱だーとは前から言ってはいたみたいなんだけれど、何か最近はよく分かんないのにかぶれていて……何だっけ? ジュンと無頼と……何とか」

「ん? それってカリクム、ジューンブライドのことじゃないの?」

「そうそう。何だそれ?」

「六月の花嫁よ。この季節に結婚すると、ジューンブライドって言って……えーっと、何でだっけ? 言葉は知っているけれど、由来までは分かんないわね」

 二人分の疑問符に小夜は大仰にため息をつく。

「……こういう時はヒヒイロと削里さんね。レイカルの元気がない原因も分かるかもだし」

 出かけ支度を始める小夜に、カリクムが浮き上がって尋ねる。

「ヒヒイロに聞くのか? でも、言っておくけれど修業は延期って言ったのはヒヒイロだぞー? それなのに、あいつの不調の元なんて分かるのかなー」

「……ま、往々にして調子悪い時なんて、外か内かのどっちかに原因があるもんだし、それを自分でメンテナンスするのも仕事のうち……」

「さっすが小夜。よっ! 大女優!」

「……おだてたって、あんたも付いてくるのよ、ナナ子」

「えーっ、嫌よ! だって……公道でこの間、あんたのバイクのサイドカーに乗っていたら、隣通り抜けた車のアベックに何て言われたと思う? 幼女が乗ってる、って! 失礼しちゃう!」

 ナナ子からしてみれば自分の外見いじりはタブーだろう。

 ぷんぷんと怒り心頭なナナ子に、はいはい、とヘルメットを被せる。

「じゃあ今日は後ろに乗りなさいよ。かっ飛ばすから、振り落されないようにね」

「合点! 行くわよ、カリクム!」

 支度をするナナ子にカリクムは少しばかりげんなりする。

「……人間って分かんないなー。どういう思考回路なんだ?」

「言い方一つよ、何でも。……カリクム、本当にレイカルは調子出ないとか、そんな弱気言ったの?」

「あー、言った言った。何か、あいつのアーマーハウルも元気ないし、張り合いないって」

「……ナイトイーグルは確かメスよね……? ジューンブライド……もう既に嫌な予感がするんだけれど……」

「知んないってば」

 本当に我関せずのスタンスのカリクムに、小夜は言いやる。

「ま、解決できることは解決しましょ。大方、この雨よ。作木君はまたインドアでしょうし」

 キーを手に小夜は部屋を後にする。ナナ子はポシェットを携え、その背中に続いていた。

「――ジューンブライドとは、ヨーロッパに起源を遡れば、ハッキリすることもあります。日本では梅雨のじめじめした季節ですが、あちらは別。晴天に恵まれるそうで、それにあやかって一生涯添い遂げる伴侶と結婚式を挙げるのには、やはり最適であったのでしょう」

 そう説明するヒヒイロに、作木はそうか、と確認する。

「つまり……日本の文化じゃないんだけれど、もう広まっちゃったみたいな。バレンタインとかと同じかな……」

「まぁ平たく言えば。日本人はよくも悪くもそういうところには表層で乗るところがあります。六月の花嫁の文脈を知らない人間のほうが多いのも頷けますね」

 作木は改めて腕を組んで呻る。

 対面では将棋の駒を打つ削里がヒヒイロ相手に善戦しているようだが、先ほどから何度か「待った」を連発している辺りそうでもないらしい。

「真次郎殿、待ったは五分までですぞ」

「分かってるって。……で、何でだかそのジューンブライドを巡って、レイカルは元気がないと」

「そう、なんです……。でも、詳しいことは僕にも言ってくれなくって……」

 創主として、オリハルコンの状態も分からないのでは三流に違いない。そう恥じての言葉だったのだが、ヒヒイロは頭を振る。

「そう難しく考えることもありません。なに、修行が辛いのならば休む。それも重要です」

「でも……レイカルは今まで、修行が辛くって休みたいなんて一言も言っていないはずだろう?」

「それは……そうなのですが……。如何せん、アーマーハウルとの交信手段はハウルのパスの繋がっているオリハルコンに強いもの。他のオリハルコンが介入しようにも、それを拒まれているのでは無理な話です」

 盗み聞きや、あるいは代弁はヒヒイロでも今は難しいか。

 作木はため息を漏らす。

「……レイカル、何で言ってくれないんだろ。それに、ジューンブライドのせいって言われても……」

「作木様。何なら私が無理やり聞き出しましょうか? レイカルなんて単細胞です。勝負をけしかけてやれば簡単に吐くでしょう」

 ラクレスの言葉も、今はしかし遠慮を返すしかない。

「いや……何だかこれは僕も試されている気がするんだ。正統創主として……」

「そこまで深刻かどうかは不明ですが。……ヒヒイロ、何とかならないものなの」

「ワシでも難しいことの一つや二つはある。殊に、今回はアーマーハウルの不調がレイカルに如実に表れておるのならば、その解消は二人の間で持ってのみ行われるべきじゃろう」

「……でも僕は創主なんだ。ナイトイーグルも、レイカルも、大事なパートナーだし……」

「あんまり根を詰めるものでもないよ、作木君。分からないことは分からないでもいいこともある。世の中そんなもんさ」

 削里はようやく一手を打つが、すかさず応戦の一手をヒヒイロが返すなり、またしても渋面になる。

「……かもしれません。でも……あのレイカルが修業が……その、他の理由ならまだしもなんですけれど、ジューンブライドで嫌って言うのが分からなくって……」

 うんうん呻っても答えは出ないまま。

 やはり向き合うしかないのだろうか、と思っていると軒先でバイクの停車音が響き渡る。

「あら? 作木君はこっちに居るんじゃない。……レイカルは?」

「小夜さん。それにナナ子さんも、カリクムまで……。どうしたんです?」

「どうしたもこうしたもないわよ。レイカルが不調だって聞いたから、飛んできたんじゃない」

「あ、その話、聞いていましたか……。実は僕にもよく分かっていなくって……」

 説明できないもどかしさに小夜はラクレスへと視線を振っていた。

「ラクレス、あんた分かってるんでしょ? とっとと説明しなさいよ」

「いやですわねぇ、小夜様。私がそんなにいやらしい性格に見えますか?」

「「「見える」」」

 小夜とナナ子、それにカリクムの満場一致の答えにラクレスは妖艶に微笑むばかり。

「んー……やっぱり、僕が解決しないといけないんじゃないかと思うんです。レイカルの創主は僕ですから」

「……また一人で抱え込んで。もしもの時には水刃様に頼ったって罰は当たらないはずよ? ベイルハルコン遭遇戦を潜り抜けた猛者なんだから」

「いえ……っ、さすがに水刃様には……」

「なぁ、小夜ー。無駄足だったんじゃないかー? レイカルも居ないし、結論がないって言うんじゃ……」

「そうねぇ……。あれ? カリクム。キャンサーは?」

 その問いかけにカリクムが硬直する。

 何か隠していると悟ったのは全員らしい。小夜の疑いの眼差しに、カリクムは頭を振る。

「な、何でもないが……本当に何でも……」

「カリクム。ちょっとおでこ貸しなさい」

「おでこ……? 何で――」

 カリクムがおでこを上げた瞬間に、小夜がヘッドバットをかます。

 その勢いで黄金の燐光がなびき、二人はハウルシフトしていた。

――痛ってー! 小夜! 何すんだって……、ハウルシフトしてんじゃん!

「(うるさいわよ、カリクム。……はぁー、なるほど、そういうこと。……カリクム、この貸しは大きいからね)」

 ハウルシフトし、カリクムの思考を読んだ小夜が嘆息をつく。

「あのー……何が……」

「(作木君。ちょっと顔貸して。……別に見せたいわけじゃないけれど、レイカルも粋なことを考えるものよ)」

 その言葉の意味が分からずに、作木は首をひねっていた。

「――えー、病める時も健やかなる時も、……ここんとこ分かんないから飛ばして……誓いますか?」

 牧師姿のレイカルに、驚愕したのは全員である。

「……何やってんだ、お前……」

 呆れ返ったカリクムに比してラクレスは笑いを堪えるのに必死なようである。

「あっ、カリクム! 何でここに! さては言ったな、お前! 約束守るって言ったのに!」

「……えーっと……どういうことですか?」

 集まったのは高杉家の境内にある巨木であった。

 そこでレイカルが牧師姿で執り行っているのはナイトイーグルとツインキャンサーの――「結婚式」である。

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