「……とのことですので、小夜殿。ナナ子殿」
「……分かっているわよ」
「……何が分かったんだ?」
小首を傾げるレイカルに小夜はバイクのキーを握って言ってのける。
「ちょっと冷やし中華の材料を買ってくるってことよ」
「――……うーん……やっぱりここの構図はこうで……。あ、でもこれじゃ、斜めからのアングルが弱いか。それなら、これで……」
フィギュアの造形品を何度かつぶさに観察していると、不意にインターフォンが鳴ったので、作木はびくっと肩を震わせる。
「何だろう……押し売りかな?」
ゆっくりと玄関に近づいたところで、唐突に扉が開かれ、ライダースーツ姿の小夜が飛び込んできていた。
「お邪魔しまーす! ……って、作木君! この暑さなのにクーラーも点けてないの?」
「あっ、電気代かさんじゃうんで……って、ナナ子さんも?」
「そんなんじゃ、熱中症になっちゃうわよ。冷蔵庫、空いているわよね?」
わけも分からぬままに、冷蔵庫へと何かの材料が突っ込まれていく。
状況を理解する前に、小夜の眼光が飛んできていた。
「……作木君、何かその……深刻な事態があるのなら、言ってくれればいいのよ? 私たちの仲じゃない。何か下手に隠すことなんて……」
「えっ……その、誤解なんですけれど……。別に僕、何も隠していませんよ?」
「本当に? じゃあ何で、精霊馬なんて作ったのよ? 万年金欠の作木君らしくないじゃない」
玄関先に飾ってある精霊馬を指差されて、作木は戸惑ってしまう。
「あ……あれですか。そのー、今年も実家には帰れそうにないので、ささやかでもと思いまして」
「……本当に、それだけ? レイカルが心配していたわよ? よく分かんないものを作るからって」
「れ、レイカルが……? えっと、何でです……?」
まごつくばかりの自分に小夜は大仰にため息をついてから、そういうところ、と呟く。
「……嫌いじゃないけれどね。でも自分のオリハルコンに心配させるなんてらしくないわ、作木君。何かあるんなら、本当に言ってくれるだけでもいいのよ?」
「あ、その……本当に何でもないんです。ただ……この時期って大抵僕、帰れませんから。次のイベントまでも時間がないですし、お盆休みって言ってもフィギュアの造形に費やす時間のほうが多いので……。だから自分らしくないかもしれませんけれど、せめて精霊馬くらいは作ったほうが、そのー、実家を想うことになるのかなと考えまして……」
こちらの返答にナナ子も小夜もぽかんとしていたが、やがて飛び立ってきたラクレスが補足する。
「言ったでしょう? お二人とも。作木様が期待を裏切るなんてことはしないって」
くすくすと笑うラクレスに当惑していると、小夜は苛立たしげに頭を掻いて、何だかなぁ、とぼやく。
「……今回ばっかりは、私もある意味じゃ身につまされた。よくよく考えたら、実家を蔑ろにしているのは私たちもじゃない、ナナ子」
「そうね。まぁ、私は理由があって帰らないんだけれど、小夜は遅れた反抗期みたいなものでしょ? いいの? あの心配性なお父さんに、一本くらい電話しないで」
「……うん、今晩辺り、電話だけでもしてみる……。何だかいつも通りね! 作木君。教えてもらうのは私たちのほうだったみたい」
「えっと……どういう……」
事態を解明できずにいると、ナナ子が付け足す。
「要は、美味しい冷やし中華があるからみんなで食べない、ってこと。そのお誘いに来たのよ。ねー、小夜」
「……まぁそうね。今日くらい、フィギュア作りは忘れて、みんなで美味しい冷やし中華をすすらない? 削里さんの店で主催だから」
「あ……そういうことなら……はい。いただきます。……でも本当にそれだけで?」
「うん……。まぁ他にもあったけれど、忘れちゃった! 何だか聞いてみればそこまでよね!」
どうにも掴めないものを感じながらも、作木は小夜のバイクの後部に招かれていた。
「――見てください! 創主様! 向こうの山のほうで花火が上がりました! ボーンって!」
「うん、そうだね、レイカル。綺麗な花火だなぁ……。でも、本当によかったんですか? 削里さん。お邪魔しちゃって……」
「いいんだよ。俺もちょうど冷やし中華が食べたかったんだ。もちろん、皆でね」
何だか含むものを感じつつも作木は冷やし中華をすすりながら、肩口でわいわいとするレイカルを視界に入れていた。
「見たか? カリクム! お前、どうせ見逃しただろ!」
「……うるさいなぁ、見たってば。なぁ、小夜ー。おかわり、あるんだろー?」
「あんたも作る側に回りなさいってば……。まぁいいけれど」
そう言った小夜は浴衣姿に着替えており、黒地に散った花火の如き赤や黄色の色彩が眩しい。
「……でも、新鮮ですよね。みんなで冷やし中華を食べながら夏を過ごすのって」
「でしょ? こういう夏の過ごし方も、悪くないんじゃない?」
「……はい。何だか、いつもだな……僕はいつも、小夜さんに引っ張られてばっかりで……」
「いいのよ、今は。いつかは私を引っ張ってくれる王子様なんだからね! 作木君は」
それに関しては愛想笑いを返すしかないが、作木はまたしても打ち上がった花火に笑顔を咲かせるレイカルを見やる。
その瞳が少し潤んでいた。
「レイカル、どうかした?」
「いえ、その……。お昼にヒヒイロから学んだことを思い出して、ちょっとだけ悲しくなっちゃいました。あのアーマーハウルもどきは、帰るための物、なんですよね……」
精霊馬のことを気にかけているのだろうか。
作木はやんわりと首を振る。
「いいや。来てもらうための物でもあるんだ。それに、ずっとさよならするんじゃない。また夏が来れば、きっと来てもらって、そしてゆっくりとした歩みで、あっち側から見守ってもらう。そのためのものなんだから」
「……また夏が来れば、か……」
呟いた小夜はお手製の精霊馬に乗って花火を指差すカリクムを眺めていた。
「うん? どうした、小夜ー」
「……ううん、何でもない。また夏が来れば、よね? 作木君! だって、夏が来るんなら、それは楽しみであるはずなんだもの!」
小夜の声に励まされるような形で、作木も夜空を仰ぐ。
「……ですね。また、夏が来れば……その時にもう一度」
花火が散る。
夏の夜空を今年も目いっぱいに彩って。
そしてまた――心の躍る夏が来る時を祈ろう。