JINKI 147 ルイとさつきの交換日記

 追従するさつきの《ナナツーライト》がRフィールドを構築し、《バーゴイル》のプレッシャーライフルの光条を弾いていく。

 リバウンド兵装相手にリバウンドの防御膜は効果が薄いものの、肉薄する機会を得るのには充分な時間稼ぎとなる。

 ルイはビルを蹴って《バーゴイル》へと躍り上がっていた。

 軽業師めいた《ナナツーマイルド》の動きに相手は完全に虚を突かれた様子だ。

 ――取った、と確信したルイは刃を奔らせようとして、その刹那、後方よりの銃撃に阻まれる。

 ハッと弾道を読んだルイはまさかの《ナナツーライト》からの銃弾を回避していた。

「……どういうつもり……?」

『ど、どうって……後方から敵機が……』

 確かにすぐ傍まで迫っていたもう一機の《バーゴイル》が居たには居たが、それは前方の機体を墜としてからでも間に合う程度の距離。

 なのにそうしてさつきの《ナナツーライト》が出張ってきたことが、どうしてなのだかルイには我慢できなかった。

 メッサーシュレイヴを前方の《バーゴイル》へと叩き込んでから、後方の《バーゴイル》にもう片方の切っ先を投擲する。

『やった……やりましたね! ルイさ――』

「うるさい。さつき、問題があるわね」

『も、問題……?』

 うろたえ調子のさつきへとルイはじっと見下ろしていた。

「――コンビを解消したい?」

 南は唐突なルイからの提案に持っていた湯飲みを机に置く。

「……何でまた」

 ルイはちょいちょいとさつきを指差していた。

「……最近、さつきが出しゃばってくる。邪魔」

「じ、邪魔ってことはないじゃないですか! 今日だって……連携は取れて……」

「あそこで撃ってこなくてもよかった。私が前の機体を迎撃してから、後ろの機体へと振り返り様に斬り返せば全部上手く行っていたわ。だって言うのに……あんた、撃って来たんだものね」

 ぎろりと睨んだルイにさつきはしかし、当惑だけではなく言い返してみせる。

「い、いえっ……危ない距離だったから私は援護したんです! 本当のコンビプレーってそうじゃないですか!」

「……いつになく強気じゃない。南、それに自称天才、他の操主で試してみて。赤緒とかでも構わない」

 ルイの論調に南は軒先で筐体を組み立てているエルニィへと視線を寄越す。

「……ってことみたいなんだけれど。作戦指揮は名義上、私だけれど現場指揮は両とあんたじゃない。言うことないの?」

「えーっ、そんなのルイが我慢すればいいじゃん。別にさつきが間違った行動を起こしたわけじゃないんだからさ。背中は任せればいいんだよ」

「駄目よ。今日みたいなことが二度も三度もあれば、キョムに出し抜かれるわ」

「うーん……譲らない感じだなぁ。で? 当のさつきは間違っていたと思う?」

 問いかけるとさつきも譲らない。

「い、いえっ……! 私は《ナナツーライト》の操主ですから! 《ナナツーマイルド》の、その、完璧なバックアップのつもりでやったんです! 間違ってません!」

「……とのことだけれど? ルイ、折衷案でもある?」

「あるわけないじゃない。さつきが譲れば終わる話でしょ」

「る、ルイさんは先行し過ぎなんです! 最近、《ナナツーマイルド》だけじゃなくって、新型トウジャのテストパイロットも兼ねているから、そっちの動きに引っ張られていて……危なっかしいじゃないですか!」

「私がトウジャに乗るかもしれないのが、そんなに不満?」

 ルイからしてみれば自分の躍進の足を引っ張っているように思われたのだろう。だが、さつきはおどおどしつつも、論調を曲げることはない。

「で、でも……あ、あそこで撃たれていたら、危なかったのは、ルイさんです!」

「私は平気だった。それじゃ不満ってわけ」

「ふ、不満って言うか……私の意味ないじゃないですか……」

 さつきの抗弁にルイはふんと鼻を鳴らす。

「さつきは後方支援。そのための《ナナツーライト》でしょ。何で前まで入って来るわけ? それって後方支援の分を超えていると思うけれど」

「わ、私だって操主です!」

「私のほうが操主歴は長い」

 歴然とした事実にさつきは口を噤む。

「だからあんたは後ろで私を守ってくれればいい。だって言うのに今日は出過ぎた真似をした。その反省はないの?」

「わ、私は……」

 今にも泣き出しそうなさつきを慮って南はなだめる。

「まぁまぁ。ルイもさつきちゃんも落ち着いてって。うーん……でもどうしようか、エルニィ。この二人を参考にしたシステムOSを組んでいるから、他の操主は想定していないのよねー」

「まぁねー。《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》の今の今までの稼働率ってほぼ百だったわけだから、ここに来て他の操主に代えての案も、別にないわけじゃないけれど、明日から、じゃあ赤緒に《ナナツーライト》に乗ってね、は通用しないよ? そういう風にはできてないんだもん」

「……じゃあ私に我慢しろって言うの? 自称天才」

「まぁ待って。そう事を荒らげない。我慢なんて、ルイが一番苦手なことでしょ。だったら、こうしよう。一旦、コンビを解散とか、そういうのはまずは棚上げしてさ。お互いをもう少し知ることから、始め直す必要がありそうだね」

 エルニィの言葉にルイもさつきも疑問符に首をひねっていた。

「――あれ? さつきちゃん、それって日記?」

 後ろから赤緒に呼び止められてさつきは机の上に広げていた日記帳を慌てて隠す。

「うわっ! 赤緒さん……? ああ、別に隠さなくってもよかったんですけれど……はい。そのー……立花さんの案で。ルイさんと交換日記をすることになったんです」

「交換日記……ってそのー、お互いに日記を書いて、それで日ごとに回すって言う、あの交換日記? 何でルイさんとさつきちゃんが?」

 どうやら赤緒には心底不思議でならないらしい。確かに、今の今まで交換日記なるものは書いたことがなかった。

「ちょっと今日の戦闘でルイさんの気に障ったみたいで……。それで《ナナツーライト》を降ろされるかもってなったんですけれど、私もあの人機はその……お兄ちゃんが造ってくれた人機ですから。簡単に降りたくないって言ったら、じゃあ交換日記だねって、立花さんが」

「……何で交換日記を?」

「何でも、お互いを今一度よく知るためだそうです。確かに私もルイさんも、知っているようで知らないこともあるのかもって思って、引き受けたはいいんですけれど……」

 うーん、とさつきは首を傾げる。

「交換日記ってどう書けばいいんでしょう、赤緒さん……。何か分かります?」

「えーっ……私も分かんない……。でも……それってきっとルイさんにとっていい意味になるといいんじゃないかな? ほら、さつきちゃんを知ってもらう機会だし」

「私を知ってもらう……。そう言えばルイさん、私には質問なんてほとんどしないし、何でも分かっているようなそぶりだから……。私、単純なんでしょうか?」

「それはー……ないと思うけれど。そうだとしたら私のほうが単純だろうし」

 互いに微笑み合ってから、じゃあ、とさつきは書き出し文句を決める。

「とりあえず、これで……歩み寄りになれば……と」

「――遅かったじゃない。自称天才。さつきはそんなに時間をかけて?」

 階段を上がってきたエルニィにルイは高圧的な声を振りかける。それを意にも解さず、エルニィは肩を竦めた。

「あっちも慣れてないんだってさ。こういうのはね」

「ふぅーん……。別にどっちでもいいけれど」

 ひょいとエルニィの手から交換日記を引っ手繰る。

 一応はこうしてエルニィのチェックが入り、お互いの間を行き来する形だ。

「でもさー、ルイも案外、冷静じゃないね。いきなりコンビネーションに問題があるなんて」

「本当のことだから仕方ないでしょ」

「んんー? そんなこと、本当のところは思ってないんじゃないの? ただ、さつきも操主としては実力つけてきたからねー。自分よりも弱いと思っていた相手に、守られた鬱憤を晴らすのはこういう場所じゃないと思うけれどなー」

 見透かしたようなことを言うので、ルイは語気を強めて否定する。

「あんたの思っているようなことはないから。分かった風な口を利かないで」

「はいはい。まぁとりあえず渡しておいたから。さつきに返す時にはボク伝手でねー」

 手を振って階段を下りていくエルニィの背中を見送ってから、ルイは自室で交換日記を開く。

 そこには丸みを帯びた丁寧な文字でこう書かれていた。

「“ルイさん。こうして交換日記を書くってなると、ちょっと気恥ずかしいと言うか、緊張しますね。でも、おどおどしていたって仕方ないので、手っ取り早く本題に移りたいと思います。私はルイさんほど操主としての力は強くないかもしれませんけれど、でも、やれることはあると思っていますので。今日の晩御飯は煮魚とあさりのお味噌汁です。さつきより”……ふん、嘗めているの、さつき。どうでもいいこと書いちゃって。その強がりを、今に……今に……」

 書こうとしてペンが全く動かないことに気づく。

 一文字目が浮かばないのだ。

 書き出しがなければ要件を言い合うだけの代物になってしまう。それは、この提案を出したエルニィの思惑に呑まれるようでルイは避けたかった。

 ルイはできるだけ強めの論調で進めようとして、やっぱり、と書いては消し、書いては消しを繰り返す。

「……おかしい。私のほうが操主としては上なのに、こんなのの書き出しが浮かばないなんて……。いいえ、きっとこれも誰かの入れ知恵のはず。そうじゃないのなら、さつきがこんな風に私相手に書けるはずがないわ。誰かの……」

 交換日記を抱えたまま、ルイは二階の廊下を右往左往としていると、ふと高いびきを聞きつけていた。

 窓を開けて猫のようによじ登ると屋根の上で昼間から寝転がっていびきを掻いている両兵を発見する。

 一瞬だけうろたえたが、ルイはよし、とその鼻をつまんでいた。

「ふがっ……ふご……っ?」

 いびきが止んだかと思うと、不意に瞼が開かれ、両兵が顔を上げてくる。

「うおっ! 何だ、てめぇ! ……痛って……!」

「……痛い」

 額をお互いに盛大にぶつけてよろめく。両兵の石頭相手のヘッドバットで頭蓋骨が割れないのはアンヘルで自分くらいだろう。

「……ンだよ、黄坂のガキか。どうした? メシには随分と早ぇみたいだが」

 両兵は屋根の上に自分が居ることには特に頓着もない様子で尋ねてくる。

 ルイはぴこん、と頭の中で閃いたのを感じた。

「……勉強。日記を書かなくっちゃいけない」

「日記だぁ? ……何で」

「教えられない」

「……んじゃ、どういう目的で?」

「それも秘密」

 両兵は後頭部を掻いて困り果てていたが、やがて相手も閃いたらしい。

「……知恵が欲しいんだな?」

 こくこくと頷くと、ふぅーむ、と両兵は顎に手を添えて考えあぐねる。

「……だが待てよ? 何でオレに日記なんて頼む? 言っとくが、オレなんかに文才だとかアテにすんなよ? そういうのは柊だとか、立花だとかに期待しとけ。連中なら喜んで引き受けてくれるんじゃねぇのか?」

「駄目。あの二人には任せられない」

「……どういう了見なんだか知らねぇけれど、要は連中には秘密ってわけか」

 再び頷くと、両兵は困り果てていた。

「どうすっかなー……。日記っつったって、何書きゃいいんだ? 何でもいいんだろ? 自分しか見ないんだから」

「さつきが見る」

「さつきぃ? ……何でまた」

「交換日記だから」

「……随分とまた乙女趣味な……いや、女だから当たり前か。うーん……てめぇらの間で流行ってンのか?」

「そう思ってもらって構わない」

「んじゃ、ペン貸せ。こういうのはだな、相手のルールに乗っちまうのが正解なんだ」

「ルール」とそのまま言い返すと、両兵は応と首肯する。

「さつきがメシの話題を振ってくるんなら、その話題に乗っかって、そんでてめぇの言いたいことを言えばいい。……で、何が言いたい?」

 ルイは熟考した後に、やがてぽつりと口にする。

「……さつきへの文句」

「文句って……あいつはよくやってんだろ」

「最近、さつきはナマイキ。だから、こうして日記でやり取りする」

 それをどう取ったのか、両兵は慎重に問い返す。

「あー……まぁてめぇら同士の喧嘩だとかは知らねぇけれどよ。関知する気もねぇし。個人個人の話はオレには振って来られても困るんだよなー……。ま、口で言い争いになると喧嘩になるってんなら、じゃあ文面は決まったな。お前は喧嘩にしたくねぇんだろ?」

 その返答に関しては、僅かに躊躇ったが、やがてゆっくりと頷く。両兵は大仰に嘆息をついていた。

「はー……素直じゃねぇのは相変わらずだな、てめぇも。じゃあ、まぁ、書き出しはこうだ。喧嘩にしたくないって感じのにすりゃあいい。メシの話題が上がってるンなら、便乗して文字数を稼いで……そんで言いたいことは後回しにしとく。そうすると余計な軋轢も……何だ、その眼は」

「いや、その……考えてくれるんだ、と思って……」

 素直に意外であったのはそこでもある。

 ものぐさな両兵が自分のこんな躓きに真摯に返してくれるとは思いも寄らない。

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